第137話 召喚科へ行ってみよう

 魔法科の基礎講習を終えた俺達は、とりあえず召喚科に向かっていた。

 魔法といえばリリアなので、ここはリリアと二人きりの時間だ。


「忘れてた。農業や漁業の科にも行かないと」


「なんじゃ、そっちに興味があったのか?」


「いや、興味っていうか覚えておかないとまずいんだ」


「ほうほう。聞いてやるのじゃ」


 これはちょっと前から考えていた。リリアには話しておこう。


「俺の鎧は超強いだろ。その力がなんかのミスで知れ渡った時に、全人類が手を組んで、俺を危険なものとして排除しようとするかもしれん」


「お尋ね者じゃな。異世界あるある……にしてはマイナーかのう」


「だな。で、世界そのものが敵になるが、ぶっちゃけ皆殺しに五分かからないだろ?」


 鎧の力はもう頭がおかしい。アホほど強くなる。俺の想像を超えてくるわけだ。


「うむ、余裕じゃな。片手間でやって五分かかるかどうかじゃ」


 別に無差別殺人がしたいわけじゃない。俺達にちょっかいかけてこないなら好きにしろ。

 俺と敵対したり、リリア達に手を出し、心だろうが体だろうが傷つけるなら殺すというだけだ。


「本当に敵対したら人類皆殺しでいい。敵の命なんて虫けらと同じだ。そこは問題じゃない。問題は殺した後さ。この世界に俺達四人だけになるわけだよ」


「あー……しんどいのう。畑も耕せない。魚も釣れないとくれば」


「飯が食えないからな。覚えるまでに時間がかかるだろうし」


 並大抵のことではないだろう。俺は体力がないし、知識を溜め込むのに時間のかかるものじゃないか農業って。

 決して簡単ではないだろう。耕して、種まいて、水やっておけばいいほど単純ではないはずだ。

 そのへんのリスペクトを忘れずに覚えていこう。


「納得じゃ。四人ともできると楽じゃな」


 漁業というか釣りに興味が出たのは、葛ノ葉の世界でリリアと釣りをしていたからだ。

 恥ずかしいから言わないけど。俺はリリアに影響を受けている面が少なくない。


「今のうちに準備だけは進めるか。そんときは手伝ってくれよ」


「無論じゃ」


 そんなことを相談しつつ、召喚科の専用練習場に向かった。

 今後の予定を立てるのは大切だと思う。できるうちに、できることをやろう。



「おや、サカガミくん。召喚科に興味が?」


 室内に入ろうとする俺達の前に現れたのはチェルシー先生。

 何度か会っているけれど、召喚科に来るのは初めてだ。妙な気分だな。


「ええまあ、魔法科の講習も終わったのでやってみようかと」


「ウェルカムですよ。それと、いつぞやは弟がお世話になりました。センキューサカガミくん」


 医療科のラウル先生のことか。あの依頼は一応学園内の装置を全部壊して終了となった。


「姉弟そろってお世話になっていますね。ベリー助かっていますよ」


「いえいえ、依頼でしたし」


「気にするほどのことではないのですじゃ」


「オーケイ、この話はおしまいです。では召喚魔法の授業をお楽しみに」


 ひらひら手を振りながら生徒達の前に立つ先生。

 俺達も適当な位置に立って話を聞く。机と椅子がない。

 召喚科はその特殊性から専用の練習場がある。広くて真っ白なホールに、魔法陣やマジックアイテムなんかが大量にあるな。多分召喚に必要なんだろう。


「ようこそ召喚科へ。初回説明と召喚までの流れを一緒にやっていくチェルシー・リットです。よしなに」


 挨拶を簡単に終えてくれる。これが長いとしんどいからな。


「では実践してみせます。私のつけている腕輪をカード状に戻す。これが召喚板です」


 腕輪がしゅるっと板状になる。中心に宝石のような何かがはめ込まれている銀色の板だ。

 魔法が凄いのか金属が凄いのか。元の世界よりも進んでいるものを見るのは、面白くて好き。


「中央に召喚魔法に最適な魔石が埋め込まれています。これは召喚用に調整された石で、上位召喚になればなるほど高価で質のいいものが必要になります」


 石の交換は、お近くの錬金ショップでお求めくださいと付け足された。

 店で売られているものらしい。


「では私の手持ちを召喚してみましょう。では精霊界から、イフリートくんカマーン」


 先生の召喚板が赤く光り、魔法陣の中から燃え盛る人型のなにかが現れる。


「はい、精霊界からお越しいただきました、拍手」


 よくわからないけれど拍手しておこう。

 髪の毛にあたる部分と、服が赤い炎でできている。二メートルくらいの召喚獣だ。

 拍手されて後頭部をぽりぽりかいている。照れてんのか。


「このように精霊界という場所から、自分の力の一部を具現化して送ってくれるのが一つのパターンです。本体のイフリートくんは、もっと大きくて絶大な力を持ちます。イフリートくんセンキュー。グッナイ」


 イフリートは手を振りながら、笑顔で自分が来た魔法陣に入って帰っていった。

 完全に消えると魔法陣も消える。生徒達からおおーとかうおぉ……とか歓声があがる。


「このように召喚術とは、魔法の詠唱か、それを省略してくれる補助アイテムである召喚板でゲートを作ってあげて、相手の準備が万全なら手を貸してくれる。というものです」


 相手が疲れていたり、飯食っていると拒否られるらしい。そらそうだ。


「ごくまれに悪魔を呼び寄せる人もいます。ですが、悪魔だけは危険です。呼び出すことのないように気をつけましょう。儀式の時は立ち会いますのでご安心を」


 必ず先生が立ち会うのは、呼び出したものを制御できない危険があるからだ。

 生徒は高等部二年の秋ぐらいにならないと、一人で召喚の儀をさせてもらえない。


「悪魔は力こそ全てです。これは絶対の掟であり、全力の勝負で勝たなければ、従ってくれません。暴れる危険もあるので、強制送還します」


 前にケルベロスの上半身と戦ったことを思い出した。

 あんなのが出てきたらきっついなあ。鎧使う準備だけはしておこうかな。


「それでは、いくつかある魔法陣と、初級召喚板を使って呼び出してみましょう。右端の生徒から順番にレッツゴウです」


 他の生徒達が順番に魔法を使っていく。召喚者の潜在意識や特性なんかを反映して、なにが出るかが決まるようだ。

 猫が出たり、水が人の形をしたものが出たり……あれマコが出してたな。


「なにかあればわしが手伝ってやるのじゃ」


「ファイトですよサカガミくん。なにを呼び出すか考えず、ただ自分の心を乗せて呼ぶのです」


 先生が呼び出したしろくまをもふもふしながら言ってくる。リリアよりちょっと小さいくらいでかわいい。大人しく撫でられてるなあ……くまのくせに。俺も撫でたいぞちくしょう。


「よし、やってみますか」


「おおぅ……もふもふしておるのじゃ」


 リリアも撫でている。あれいいなあ。あれ出てきたら嬉しいかも。


「なにが出るにしても一体限り。この世界に存在するものしか呼ばれることはない。どーんといってみるのじゃよ」


 召喚板を取り出し、石に魔力を込めて集中する。

 目の前に設置された魔法陣は、成功率を上げる補助の役割らしい。


「どこの誰になるか知らないが……俺の呼びかけに応えてくれ。召喚!!」


 呪文はどうでもいい。召喚というワードが入れば問題なし。召喚板がやってくれるからだ。


「成功か?」


 魔法陣が白く光る。どこか神聖さのある光を携えて、そいつはその場に立っていた。


「この力は……まさか聖獣? やはり規格外ですねサカガミくん」


「ふむ、おぬしにぴったりなやつが出てきたのう」


 目の前にいるのは四本足で、真っ白い毛の馬。しかも頭にツノなんか生えてやがる。

 こちらを見ていた生徒がざわめき始める。どうやらランクの高い存在らしいな。


「ユニコーン……清らかな乙女にしか懐かないはずですが……サカガミくん、実は女性?」


「完全に男です。しかしなるほど。存在するなら一度は話してみたかったんだ」


 ユニコーンの目が俺を値踏みしているが、逃げようとする気配がない。

 俺の呼びかけに応えたことからも明白だ。こいつは俺と同類。それも特性が語り継がれるほどの。


「我を呼びしは貴殿か」


「喋った!?」


 馬のくせにどこか威厳を感じる声だ。人間でいうならば成人男性の声だな。


「高位の存在ですからね。魔力を使って人の言葉を発することくらい造作もないのです」


「名を聞こう」


「アジュ・サカガミ。おそらくあんたと同じ業を背負うもの」


 ユニコーン……ある意味大先輩ってところか。面白い。


「我は我が認めし者の呼びかけにしか応えん」


「清らかな女性の、じゃないんだな」


「誰に協力するかは我が決める。貴殿の強さを証明してもらおう」


 そうくるか。俺とこいつが勝負するなら、決めることは一つだ。


「本来ユニコーンとは強敵です。魔力量も、スピードもパワーも初心者の一年生が勝てる存在ではありません」


「これは最早、意地とカルマの勝負じゃ。お互いの自負も矜持もあるじゃろう。戦いは避けられんのじゃ」


 リリアは理解しているようだ。俺のことなどお見通しか。当然だな。


「ユニコーンよ。真の処女厨の座を賭けて……俺と勝負といこうぜ!」


「面白い! 受けて立とう!!」


 こうして授業が終わり次第、俺とユニコーンの仁義なき対決が行われることとなった。

 監督にリリアとチェルシー先生もつけて。

 今の俺にできる全力をぶつけてやるぜ。

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