カニクリームコロッケと主人公補正

 奇跡的に順調に進んだ結果、ついにカニクリームコロッケが完成した。


「かんせーい!」


「やりましたわー!」


「思っていたよか普通に料理になったな」


「油があるのにふざけると危険っすからね」


 ぎりぎり常識的だな。いい判断だ。

 テーブルに料理を並べて、手を洗ったら席に着く。


「んじゃ食うか。いただきます」


 待望のカニクリームコロッケをフォークで一つ刺す。

 さくっとした感触。外側はいい感じ。


「熱いから気をつけるのじゃ」


「わかってるよ」


 火傷しないように注意しながら口に運ぶ。

 さくさくの衣と、とろりとしたクリーム。わずかに香るカニ。

 白米と食えるように調整されているところも、個人的にポイント高い。


「驚いたな。俺が作るよりうまいぞ」


「おいしーい! やったね!」


「美味しいわ……クリームが入っているだけでこんなに美味しくなるのね」


「上出来じゃな。カニありもなしもよくできておる」


「一口サイズなのがいい感じでございやすな」


 好評である。大人数で食うとどんどん数が減っていく。

 米と一緒に食って、ちょっとサラダをつまみながら味噌汁すすっている。

 いい食事だ。こっちの世界は本当に食い物がうまいな。


「食材も安く買えるものですし、一品増やすにはいいかもしれませんね」


「お館様は変わった料理をご存知ですね」


「まあな。みんな初めて作ったのに、うまいことできたもんだ」


「みんなで作ったり食べたりすると美味しくなるのさ!」


 シルフィがいいこと言った。俺では限界があったんだろう。

 一人で作り続けると、発想というのはどこかで打ち止めになる。


「はいあーん」


 シルフィにカニの爪がついているコロッケを近づけられたので、反射的に食ってしまう。

 強めに噛んでから引っ張ってもらうと、爪と中心の透明な芯みたいなやつだけがするっと取れる。これを狙って爪つきを作った。


「おお、カニの味濃い目だけどこれはこれでうまいな」


 こっちはカニの身がそのままぶっこんであるので、小さい身を入れて風味付けしたものとはまた違う美味しさだ。カニの旨味がクリームと衣に包み込まれている。


「ちょっとずるいですわよ!」


「やられたわ……シルフィが先手を取るなんて」


「ふっふっふ……そろそろイロハやヒメノがなにかするだろうと思ってね。たまには先に動いてみたのさ!」


 得意気にでかい胸を張るシルフィさん。そこまで考慮してやることがあーんかい。

 俺の隣はヨツバとシルフィだ。なにもしてこないだろうと考えていたが、甘かったか。


「ほれ、次はエビじゃ」


 リリアが魔法で浮かせたエビクリームコロッケを食わせてくる。

 カニだけじゃ飽きるので、保存してあった食い物を見繕って入れてみた。

 これもあたり。ぷりぷりした食感は小さめのエビながらしっかり主張してくる。


「コロッケも美味しいけど、このご飯も美味しいっすね」


「ああ、途中でカニ飯にして正解だったな」


 米を炊く時にどうせならと、カニと薄く小さく切った玉子焼きを投入。

 さらに椎茸に似た味のキノコを少々。さらにフルムーン産特選醤油をちょこっと隠し味にしてみた。


「カニ釜飯をイメージしたけど大正解だ。ミナさんに手伝ってもらったのがよかったか」


「恐れ入れます。私よりもシルフィ様が頑張ったからですよ」


「わたしよりミナの方がずっとすごいよ。これもミナのおかげだね」


 うむ、ほのぼのしたいい食卓だ。こういう感じでいいんだよ。


「味噌汁とサラダがしつこくなくてよい。フウマの里で食べた味じゃな」


「里から帰る時にもらってきたのよ」


「ナイス判断だ」


「気に入ってもらえて嬉しいです」


 そんなゆったりした食事が終わり、今は食後のお茶を飲みながらみんなでくつろいでる。


「久しぶりにのーんびりできてんなあ……ここんとこ戦ってばっかりだったし」


「ミノタウロスとミノス王からヘル、アキレウスとギルガメシュ。バトル漬けじゃな」


「クエスト受けているとはいえ、なぜにやっかいなトラブルが続くかね? まあ解決できているからいいけどさ」


 特にフウマの里なんかそうだ。里帰りに同行したら冥府の女神ぶっ飛ばさなきゃならなくなった。


「戦うたびに強くなってるよね。わたし達も含めて」


「私はフェンリルと影筆を手に入れたし、シルフィはクロノスに覚醒」


「リリアは九尾ぶっ殺して、ラーの力が全開で使えるんだったな。なんか戦闘とパワーアップがお約束みたいになってんなあ」


 まるで俺達を強化するかのように、おあつらえむきの敵が出る。

 強くなろうとしなきゃ日常生活が送れる。ちと極端だな。


「主人公補正が馴染んできてるんじゃないっすかね?」


「そういえばもう鎧を着て二ヶ月以上ですわね」


「流石に卑屈外道でも覚醒するのじゃな」


「誰が卑屈外道だ……卑屈なだけだよ」


「卑屈は否定しないっすね……」


 そこはもう俺という人間の根本だからな。性分は直らない。


「あのさ、そもそも『しゅじんこうほせい』ってなに?」


「聞いたことがないわね」


「あ、私もないです」


「あー……リリアさん? どこまで説明したっすか?」


「いやもうその辺さーっぱりじゃ」


 はい面倒なことが起こりそうです。

 やっちまったぜ! みたいに舌出してやがるリリアがそれを証明している。


「小難しい話なんぞ無駄じゃ。ハーレムさせておけばよいじゃろ」


「しねえっつうの。鎧に関係があるんなら聞かせろ。俺には聞く権利とかありそうだし」


「ちょっとここでは人が多すぎますわね」


 聞かせらんねえ話か。無駄に巻き込まれる人を増やす気もない。


「ヨツバ、ミナさん。悪いんだけどしばらく二階に行ってくれ」


「了解」


「かしこまりました」


 俺がめったに使わない真剣な顔で指示を出す。

 察する能力に長けた二人は瞬時に消える。最高に気遣いできる人達だな。


「フリスト、あなたもですわ」


「はっ、失礼いたしやす」


「シルフィとイロハはどうする?」


「アジュ様にお任せいたしますわ」


「わしもそれでよいと思うのじゃ。二人は指輪持ちじゃからのう」


 シルフィとイロハは、聞きたいけど俺の迷惑になるなら我慢しようという表情である。


「あー……どうすっかな。まあ鎧の話だけなら問題ないだろ」


「やった! でもいいの?」


「アジュにとって聞かれたくない話なのでしょう?」


「うっさい。俺の気が変わらないうちに話せ」


 こういう時になんて言えばいいか、いまだにわからんな。正直対応に困る。


「ではまず……ヒーローキーと主人公補正には密接な関係がございますわ」


 ヒメノが話し始めたので静かに聴く。


「ヒーローキーで出せる鎧には、アジュ様のヒーローへの願望を現実化することともう一つ。主人公補正を付与して体に馴染ませていくという効果がございますの」


「それでヒーローキーか。わかりやすいな」


「付与、ということは強化能力なのかしら?」


「簡単にいってしまえば無敵になるのじゃ。なにせ全能力の頂点じゃからのう」


 全能力の頂点ときたか。穏やかじゃないな。

 顔がマジだし、冗談で言っているわけではなさそうだ。


「この力は絶大で、どんな能力だろうが、どれほど鍛えた身体であろうが無意味じゃ。対峙するだけで死にかける神話生物や、反則的な能力者でもただの盛り上げ役に成り下がり、主人公の舞台装置でしかなくなるこの力」


「世界に選ばれ、世界がイベントや武器を用意して、最早接待とよべるほど優遇されるこの補正は、全能力中最強といわれているっす」


「どんな力か全然わかんないよ?」


 ただ強いと言われても、漠然としていて理解できない。突拍子もなさ過ぎる。


「そうじゃな……たとえば物語で主人公がピンチになるとするじゃろ? 圧倒的な実力差である敵幹部とかにぼろぼろにされるわけじゃ」


「そんなときですわ、死ぬ寸前で秘められた力が覚醒したり、新しい装備が届けられたり、勇者の剣や神様が新たな力をくれたりと、不思議なことが起こるのですわ」


「その『不思議なこと』を任意のタイミングで、効果まで完全に指定して、しかも連発できる。アジュはまだそのレベルには達していないから、誰よりもどんな存在よりも強いだけじゃ」


 ぼんやりとだが見えてきた。マンガとかゲームとか好きだったし感覚として理解できる。

 っていうか一番強いならそれでいい気がします。


「主人公に都合よく話が進むあれだろ?」


「それじゃな。ご都合主義という主人公補正の一個下くらいの力でもあるのじゃ」


「自分と敵の因果をねじ伏せ、運命を打ち砕き、最高の奇跡を作り出す……といえば聞こえはいいですわね」


「なるほどな。そいつを俺に馴染ませようってのか」


「よくわかんないけど、とにかくアジュが強くなるんだね」


「私達にはその程度の認識しかできないわ」


 そりゃそうだろう。こんなんわかる方が異常だ。ちょっとおかしい。


「その認識で結構ですわ。アジュ様に馴染んできているようですし、あとはわたくしを相手に女性に慣れていただければ」


「それはダメだと言っているでしょう?」


「攻略は順調じゃが綱渡りじゃ。余計なことをすると本当に全員の好感度が下がるのじゃぞ」


「そうなったら絶対に取り戻すのに時間がかかるよ! アジュは一回すねると長いんだからね!」


 悪かったな長くて。普段からすねてるようなもんなんでな。加速すれば止まらないのさ。


「難しいですわね。ですが、諦めませんわ!」


「どうしてこうヒメノ様は往生際が悪いんっすかねえ?」


「執念深いよな」


「あら、だってみなさま……正式に付き合っているわけではございませんでしょう?」


 リビングの空気が凍る。凍るっていうか止まる。

 四人から猛烈に強烈なオーラが吹き出ていますが、どういうことですか。


「つまり、まだまだチャンスありですわね。正式に彼女になるまでは!!」


 ヒメノはこの空気の中でいつものようにテンションが上がっていく。

 俺とやた子はアイコンタクトで『とりあえず成り行きを見守ろう。無言で』と決めた。

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