くまと遊んで先輩の飯を食う

 アンジェラ先輩が台所で料理を考えている間、めっちゃ暇なのである。


「きゅー」


 そこで運よくクーが遊びに来たいと言うので呼んだ。

 危ないので台所から離れ、ソファーのあたりで遊んでやる。


「ほれいってこい」


「きゅー!」


 しばらく撫でたり持ち上げてやり、正面にいるシルフィへと解き放つ。

 とてとて駆けていき、無事抱きかかえられた。


「よーし来たなー」


「きゅっ」


 楽しそうにシルフィに抱きかかえられている。

 しばらく遊ぶとこっちを向く。


「よしいけー」


「きゅっきゅ!」


 また俺の所に来るから持ち上げてやる。

 これを何回か繰り返すわけだ。


「これ楽しいか?」


「きゅ!」


 楽しいらしい。別にクーが楽しいならいいけどさ。


「ほれほれ、運動するぞー」


 クーの前に手を出し、ゆらゆら動かす。

 それにクーがジャンプしたりしてタッチするのだ。


「ほいほい、ほれほれ」


「きゅー、きゅきゅ……きゅ!」


 フットワークが軽い。さすが野生動物で精霊。しかもクマ。


「よーし、ちょっと休憩な」


「きゅー……」


 やりきったぜ。みたいな顔である。

 俺の膝の上に座ってひとやすみ。


「よしよし、水あるぞ」


「きゅきゅ」


 水飲んでさらにまったり。

 シルフィも横に来てクーを撫でている。


「きゅ?」


 鼻が動いているな。食い物の匂いを嗅ぎつけたか。

 いい匂いと、何かを焼いたりしている音が聞こえる。


「今あっちで料理しているからな。危ないから行っちゃダメだぞ」


「きゅー」


 うなずく。聞き分けのいい子だねえ。撫でてあげようねえ。


「クーちゃんはいい子。かわいいねー」


「きゅっきゅっ」


「お前も飯の時間か? そろそろ帰ったほうがいいんじゃないか?」


 あんまり長時間こっちにいると、あっちでの飯の時間に遅れるだろう。


「きゅー。きゅー」


「しまった、クマ語がわからん」


「ちゃんとご飯までには帰るんだもんねー」


「きゅー」


 なんか通じているらしい。

 感覚でとらえているのだろうが、シルフィはそういうの鋭いな。


「なんじゃまたクーと遊んでおるのか」


 リリアとイロハが帰ってきた。

 クーが二人に駆け寄っていく。


「きゅー!」


「今日もクーちゃんは元気ね」


「うむ、元気が一番じゃ」


 楽しそうにじゃれている。ギルメンにすっかり懐いたな。


「イロハちゃんじゃーん。おかえりー」


「……アンジェラ先輩? どうして家に?」


「ちょっと料理教えてもらってね。代わりに晩御飯作ってんの。もう準備終わったよー。そっちの子もギルメンっしょ?」


 リリアとは初対面らしく挨拶を交わしている。

 そして先輩の視線は下へ。正確にはクーへ。


「きゅ?」


「うわあああぁぁ!! なにこれなにこれ! ガチやばいっしょ! うーわ生きてる? 生きてるよねこれ? やばいめっちゃかわいいじゃん!!」


「きゅっ!?」


 クーが怯えている。リリアに掴まったままそーっとこっちを伺っている。


「ほら怖がってますから」


「あああごめんね。ほーらこわくないよー」


「きゅー……」


 リリアの後ろに隠れてしまう。


「小動物に怯えられると、結構ダメージでっかいよね」


 心に深刻なダメージ入るよな。もう完全に警戒されてんぞ。


「あちゃー……ガチ怖がられてるし。これ時間かかるやつっしょ」


「ほらクー、こっちこい」


「きゅ!」


 仕方がないので俺がなだめてやる。ふわふわしてやがるなあ。


「むむむむ……クーちゃんびびっちゃうし、晩飯の準備終わるし、あたしやることないぜい」


「終わったんですか」


「あとは食べるときに火を入れるか、ひと手間かければ終わり。今食べるわけじゃないっしょ?」


 作り置き前提の献立らしい。そのへんまで気が回るのは、やはり料理人だからなんだろう。


「クーちゃんのご飯も作る?」


「きゅ……きゅーきゅ」


「なんて?」


「知らない人にご飯もらっちゃだめーって言っておる」


「おー偉いじゃん。しっかりしてんね。ちっこいのにすごいぜい」


 屈んでクーに目線を合わせ、笑うことで安心させる作戦に出ている。


「クーちゃんはどんなものを食べるん?」


「木の実とか、野生のものじゃよ」


「そっかーこういうのあるよ」


 台所から果物を持ってくる先輩。なんとか懐かれようとしておる。


「おねーちゃんは怖くないぜい」


 クーが俺を見てくる。もらっていいか、安全な人か疑っているのだろう。


「大丈夫、俺もいるだろ。何かあったら助けてやるから」


「あたし危険な人扱いされてね?」


「きゅー……」


 そーっと手を出して、果物を受け取ろうとする。

 鼻が動いているし、いい匂いでもするんだろうな。


「きゅっ」


 果物を受け取って食べ始める。とりあえず怖くはないと判断したのだろう。


「むしゃむしゃ食べてる。かーわいいねい」


「きゅきゅきゅ」


「ほら口の周りがべたべただぞ」


 食い終わったクーの口を拭いてあげる。


「きゅー」


 先輩にお礼を言っているような気がした。

 気に入ったのかな。撫でられてもじっとしている。


「うっわガチもこもこじゃん! やばくない? やばいっしょクーちゃん」


 わしゃわしゃ撫でられている。ちょっと邪魔くさそうだ。


「きゅっ!」


 全身をぷるぷるさせて払っている。


「うわっちょ。どしたん?」


「きゅー! きゅっきゅ」


 なんか注意している感じだ。


「雑にわしゃわしゃされると気持ち悪いんじゃと」


「あーごめんね。気をつけるから」


「きゅ」


 だめだぞーみたいな顔で頷いている。

 そこからみんなで少し戯れる。

 こうやってほのぼのする時間は必要だからね。


「遊んでいたらいい時間だな。飯にするか」


「クーちゃんはどうするの?」


「きゅっきゅきゅ」


「もう親元へ帰る時間じゃな」


「お土産あげる。また遊ぶっしょ!」


「きゅっ!」


 果物持たせて親元へ逆召喚。

 最終的には仲良くなっていたな。

 先輩も悪い人じゃないんだろうが、おそるべしクーの癒やしパワー。


「手を洗って飯だ」


「ふっふっふ、あたしの飯はうまいぜい」


 パエリアとサラダにカニクリームコロッケ。

 結構普通だ。そこに少し唐辛子の入ったパスタもある。

 今日は大皿から取る形式だ。個別にシチューだけ人数分ある。


「う……まい……マジで」


 どシンプルな料理は、それだけで一定の味が出る。

 全部食ったことがある品だ。なのに一度も食ったことがないほどに美味い。


「とてもおいしいわ……ここまでおいしくなるのね」


「熟練の腕じゃな。始めて来た家の厨房で、よくここまでのものを」


「結構やるっしょ? 手は抜いてないかんね」


「結構のレベルじゃないですよこれ」


 暖かく、素材の味が引き立つ料理だ。

 口にすればわかる。野菜や肉の旨味だけを抽出したその技術は、正直驚くし尊敬する。


「先輩の料理はいつだっておいしいです!」


「そうだろーそうだろー」


 いよいよカニクリームコロッケを食ってみよう。

 あえて心の準備をしておいた。


「さて、本命はこいつだが」


 サクッとした歯ごたえ。とろりとしたクリーム。

 確かに存在を主張するカニ。どれも素晴らしいバランスだ。

 だが何よりも。


「油っぽさがない……?」


 どうしても性質上、油っぽさと重さがあるはずだ。

 だが後味がくどくない。しつこいクリームの味もない。


「正体はこいつだー!」


 なにかオリーブのような実だ。紫で、遠目からだとブドウっぽくもある。


「クルカラの実から取れる油だよ。これを揚げ物の油に垂らして、そこに揚げ物をイン! すると油のしつこさや重たさを消して、よりからっと揚がるのさ!」


「ほー……知らん食材か。しかも油側を変えてくるとは」


 俺は食材の味を変える方向だったが、油に一手間加える方向か。

 しかも実の効果を知っていないと出ない発想だ。


「これならべっとりした油の感じが消えるし、多く食べられて、ヘルシー!」


「深い知識あってのものね」


「すご-い!」


「やりおる……今すぐにプロになれるのう」


「まったく別方向からの発想だったわ」


 油は少し高くてカロリー控えめくらいの意識だったからな。

 これなら油以外の味に舌が集中できる。


「しかし高い食材じゃ。よく知っておったのう」


「実はさ、あたし結構いいとこのお嬢さんなわけよ」


「そうなんですか」


 さすがに見えませんとか言うほど礼儀知らずではない。

 適当にお茶を濁していこう。


「見えないのは自覚してるぜい。でさ、宮廷料理人とか、王族の食事を担当したこともある一族なんよ。高級食材も一通り知ってんの」


「なのにあのお店にいるんですか?」


「あそこ俺たちでも食いにいける店ですけど」


「宮廷料理ってさ、王族の人だけのためのもんじゃん。あたしの料理はそういうんじゃなくて、あの店みたいな気楽に来れて、いろんな人がおいしいって思える料理なわけ」


「なるほど。よい店なんじゃな」


 なんとなくだが、先輩の言うこともわかる気がする。

 高級料理ってのは、どこまで行っても庶民とは縁がない。

 特別な食事になってしまうのだ。


「庶民の家庭料理とかさ、そういうの好きなんだ。家族のためだけの、一見王族のためだけの料理と同じ、限定した相手への料理じゃん? けど凄くおいしいんだ。ああいうのをみんなに食べてもらえるようにする。それが今んとこの目標さ!」


 なるほど、この人の根源はそこか。いい目標じゃないか。


「そのために頑張ってんのさ。今度料理勝負するから見に来てよ。あたしから言っとくから」


「勝負?」


「そ、会場でっかいよー。なんか味王妃様っていうガチ舌に自信ある人来るから、審査してもらうんよ」


 またよくわからん人がいるもんだな。完全に色物タレント枠だろそれ。


「あたしとここのギルド名出してくれたら入れるようにしとくからさ」


「予定がなかったら行きますよ」


 これは結構興味がある。これだけうまいもん作れるわけだし。

 勝負となれば面白いものが見られそうだ。


「よし、じゃあ冷めないうちに食え!」


 そんなわけで大会のことを頭の片隅に入れながら、みんなで飯食ったのだった。

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