下着売り場にて

「ここなら何でも揃うわ」


 やってきたのは大型の建物。ざっくり例えるならデパートみたいなもん。

 まだ昼過ぎであることからそれほど生徒は多くない。


「でっかいなー。来るの初めてだ」


「女性下着専門店は流石にいやでしょう?」


「いやっていうかマジで逃げるぞ」


 全力で逃げる。使える鍵全部使って逃げるわ。

 大型建物、もうデパートでいいや。デパートの階段を上がりながら会話が続く。


「何故俺はこんなことしてるんだろう。女ものの良し悪しなんて知らんよ」


「おぬしの好みが知りたいだけじゃ」


「好みとかないっつの。どうせ言ってもバカにするだろ」


「しないって。まーたアジュがマイナス思考になるー」


「いやしかしなあ……お前らだって結局は女なんだし、どこかで俺のこと馬鹿にしてるんじゃないかってな」


「ふむ、わしに策ありじゃ」


 リリアがよくないことを思いついたみたいなので歩くペースを早める。

 早めると下着売り場についちゃうな。詰んでるじゃねえか。


「アジュを女の子に慣れさせるのではなく、わしらに慣れさせるのじゃ」


「違いは何なの?」


「どうやったって女というものへの不快感と猜疑心は消えぬ。ならばわしらと世間の女は完全に別物だと認識させるのじゃ」


「全然わかんない。わたしの理解力が足りない?」


「安心しろ。俺も一切わからん」


「そっか、一緒だね!」


 和むわあその笑顔。シルフィが緩衝材になってくれる。

 ありがたい。ただそんな娘と下着売り場にいこうとしている事実に脳がついていかない。


「例えば女の子にシルフィという可愛い子が居ます。というのではなくシルフィちゃんかわいい! にもっていくのじゃ」


「よっしゃ全然わかんねえぜ!」


「わたしもわかんねえぜ!」


 俺の口調真似してくるシルフィちゃんかわいい! いかん頭おかしくなってるぞ俺。


「なんとなくわかったわ。唯一無二であり、女というくくりを超越したなにかになればいいのね」


「そうじゃな。そして売り場のある階にやって来たわけじゃ」


「水着でなんとかならんかね?」


「シーズンじゃないじゃろ。早くせんと店員を呼んでおぬしにぴったりな女性用下着を見繕ってもらうぞ」


「絶対やめろよ!?」


 こいつならやりかねん。俺で遊んでる時のこいつは本当に楽しそうだからな。


「こういうのはどうかしら?」


 イロハが持ってきたのは黒と紫の下着。セクシー系。


「イロハならまあ大人しめの黒はアリ。紫は絶対にイヤ」


「即答じゃな」


「こういうのダメなんだ?」


「高等部のヤツだとイヤ。不信感がある」


「不信感?」


「大人が履いてるならいい。高等部で赤とか紫とかでそういう派手な刺繍のやつは引く。なんでそんなもん持ってんだよ。変な病気も持ってるんだろって思うからな」


 俺は完全に処女厨なのでビッチくさいものは嫌いだ。

 セクシー系お姉さんとか論外である。

 処女厨をなめるなよ。ユニコーンと勝負しても負ける気がしないぜ。


「清純派がいいわけじゃな」


「過度にいやらしいのは下品だからな。下着姿が下品な奴はイヤだ」


「なるほどーんじゃ白だね」


「シルフィなら清純さが出るからな。白も人による。その人に似合っているかどうかだ」


「やっぱりこだわりがあるんじゃない。聞いておいてよかったわ」


 考えてみるとあるものだな。

 こだわりってのは他人に理解されるものじゃない。してほしいものでもない。

 よってあまり話そうと思わないけど、こういう場面で出てしまうか。


「いやいや、普通に答えたけどおかしいよなこの状況。さっきから店員が俺達の会話聞いてるのバレてるからな」


 ちょっとビクっとして露骨に目を逸らす女店員。たぶん上級生だ。


「しましまとかどうじゃ?」


 リリアが水色と白のしましま下着を持ってくる。


「お前なら似合うだろ」


「ピンクのしましまもあるのじゃ」


「ピンクはお子様っぽい見た目までだ。中等部一年くらいの見た目なら水色にすべき。なんか聞いてるやつ増えてないか?」


「そうかな? お客さんが増えただけじゃない?」


 明らかに商品選んでるフリして聞いてる客がいる。


「俺達の会話が聞こえる範囲に客が多いだろ。あと客が増えるのもいやだよ。目立つだろ」


「私達が思う男性がいやらしい気分になる下着は逆効果ということね」


「男女の感覚の差だろ。あと気になる女に履いて欲しいか似合っているかは別問題だし。大抵はそういうことの経験がない女のほうが好きだ」


「おぬし完全な処女厨じゃからのう」


「気になる女にーの部分詳しく!」


「いやです」


 この羞恥プレイはいつまで続くのさ。

 今何分経ったんだろう。何時間も経ってるような気分だぞ。


「では、今の反省を踏まえて各自下着を選んでみましょう。アジュはここで待っててくれるかしら?」


「頼む、一人にしないでくれ。本当に頼むから」


 とにかくこの場を離れよう。一人で立っているのはダメだ。

 屁理屈で誤魔化してうやむやにして煙に巻いて逃げるんだ。


「俺が選んだら誰がどんなの履いてるかわかっちまって微妙だろ。だから自然なままで似合うのを各自見つけるのが一番だ。個性とかあるだろ。個人を尊重します。この話終わり!」


「またそうやって逃げるー」


「今度気になる男性の部屋にこっそり忍びこむ予定なのですが。そこで勝負をかけるにはどういった下着がいいか悩んでいます。この時男性に効果的な下着とは?」


「同性の知り合いにでも聞いてください」


 イロハによくわからん質問をされる。なんだこの質問。俺に聞くなよ。童貞だぞ。


「ギルドメンバーですが、最近避けられている気がして。ここで決めないと遠くに行ってしまいそうで」


「今まさに遠くに逃げたいのが俺です」


「先程の話から過激なものは履かずに、清楚さを出しながら個性を出す、と結論を出したのですが。そこから先に進めなくて困っています。さっさとどうすればいいか答えるのじゃ」


「そこがゴールでいいんじゃないですかね?」


 なんだこのお便りコーナーみたいなノリは。


「はーい先生。そこはゴールじゃなくて出発点だと思います!」


「いや先生て……女性のギルメンにでも聞いてください」


 他の客が完全にこっち見ている。

 もしくは聞いてないフリをしてメモっている。そのメモは何に使う気なんだ。


「友達以上恋人未満の状況を何とかするには、女性三人と下着売り場に来るような性豪の先生にお聞きするしかないのよ」


「誰が性豪だこの野郎」


 こちとら友達も恋人もいない人生だったよこの野郎。


「そもそもお前らが連れてきたんだろうが」


「そこは反省しておる。それでこの下着どうじゃ?」


 試着室のカーテンがちょっと空いて、俺にだけ見えるように、しましま下着を上下でつけたリリアが立っている。


「恥じらいというものがないのかお前は!?」


「貴方の意見を参考にして白にしてみたけどどうかしら?」


 別の試着室の中にイロハが居る。こっちは上下白だ。

 似合っているけど言いたくない。直視してはいけない気がする。


「シルフィ。無理しなくていい」


 真っ赤になりながら試着室に入ろうとするシルフィを止める。


「でもわたしもちょっとくらい恥ずかしくても頑張らないと」


「いいんだよ頑張らなくて。こいつらが異常なんだ」


「そうさせているのは誰かしらね? 似合っているかどうかくらい教えてほしいわ」


「はいはい、似合ってますよ」


「雑じゃな。もうちょい心からのコメントを……」


 この場を離れよう。ここに来る途中、屋上ライブの張り紙を見つけた。


「屋上でライブあるみたいだからそれ見に行くわ」


「一人一人と試着室に入って着替えさせてもらおう作戦は中止じゃな」


「できるかそんなもん!? 難易度たっけえな!?」


 それは店員に怒られるだろう。

 高難易度過ぎてクリアできねえよ。無理ゲーだ無理ゲー。


「じゃあ屋上にいてね。わたし達は買ってから行くよ」


「あいよ、ゆっくりでいいぞ」


 フロアを離れ、階段を上がり、息を整えて屋上の扉を開ける。

 そこはキャーキャーワーワーうるさい声が飛び交っている。


「確かライブ兼なんかのオーディションだったはずだよな」


 でかいお立ち台で歌っているアイドルがいる。

 客はそれのファンなのだろう。かなりの数がいる。


「ようアジュ。いいところで会ったな。ちょっとアイドルの護衛しないか?」


「ヴァン? お前何やってるんだ?」


「護衛だよ、今歌ってる子がいるだろ? クラリスの知り合いでな」


 離れた場所にクラリスがいる。こっちに軽く手を振ってくるので会釈しておく。


「護衛って言ってもヴァンがいればどうとでもなるだろ」


「念のためさ。そろそろ厄介なのが来そうだぜ」


 ヴァンが指差すその先には複数の男女。

 ゆっくり黒い光が生徒の手首を、あるいは首を覆う。


「おいおいなんだあれ?」


「オオオオォォォ!!」


 叫びながらアイドルの舞台へ飛び上がる生徒。

 客席から真っ直ぐ十メートルは飛んだな。


「さ、お仕事再開だ。手伝ったら飯奢ってやるぜ。イイイイヤッハアァァ!!」


 壇上に登り突っ込んで来る生徒を殴り飛ばすヴァン。楽しそうだなおい。

 あいつバトル大好きだから、こういうノリ好きそうだしな。


「これ俺いらんだろ。悪目立ちしたくないんだけどな」


 ヴァンが殴り飛ばした連中がのそりと起き上がる。ゾンビみたいだな。


「見かけによらずタフだな。強めに殴ったってのによ」


 ヴァンが殴った生徒は身長も筋肉もごく普通の生徒だ。

 なのにすぐ起き上がれるものかね。

 次々と起き上がる生徒。行動は単調だ。ただアイドルの元へと突っ込んでくるだけ。


「んじゃ別の刺激でどうかな?」


『ショット』


 ショットキーで創りだしたリボルバーで、殺傷力の極力抑えられた光球をぶつける。

 リボルバーは俺がかっこいいと思っているからこの形だ。

 好きなものはイメージしやすいし。


「その刺激じゃ足りないってよ」


 光球にぶつかり倒れても起き上がる。止まらない生徒。

 周囲の警備が取り押さえようとするが、徐々に数が増えて対処しきれなくなる。


「おいおいおいマジか? これもう無傷で抑えるのきつくね?」


「黒い光じゃ。あやつらの付けておるアクセサリーか何かから出ておる」


「つまり~あのアクセを壊せば止まるということ~?」


 いつの間にか来たリリアとクラリスが会話に入る。


「そう、なら話は早いわ。全て壊せばいいだけだもの」


「そうね、ヴァン向きじゃない。よかったわねヴァン」


「よーし、じゃあ頑張ってアイドルさんを助けちゃおう!」


 イロハ、シルフィ、ソニアが舞台に来て全員集合。


「んじゃ飯の種になってもらおうか!」


 ぼちぼち戦闘開始だ。

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