指輪の秘密と女の下着
「起きなさい。もう昼よ」
イロハが俺を起こしに来たみたいだ。
なんだろう、懐かしい夢を見ていたようだけど、思い出せない。
夢の内容も、その夢に出てきたのが誰なのかもわからない。
ぼんやりとした記憶に靄がかかっているような、寝起きとしちゃ悪い部類だ。
「ん、わかった」
「どうしたの? 嫌な夢でも見た?」
「わかんね。気にしてもしょうがない、今日は予定があったっけ?」
ヒメノとやた子が現れてから数日後、今日は特に予定もないはずだ。
だから昼まで寝ている。
「下に降りたらわかるわ」
言葉に従い降りて行く。制服着るの面倒だし寝間着でいいや。俺の家だしいいだろ。
するとリビング待っていたのは。
「遅いですわ! いつまで待たせる気ですの!」
「よっしゃ二度寝だ」
「よっしゃじゃありませんわ!」
朝っぱら、もう昼か。真っ昼間からうるさいヒメノがいた。
「他のメンバーは?」
「やた子ちゃんでしたら今日は別任務ですわ」
「リリアとシルフィはお買い物とクエスト確認に行ってるわ」
クエストはたまに何があるか見ておくといい。
集めていたものが収集クエとかで出ていれば、そのままクリアになってお得だ。
そういうクエストを覚えておいて、みんなで受けるかどうか相談したりする。
「そうか、昼飯どうする?」
「オムライスを作ってみたの」
「お、できてるのか。ありがたいな」
「ふふっ褒めなさい。まず寝ている貴方に何もしなかったこと。そしてお昼ご飯をを作ってあげたことで二つね」
「最初のおかしくないか?」
うむ、いい匂いがする。食欲をそそる匂いだ。さっそく頂こう。
「わたくし、ガン無視されてますわ」
「ちゃんと三人分作ったわよ」
「頂きますわ! 最初からイロハ様はできるお方だと見抜いておりましたのよ」
俺の横にイロハ。正面にヒメノ。珍しい三人組でテーブルを囲んで昼食が始まる。
「はいはい、いただきます。うん、イロハってこういう料理も上手いな。苦手分野とかないのか?」
「あるわよ。それは朝も練習しただけ。どうせならちゃんと出来たのを食べて欲しかったから」
おおう不意打ちでポイント高いこと言ってくれるな。
練習したからか卵がふわふわで美味い。
チキンライスにグリーンピース入れてないあたり、俺の好みをよくわかっている。
「美味しいですわ~。イロハ様の旦那様になる人は幸せですわね」
「だろうな。飯が美味いってのはいいね」
「だろうな、とはどういうことかしら?」
イロハさんがなんか機嫌悪い。しっぽで俺のふとももあたりをぺしぺし叩いてくる。
「私の旦那様候補は一人しかいないはずよね? なのに無意識に自分を外したわね?」
「うっ、確かに外して考えてたわ。モテない男のサガというものでさ。なかなか治らないんだよな」
「この状況でモテないは無理がありますわ」
とりあえず急いでフォロー入れよう。なんでもいいから間を開けるとごまかせない。
「今が異常なんだよ。この状況がちょっと怖いわ。不安になるわこんなん」
「まだ不安があるというのね。ここまでやってもダメとは。どれだけ根が深いのよ」
「これは矯正の必要がありますわね」
「いやなんかさ。この家が好きになるほど怖いというか。そもそもヒメノはなんで混ざってるんだよ」
リリアとイロハとシルフィはまだわかる。色々あったしな。
問題はヒメノよ。こいつなんで好意的なんだかさっぱりだわ。
「ヒメノが居ることで余計わかんね」
「わたくしのせいですの?」
「確かに正体不明ね」
「今はアジュ様のお側にいられればいいですわ」
「それが一番ダメということに気づきなさい。最近他の女の匂いがついてきて困るのよ。今のうちに上書きしないとダメね」
擦り寄ってくるのはそのためか。
俺には匂いがついてるかどうか判断できないからなあ。
本当は擦り寄るのも困る。どうすりゃいいのよ。
「とにかく食べたら帰りなさい。護衛は必要ないって決めたでしょう?」
「決めましたが気をつけてくださいまし。どうしても戦わなければダメなら平和的に、乳首相撲とかどうですの?」
「なんだそのチョイス!?」
「初めて聞くわね」
「説明いたしますわ! 乳首相撲とは、紐のついた洗濯バサミをお互いの乳首につけまして、先に洗濯バサミが取れた方の負けという伝統と格式のある競技ですわ」
「んなもん説明すんな!! ねえよ伝統も格式も!!」
こいつどこでそんなもん知ったんだよ。
「ではあつあつおでん早食いというのは」
「しねえよ! リアクション芸人じゃねえんだよ!」
「もう帰りなさい。二度とご飯も作らないし、家にも入れないわよ」
「ここは退きますわ。ですが決して諦めません。そこがわたくしのチャームポイントですわ!」
「帰れ!!」
高笑いを響かせ去っていくヒメノ。疲れた。あいつがいるとどうしてこんなに疲れるんだ。
「これはなにかしら? 御札?」
イロハが持っているのは神社とかで見る御札。
「ヒメノが置いて行ったみたい。家においておけという書き置きもあるわ」
「悪いものじゃないのか?」
「邪気は感じないわ。むしろ清められすぎている。どういう神の加護があればこんなものが作れるのかしら」
「悪くないなら置いとけばいいんじゃね?」
もしかしてこれを渡しに来たのかあいつ。とりあえずリビングの壁がいいか。
高いところに貼っておく。紙なのに普通にくっついたぞこれ。
「さて、そろそろリリアとシルフィが帰ってくるわ。それまでにアジュを強化する方法を考えましょう」
「強化ってなんだよ?」
「どうしたら女の子に慣れるか、よ。もう無理矢理ディープキスくらいするしかないかしら」
「やめろやめろ怖いわ」
「どうして怖いのかしらね。信じ切れないからかしら? 実はちょっとさっきのイラっとしたわよ」
よく考えれば好意を疑っているわけで。それは失礼なことなんだろう。
疑わなければ恥をかき続けるだけの人生で終わるはずだった俺には難しいけど、失礼には違いない。
「今日の第七回 アジュを攻略することに本気を出そうの会は『みんなで買い物に行く』に決定よ」
「七回!? 六回もそんな会やってんの!?」
「たっだいまー!」
「今帰ったのじゃー」
「ちょうどいいところね」
最悪のタイミングで帰ってきやがったな。玄関まで行って出迎えてやる。
「おかえり。今日の会議は中止よ」
「何かあったの?」
「アジュがまたヘタレたのよ」
「なるほど。いつものことじゃな」
「いつもじゃ困るんだけどなー」
反論の余地なし。ヘタレない俺なんて俺じゃないわ。
だから俺を責めるような視線はやめろみんな。
「だからみんなで買い物に行くのよ。女性物の下着を!」
「ちょっと待て!? 聞いてないぞ!!」
「現実味があるから尻込みするのよ。もう階段八段飛ばしくらいで登らせて、上から一段一段降りて消化させるのよ」
「なるほど! 名案だね!」
「名案なわけあるか!! 無理だよ! っていうか下着なんて関係ないだろ!」
ヘタレ改善と下着買いに行くが繋がってない。このまま行って恥を晒してたまるか。
「どんな下着をつけて欲しいと思っているかわかるわ。ちなみに今私が履いているのは」
「スカートをめくろうとするな!!」
「うぅ、やっぱりアジュもそういうの見たいの?」
「イヤ別に。シルフィはそういうこと考えないでいい。ピュア枠でいてくれ」
これ以上ボケが増えると処理できない。
シルフィは癒し枠としてこれからもピュアでいて欲しい。俺からの切実な願いだ。
「恥ずかしいけど。アジュが悪いのよ。私達をほったらかすから」
「まあ自業自得じゃな」
「いや、恥ずかしいならやめようぜ。下着なんて見る機会ないんだし。自由でいいんじゃね?」
着替えに乱入とかしないように超気を使ってるからな。
風呂もかち合わないようにしている。むしろ乱入される側だよ。
「見る機会ないとか堂々と言ってますよ」
「本当にアジュはアジュね。脱がせる気がないのよ」
「ねえよ! 脱がせる前提かよ!!」
「諦めるのじゃ。そもそも指輪持ち以外とそういう行為に及ぶことができんのじゃから」
「そういう行為に及んだりしません。俺はまだ子持ちになんてなりたくない……今なんつった?」
なんかいやなセリフがあったような。猛烈な不安が押し寄せる。
「指輪持ち以外とそういう行為に及ぼうとすると、めっちゃ萎えるのじゃ。脱がせても無駄じゃ」
「超初耳だわあ……マジかいな」
「おぬしが弱いままで、どこの馬の骨とも知れん女と子供作ってもなーんもプラスにならんのじゃ。鍵にできるくらいの力があるか、好感度が高い、というのが最低条件じゃな。二人は最高の相手じゃ」
「そうね。これ以上ない相性だと思うわよ」
「そっかー、それは嬉しいかも。相性が良いんだってさ」
指輪にはそんな機能があるのか。調べても指輪が何なのか出てこないんだよなあ。
「いやいや、マジでかよ」
「マジじゃ。ちなみに女性側にもプロテクトがかかるから、おぬし以外に抱かれることができん。わしも含めてのう」
どうやら色々制限があるらしい。
する気はないけどできないとなると急に不便な気がするな。
「リリアって指輪持ってたっけ?」
「わしは代用の腕輪を右腕につけておる。まあじきに指輪もちになるじゃろ」
「口実が増えたわね。いい傾向よ」
「よくないよくない。節度ってもんがあるだろ」
まずいな。俺が攻められ続ける流れだ。
下着買いに行くのもキツイし、なにかこの状況を打開する策を考えなければ。
「さあ、この状況をなあなあで終わって欲しければ下着を買いに行くのよ!!」
「わたしも恥ずかしいよ。アジュだけじゃない。一緒に恥ずかしくなろうよ!」
「観念するのじゃな」
そして下着を買いに行くことになる。これで今日一日潰れそうだな。
なんの罰ゲームなんだろうなあこれ。
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