決戦マーダラータクト
マーダラー・テイルを撃破し、隠密潜入舞台はさらに上へと登っていく。道中の敵は弱体化しており、このまま一気に最上階へ行けそうな勢いだ。
「少し妙でござるな」
「確かに。タクトの他にもう一人いるはずなのに、そいつが見当たらない」
もうすぐ最上階だぞ。タクトとタッグで来るつもりか?
敵の狙いが見えない。とりあえず執拗にケツを蹴ろうとしてくるマーダラーどもを切り飛ばしながら進んでいく。
「この上だな」
「我々は残党を成敗いたします。どうか皆様ご武運を」
陽動組が別れを告げ、俺達から離れていく。ここからは俺達七人による対象首討伐作戦だ。ももっちとアランさんは広告塔になる予定だから、首を掲げる役。コタロウさんは俺のサポート。ギルメンは神話生物が出た場合の保険だ。
「そちらもお気をつけて」
「死んじゃダメだからねみんな!」
「僕も解決次第そちらに向かいます。全員生きて帰るぞ!」
「おう!!」
そしてあまりにも順調に進んでいき、最上階へと辿り着いた。今までのトレーニングルームとは違い、大理石のような床と、奥に大きくて美しいステンドグラスがある。ここだけなら豪華な教会だと言われれば納得するかもしれない。
「ようこそ忍者のみなさん。お早い到着ですね」
濃いオレンジ色の髪を短くまとめた、細身の女。今回は忍装束にどこか機械的な薄い鎧を纏い、シャープな印象が強い。あれがマーダラー・タクト本来の戦闘服なのだろう。
「タクト、お前の野望もここまでだ! もう僕達の勝ちは見えている!」
「まさかあんな手段でテイルを倒すとは、予想の裏を行かれました。これが忍者の厄介さですか」
「いや忍者関係ないと思うよ?」
「ですがまだまだ思慮が足りないと言わざるを得ませんね」
ステンドグラスの下にある大きなオルガンから曲が流れ出し、この場に転移してくる化け物ども。赤く大きな目が光り、白い石で爬虫類を彫ったようなボディを持つ、異形の怪物だった。
「この子達は純粋培養された特殊強化マーダラー、ネクスト。誰とも繋がらず、改良に改良を重ねた最新の品種です」
ネクストの口から鋭い牙が見え隠れしている。どうせ爪も戦闘用に切れ味抜群だろう。面倒な連中だ。
「戦闘能力では世の超人に匹敵するはずです」
「それでも僕らは諦めない。お前を倒して、この惨劇を終わらせるぞ、マーダラー・タクト!!」
「いいでしょう。なら私が直接お相手します。不死鳥アラン」
余裕の表情で手招きしている。アランさんも強いはずだが、あの自信はどこから来ているのか。隠し玉にでも警戒しておこう。
「わかった。みんなはネクストの相手をお願いします。わがままなのは承知ですが……」
「構いませんよ。ついでに行け、ももっち」
「うえぇ!? なんでさ!?」
「コウガとイガで倒すのが最適解だろ。骨は拾ってやる」
俺ばっかり活躍すると面倒なことになる。ここらで目立ってもらうぞ。さっさと大活躍してしまえ。
「ええいこうなったらやってやるさ! うなれ妖刀! 外道丸真打ち!!」
あれ前に折れたやつだな。無事修復できたらしい。よかったよかった。
「コウガの不死鳥アラン、お相手つかまつる!!」
アランさんとももっちが疾風のように駆けていく。しばらく任せておこう。
横にいたシルフィが小さな声で訪ねてくる。
「わたしたちはどうするの?」
「接戦を演じろ。まだ敵は残っている」
「わかった」
ネクストのスピードはたいしたものだ。光速未満だが繰り出される爪攻撃も、徐々にスピードが上がっている。肩慣らしのつもりだろうか。実戦投入は初めてなのかもしれない。
「なるほど、まんざら達人レベルってのも嘘じゃないらしい」
軽く打ち合ってみるが、たしかに強い。動物敵本能とも言える戦い方だ。野獣のように襲いかかり、動物的勘で回避してくる。姿勢が低く、四肢を地面について素早く移動する様は、まさに野生動物だ。
「いけるか?」
「問題ないわ」
「まあこの程度なら余裕じゃな」
「でも接戦にするんだよね?」
「ああ、ただしアランさんとももっちには近づけるな」
タクトとの戦闘に専念させるため、移動しようとする敵から遠方へと蹴り飛ばす。
「動物の割に叫び声も挙げないか。喋る機能がないのか……?」
雑音が少なくて助かる。ゆっくり相手しながら、本命の戦いを見守ろう。
「危ないモモチさん!」
アランさんがももっちを突き飛ばした瞬間、アランさんの全身が燃え出し、爆発して、大量の水を吐き出してから骨の軋む音がした。
「うがあああぁぁぁ!?」
「何だあれ……?」
「アランさん! この人に何をしたのさ!!」
「おや、テイルで履修済みではないのですか? 今のが四死逢魔。どこかの誰かの死因を四個同時に与える技です。溺死、焼死、圧死、爆死など、どれがどの部位をどれくらい塗り潰すかは自由自在です」
「想像以上にやべえ技だな」
まともに相手しなくてよかった。
「まだ少し誤解があるようですね。私がマーダラーを指揮することしかできない、戦闘は不向きなタイプだと思っているのでしょう?」
タクトのスピードが上がり続ける。こいつもスペック高いタイプか。
打ち合いでは分が悪いのか、少しももっちが押され気味だ。
「きゃあぁ!? むうう、なんか強い!!」
「私は指揮者。観測された出来事を指揮し、決定する権限を持つ。故に絶対的な強さを持たねばならない。実力の無い者に、マーダラーは従いませんよ」
「それでも、僕らは負けるわけにはいかないんだ!」
「回復が早い……いい素体になりそうです。不死鳥を殺し、その特性をいただきましょうか」
二人に身体能力で勝り、二対一で有利に戦えているタクトはおかしい。三幹部はまともに戦わないほうがいいな。
「耐久テストをしてあげましょう。コウガ忍法ソードダンス」
アランさんの両足に何本もの剣が突き刺さる。刺さる場面が見えなかった。これ普通に戦うとかなり無理ゲーじゃね?
「ぐっ!? こんなもので!!」
必死に痛みに耐えて、反撃を続けている。凄いガッツだが、不意打ちで襲ってくる攻撃は避けようがない。
「あれどうすんだ?」
「普通に魔力で圧倒するか、神格でかき消せるのじゃ。どっちも同レベルだとああなるわけじゃな」
神話生物クラスには効きが悪いと。改めて最上位層は化け物なんだな。
「秘伝イガ忍法夢幻陣!!」
ももっちが蜃気楼のように揺らめいては増えていく。分身の術っぽいが、光と煙が遠近感すら狂わせていく、イガ独自の術っぽい。
「モモチ一族は幻術と妖術のエキスパートと聞きます。それもいただきましょう」
「簡単にできると思わないことだぜい!!」
幻が龍に变化して、大口を開けながらタクトに迫る。
「属性魔法とは別種ですか。ですがこの程度……」
両手の剣で龍を切り裂き、ももっちへと走っていくタクト。だが既に幻のライオンが飛びかかっていた。
「動物を模すのは悪い案ではありませんが、対処できないほどではありませんよ」
それすらも軽く対処し、その歩みを止めない。こいつ動揺しないな。
「もう一回ドラゴンだ!!」
さっきよりも大きな龍が迫る。そこへネクストが飛び出し、タクトを龍から守るように立ちはだかった。
「ネクスト? まだ戦闘中のはず」
タクトの背後にもネクストがいる。そして前後のネクストが同時にタクトを切りつけた。
「信号が届かない。反応もない……まさか」
ギリギリで避け、にせネクスト二体とももっちの猛攻を防ぎ続けている。
「私の作った幻覚さ! 幻を現実へ、現実を幻へ、それは変換であり模倣。こういうのはマーダラーだけの技術じゃないのさ!!」
「そこに回復した僕が加われば、戦況はこっちに傾くはずさ!」
「まとめて圧死なさい」
ももっちの分身が重力に潰され、地面に叩きつけられる。
新たに現れた個体が、死の影響を受けていないのか、そのまま切りかかっている。
「幻影ではない? 確実に本体を動けなくしたはず」
「さっきまでの私は分身。今は分身が本体。死んだ分身から幻だったことになる!」
こいつの能力もよくわかんねえ。何かしら反則能力持っているのずるいと思う。
「ではおかわりをどうぞ」
新たなネクストが天井から降ってくる。面倒だ。拳の風圧でまとめて壁に叩きつけておく。最初に出たやつはもう倒してある。
「おや、誰も殺せずリタイアとは……改良失敗でしょうか」
幻影のネクストは消えていた。タクトのトップスピードには追いつけなかったようだ。
「流石に間延びしたんでな。倒しちまった」
こいつらそこそこの身体能力くらいしか褒める点がない。適当に相手するにも単調で飽きる。倒して観戦する方が楽だと気づいちゃったのだ。
「がんばってくださいアランさん! ももっち!」
「イガとコウガの力を信じているわ」
「ありがとう。必ず勝つよ」
闘志の漲るアランさんを見て、なお余裕の表情を崩さないタクト。こいつもう別の力があると思えないんだが。
「不死身の相手の倒し方、ご存知ですか?」
「あるなら見せてくれると嬉しいね!」
「リクエストにお答えしましょう。忍者に死を」
両手に赤色に光るロングソードを持ち、アランさんへと肉薄する。今までより段違いに速い。これが最高速度かもしれない。
「君の行動パターンは読めているよ!!」
「ここで畳み掛けるぜい!!」
三人の剣がその速度と重さを増し続ける。だがさっきとやっていることは似ているわけで、特別な行動とは思えない。
「うーむ妙でござるな」
「必死の打ち合いには見えるが……狙いは別にありそうだ」
答えはすぐに出た。アランさんとももっちの動きが目に見えて悪くなる。
「頭が……思考がまとまらない……」
「うぅ……眠い……忍者に睡眠薬なんて……」
ももっちの分身が減っていく。眠気で集中できていないのだろう。
「薬に抵抗があっても、死んだ事実を被せてしまえば、それは結果で塗り潰せる。深き眠りもまた死。衰弱死も、睡眠薬の過剰摂取も、死因になる」
四死逢魔ちょっと応用ききすぎじゃね? こんなん初見殺しもいいところだぞ。
「睡眠とは回復する行為に似ています。攻撃とみなされなければ、不死身の血でも復活はできないでしょう?」
「眠らなければいいだけだ!!」
自分の足に刀を差している。だがその顔は痛みではなく驚き一色に染まっていた。
「痛みが……無い?」
「全身麻酔による緩慢な死など、いかがです? 痛みを感じることなく死ねますよ。不本意ですがね」
「完全に眠る前に倒す!! コウガ忍法奥義! フェニックス・ストライク!!」
テイルを倒した必殺技だ。タクトはそれを真正面から剣で受け止め、魔力を込め始めている。全力の奥義と互角かよ。
「抵抗は無意味です」
「無意味なことなんかない! 僕達は勝たなきゃいけない! 忍者の未来のために! ここまで導いてくれたみんなのために! お前を倒す!! 忍者を無差別に襲うお前たちに、決して屈したりはしない!」
「逆恨みもここまでにしてもらうよ!」
部屋を埋め尽くさんばかりに、ももっちの分身が増えていく。
「何のつもりです?」
「何回死んでも関係ない! 物量で押し込んでやる! イガ忍法、朧雪崩の術!!」
分身による全方位からの斬撃である。流石のタクトも耐えきることはできず、初めて斬撃がヒットした。
「無駄です。全てに死を与えれば……」
「消すと増えるぜい!!」
やっていることはシンプルだ。タクトが分身を消し切るより早く、追加の分身を作り続ける。まとめて吹き飛ばすと、視界が悪くなってしまう。死を与える効果が雑になる。考えたな。
「うりゃりゃりゃりゃりゃ!!」
「これほどの魔力が残っていたとは……うぐっ!!」
一発一発が弱くとも、隙を作るには十分だ。アランさんへの対応に乱れが生じる。
「エリザさん、力を貸してくれるかい?」
「何をする気?」
「君と僕の境目を曖昧にする」
何やら作戦タイムらしい。二人が手を繋ぎ、魔力を高めていく。
だがそれをタクトが黙ってみているはずはない。
「させると思うのですか? より深い死を与えるだけです」
一瞬だけ、ほんの一瞬だけアランさんが速かった。
「必殺合体忍法! 不死鳥天元突破!!」
ももっちとアランさんが、分身により無数の火の鳥となって舞い上がる。
時に混ざり合い巨大化し、時に分裂して四方からタクトを襲う。
「これは幻? なぜアランまでもが増えるのです?」
「イガもコウガも、お前たちみたいな殺人集団じゃない。歩く道が少しくらい違っても、シノビの魂は同じ」
「元々一個の流派なんだ。土壇場で混ぜちゃうくらいできるんだよ!!」
その炎は二人の命の炎だ。意志が潰えぬ限り燃え続け、悪を滅ぼす聖火となる。
室内に吹き荒れる火炎は、二人の覚悟と闘志の現れだろう。
「まだスピードもパワーも私が上です。順番に斬り殺してあげましょう」
ロングソードが複数のアランさんに突き刺さる。そして引き抜くことすらできなくなった。
「不死鳥アランははったりじゃない」
その身を犠牲にすることで腹に刺さった剣に、さらに多くのアランさんの手が伸びる。
「爆死しなさい!」
次々に爆発しては、その炎すらも取り込んで、再び剣にしがみつく。その執念はコウガのプライドか、はたまたマーダラーの蛮行への怒りか。
「忍者は影に生きるもの。みっともなく、泥臭くてもいい。勝たせてもらう」
ひときわ巨大な火の鳥が、一直線にタクトへ突っ込んでいく。
「こんな炎ごときで……壁になりなさい、ネクスト!」
まだ残党がいたらしい。だが続々と集まる不死鳥が、ネクストを巻き込み火力を上げていく。
「これで終わりだあああああぁぁぁぁ!!」
火の鳥のクチバシが開き、中から伸びた刀がタクトの胸を貫いた。
「こんな……なぜ死なない……なぜ滅びない……忍者を滅ぼすために私達は……」
刀の柄を握るアランさんとももっちから、タクトへと全ての炎が駆け巡った。
炎の柱は絶大な火力を解き放ち、タクトを完全に焼き尽くしていく。
「この世にお前たちのような悪がいる限り、忍者は不滅だ!!」
「無念……ですが、まだマーダラーが負けたわけでは……どうか、忍者のいない世界を……」
最後の言葉は炎にかき消されていった。
「勝った……よね?」
炎も分身も消え、ふらふらとした足取りでこちらへ歩くももっちを支えてやる。
「おつかれ。頑張ったな」
「へへ……ごめんあじゅにゃん……ちょっと疲れちゃった……眠気しゅごい……」
「僕もだ。しばらく立てそうもないよ」
アランさんも床に座り込み、肩で息をしている。ギリギリの勝利だったのだろう。
「お疲れ様でござる。今回復するでござるよ」
みんなが介抱しているので、俺は今後のことを考えよう。
「さてここは最上階なわけだが」
勝つのはいい。問題は三幹部最後の一人が見当たらないことだ。
「タクトと同レベルの気配は感じないわ」
「偽物の拠点ってことか?」
「にしては敵の数が多すぎるじゃろ。タクトもテイルも死んだ。駒を減らしすぎておる」
「隠し部屋でもあるのかねえ……」
なんの気なしに左アッパーの風圧で天井を消してみると、そこには満点の星空が広がっていた。星が光の線を作りながら流れている。
「流れ星?」
「流星群ね。珍しいものが見られたわ」
こんな時じゃなきゃ、ゆっくり見ていたいくらいには綺麗だ。初めて見たかも。
「綺麗だねー」
「ああ、こういうものを見に行くってのも悪くは……なんかでかくなっていないか?」
「ねえ、あれ落ちていくんじゃ……」
なんとなくだが、光が大きくなって、しかも俺達のいる場所に落ちてきている気がする。この城が空の上だからか、隕石がやけに近く感じる。
「こっちに飛んでくるよ!!」
「ああもうマジかよ!!」
城からジャンプして、魔力波でまるごと隕石を消し飛ばす。
なんだよどんな不運だ。せっかく幹部倒せたっていうのに。不安を感じつつみんなのところへ着地した。
「最悪じゃな。これを見るのじゃ」
リリアが望遠魔法を空中に広げた。そこには遠い宇宙の闇と、星の光と。
「おいおい……そんなのありかよ」
遥かに巨大な天空城が、化け物と同化している姿があった。
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