第172話 混ざりもの
「よっと……地下道って言うからもっと汚いか殺風景な場所を想像してたんだが」
地下道に降り立った俺の目の前には、城の内部と同じように豪華な絨毯と明るい照明。
流石に美術品は無いが、清掃が行き届いている。
「魔星玉を汚い場所から運搬などできるか」
「そらそうだ」
地下道は列車が通れるくらいに広いトンネルと言えばわかりやすい。
「確かに、むこうから魔星玉の反応がある」
「わかるのか?」
「ちょいとな。だから待ち伏せてんだろ?」
「気付いていたか」
奥からやってくる魔族一人と天使が二人。合計三体。それなりに強いんだろうなきっと。
「フォカロル殿!?」
マコが全身青色の魔族に反応した。皮膚も髪も青だ。着ている高そうな衣装も青ベース。
「知り合いか?」
「何度かお会いした。まさか寝返っていたとは」
「笑止。もとよりルシファー様に仕える身よ」
どうやら知り合いの魔族がはじめっからスパイだったらしい。あるあるそういうの。
「んじゃ殴られても文句言うなよ? お前が決めた道だ」
「調子に乗るな人間」
「混ざりものと人間か。薄汚い組み合わせだ」
天使がくすくす笑っている。嘲りの笑みだ。気に入らんね。
「混ざりもの?」
「魔族、魔王の血を引きながら、人間と混ざった混ざりもの。純血の魔族でもないのに魔王を目指す。愚かで無様で、まるで我が血まで汚されているようでね……ずっと不快だったよ、マコ殿」
「そんな……私は……」
「内心他の魔族もどう思っていたか……アモンの血を引くというだけで、のこのこパーティーにまで出席する始末。これを無様と言わずなんとする?」
会場でもそういう輩は見た。正直気に食わないが、マコが選んだ道。
その道を俺が汚すわけにはいかなかった。
だから黙って流していたが……これが魔族の、いや貴族のテンプレだろう。
「形だけ父を真似て。そのマントも、高笑いも、偉大な父を模倣し、己を強く見せるためのものであろう? 母の血を憎み、父と同じ魔族であると周囲に知らしめるために」
「違う! 私は父も母も誇りに思っている! この血こそが私の誇りだ!」
「なるほど、悪魔のささやきってのはこういうことか」
「会話に割って入るな人間」
「すまんね。退屈なもんでさ」
会話も時間稼ぎなのかもしれない。だが魔星玉がゆっくりとしか動いていないのはなぜだ?
明らかにゆったり歩いているか、それ以下のペースで離れている。
「貴様、なぜこやつに手を貸す?」
「こいつの四天王だからさ」
「くだらん。混ざりものに従うか」
「堕天の乱とやらでボロカス負けた雑魚に従っているスパイに言われたかないけどな」
「ほう、でかい口を利くな人間。混ざりものに守ってもらえるとでも思っているのか?」
「お前こそ、そっちの天使に守ってもらえよ。顔色悪いぜ」
「いいだろう。ここで死ね。混ざりものと一緒に仲良く浄化されるがいい」
フォカロルの足元から大量の水が溢れ出す。
「我はルシファー様に仕える天使サキエル」
「同じくガギエルだ」
「ふーん。まあいい。死ね」
雑魚の名前なんて覚えてやる価値は無い。どうせここで死ぬし。
「ぬかせ!」
フォカロルの出した大量の水に乗って、でかいサメみたいになった……なにエルだっけ?
まあどっちかが大口を開けて飛び掛ってくる。
「お前らなんでややこしい名前つけてんだよ」
上アゴと下アゴを持って、裂けるチーズみたく引き裂いてやる。
「ほーれさくっとな」
「がっぱが!?」
上下で裂けた天使はそのまま消えた。弱いなおい。
「なんか上にいたやつより弱くないか」
「改めて異常なやつだな……」
「ちっ、使えん天使だ」
「魔族ごときが思い上がるな」
なんか敵は仲が悪いらしい。
お互いに渋々といった感じで、地下道を満たすくらいの水を出す。
「そんじゃ趣向を変えましてっと」
『ソリッド』
ソリッドキーはなんでも固体にするキーだ。液体にするリキッドキーもある。
水が俺達の手前で止まる。まるでそこに壁があるかのように天井まで水が溜まるが、俺達には届かない。
「なにをした?」
「流れてくる水をそのまま固体にしてやった。そして固体になった水で壁を作って栓をしたのさ」
「お前なんでもありか……」
マコがどう反応すればいいかわからないといった視線を向けてくる。
「こういうのもありだろ。あとマコ、フォロカ? とかいうやつはお前がやれ。強さを見せつけてやるのさ」
「私が?」
「できるさ。あいつそんなに強くないぜ。アモンさんみたいに強くなりたいんだろ?」
「敵を前に談笑か人間!!」
水の壁の中から天使が一匹飛び出してきた。手には水と光の槍がある。
「いいじゃないか別に。だめってんなら」
槍を右手で叩き落とし、そのまま右アッパーで天使の頭を吹っ飛ばす。
「敵がいなくなればいいのさ。死にそうになったら助けてやるよ。魔王様」
俺はマコと敵が見える位置に移動して見学だ。
ちょうど格ゲーの画面を見るような感じ。
「わかった……やってみる。いや、私がやる!」
「じゃ、サービスだ。水は消しておいてやる」
手に魔力を込めて、個体になっている水を殴り殺す。
連鎖するように魔力を送り込めば、この場にある水を全部殺せる。
これでとりあえず水は消えた。
「何者だ貴様? 水をどうやって消した?」
「こいつの四天王だよ。それだけだ。あとは勝手に考えな」
「フォカロル……父と母の名をこれ以上汚さぬために、貴方を討つ!」
「やってみるがいい。混ざりものが!!」
「雷撃よ、我に従え!」
マコの両手から電撃が撃ち出された。そりゃ水相手ならそうなるわな。
「愚かだな。発送が貧弱だ」
ちょっと敵の水と魔力の流れをサーチ。
なるほど、自分に電撃が当たらないように、水をコントロールして分散させているのか。
「ならば、炎撃連弾!」
人間の子供くらいならすっぽり入る火球を連続で投げ続ける。
マコは炎の技が多いな。使いやすいんだろうか。
「鬱陶しい。水に炎とはなにを考えているのやら」
フォルカとかいう魔族の水流は結構強い。
水の壁もあってか消火され、水蒸気が地下道を満たしていく。
あれはいつかの目くらましに似ている。一緒に戦った試験のときと同じだ。
「精霊よ……頼むぞ」
マコが限界まで圧縮した魔力を炎に変換し、両手に灯す。
「フレアドライバー!!」
右手から一本の細い線として撃ち出されたそれは、貫通性と一点に絞った必殺の一撃。
水をものともせずに貫いていく。
「ちっ、当たらなければいいだけだ!」
「そううまくいくかな? 今だ!」
敵の足元を満たしていた水から手が伸びる。水の手だ。
まるでフォカロルを羽交い締めにするように、人形の水も現れる。
「これは……貴様の精霊か!」
火炎の連打は視界を悪くする囮だったのだろう。
水の精霊を忍ばせ、フォカロルを固定するための罠だった。
「うおおおおぉぉぉぉ! 魔族が、混ざりものごときに負けてたまるかああぁぁ!」
強引に水の精霊を振り払い、ありったけの水を圧縮してフレアドライバーにぶつけ始めた。
単純な技と魔力のぶつけ合いだ。
「ふはははは!! どうした! 炎の勢いが落ちているぞ!」
地下道に再び水蒸気が満ちてくる。
魔力で探知できるが、マコもフォカロルも常人には目視できないほどだ。
「これで終わりだ! 所詮純血の魔族には勝てんのだよ!!」
水がフレアドライバを消し、マコの影を貫いた。
「ええ、これで……全て終わりです」
マコの声が、フォカロルの背後から届く。
「なんだと……貴様いつから!?」
「さようなら」
マコの左手がそっとフォカロルの背中に触れ、溜めていたフレアドライバーが火を吹いた。
「うがああぁぁ!?」
「決まったな」
胴体に大穴を空け、うつ伏せに倒れ込んだフォカロル。
終わりだ。命の灯火が消えていく。
「何故だ……どこから……こんな力が……」
「私だけの力ではないからです」
「なんだと……?」
「私は未熟。ゆえに精霊の力を借りる。精霊とともにある。私だけの力では勝てませんでした」
マコの作戦勝ちだ。水の精霊に注意を引き、右手のフレアドライバーを撃つ。
撃ち合いになり水蒸気が満たされたら、途中でマコの影に化けた炎を作る。
風の精霊に速度を増してもらい、高速で背後に回る。左手のフレアドライバーが本命だ。
「ご丁寧に水の精霊にフォカロルの足を掴ませていたな」
「ああ、流石にサカガミには気づかれるか」
「勝ちゃいいんだよ。かっこよかったぜ」
「そうか……魔族が……負けるか……」
「私は混ざりものです。だがそれが私の誇り。精霊と友になり、人間を四天王とし、私の周りには、これからも様々な種族がいるでしょう。魔族以外の仲間は、これからも混ざっていきますよ。それが、私の力になってくれるから」
「ふん……魔族の力だけにこだわらぬことが勝敗を分けたか……私の負けだ。どんな道を歩むか……地獄で見ているぞ、マコ殿」
フォカロルの体は消えた。まるでそこには何もいなかったかのように。
「見ていてください。私の進む道を、私の作る魔界を」
そして俺達はスクルドに追いつくため、走り出した。
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