第173話 ボスってのは第二形態があるもんだ

 何重にも存在し、その全てが壊されている防災シャッターのような扉を抜けて、ようやくスクルドに追いついた。

 なんかまっさらな大地に着きましたよ。


「なんだここ? 平野? なーんにもないだだっ広いとこだな」


「ここは……地獄への中継地点か?」


「地獄?」


「正確には堕天使を封印した、地獄の入口とでも言うべき場所か」


「あら、お早いお着きで」


 スクルドとバティンがいる。なにやら疲れているな。


「お前らこそ随分と遅かったな。のろのろ移動していたみたいだが?」


「こちらの動きを察知していたのですね」


「ああ、これも…………バエルさんの加護だな」


「サカガミ……お前というやつは……」


 魔王の名前を複数出すことによって、魔界は簡単に滅びないぞアピールをしよう作戦だ。


「で、ここはなんなんだ?」


「特別な地獄へ続く中間地点さ。魔星玉を持ち出したのは、ここの境界を開けるためか」


「正解だ。次元結界が多すぎて破壊し、ここに繋げる作業に時間がかかったが、あとは魔星玉で世界を広げるだけだ」


 あの分厚くてでっかい扉はそういうことか。結構苦労したのね。山ほど攻撃の痕跡があったし。


「黙りなさいバティン。計画を話すメリットなどありませんよ」


「堕天使の隔離された地獄への扉はサタン様にしか開くことはできない。だから魔星玉で無理やり世界を広げて、隙間から仲間を連れ出そうという魂胆か」


 何言っているのかよくわからん。魔界に来てから専門用語が多すぎる。


「初心者にもわかりやすく説明してくれ」


「魔王がみんなで力を注いだだろう? あれは魔界そのものを広げる効果もある。そうやって魔界は広がり続け、住む場所に困らない。領土を巡って戦争するより、力を溜めて注ぐ方が効率がいいしな」


「なーるほど。堕天使のいる地獄に隙間を作る……いやいやそんなに天使って重要か? ぶっちゃけそんなに強くないだろう」


「サカガミ達が強すぎるんだよ。本来上級天使をひっぱたいて殺せる一般人なんていない」


「ま、いいさ。つまり全員殺せば終わりだろ」


「ええ、そういうことです。始めましょうか」


 空を埋め尽くすほどの天使が降りてくる。また増えやがったなおい。


「全てはルシファー様のために! ここで死ぬがいい!!」


 バティンが消える。瞬間移動なんだろうけれど、雑だな。


「悪いな。それはもう見切った」


 背後に現れる予定のバティンに回し蹴りを叩き込む。


「がばっ!?」


 はいヒット。続けて拳の連打を浴びせ、スクルドに投げてやる。


「返すぜ」


「いりませんよ。そんなもの」


「ぶべえ!?」


 スクルドの前に現れた光の壁に顔から突っ組むバティン。いらない子なのか。


『ソニック』


 バティンでスクルドの視界が奪われた今がチャンス。

 俺だけの時間の中で魔星玉を取り戻し、マコのもとへと戻る。

 ここでソニックキーも解除。こっそり魔星玉を召喚版のスロットに格納しておく。


「貴様なぜわかる!?」


「お前は単純なんだよ。視線や今までの行動パターンもそうだし、移動するときに魔力を先に移すだろ? そんな中途半端な瞬間移動じゃ、どこに行くかバレバレだって」


「ばかな!? そんな弱点があったとは!?」


「気づけよ……」


 これはいらない子ですね。この場でいるやつなんてマコくらいだけど。


「ひとつ聞きたい。今天使を出したんだろ? ならルシファーってのはどうやって脱走した? こいつらと一緒に出てこなきゃおかしいだろ」


「わらわの主様が特別に温情で逃したのですよ。配下となることを条件にね」


「ああ、だがいつかはその男もルシファー様の威光に目覚める時が来る」


「ふむ、首謀者は男か」


「はあ……本当に使えない女……せめて最後は役に立ちなさい。魔界を破壊と混沌で彩るのです」


 スクルドの手に、何かの筒がある。液体が入っているそれを、銃のような何かにセットしている。

 漫画やゲームで見たことがある。あれは銃じゃない。ワクチンとか薬を投与する時に使うものだ。


「なっなにを……」


「喜びなさい。この力を試すのは、あなたが初めて。実験台一号ですよ」


 バティンの首筋に銃口を当て、引き金を引く。すると中の液体は一瞬で体内に注射される。


『トウコツ』


 銃から声がした。深く暗い男の声のような機会音声のようだった。


「うぐっ、うああぁぁ……」


「なにをしやがった! バティンは味方じゃねえのか?」


「ええ、味方です。実験で他人に迷惑をかけず、身内で済ませる。立派な志だと褒めていただきたいものですね」


 なにかやばい。とてつもない速度でバティンの中からドス黒い魔力が吹き出し続けている。


「下がれマコ!!」


「ガアアアアアアァァッ!!」


 バキバキと何かが壊れる音がした。そして現れる最悪の化物。

 十メートル近いそいつは、長い虎のような体毛と巨大な尾。

 四本足には鋭利な爪。そしてそんな巨体に見合うほど大きくなったバティンの顔がついていた。


「なんだこの化け物は!?」


「おいおい魔族ってのは第二形態があるもんなのか?」


「知らん。オレ様も初めて見る。バティンにこんな力はない」


「オオオオオオオオオォォォォ!!」


 最早バティンに正気はない。目は真っ赤に充血し、どこを見ているのかわからない。

 長い牙を生やし、よだれを垂らしながら唸り声を上げる、ただの化物だ。


「なんだ……? 堕天使を攻撃している?」


 近くにいた天使を食い始めている。動揺し逃げるものを尻尾で叩き、爪で切り裂き、牙で貫く。

 捕食している。というのが正しい表現かもしれない。


「おいおい天使も食われているぞ」


「いいのですよ。ルシファーという一番いい実験台さえ手に入れば、脆弱な天使など目障りなだけ。餌となり、文字通り化物の血肉となってもらう予定でしたから」


 こいつ、なかなかに外道じゃないか。無表情で言われると気味が悪いな。


「最初っから全滅させるつもりか」


「ええ、協力者は少ない方がいい。少数精鋭がモットーなもので。さようなら。もう会う事もないでしょう」


「逃がすかよ!」


「残念ですがお別れです」


 やつの足元に転移魔法陣。逃げる気か。だが遅い。


『ソード』


 まず光速で魔法陣を斬る。そのままの流れで首から下をバラバラに切り刻む。

 スクルドのコアのような部分がないか探すためだが、なんもなし。

 最後に頭に剣を差し込み、スクルドの魔力を切る。


「これで自爆も転移もできない。そして、会場にいたスクルドとお前だけ。魔界には二人だけだ」


 これはこいつの頭の魔力を通じて探ったから間違いない。


「あ、貴方はいったい……」


「少数精鋭ってのも間違っちゃいない。お前は複数いるようだが、魔界での予備は最後だ。魔族と人間を侮ったな」


「ですが、まだわらわは存在する。伝えなければ……このことを」


「無駄だ。お前の魔力の流れを全部切って消した。俺はそういうことができる。お前は誰にも何も伝えることができず、生きていた痕跡すら残せずにここで死ぬ」


「そんな……無念です……ア……ム……さま……」


 スイカ割りのように頭を真っ二つにカットしてやる。

 絶望の表情を残して跡形もなく消えたスクルド。

 絶望顔が見られてすっきりしたが、こいつの目的がさっぱりわからん。

 だが今は目の前のあいつだ。


「ガアアァァァ!!」


「下がってろ。こいつ……かなりやばい。俺がなんとかするしかない」


 振動と爆音を残してバティン、いやトウコツだったか。化物が消えた。


「そこだっ!」


 マコに忍び寄るトウコツの横っ面をぶん殴る。上級天使なら体ごと消し飛ぶ威力だ。


「見かけによらず速いな」


 光速に近い。しかもそこそこの力で殴ったのに起き上がっている。


「ガアァァァァ!!」


 トウコツの口に集まる黒い光。やばい。あれは魔界に当てちゃいけない。


「ここにいろマコ!」


 敵の懐に潜り込み、右アッパーで黒いビームを上に向ける。

 吐き出された黒い悪意は空高く消えた。


「バティンがどうやったらここまで強くなるんだよ」


 月程度なら二、三個まとめて消せる威力だ。

 鎧には遠く及ばないが、魔界の耐久力がわからん。

 月より弱いってことはないだろうけれど、俺が全力を出しても耐えきれるのかどうか。


「とりあえず……天使でも食ってろ!」


 天使側に尻尾を掴んで投げ飛ばす。急に化物が飛んできた天使は大慌てだ。

 この隙にマコをなんとかしよう。


「マコ、無事か?」


「ああ、だがなんという力だ。あんな化物を倒せるのか?」


「多分な。魔界ってどれくらい丈夫にできている?」


「どういうことだ?」


「あいつ、星くらいなら簡単に破壊できる。魔界がやばい」


「魔界も、この星も、他の星に比べて格段に、異常なほど頑丈だよ。まるで何かに守られているか、星を鍛えたんじゃないかといわれるくらいにな」


「なんだそりゃ?」


「神の加護説とか諸説あるぞ。割と有名だ」


 どうやらそれほど心配しなくてもいいらしい。妙な世界だ。


「んじゃ逃げてくれ」


「お前はどうする」


「あの程度なら倒せる。問題は星が壊れるかと、マコが死なないかだ」


 そこで世界が揺れる。なにかがこの世を吸い込もうとしているようで、慌てて振り返る。


「あいつだ。あいつが天使を……地獄を飲み込んでいるんだ!」


 マコの言う通りかもしれない。大口開けて全てを吸い込むトウコツ。

 そこに天使も堕天使も関係ない。そいつらを封印していた、特別な地獄とやらも区別なく飲み干していった。


「ウオオオオオォォォォォ!!」


 全身がさっきの五倍以上に膨らんでいる。パワーアップしやがったか。

 黒い羽と白い羽が何枚も生え、ますます不気味になりやがった。


「逃げろ。今のうちに急いで逃げれば……だああぁりゃあ!!」


 距離を詰めてきたトウコツを、力任せに裏拳で吹き飛ばす。

 吹っ飛んで空中で姿が消え、マコを狙って爪を振る。


「早い食事だな。もっと味わって食ってくれてもよかったんだが」


 トウコツの右手を切り飛ばす。やはりこの剣なら切り落とせる。復元もしない。


「ウオオオォォォ!!」


 雄叫びを上げ、切断された腕のすぐ横から、新しい右手を作り出しやがる化物。


「そうきますか……こりゃ面倒な」


「……サカガミ。私は気にせず戦って」


「断る。この程度で負ける俺じゃない」


『ガード ハイパー』


 黒雷が四方より迫る。咄嗟にマコを庇うため、腕の中に引き寄せ、ガードキーを使ったが。


「おいおい、頑丈にできているんじゃないのかよ」


 俺達の立っている場所以外が、巨大なクレーターとなっていた。

 見渡す限りの平野も、その先にあったはずの岩山も消えている。


「魔界が……魔界が消える……そんな……せっかく広がった世界が……」


「もたもたしていると大惨事だな」


 暗く黒い猛攻は続いている。

 どうやら自分の攻撃で砕けないものがあるというのがお気に召さないらしい。


「……やはり私がいると邪魔になるんだ。なんとか一人で逃げる。だから早くあいつを」


「断る。俺は今、お前だけの四天王だ」


「言っている場合じゃない! 何もできない私を庇うより、私の好きな魔界を、魔界を助けてくれ!」


「魔界なんて関係ない。お前のおかげで解決策も見つかった」


 召喚版から魔星玉を取り出し、手を添える。鎧を着ている俺ならいけるはずだ。


「これはっ!? 魔界が……揺れている?」


「お前が言ったんだぜ。魔星玉には魔界を広げる。強くする効果があるって。ならそいつで魔界そのものを拡げるだけさ」


「できるはずがない! 魔界全土をほんの少し広げるのにも、全魔王の魔力が必要だ!」


「つまり、それ以上の力があればできるってことさ。自分の四天王くらい信じてみな」


 マコが腕の中で震えている。そりゃそうだ。

 未知の脅威と、星を滅ぼす悪意と戦うのは怖いだろう。

 とりあえずリリアにするように優しく撫でる。これ以外のなだめ方を知らん。


「魔王様よ……新しい領地はどんな場所がいい? 血の池地獄か? 針の山か?」


「無論……魔界の民が楽しく暮らせる場所だ!」


「了解、魔王様。だあああああありゃああああぁぁ!!」


 魔界全土を光が覆う。溢れ出す光は、その輝きで世界を満たす。

 何もない荒野を草原に変え、空は晴れ、クレーターだった場所も大地が生まれる。

 とりあえず化け物退治のため、俺のいる場所も新しく丈夫にした。

 これで暴れても問題ない。魔界全土を三倍まで広げた。


「マコ。この中から出ないでくれ。あとは俺がやる」


「ああ、行って来い!」


「ガアアアァァァ!!」


 光の収まった世界。新たな世界に似つかわしくない化物が吠える。


「さあ、第二……いや、最終ラウンド始めるか」


 これで一連の事件全てを終わりにしよう。

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