合宿のお誘いと変な特訓
昼近くにぼーっとしていたら、グレモリーさんがやってきた。
とりあえず全員でシンフォニックフラワーの家に入る。
「まずわたくしは無実だと主張させていただくわ!」
「カエデたちだってそうです!」
「そちらに犯人の心当たりは?」
「……わたくしはトップアイドル。蹴落とそうという者は多いはずよ」
「言いたくはありませんが、そちらは大所帯ですわ。内部の誰かがやったという可能性もありますわね」
これが厄介なのだ。組織ってのはでかくなると妙なやつが混ざる。
勝手に動かれると、早期発見は難しくなってしまう。
「今内部を徹底的に洗い出しているわ。けれど実力さえあれば、刺客なんて必要ないのよ」
「でしょうね」
「シンフォニックフラワーとグレモリーさんの名を騙っての狼藉じゃ。これで最後でもないじゃろ。お互いに対策は必要じゃな」
全員が神妙な顔をして黙り込む。さてここで根本的な問題に突き当たる。
「そもそも、どうしてこいつらなんだ?」
「どういうことかしら?」
「グレモリーさんはわかる。トップアイドルと言い切るだけの実力と知名度がある。だがこいつらは今年結成したユニットで、知名度も並レベル。なぜナンバー2ユニットじゃなくて、シンフォニックフラワーの刺客なんて名乗った?」
そう、ここが問題だ。グレモリーさんを引きずり下ろすなら、ナンバー2か3のアイドルグループを名乗って不和を招くのが最短ルートだろう。
「知名度が高い者同士のスキャンダルにしてしまえばいいわけね」
「そういうことだ」
「カエデたちの評価がいまいちな気がします」
「サカガミさんはそう見えているのですわね?」
微妙に視線が痛いが、そこは気にしない。真実を追い求めるのだ。
「他のやつがシンフォニックフラワーだーって言い出したとして、誰だそいつらってなるだろ? 邪魔して優勝したいなら、トップ3をまとめて落とす方が効率的だ」
「でもみんなかわいくて、歌も踊りも楽しかったよ?」
「実力があるのと知名度があるのは、必ずしも同じじゃない」
「これは他のチームにも行っているかもしれないわね」
どのチームにどれだけの刺客が行ったか不明だ。これは面倒だぞ。
「出場者は全部で10チームよ。最後をわたくしが務めるわ」
「私たちはその前ですわ」
「流石にカバーしきれないね」
他のアイドルのいる場所に行くのも危険だ。まず信用されんだろう。険悪にさせる計画なのかもしれない。疑心暗鬼でライブに支障が出るようにと。
「目的だけでもわかればなあ……」
ライブを邪魔したいのか、個人に恨みがあるのか、蹴落としてトップになりたいのかも不明だ。これじゃどうしようもない。
「というわけでシンフォニックフラワー、合宿に行くわよ! ついてらっしゃい!」
「…………はい?」
さてこれは善意か罠か。どの道どうにかするのは俺たちだが、さてどう答える。
「学園の中には、合宿用の宿泊施設がいっぱいあるのは知っているわね? それをわたくしのポケットマネーで借りておいたわ。参加するのは調査が済んだ子たちだけよ」
「うううぅぅぅ……お金持ちめえぇ……」
「正直羨ましいわねえ」
カエデとカトレアから嫉妬と羨望の眼差しを受けている。
だがグレモリーさんは動じず、堂々と返答を待っていた。
「どうしましょう? 私は少々危険ではないかと思います。都市部から離れれば、それだけ襲撃はしやすくなりますわ」
「うむ、我らの魅力と魔力を持ってしても、忍び寄る危機をすべて薙ぎ払う力は得ておらんのだ!」
「心配ないわ! 警備も増やすし、商店街も遠くないわ。山奥なんか行ったら面倒でしょ? ライブだって近いのに」
「そりゃそうか」
近場で広くてセキュリティの高い場所へ行くらしい。
これでグレモリーさんが敵なら最悪だな。ほぼ無いだろうが、だからこそ俺だけでも最後まで疑っておこう。
「ううううぅぅ……でもお金を出してもらうのは……」
「お姉さんは行こうと思うわ。ここにいても、きっと護衛の人に負担をかけるだけ。レッスンも満足に続けられるか怪しいもの」
「懐に飛び込まねば見えないこともありますわね」
覚悟が決まったようだ。こちらとしても守りやすいならありがたい。
「お誘いいただきありがとうございます。我らは厚意に甘えさせていただきます」
「わかったわ。なら早く準備してきなさい」
素早く自室へと戻っていく四人。一応グレモリーさんにお礼でも言っておくかね。
「気を遣ってもらっちゃいましたね」
「あら、どういうことかしら?」
「今回の件、シンフォニックフラワー単体が狙われる可能性は低い。自分たちに巻き込まれた。ならその償いと、安全の確保を願い出る。まあ失敗したから自陣に招き入れて潰すって戦法もありますが」
「優秀なマネージャーさんね。あの子たちには内緒よ。気負っていいライブはできないもの」
本心っぽい。だからこそ反応に困る。魔王が本心を隠すなんて容易いだろう。
いまだに犯人の目星がつかないのがきついな。
「気負わせず守るのが、俺たちの仕事ですから」
「応援してあげるわ。こんなことでアイドルの輝きが奪われてはいけないもの」
そして準備を終えて、俺たちは合宿施設へとやってきた。
「はえー……お金持ちのおうちです」
「的確だな」
西洋貴族のお屋敷っぽいんだが、それは外見だけ。
家の中への侵入も難しければ、遠距離からの狙撃も厳しい作りだ。
なるほど、こういう感じに要塞をカムフラージュするのか。勉強になる。
「警備はもちろん学園側のプロよ。これなら安心でしょう」
「これが……魔王の財力……」
「部屋を決めたらレッスンよ! 遅れを取り戻すわ!」
当然だが合宿施設だ。でっかい練習用ホールがある。空調設備も完璧。
壁はイロハいわく特別頑丈な素材であるとのこと。窓ガラスも特殊加工だとか。
この技術を習得できれば、後々役に立ちそうだ。
「はいワンツー、ワンツー、はいそこでターン! カエデ、ターンが逆! アルメリアはもっと手の動きを速く!」
トレーニング用の服に着替えて、レッスンに励むアイドルたち。
こうなると指導とかできないので、見取り図を覚えながら見守るしか無い。
「施設が広いな」
各部屋も広ければ、共同施設もまた広い。だが侵入経路は限られているし、外は見張りがいる。俺たちは内部を中心に見回る。
「経路の確認は済ませたわ。警報もあるし、おそらく無茶な突入はしないはずよ」
「だといいね。みんな頑張ってるもん。ライブ成功してほしいな」
「そのためにも犯人を突き止めたいが……」
籠城作戦は長所も短所もある。敵が攻めてこないから、誰が犯人かわからない。
「コンビネーションいくよ!」
「任せて!」
動きが派手だな。全員身体能力が高いので、かなり見ごたえがある。
この世界の連中はレベル高いねえ。
「はい! みんな揃ってー!」
「シンフォニックフラワー!!」
ポーズが様になっている。前よりも精度が上がったな。上達も早いようだ。
「いいぞ。面白い」
「かわいいよー!」
「やったー! 褒められましたよ!」
このまま平穏に終わればいいんだけどなあ……せっかくあいつらが楽しそうなんだ。無駄な横やりは入れてくれるな敵よ。
「さて、グレモリーさんたちはどうしてんのかな」
お互い練習場は同じ。だが離れて使うという状態だ。両者の練習が見られる。
ふとそっちに目をやると。
「えええええぇぇぇい!!」
「いいですよグレモリー様ー!!」
全身にバネ? ギプス? みたいな強化服を着て、空中に浮きながらダンスしているグレモリーさんがいた。
「何やってんだあれ!?」
俺が驚いていると、こちらに気づいたグレモリー陣営の子が教えてくれた。
「あれはわっしょいギア祭りです」
「ネーミングセンスゼロか!?」
「まだまだ……ギアをもっと上げなさい!!」
「ああやってアイドルとしてステップアップを積み重ねているのです」
「アイドルあんなことしねえよ!」
あれは達人がやる強化トレーニングだろ。必殺技とか編み出すやつだよ。
「まず今どうなってんのあれ?」
「今は4わっしょい8ギアですね」
「答えが何も答えてくれねえ!?」
「1わっしょいは10ギアです」
「その単位どうなってんだ!?」
ギアが上がっていくらしく、グレモリーさんの汗の量が増え、動きが鈍る。だが決して笑顔は崩さない。
「プロだ……完全に方向性ミスっているし、力の使い所おかしいけどプロだ」
「ああやって強靭な肉体を作り上げ、美貌を保っているのです」
美貌ってそう保つの? なんかみんなで応援しているけど、お前らの練習はいいのか。あっちの世界がわからん。
「さあ、歌のスタートよ! みんなついてきなさい!!」
そして曲に合わせてグレモリー軍団が踊り始めた。
グレモリーさんの歌声がぶれないのは尊敬する。
「なんて澄んだ歌声……あのごついギプスさえなければ完璧ね」
「じゃあ外せよ!?」
「足りない……まだ真のトップアイドルには負荷が足りないわ!」
「グレモリー様! 今すぐこの部屋の重力を二十倍にします!!」
「やめろボケエ!!」
俺たちが死ぬだろうが。シンフォニックフラワー全滅するぞ。
「やめなさい! そんなことをすれば、わたくし以外の者に迷惑がかかるわ!」
「こんな状況で気を遣っているだと!?」
「あれがトップアイドル……カエデたちにもできるでしょうか?」
「やらんでいい、やらんでいい」
休憩中のカエデたちが見学している。全員の顔が驚きに満ちていた。
「女王とは想像を絶するものですね……我々シンフォニックフラワーに足りないものが、あそこにはあるということか……魔の王はなんと奥深いものでしょう」
「あんなもん足りてたまるか」
「お姉さんもあそこまでのパワーはないわね」
「グレモリー様は、あの状態で時折電流が流れてもワカサギ釣りができるくらい凄いお方です」
「すげえけど間違った凄さだよ」
そして一通りレッスンを終えて、休憩に入っていった。
「ふっ、体が軽いわ。そっちの練習はどう? 急なお誘いだったけど、ちゃんと適応できているかしら?」
ギプスを外したグレモリーさんがこっちに来る。とても優雅に来る。
「グレモリーさん、いい練習場ね。誘ってくれてお姉さん嬉しいわ」
「素直にお礼を。この環境は未熟な我等にはありがたい」
「いいのよ。うちの子たちは完璧だけど、完璧すぎて遊びがないのが難点だったから。利用させてもらうわ」
あちらにもメリットはあるらしい。意味わからん特訓を見せられたが、やはり魔王。カリスマと知恵が備わっているみたいだ。
「そっちは本当にプロの仕事って感じですね」
「当然よ。誰にも負けないわ」
「うううぅぅ……確かに凄いです。みんなキラキラしてて、歌も踊りも凄いですけど……」
「そうね、けどプロとしてレベルが上がると、その過程で捨てなきゃいけないものもあるわ。でも思い出す時間は作るべき。だからどうしても新人は必要なのよ」
初心を思い出させる。違う路線を行くアイドルも見せる。そこから糧になるものを……というところか。どこまで計算しているのやら。
「だから未熟だけど、人気が上がり始めているシンフォニックフラワーは最適。こうして練習を見せ合うことで、お互いに刺激されて、一段上に上がるがいいわ!」
「いいですよーだ。そっちの自身が無くなっちゃうくらい頑張っちゃいますから!」
「そうでなくては困るわ。この魔王グレモリーと戦う相手は、この程度で挫折などしないでね」
そこで食堂の開始を告げる鐘が鳴る。晩飯ができたという合図だ。
「全員整列! 今日のレッスンは終わり! しっかり食べて、お風呂に入って寝ること! 夜ふかしも間食もNGよ!」
「お疲れさまでした!」
グレモリー軍は統率が取れているなあ。手早く片付けを終えて、全員で規則正しく帰っていった。
「私たちも行きましょう。ただし、食べすぎてはいけませんよカエデ」
「なんでカエデだけ名指しですか!?」
そして豪華な食堂へ。俺は護衛なので、一緒に食べることはしない。
壁にもたれかかり、窓の外や入口を見る。同じようにしている男女を複数見るが、どうやらあいつらも護衛目的のようだ。
「美味しいです!」
「気に入ってくれたようね」
「あんたたちがグレモリー様のお気に入り……まあ悪くないんじゃない?」
「そちらも壮絶なる破壊力を持ったパフォーマンス。我等とて学ぶことは多い」
どうやらあっちのアイドルと仲良くなっているようだ。普通に溶け込んでいるが、派閥闘争とか無いのかしら。どいつが敵か見定める機会が欲しいところだな。
「こっちにくれば、毎回こういう食事にありつけるわよ?」
「最新設備は居心地いいぜ~? あたしらと一緒にやらないかい?」
「お断りいたしますわ。私たちは、四人でシンフォニックフラワーですもの」
まあ勧誘くらいはいいだろう。あいつらの決意は硬いし、無理強いはしていないようだ。なら現状敵ではない。
「はいはーい、食べたらすぐお風呂に行く! いいわね!」
グレモリー軍は消灯時間があるらしい。人数増えると規律も増えるということかな。あっちは男アイドルも所属しているけど。同じ施設で練習も寝泊まりもしていない。スキャンダルはNGだ。
「頑張れよ。応援してやるからな」
そんな生活が2日ほど続いた朝であった。
「大変よ! ライブバトルの招待状が!!」
「何だそりゃ?」
グレモリー軍が慌ただしい。だが事態が飲み込めなかった。
「文字通りライブ対決じゃ。どちらがより優れたパフォーマーかを決めるものじゃな」
「このタイミングでか?」
メインのライブが近いのだ。そんなことをしている場合ではない。
「いいわ。受けましょう。ここで退いたら魔王の名がすたるわ」
受けるのか……頼むから平和に終わってくれ。
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