夜の会話と訓練開始

 クレアとの会議が終わり、日が暮れて雪も降ってきたため、泊まる準備が始まった。部屋を決め、風呂に入り、次は女だけで女子会があるらしく、俺だけリビングでくつろいでいた。


「しかし面倒なことになったな」


 ソファーに寝転がり、遊びに来たクーを撫でながらぼんやり考える。


「きゅー」


 俺の上にうつ伏せになり、撫でられながらこっちを見てくる。あったかいなこいつ。そして確かな重みがある。成長してやがるなあ。


「お前またでかくなったな。成長期か」


「きゅー?」


 成長が早い。野生動物ってそういうものなのかね。精霊がどういう生態かもいまいちわからんけど。


「よしよし、そのまま育つがいい」


「きゅ」


 しばらく抱いていよう。気持ちが安らぐ。少しは落ち着いて思考ができそうだ。

 クレアにどんな裏があろうと、同盟は同盟。裏切った瞬間に潰す口実ができる。最悪9ブロック側を全員に任せ、変装した俺が鎧でクレア陣営を潰す。


「あとは採点方式の解明かね」


「おーい泊まりの準備終わったよー! いやー悪いね。まさか雪降ってくるとは……さ……」


 メルフィアが入ってきた。パジャマに着替えている。警戒心とか無いのかね。なんか動かなくなっているけれど。


「メルフィア、入り口で止まらないでちょうだい。みんな入れない……で……」


 同じくパジャマのクレアも動かなくなる。なんだよエネルギー切れか。自爆モードとか搭載していないだろうな。


「どうした?」


「きゅー?」


「なんかかわいいのがいるー!!」


 メルフィアがうるせえ。急に駆け寄ってくるな。目を輝かせるなよ。


「クーが驚くからやめろ」


「クーちゃんっていうの? あたしメルフィア! よろしく!」


「きゅー? きゅっ!」


 珍しい。クーが初見でうるさいやつになついている。普通に撫でられているが、人見知りが改善されたのだろうか。やるじゃないのさ。


「よしいけクー」


「きゅっ!」


 たったか走ってクレアに抱きついている。流石に脳が処理しきれていないのか、足にまとわりつくクーを眺めていた。


「ああぁぁ……あったかくて、ふかふかしてるわ」


「乱暴に撫でないようにな。ゆっくり撫でるのだ」


「きゅ、きゅ」


 そうだよーみたいに頷いている。人の言葉がわかるので、意思の疎通は楽だ。


「メルフィア……これかわいい……かわいいけどどうすればいいの?」


「撫でりゃいいんじゃない?」


「こう……かしら」


 そーっと手を出すクレア。意図を理解しているのか、クーは撫でられるまで動かない。


「すごく、ふわふわよ。あったかいわこの子。飼ってもいい?」


「俺が飼ってんだよアホ」


 正確には召喚獣だけども。こいつ意外とアホなのかもしれない。


「とりあえずクーを離せ」


「そうね。クーちゃんちょっとお膝にいてね」


「きゅー」


「よーしよーし、いい子だぞー。なんだおとなしいじゃん」


「いや膝に乗せるんじゃなくてだな。メルフィアも撫でるな。何か言いに来たんだろお前ら」


 完全に用事忘れてクーと遊んでいる。クーはかわいいからね。けど用事を済ませてくれないと困る。


「いいじゃない別に。泊めてもらうお礼だけ言いに来たの。ありがとう。それだけ」


「ありがとよ! いやーこの寒空の中で帰るのはきっついからねー!」


「はいはいどーも。それじゃ、ここの連中はクーを知らん。騒ぐと面倒だし、そろそろ帰還させる」


「一緒に寝る予定なのに?」


「いつ決まったんだよ」


 気に入りすぎだろ。こいつらほっとくと部屋に帰りそうだし、聞くことは聞いておくか。


「話しついでにぶっちゃけてくれ。4ブロックのカグラ陣営に勝てそうか?」


「ヴァン・マイウェイとイロハ・フウマ次第かしら」


「あいつらをどこまで知っている?」


「そりゃ詳しいよ。爆炎の黄金剣ヴァン・マイウェイ。三年生まで合わせても勝てるやつは少ないんじゃない? あたし多分きつい」


「フウマ忍者の強さは聞き及んでいるわ。技術が秘匿されているから、全容が把握できなくて厳しいわね」


 人神融合とフェンリルについては知らないっぽいな。知っていて防げるかと聞かれればNOだが。それでも使わないだろう。使われたら鎧でしか対応できない。つまり俺に強制的に鎧を使わせるわけで、それはお互い望まないだろう。


「しかも1ブロックのシルフィ・フルムーンはフウマさんと仲良し。最悪援軍に来るわ」


「2ブロック次第だろうが、まあありえない話じゃないな」


「人員さえ投入できれば、多面作戦で疲労させることもできるわ。領地全域をカバーすることはできないはずよ。用兵術の差を出すしか無いわ」


 まあ厳しいだろう。全力を出すわけにもいかない。俺達の力は強すぎて目立つ。無闇に目立つのはアホのすることだ。余計な連中が寄ってくる。だから全力は出さない。


「急ごしらえの兵隊を、そこまで完璧に指揮できるか?」


「難しいでしょうね。数日は練兵と編成に時間を取られるはずよ」


「だがガキの言うことに素直に従うかねえ」


 来る人間の質だよなあ。我の強いやつは好きじゃない。まとめあげるとか、確実に俺に向いていないのだ。


「そんなの強さを見せりゃいいだけじゃん」


「それで済む脳筋ばっかりも困るわよ」


「国主ってのは面倒だな」


「本当にね。もっと下僕として扱えるほうが好きだわ」


 それもどうかと思うわけさ。こいつもめんどくさい相手みたいだ。周囲にいないタイプかも。


「そういや他の連中は?」


「もう寝るって言ってたわ」


「んじゃ俺も寝る。じゃあなクー」


「クーちゃんは私と寝るのよ」


 本気らしい。めんどくさいなもう……流石に一晩預けるのは不安なんだよ。


「別に何もしないわ。ねークーちゃん」


「きゅー?」


 いかんもう眠い。ストレスが案外体にきているのだろうか。知らん女と国を運営するとか尋常じゃない負荷がかかるからな。明日は少し遅くに起きようか。


「もう眠い。タイムリミットだ」


「まあしょうがないわね。わがまま言ってる自覚はあるわ」


「ちぇー、今までこういうお願いってどうしてたん?」


「全員で寝るか、俺と一緒に寝ればクーと寝れるとか言い出すやつしかいなかった」


「特殊な環境で生きてるのね」


 どうやら特殊らしい。二人がコメントに困っている。そこがチャンスだ。


「親元に帰りなさい。またな」


「きゅっ!」


 クーを逆召喚してやる。一緒に寝てここの連中に知られると、またなんかありそうだし。


「あーあ、行っちゃった……」


「仕方ないわ。それに同盟中だもの。戦闘が安定すれば遊びにこれるわよ」


「毎回呼べるわけじゃないぞ。いいから寝ろ」


 そんなわけで夜が更けて、見事に朝起こされた。フランとホノリが起こしに来やがった。まだ眠いってのに。そしてクレアとメルフィアを見送った。今日から兵士が来るので見に行こう。


「ちくしょう眠い」


「だらしないわねえ。朝弱いの?」


「弱いぞ。数ある弱点の中でも上位だ」


 城を歩くと、知らん執事とメイドがいる。イズミ達が選んだのだろう。顔合わせとかめんどいけど、スパイかくらいは確かめないとなあ。


「報告。以前会議で出たように、いくつかの部隊に分けた。諜報と伝令の部隊も作ってある」


「そこに医療スタッフも入れて、ぱぱぱーっと歩兵と魔法兵で、形にだけはしてみたよー」


 六人揃って中庭に集合している兵士の元へ。全員きっちり整列している。その程度はできるようで助かるよ。


「よし、フラン号令かけろ。俺無理」


「王様くんがやるのよ。台本作ってあげたでしょ」


「感謝している。でもやっぱ誰かやって。しんどい。人前に立ちたくない」


「全員自己紹介の場があるんだから、変わりゃしないよ」


 全員が自己紹介を終え、拡声器の前で俺のスピーチが始まる。めんどくせえから何喋っていたかは覚えなくていいや。


「……というわけでよろしくお願いします!!」


 よーし言い切れた。こういう文章ってリリアが用意してくれたりするから、俺じゃ難しいんだよなあ。スピーチとか大嫌い。フランとミリーに感謝しよう。


「よーし、じゃあ今日は簡単に行進と整列と停止だけやるわよー!」


「わからないことがあったら、誰でもいいからびしばし聞いてねー!」


 俺は国王なので、直接訓練には加わらない。全体を見て回る役だ。どこがどれだけ動けるか、できるだけ見ておかないとな。


「イズミは諜報部隊を担当。フランの魔法部隊はエルフが多いな」


 フラン隊にエルフが多い気がするのは、フランを慕っているのだろうか。祖国ではシンボル的なものの一つらしいが、よく知らん。


「ホノリさんルナさんが歩兵と遊撃部隊を、私はフランさんのサポートで、なんとか指揮系統を作ります。できれば行軍できるレベルにまでしておきたいですね」


 隣を歩くミリーからシステムの補助解説をしてもらう。ミリーは社長令嬢だが、あまり軍隊の陣頭指揮ができるタイプじゃない。フランのカリスマで兵を集め、ミリーが細かく調整すればいいのだ。


「もうすぐ非戦闘期間が終わる。さてどうなるかね」


 ちょうどホノリとルナの部隊が休憩に入ったみたいだ。近づいてみるか。


「どうだ? 順調か?」


「悪くないかな。小隊レベルならまとまって動けるみたいだ。全体の息を合わせるのは、まあ慣れが必要だね」


「そりゃそうだ」


「あまり焦っても軋轢を生みます。無理はしないでくださいね」


「おっけー! しゃきっとやっちゃうさ!」


 俺達を認識した連中が、座ったまま話しかけてきた。


「そっちの人って、このブロックのボスの人ですよね?」


「ああ、一応は俺がトップだ。あんまりかしこまらなくていい。戦士科と騎士科だよな?」


「そうでーす。他にも魔法科とか、色んな人が来てますよー。すっごい報酬がいいんで」


 他の科は仕事でもらえるポイントが、試験終わりで換金できるらしく、倍以上の額になるとか。そりゃ人も来るよ。


「じゃあ国王って強いんですかー? 王様がどれくらい強いか知りたいでーす」


「おっ、そいつはオレも知りたいねえ。勇者科って特殊な連中なんだろ?」


 みんな結構フランクだな。ギスギスしているよりはいいんだろうが、俺はそういう雰囲気もしんどいぞ。他人はしんどい。はっきりわかるな。


「悪いが俺は勇者科じゃ弱い方でね。前線で戦うことはほぼ無いぞ。指揮と魔法での援護くらいだ」


「おいおい大丈夫かよそんなんで」


「だから僕たちが守るんだろう?」


 ここで弱いからこそ守るのだ派と、弱いやつに従って大丈夫かよ派に分かれていく。前者が騎士科。後者が戦士科かな。


「リウスさんもルナちゃんも強かったし、ちょっと期待してるんですよー」


 一通り終わってから、軽く個人で模擬戦やっていたらしい。そこでホノリとルナの強さは認識され、どうやら一応隊長扱いはされているようだ。


「二人とも俺よりも全然強いからな」


「ありがとー。あっくんもめっちゃ弱いってわけじゃないと思うよ?」


 よし、和やかな雰囲気だし、さっさと帰ろう。嫌な予感がする。


「暇ならちょっと戦ってみねえか王様」


 ほーら出たよ。テンプレすぎるだろ。俺は非戦闘員ですってばさ。


「もう一回言うが、俺は勇者科でも弱い方だが、倒して楽しいか?」


「ちょっとした休憩中のお遊びだよ。それに他が女の子なのに無茶するわけにもいかないだろ」


「そういう常識はあるのな」


「なきゃ学園にいられねえよ」


「納得」


 数人が実力見たいとか言い出した。迷惑です。アジュさんはひ弱なんだぞ。見せる実力なんて無いんだよ。


「どの程度守る必要があるのかを知りたいだけですよ。指揮能力と武力は別だとわかっていますが、僕らも不安と言えば不安なんです」


 さてどうするか。ガチの殺し合いはしないだろう。そして勇者科は女ばかりで一年生だ。多少侮られる部分もある。そう考えると、ここで勝っておく方が効率的に進むかも知れない。


「わかった。ただし、あくまでお遊びだ。仕事に支障が出るような真似は禁止」


「了解」


「うっし、じゃあ誰がいいですかい?」


 三人の男女が武器を構えてこちらへ来る。まあそれなりに戦えそうだな。


「最初に言い出したやつで。はい、よーいすたーと」


「いくぜえ!!」


 こちらへと一気に踏み込んで来るロングソードの男。適当に目の前に雷球を出して破裂させて目くらまし。ついでに山なりにクナイを放り投げる。投げる動作で同時にサンダードライブを三本地面に滑らせ、視線を一箇所に集めさせないようにする。


「なにぃ!? ごへう!?」


 ドライブに対処しているうちに、軽くカトラスの鞘で顎を殴り、足元から雷の手を生やし、動揺を誘いつつ、素早く移動しよう。

 飛んでいくクナイは既に男の背後に回っていた俺がキャッチ。そっとほっぺたに当ててやる。慈悲の心で刃で傷がつかないよう配慮してやろう。


「はい動かない」


「うっ……完全に油断した……」


「最弱とはいえ勇者科なもんでね。この程度はできるのさ」


 まああれだよ、俺がこんなことも想定していないわけ無いじゃん。当然だが誰にもばれないように鎧着用で、いつものようにミラージュキーで制服姿にコートさ。朝着替える時にやった。なるべく素の俺でもできそうな戦法を混ぜてカモフラージュだ。


「投げた時点で首くらい切れた。わかるな?」


「参った。オレの負けだ」


 回復魔法をかけてやる。これで痛みも引くだろう。

 今の戦闘が素の俺だとどうだろうか。今回は奇襲で、相手に必殺技を使わせない戦闘スタイルだった。同じ要領でやれば、全力のリベリオントリガー使えば勝てなくもないか? いや油断だけはしないでおこう。


「弱いとか言っといてつええじゃねえか」


「やっぱ王様任されるだけあるわね!」


「勇者科ってみんなこのレベルなのかよ……」


 ギャラリーが結構盛り上がっている。勇者科が侮られても面倒だ。ホノリたちの命令を聞いてくれるように、少しだけ強さを見せたわけさ。一応動く速度は雷速の倍くらいだから、俺でもまあ多分ギリ出せるスピードだし。他の勇者科と力量差が出すぎないように配慮した。


「このことは他の者には話すな。他国に自分達の力量を知られて得など何一つとしてないぞ」


「了解!!」


 士気も上がったかな。成果は上々だ。あとは時間をかけて強くなってくれ。

 これ以上の手合わせは御免こうむる。さっさとこの場を離れよう。


「ふーん、なんかかっこいいじゃんあっくん」


「お前の錯覚だぞ」


「なーんか隠してるでしょ?」


 ルナがよくわからない笑みを浮かべながら、俺に近づいてきた。


「ちょっとミステリーな香りがするなーん。軍団指揮も経験あるっぽいし、変に余裕があるんだよね。なのに他国に焦ってる? ふっしぎー」


 そういやこいつ探偵科だったな。面倒なことに気が付きやがる。


「未知のものには万全を喫するものだ」


「ふんふむ。あのね、ルナは嫌いじゃないよ。そのうち調査させて欲しいな」


「断る。他国の連中やスパイの調査でもしてくれ。行くぞミリー」


 このあとフランとイズミの部隊もしっかり見たが、そっちはトラブルもなく進んだ。いつかこいつらを従えて戦闘になるのだろう。今はまだ少しだけ不安だった。

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