過去の話と未来の予定
ミナさんの案内で、少し広めの客室に通された。
すでに人数分の飲み物とお菓子がある。
「これから話すことは、私が見たクロノスと葛ノ葉の戦いです」
「ミナさんが見た?」
「ミナはそれを知ってるんだね?」
「はい。当時の私はクロノスの子を見守る立場でした」
この人も何歳なんだよ。エルフが長寿なのは知っているが、謎の多い人であることに変わりはない。
「フルムーンの神には、結界で覆う派と、外敵を神の力でもってねじ伏せる派がいました」
「うん、そこまでは聞いたよ」
「神は人間に過剰に干渉せず、人だと偽りともに過ごすか、神界より見守るかでした」
「それでも国には敵がおった。じゃから守ろうとした」
「はい、ですがそれは神の存在を確信させてしまう。神々の闘争という、人が生きるには厳しい時代の到来。そんな危険もありました」
神が介入する。それは他国を愛する神も介入してくるということ。
その可能性は低くはない。気が気じゃないだろう。
「だからこそ、人は弱くない。自分たちで未来を選択できる。人の持つ奇跡を体現したことで、見守る姿勢をとったのです」
人が神に勝つ。それは俺のように反則技を使うか、シルフィのように神の血が流れていなければ厳しいだろう。
葛ノ葉もフルムーンもそのケースとはいえ、やはり生身の人間。その試練は壮絶だったはず。
「そして気をよくした神々は、国が平和になって、余裕があったらまたやろうと約束したのです」
遊びの約束感覚か。人間にしちゃ迷惑だろうな。
「人を愛し、見守り、ともに楽しむ。その約束は、神と人の交流にはちょうどよくなるはずでした」
「なんか物騒なイメージが消えたね」
「平和になった以上、神が手を下す意味がないのじゃ。よってラグナロクでストレスが解消され、開催されずにおったわけじゃな」
「はい」
「つまりその……小規模なラグナロクみたいなもんを想定していた?」
「おおむねその理解で正しいかと」
なぜ笑顔ですがミナさん。よかった伝わってみたいな顔されても困ります。
「子供の運動会を楽しみにする、親戚のおっさんみたいなもんだと?」
「いささか庶民的なたとえですが、そういう見方もあるかと」
なんだそりゃ……じゃあどうしてあんなガチで攻撃してきたんだよ。
大会前に選手襲う意味はなんだ。
「それだけだと襲撃の理由がないわ。普通に誘えばいいもの」
「思い出したのです。アンタイオスは、試練の最中に、事故に見せかけての暗殺を狙っていた一派であったと」
「おいおいまた物騒な話に戻ったぞ」
「神と戦うのですから、当然死の危険はあります。しかし、メンバーではないのに乱入する。そういった神が存在していました」
なるほど、試練で戦う予定じゃないやつが紛れ込んでいたわけか。
管理ガバってんなよ。そこしっかりしないと人間は死ぬぞ。
「迷惑行為じゃな」
「どさくさで王族殺してなんになる? どう神々は得をするんです?」
「神は自由であり、人間ごときの指図は受けない。世界は神が人間に貸しているのだ、そういう思考に染まるものもいます」
「むしろ普通の世界はそういうもんじゃよ。オルインが特殊なんじゃ」
ちょっとわかる。神ってのは自由気ままて自分勝手だ。
人間のために生きている存在じゃない。格下だと見下すものだろう。
「同意していないのに、他の神が勝手に戦闘禁止の条約を結び、神の自由を縛る。それが許せないのでしょう」
「殺害で人間は弱いと証明しつつ、神として国を動かしていく……いや納得しないだろ。他の神から妨害されるんじゃ?」
一枚岩ではないということは理解できる。だがハードルが高すぎるんだ。妨害工作じゃ納得しない派閥もいるだろう。乱入者を恨む神だって出るはず。
「フルムーンと人間が好きな神もいます。ポセイドンがいい例です。ですが、同時に危険視する声もあります」
「危険視?」
「手加減しているとは言え、自分たちと勝負が成立する。下級神を凌駕する。それは、いつか自分たちをも殺しきれるのではないかという恐怖へと変わる」
「神とは絶対者じゃ。頂点に君臨し、あらゆる生物と世界の創造と破壊が可能。ゆえに死の経験も、その恐怖も知らぬ。理解できぬものが芽生えるという恐怖も加わる」
なるほど、危険は排除しようってことか。気持ちは理解できる。
だが神を殺そうとするメリットもない。
「人間に友好的な神も、小さな恐れを抱いたかもしれません。ですがあくまでも憶測です。別の理由があるのかも」
「極端な話、アンタイオスが先走ったアホの可能性もあると」
「じゃな。そして直情的で邪魔だったアンタイオスで口火を切り、よからぬことを企んでいるやも知れぬ」
「対戦相手の誰が好意的で、誰が敵かわからないのね」
「そうなります」
最悪だな。皆殺しで終われない。つまり俺は制限されるわけだ。
「奇跡中の奇跡ですが、血気盛んな暗殺者があれだけで、全員好意的なケースも……」
「すっげえ奇跡でしょそれ……」
「この事情を話して、開催を中止ってことにはできないの?」
「不可能でしょう。敵は神界。しかも強固な結界の中です。まず連絡など取れません。情報操作だと疑われればそれまでです」
「ったく……どうしたもんかね」
全員しばし沈黙する。こちら側の神からの報告と、前回の戦いについて聞くくらいしかできないぞ。
「そうだ、葛ノ葉はなにやっていたんです?」
「当時の王とともに、苛烈な試練をくぐり抜け、最後には神と死闘を演じました」
「戦闘スタイルは?」
「全属性の魔法と特殊能力に、数種類の武術・武器術による戦闘ですね。遠近両方に対応していました」
敵対した葛ノ葉久遠も両方できたな。リリアもできるし、天才しかいない家系なのかも。
「当時の人類でも有数の超人でしたよ。白い綺麗な髪と、赤く美しい瞳の、ちょうどリリア様と同じような色でしたね」
「ほほう、やはり遺伝するんじゃな」
「あの戦いは、王も騎士も平和のために、今のような豊かな国を夢見て戦いました。武勇も智謀もあった葛ノ葉は、まさに懐刀でした」
そこで部屋にノックの音が響く。
許可を得て入ってきたのは、数名のメイドさんだ。
「ミナ様」
「どうしたのです?」
俺たちを数回見てから、申し訳無さそうに切り出した。
「ここでは……」
「込み入った事情らしいな。俺たちは部屋に戻ります。過去の話はまた今度にでも」
「行ってあげてミナ。わたしたちは大丈夫だから」
「……わかりました。失礼いたします」
メイドと一緒に去っていった。面倒事が増えなきゃいいんだが。
「どうするの?」
「うろうろしても迷惑かかる。もうすぐ夕飯だし、おとなしく部屋に戻るぞ」
「そうね、アジュの部屋でいいかしら?」
「問題ない。とりあえず散らばって行動は控えよう」
シルフィは警備がつくだろう。だが神クラスがくるとなると……いや騎士団をある程度は信じるべきなのだろうか。他人を信じるってのは、どうにも難しいもんだな。
「わたし、平気だからね? 心配し過ぎだよ」
「そうか?」
俺に用意された部屋でだらだらする。外には警備兵。とりあえずシルフィの緊張でもほぐそう。俺たちで一番ストレスを抱え込むのは、やはりシルフィだろうからな。
「明日からも、私がシルフィと一緒にいるわ。二人でいても不思議ではないし」
「わしもおる。最低でも三人で行動すればよいじゃろ」
「わかった。じゃあ明日は図書室へ行くぞ。少しでも調べておく」
魔法と、前回の戦いの記録が欲しい。ポセイドンたちにばかり頼っていてもだめだろう。
俺の魔法も強化しておくに越したことはない。
「そのあとは四人で料理でもして、部屋で遊べばよいじゃろ」
「遊び道具は持ってきたからな」
「こういうの久しぶりだね」
「そうだな、ずっと緊張して生きるのはしんどいからな」
そして晩飯の時間まで遊んで、飯食って風呂入って、ゆっくり明日に備えることにした。
四人とも俺の部屋で寝ると伝えられたわけだが。
「よく許可出たな」
「一箇所に集めた方が、護衛はやりやすい。最大戦力が中にいれば、おいそれとは襲撃もできんじゃろ」
「いきなり王族暗殺はメリットが薄い。三日後までに死者が出れば、それこそあっち側の神も不信感が募る。やって得がないのじゃよ」
「だろうな。だがどこの世界にもアホはいる。だから特別に四人で寝ていいんだからな」
なんとなくシルフィを挟むようにして、みんなで寝る。
いつもの家と寝心地は違うはずなのに、これはこれで悪くない。
「なにかあっても、最悪俺がどうにかする。お前は誕生日パーティーのことでも考えていればいいさ」
「わかった。全部終わらせて、みんなに祝ってもらうの」
「そうよ、きっと楽しいパーティーになるわ」
どんなことがあろうとも、俺とこいつらの平穏を乱すやつは斬る。
それが神であろうが関係ない。俺はそのためにいるんだ。
改めて、自分がどうして城にいるのか再確認しながら、寝るまで話していた。
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