名探偵グレモリーさん

 いよいよライブ当日。よく晴れた朝に、どでかい派手な会場へと足を運んだ。

 俺たちは特別来賓者控室、というちょっと特殊な部屋を一個貸してもらった。


「さて、それじゃあ問題を片付けて、心置きなくアイドルを見ましょうかね」


 中には今回の関係者から、グレモリー軍団、シンフォニックフラワー、ライブ会場の手配や建設を請け負った人間など、当事者と『犯人グループ』を集めた。

 あの三流プロデューサーとそのお仲間もいる。


「ではグレモリーさん、あなたの演技力に期待します。俺の言葉に合わせて、名探偵を演じてくださいね」


「任せなさい! わたくしは女優としてもパーフェクトよ!」


 ノリノリでやってくれて助かったよ。

 名探偵カムイの時と同じだ。俺とギルメンが部屋の隅に隠れ、トークキーでグレモリーさんが喋っているように見せかける。アシスタントはシンフォニックフラワー。


「お集まりの皆様、ようこそわたくしの舞台へ」


 グレモリーさんが堂々と正面から出ていき、事前に区分けして座らせている人々の前へ。

 左側にバーストフレイムの時も設営を担当していた人たち。

 真ん中にアイドル事務所関係。

 右側に三流プロデューサーと建設会社や事務所。


「魔王グレモリー、これは何の余興ですかな? 何も聞かされておりませんが」


「皆様だけに送る、わたくしの特別推理ショーよ!!」


「推理? どういうことですかい?」


「今回の一連の事件、その犯人がわかったわ!!」


 ざわつく関係者の皆様。さてここからが俺たちのお仕事だ。


『わたくしとシンフォニックフラワーの名を騙っての襲撃。舞台上でのアクシデント。会場の整備不良。今回のライブは問題続きだったわ。あまりにも多すぎた』


「それが全部偶然ではないとおっしゃるのですか?」


『そうよ。一連の騒動を手引したものがいるの』


 さらにざわつく会場。自分たちがどうして集められたのか、察しのいいやつは気づき始めたな。


『わたくしが妙な連中に襲撃を受けたのは知っているわね?』


「それでしたら……どこかのアイドルの嫌がらせと聞いていますが」


『まずそこを訂正するわ。わたくしも、ここにいるシンフォニックフラワーも、そんな手段は講じていないの』


 ちゃんと釈明しておく。余計な疑惑は払拭し、本題へ入ろう。


「ならば別のアイドルの仕業でしょう」


『本当にそうかしら? 会場の設備に細工できるアイドルってどんな存在?』


「確かに……なら会場を担当した者の不備では?」


「それはオレらの仕事に問題があるってことかい?」


「でなけりゃ事故は起きないだろ」


 口々に感想を言い出す皆様。少し雰囲気が険悪になる。面倒なことになる前に、ぱぱっといこう。


『この事件の犯人は複数に分けられるわ。アイドルに嫌がらせをする役。会場に不備をもたらす役。そしてその結果得をする人』


「複数犯だってことか」


『そういうこと。まずは会場の壊れやすさからいきましょうか。なぜ学園に依頼されるプロなのに、設備がおかしくなるのか。突貫工事というわけでもないはずよね』


「当たり前だ! オレらが丹精込めて作ってんだ! ちょっとやそっとで壊れるはずがねえんだ……ねえんだよ……なのにどうして……」


『簡単よ。大きさが違うんですよ。例えばこのネジ。型番号わかります?』


 シンフォニックフラワーが皆様の前にカートを押していき、ネジの入った箱を置く。警戒している者もいるが、それでも手に取るやつが多い。


「Aの1,5だろ? いつも見てるぜ」


『いつもどう確かめています?』


「オレらが使ってる棚か箱にラベルが貼っつけてある。それに、その大きさのネジはAの1,5しか使ってねえ。まとめて業者から買ってる」


『そう、だからこそわからなかった。これはAの1,6なのさ』


「んな馬鹿な!?」


『単純だろ? だがだからこそわからない』


「また口調がアジュになってきてるよ」


 おっといけない。軌道修正しながら、別のネジが入った箱も置いてもらう。


『肉眼で確認は厳しいけれど、6の方がわずかに小さいんですよ。こっちが本物の1,5。すり合わせても、素人にはよくわからないでしょう?』


 じっくり見て、バーストフレイムの時の業者は気づいたようだ。驚きの声を上げている。


『ネジとかナットとかボルト、板に挟む緩衝材とか、そういうものは多種多様だ。暗い場所じゃ、全部を見分けるのはプロでも厳しい』


「すり替えられていたということか?」


『正解。別の品を用意して、部品納入の段階で完全に1,6に変えたの。あとは設計図と規格が違うから、徐々にぶっ壊れていく。破損具合からも多少は特定できるのよ』


 穴に対してネジ類が小さく、外れたりガタガタと衝撃が来てヒビが入ったりするのだ。それをいろんな部品でやる。これだけで、結構壊れるもんなのだよ。


「これが真実……不覚……まさか気づかねえなんて……」


『動機の前にアイドル襲撃と嫌がらせの件について触れるわ。わたくしとシンフォニックフラワーに襲撃が来たのは一回だけ。しかも護衛を狙っていたの。護衛から手を退け、できなければ自分たちと変われってね』


「どういう意味かな?」


 つまりアイドルを狙っていないのだ。ずっと護衛をやめろとしか言っていない。金でそう指示された連中だ。


『みみっちさが出たのよ。下手にアイドルに手を出して、怪我をさせるわけにはいかない。なんせトップアイドルグレモリー軍団よ。魔王の報復は恐ろしい。他のアイドルだって、上位陣は事務所や家の力負けが起きるかも』


「事務所の? つまり犯人は芸能事務所ということですか?」


『複数犯だって言ったでしょ。事務所も絡んでいるわ。そいつらが弱くて金で動く連中をけしかけたの。護衛にね。仲良しグループが疑心暗鬼にでもなればいいやーくらいのものよ』


「ついでにわたくしとこの子たちは、お友達ではなくライバル! 汚い手段で勝っても嬉しくありませんわ!!」


 驚く顔を見せず、余裕の表情を崩さず、不自然さがないように動いてくれる。なるほど、女優としても完璧だ。最後の発言は完全にあっちのアドリブだし。


「ええい、よくわかんねえよグレモリーさん! 結局誰が犯人で、動機は何なんだ!!」


『そう、そこよ。最後までそれがわからなくてね。そこまでアイドルに恨みがあるのかと。でもここまで派手にやる理由がない。手段もおかしかった』


 よくもまあここまで面倒なことに巻き込んでくれやがったな。

 普通に護衛して終わりたかったのに、恨むぞ。


『本当の狙いは……所属アイドルの地位向上と、敵対するスタッフだよ。あとステージ制作の依頼だ』


「は……はあぁ?」


「どういうことですか?」


 左側と真ん中の人はぽかーん顔。右側が少し動揺し始めている。


『学園には建築科がある。当然だがプロもいる。その中でこういったステージを作る専門の連中だっている。数は豊富だけど、でかいところは三、四社かな』


「そいつらの誰かがやった?」


『違う。そいつらが邪魔な奴らがやった。今の大手会社を引きずり下ろし、ついでに敵アイドルの評判も下げる。ステージに細工するのは自分たちが作った舞台以外だ。細工ができなかった場合、もしくは効果が薄い場合にアクシデントを作るのが、そっちの三流プロデューサーどものお仕事さ』


 全員が例の三流を見る。ちなみに一人ではない。同じ思想のやつが複数いた。

 別の意味で地獄である。こんなもん三人もいましたよ。いやですねえ。


『大手が邪魔な、三流プロデューサーのいる芸能事務所と、建設依頼が欲しい野心しかない建設会社が犯人さ。ポイントは所属アイドルには一切知らせていないこと。ガキを信用しなかったんだろう』


「それはあまりにも失礼では? いくら魔王といえど、ここまで侮辱するからには、証拠くらいあるのでしょうな?」


『みみっちさ、慎重さが仇になったな。今の法則さえわかれば、あとは被害を受けていないアイドルとステージを照らし合わせていけばいい。ちなみに部品会社を買収したのが最大のミスだ。かなり強硬策だったんだな。そこの社員が吐いたよ』


 買収された側に事情を聞き、部品会社からアリバイを崩し始めた。いつもと違う部品の依頼が来たが、信頼していたので。


『部品を最後に運ぶ人間がそっとラベルやらをすり替える。ただそれだけだ。あとは他のアイドルに嫌がらせをして萎縮させて、ライブで自分たちの所属アイドルを上位に食い込ませる。これを毎回やるためのテストケースだったんだろうが、魔王には通用しない』


 さらに関係各社様に資料が配られていく。そこには今回の首謀者である事務所の名前と、金の動き。どういう指示を出していて、計画はどういうものか。さらに社員の証言なんかも色々と記されている。

 皆真剣に読みふけっているようでなにより。作った人が浮かばれるってもんだ。


『金で動くやつは金で転ぶ。ゲスなやつならなおさらね』


「こんなものは偽物だ!」


『好きに言え。あんたのところの社長はもう捕まったよ』


「つ、捕まった!? なぜ!?」


『なぜって、刺客送り込んで部品偽造して罪にならないとでも思ってんのか』


 ちょっとした嫌がらせの範疇を明らかに超えている。逃げ切るには罪状が多すぎるんだよ。


「部品は偶然間違えただけかもしれないだろう!!」


『あんた発想からして面白くない三流だが、犯罪者や底辺の連中の思考を理解できていない。罪が軽くなるから話せと言われれば、クズは保身に走るのさ。下っ端はすぐに寝返ったよ』


「そんな!? けれど、舞台上でのハプニングはつきものだ。アイドルにちょっとしたドッキリを仕掛けるのも、よくあることじゃないか!」


『アホ、ドッキリなんて双方合意で台本がない限り、不意打ちの嫌がらせなんだよ。ただの迷惑なクズ行為だ。上っ面だけ真似るから、本質を汲み取れていないんだな』


 ヘイト管理の難しさを理解できないから三流なんだぞ。

 三流を雇い、育てることもせず使い潰そうとすれば、それは必ず伝わる。

 そうすりゃ切り捨てられる前に切り捨てる。お決まりのパターンだ。


『ご希望どおりあんたらの名は知れ渡る。たとえどんな方法で無罪になろうとも、学園関係で二度とそのポジションには戻れないほどにな』


 死刑にはならないだろうが、間違いなく学園は追放だ。大国にも報告が行く。

 くだらない欲望で騒ぎを起こしたのだ。まあ受け入れることだな。


『プロデューサーは観念したようね。あなたたちも逃げ道はないわ。会社ごと大きな捜査が入っているはずよ』


「なら……ならおまえたちも巻き添えにしてやる!!」


 何かのスイッチを押しているが、なーんにも起こらない。それもそのはず。


『仕掛けは全部撤去したわ』


「なんだと!?」


 グレモリーさんは魔王だ。つまり広大な領地があり、部下がいて、諜報活動なんかも命令できるし、特殊部隊もいる。その人たちにそーっと部品を再度取り替えてもらった。

 誰にも気づかれていない。危険な舞台装置も撤去した。


『せっかく真面目に作ってくれた舞台をいじったことはお詫びするわ』


「いや、詫びなんていらねえよ。むしろ例を言いてえ。オレらが気づかなかったのが悪いんだ。ありがとな」


 真面目な業者さんはいい人だねえ。本気で申し訳無さそうだし、ほっとしているようだ。


『連れて行きなさい!!』


 観念した連中は、全員兵士に連れて行かれた。これにて事件は解決。あとは本職に任せよう。人のいなくなった室内で、俺たちはようやく物陰から開放された。


「はあ……まあなんとかなったな」


「わたくしの演技力があれば当然よ! まあでも、あなたもやるじゃない。探偵科が向いているんじゃなくって?」


「本職には勝てないさ。相手がアホだからなんとかなった」


「お二人とも凄かったです!」


「探偵の風格があった。見事な推理ショーでした」


 とりあえず好評だったようで、とても楽しそうにはしゃいでいる。

 人生でそうそう無いだろうからなこんなシーン。


「お世話になったわね。これで憂いは断ったわ」


「ジョークジョーカーのみなさん、本当にありがとうございました」


「なんてお礼を言ったらいいかわからないわ」


「気にするな。その分ライブを楽しんでこい」


「はい! 最高のライブをお届けします!!」


 そして合同ライブは幕を開ける。どのチームも死力を尽くし、栄光を目指して歌い踊る。そのどれもが観客を魅了し、時には圧倒するパフォーマンスだった。

 個人的に気になっていたバーストフレイムも、問題点が解消され、最後までしっかり楽しめた。


「さあいきますよ! カエデたちの出番です!」


「心を一つにすれば、きっとみんなに届きます」


「四人揃った我らは無敵!」


「咲き誇りましょう。最後の瞬間まで」


 ついにシンフォニックフラワーの番になる。贔屓目も入っているかもしれないが、それは誰もが楽しくなるような、素晴らしいライブだった。

 誰かに勝つためじゃない。自分たちが最高に楽しんで、全員を楽しませようという思いだけだからこそ、あいつらは大輪の花を咲かせられるのだろう。

 そして審判の時は訪れる。


「優勝は魔王グレモリー!!」


「今日も応援ありがとう! トップアイドルとして、これからも期待に応えるわ!!」


 優勝したのはグレモリーさんだった。まさかさらにクオリティを上げてくるとは……練習とは別次元だった。これがトップの底力かと、まざまざと見せつけられた。

 だがそこで終わりではない。


「審査員特別賞! シンフォニックフラワー!!」


「やったー! やりましたよ!!」


「ついに……ついに我らの努力が実を結んだのだ!」


「嬉しいわ……ぐすっ……ううぅぅ……みんなとファンのおかげね」


「私たちは……私たちは間違ってなかったのですわね」


 会場は大きな歓声に包まれている。誰もが祝福し、温かい空気が作られる。


「ほら、胸を張りなさい。泣いてちゃいけないわ。それでもこのグレモリーのライバルなの?」


「ううぅぅぅ、グレモリーさあん……」


 慰められ、祝福され、そしてファンに笑顔を見せる。


「応援してくれたみんなー! ありがとうー!!」


「これからも楽しさを届けます!!」


 こうしてライブは最高の終わりを見せた。

 大舞台で結果を出し、これだけの人間を楽しませたのだ。これからもきっとファンの心に残り続けるだろう。俺にはそう信じることができた。

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