晩御飯の買い物へ行こう

 戦いが終わり、報酬も貰ったので、夕飯の買い物に商店街へやって来た。


「早めに決めないとな」


「少しくらいゆっくりでいいのよ」


 今は俺とイロハだけ。盾と報酬の八割は、かさばるのでリリアとシルフィに持って帰ってもらった。

 二人で買い物というのは約束していたのでまあいい。


「こうして並んで夕飯の買い物をしていると……新婚夫婦のようね」


「それはない」


 否定しておかないと危険な気がした。本能的に。


「そうね、新婚というより倦怠期ね。この手も繋いでくれないほっとかれ具合は倦怠期の夫婦そのものよ」


 いかん俺を責める流れだ。話を変えよう。変われ。今すぐに。


「晩飯具体的にどうする?」


「フウマ料理は前に作ったわね」


「だからといって俺が作る料理は食材がなあ」


 学園の商店街は品揃えも豊富で、値段も手ごろなものから高級品まである。

 生徒が育てた野菜売ってたりとかするし。


「同じ材料がないのはどうしようもないわね」


 しかし俺の知る食材がなくて作ることが困難な場合ってのもある。

 この世界にあるのかないのか。これが面倒だ。


「たまには魚介でいくか」


 魚はよく食べる。刺身はいまいち好きじゃないけど、焼き魚は最高に好き。

 骨をとるのが死ぬほどだるいけど。なので趣向を変えよう。


「魚介……貝とかそういもの?」


「ああ、魚は食べるけど、それ以外は怖くて手を出さなかったし」


 こっちの世界で白子とかイクラみたいなものを食っても大丈夫か不安だったので、回避していた。

 しっかり火を通したものは、ミナさんが作ってくれたりするんだけれどな。


「どう調理するのがいいかしら」


「できれば生は勘弁してくれ。それ以外ならいけるから」


 そんなわけで魚屋へ行こうと決意したところで声をかけられた。


「およ、アジュの旦那じゃございやせんか」


 よくわからん口調と黒髪おかっぱ頭。和風のかんざし。

 肩にかけるベルトの付いた箱を装備した制服の女だ。

 誰だっけな。間違いなく見覚えがあるんだけど。


「あらフリスト。どうしたの? なにか事件?」


 そうだフリストだ。思い出した。ヒメノの部下でヴァルキリーだったはず。


「ちょいと夕飯の買い物に。しかしいいタイミングでした。近いうちにお伺いしようと思っていたところでして」


「なんかあったか?」


「いえね、スクルドが出たと小耳に挟みやしたので、確認をと」


「残念だが収穫無しだ」


 ギルガメシュとアキレウスの話じゃ、スクルドは全身がぼんやりしていて、声から女だということしかわからなかったらしい。


「少女か大人か。体型も顔も声もぼんやりしていてわかんねえんだと。能力の一種じゃないかね」


「なるほど、いい考察でございやす。流石は旦那。一味も二味も違ういい男で」


「アジュは渡さないわよ」


「重々承知でございやす。あっしは旦那に手を出すような不義理な真似はいたしやせんぜ」


 フリストは話し方はあれだが、義理人情に生きているっぽいので問題ない。

 俺がいやがることはしないだろう。


「なんという安心感だ。絶対に変なことをしてこないという確信がある」


「なぜ私を見ながら言うのかしら?」


「油断していると足元すくわれそうだし」


「しないわよ……どれだけ警戒しているのよ」


 朝起きると隣にいるやつには説得力がないわ。


「いやもう警戒の日々だよ。たとえばさ、学校のプールあるだろ?」


「プール? あるけれど、それがどうしたのよ」


「四時四十四分の第四コースくらい足元すくってきそう」


「そんなにも!?」


「完全に引きずり込まれるだろ」


「イロハ殿……あっしが言うのもなんですが……もう少し大胆さを隠すようにされては……?」


 心配されているじゃないか。気遣いのできる子だからなあフリスト。


「しているわ。ベッドにもぐりこむときは服を着たまま入るわよ」


「まずベッドに入るなよ」


「どうやらまだその時期ではないようですな」


「攻略は遠いわね」


「で、フリストは夕飯どうするんだ? 参考までに聞かせてくれ」


 夕飯のメニューが具体的に決まっていない。

 そもそもこいつらメシとか食うのかね。


「あっしらはこれでございやす」


 箱の中に魚が数匹。中の温度が一定のままになる冷凍魔法がかかっている箱だ。


「新鮮な魚です。こっちはその卵でして」


「たらこかこれ?」


 鮮魚とは別の包みに、たらこっぽい形のものがある。

 こっちの食材は着色料とか使わないため、俺の知っている色じゃないものがたまにある。

 でもこれはたらこ様ではございませんかね。


「たらこ? 珍しい食材なのかしら?」


「あっしも初めて聞きやすが」


「リリ……アはいないんだったな。俺のいた場所の魚と似てるんだよ。味が気になるな。どこで売ってる?」


 これがあれば作れる料理がある。俺の好物だ。


「あっちの魚屋ですが……これはたまたま手に入ったので、いつも売っているわけじゃあございやせんぜ」


「そうか……そいつは残念だな」


「しかもあの……失礼とは存じやすが、高級店でして」


「……諦めよう。聞かぬが花だ」


 高級なもん食うお金はありません。うちはFランクギルドです。


「ヒメノはお金持ちなのね。意外……でもないかしら」


「あれでも位の高い神様でして……なんならヒメノ様の宮殿でお食事されていかれますか?」


「それは絶対にダメよ」


 イロハさん即答である。まあ俺も行きたくない。あいつのテンションに付き合うのはしんどい。


「っていうかあいつ宮殿区画にいるのか」


 お金持ちが住む宮殿やお屋敷が並んでいる区画がある。

 どっちも超が何個も付くお金持ちが建てたり下宿したりしていて、俺達にはほぼ縁のない場所だ。


「流石に神様というところね」


 区画自体は学園に古くから存在しているらしい。

 結構な金持ちがそこから通学している。

 まさか神様が住んでいるとは思わなかったよ。


「よろしければ遊びに来てください。数人で住んでいるため、広すぎる宮殿は寂しくて切ないと申しておりやした」


「……行くなら全員で行くわよ。アジュを一人にしたくないわ」


 俺の腕にくっついてくるイロハ。とられると思っているのかね。


「その時は歓迎いたします。それと、フウマまんじゅうありがとうございました。全員でおいしくいただきましたよ」


 きっちりしてるなあこの子。なんだこの礼儀正しさは。行くことを考えておくか。


「で、旦那はこのたらこ? がお好みで?」


「いや、それがたらこかどうかわからん。味も違うかもしれないし」


「そんなに好きなの?」


「たらこスパゲッティがめっちゃ好き。上位に君臨する」


 たらこスパゲッティの美味しさは天井知らずだ。きざみのりをかけて食べたい。


「ほうほう、後学のために旦那の好きな料理をお聞きしましょうか」


「トップスリーに入るのはカニクリームコロッケとカツ丼だな」


「恋人に作ってもらいたい料理もお願いします」


「考えたこともない。作ってくれる人間なんて現れない人生だったからな」


 だからこそ家事ができるように練習もした。自分で自分の好物を作れるように。


「そのカツ丼というのはどうなの?」


「カツ丼は男の食い物だ。自分でがっつり好みの味で作りたい。あれは男のロマンだからな」


「カニクリームコロッケというのはどうです?」


「あー……うまく作れるやつはポイント高いな。大好物なんで自分でも作ってたけどさ。他人が作ったのも食ってみたい」


 あれは他人が作ってもうまい。むしろ俺が作るよりいいかも。


「では作れたら好感度が上がると?」


「そうだな、かなり上がる。カニは手に入らなくてもいい。クリームコロッケなら歓迎しよう。話してたら食いたくなったな。晩飯で作るか」


「いいわね、作り方はわかるの?」


「わかる。それぞれ作って味見でもしてみるか。好みの味があるかもしれん」


「美味しく作れたら、なにかご褒美がもらえるとやる気が出るわ」


「いいぞ、マジで作るなら考える。無茶は禁止だけどな」


「そう……それは……いいわね」


 なんか今、周囲の空気が変わった気がする。

 フリストがちらっと目配せをした方向には、誰かの影。

 こちらが気付くとさっと消えてしまったけど。あの金髪で黒い羽は多分。


「やた子?」


 なぜやた子が? と思っていると、俺の横からいなくなったイロハがヨツバとなにやら話している。


「あいつ……いつからいたんだ」


「最初からおりました。てっきり旦那が護衛につけていらっしゃるのかと」


 最初からいたらしいよ。俺はまだ気配とか読めないからわからん。


「まだどっかに誰かいるんじゃ……」


 周囲を見回した結果、ミナさんと目が合った。

 にっこり微笑まれるけど……なにをしているんだろう。


「フリスト。ミナさんも最初からいたか?」


「わかりやせん……あっしでも気付きませんでした。今こうして見ているのに気配が読めません。何者でございやすか、あのメイドさんは」


 忍者より気配の読めないメイドってなんだよ。

 あの人のせいでメイドの定義がわからなくなるわ。


「あ、消えましたね」


 目を離していないのにいつのまにか消えていた。もうあの人なんなんだよ。


「どうしたの? なにかあった?」


 話し終えたのか、イロハが戻ってきた。


「やた子とミナさんがいた。理由はわからん」


 いかん。これはろくでもないことになる。俺の勘がやばいと告げているぞ

 なぜこんな空気なのか、一切理由がわからないのが本当に怖い。


「では、あっしはこれで失礼いたしやす」


「待て、一人だけ逃げようたってそうはいかんぞ」


 俺が察するくらいだ。フォロー能力に優れているこいつが気がつかないはずがない。


「旦那、あっしは新鮮なうちに魚を届けて料理に入るというお役目がございやす。どうか後生ですから」


「いいじゃない。見逃してあげましょう」


 イロハがフリストの味方をしている。意図が読めないな。


「私たちはゆっくり買い物をすればいいのよ。もともと二人の時間だったのだから」


「ヒメノ様がぐずると長引きますので」


「ああ、そりゃめんどいな。行ってよし」


 想像しただけでもううるさい。子供のようにじたばたしそう。


「失礼いたしやす!」


 猛ダッシュで逃げ出すフリスト。脱兎の如くとはこういうことか。


「さ、ゆっくり買い物を続けましょうか」


「じゃあ魚と……」


「クリームコロッケの材料よ」


 焼き魚とクリームコロッケをメインに、焼き貝にチャレンジという方向で決まった。


「決まったはいいけど、いつまで腕組んでるつもりだ」


「買い物の間くらいいいじゃない」


「なんか見られている気がして落ち着かない」


「それも訓練よ」


 たまに通行人の視線を感じて落ち着かない。敵じゃないっぽいけどさ。

 まあこっちにかかわってこなけりゃ殺さなくていいから楽だな。

 ヴァルキリーに比べりゃ無害だ。


「帰る前にやめろよ? どうせ揉めて騒がしくなる」


「それも愛情あってのことよ」


「さ、急がないと腹減ったなーっと」


「家に帰っても組んだままにするわよ」


「俺が悪かった」


 やはり直球で言われると受け止めきれずにごまかしてしまうな。

 腕を組んだままのイロハがちょっと力を強めたことに、内心謝りながら買い物を終えたのだった。

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