なんてことはない男湯

 マーラさんとの特訓が終わり、夕飯食って風呂へ。

 ここは男女別だ。ありがたい。

 超高級ホテルのような凄まじいお風呂です。

 うわあ俺って語彙力ないわあ。


「はあぁぁぁ…………疲れた」


 風呂は疲れが取れる。

 しかし、今日一日の疲れを再確認する場所でもあると思うわけさ。

 ゆったり胸のあたりまで浸かり、そんな事を考える。


「静かでいい……風呂とはこういうもんだ」


 リリアたちは来ない。別の男と鉢合わせる危険があるので、絶対に来ないよう言ってあるし、言わずとも本人たちは理解している。


「静かな時間を邪魔しちまうかな?」


 ヴァンが入ってきた。

 俺と同じく、ちゃんと体を流してから湯に浸かっている。

 しかもちょっと離れて入ってくれる。どんだけ気配りできるのよ。


「気にするな。ここは俺の家じゃない」


「そうかい……ふー……いい湯だ……」


 微妙に温泉のような香りがするんだよな。

 どこかから湯を引いているのだろう。


「疲れが取れる……」


「そっちも訓練してたんだってな」


「俺はそっちほど暴れちゃいないさ」


 ヴァンとバエルさんの戦いは、かなり苛烈なもんだったらしい。

 途中でクラリスと融合し、激しさを増したところでソニアに止められたとか。


「よくきっつい訓練とかできるな」


「もうちょい強くなりてえんだよ。今のままじゃ足りねえ」


「なんか目的でもあんのか? 復讐終わったろ?」


 よくわからんな。ヴァンは学園内でも強い部類だ。

 先生じゃなきゃまず対処できんだろう。

 俺と戦った時だって、本気で殺しに来ていなかった。


「オレな、先生とか悪くないと思ってんだ」


「先生? 教師やるってことか?」


「ああ。貴族として家を立て直すとか、冒険者やるとか、色々考えちゃいるけどな。親から習った剣術を、誰かに教えたりしてみようかって」


「そういやちゃんとした剣術なんだよな」


「そうそう。散々な別れだったが、両親はオレに戦い方と、社交界での生き抜き方とか、色々教えてくれたよ」


 忘れがちだが過去が重い。

 そして名門大貴族だったらしいじゃないか。

 習い事も多かったのだろう。


「だからかね……家を継ぐってのはさ、名前だけありゃいいってもんじゃねえ気がしてんだ。ちゃんとオレが教わったことを、次代に繋げていく。たった一人だけ残ったマクスウェルの使命ってやつかね」


「あんまり使命だの宿命だのってのはおすすめできんが、ヴァンがやりたいなら試してみりゃいいんじゃないか? お前ならできないことのほうが少ないだろ」


「そんな万能じゃねえよ。ソニアとクラリスがいるからだ。そっちも似たようなもんだろ?」


「まあな」


 リリアがいるから世界が楽しい。

 シルフィがいるから外に引っ張ってもらえる。

 イロハがいるから背中が安心なわけだ。


「こう……オレなりに色々考えてな。目標を達成できずに死ぬやつや、誰かを守りたいのに守れないやつに、力を貸してやるのも悪かねえなって」


「……そうか」


 その発想は立派だと思う。

 俺なら間違いなく思いつかないし、仮に思いついても実行しない。


「ありがとな。感謝してる」


「急にどうした」


「アジュがいたおかげで、オレも、ソニアもクラリスも生きている。全員死なずに達成できた。こうして次の目標なんて考えていられる。本当なら、もっと長いこと戦ってばっかりだったはずだからな」


「偶然さ。偶然俺とヴァンの目的が重なった。ただそれだけだ」


「ならそれにも感謝だな。因縁に決着がついたから、復讐を最上の形で終わらせられたから、オレは前に進んでいける」


 ヴァンは今まで苦労して、ずっと戦いに身を投じてきたのだ。

 それが終われば、そこからは自分の道が、明るい道があっていい。


「もしかしたら、こっからがオレの本当の道なのかもな」


「新生ヴァン・マイウェイか」


「お、かっけえなそれ」


「そうか?」


「おう」


 適当に言ったが、どうやらお気に召したらしいな。

 笑っているヴァンには、悲しみや後悔は感じられない。


「アジュも何かを教えたり助けてみちゃどうだい? 人脈とか世界が広がるぜ」


「断る。俺のぶんまで広がっとけ。手柄もそっちにやるから。俺の世界は四人だけでいい。誰かに渡すものなんてない。全部俺とあいつらだけで、面白おかしく使い続ける」


「変わんねえな」


「変わる気はない。今が一番心地いい」


 俺の一番大切な場所はもうある。

 あとは守り続ければいい。そのための鎧もあるからな。


「なるほど。オレはまだまだやりたいこともあるし、このまま止まらねえ。あいつらとどこまでもこの道を往くだろう」


「俺はもうほぼ辿り着いている。あとは終着点をよりよい場所にして、四人で暮らすだけさ」


「それもまた人生ってか。途中でなんかあったらよろしく頼むぜ」


「嫌な予感しかしないからやめてくれ。毎回邪神相手はしんどい」


「おや、隊長ではありませんかー」


 パイモン登場。忘れがちだが男である。

 金髪ゴスロリ魔王で、髪の毛長いから忘れないように気をつけようね。


「おう、隊長だぞ」


「そういやアジュは何の隊長なんだ?」


「ご飯調達係の隊長だったのですよー」


 なんのこっちゃという顔のヴァン。そりゃそうだろ。


「気になるか?」


「なってたら話してくれんのか?」


「安心しろ。ここにパイモンがいる」


「完全にボクに話させる気ですねー」


 風呂はゆったり浸かりたいのです。

 喋ると疲れちゃうからね。

 俺は疲れを落としにきているのよ。つまり本末転倒。


「聞きたいならパイモンから聞いてくれ」


「魔界のパーティーに行きまして、そこで隊長とお会いしたのですよー」


 本当に話し始めた。別に許可は出しているし、ヴァンは鎧の力をかなり詳しく知っている。なのでセーフ。


「ほー……魔王の四天王クエね……面白そうじゃねえか」


「しんどいぞ。社交界嫌い。マナーわからんし」


「オレも好きじゃねえな。ごちそうを残して見栄の張り合いなんてつまんねえ」


「ボクもあまり好きではないですねー」


 三人とも嫌いらしい。堅苦しいんだよな。失礼があると鬱陶しいし。


「本当に誰のためにやるんだろうな。ああいうの」


「トップ以外は見栄というか、そこでコネでも作っているのでしょう」


「トップも経済力とかを見せつけておく必要があったりして、めんどくっせえんだぜ」


「うわー……絶対行きたくない……隠居したい」


「その隠居先を楽園と呼ぶのだ」


 ここでマーラ登場。

 全員体を流して湯に浸かったことから、みんな育ちがいいと推測。

 やはり王族貴族とか魔王って大変なのかも。


「マーラか。やはり自分の領地でだらだらしたいよな」


「うむ、領地が環境に恵まれていれば尚更な」


「お二人はどこか似ていますねー」


「両方強えからタチ悪いんだよなあ」


「むしろ特定の場所でおとなしくしているのだぞ」


「めっちゃ無害だろ」


 なんとなくのアイコンタクトで同調する。

 こっちに侵略して難癖つけなきゃ無害極まりないぞ。


「なるほど。そういう発想もありか。オレも勝負は好きだが喧嘩は微妙だな。弱いやつが多い」


「うむ。自分から喧嘩などせず、ただ自分と信に足るものだけの楽園。素晴らしいぞ」


「そういや留守中に領地どう管理しているのか聞いていなかったな」


 自分の留守を預けるのだ、それこそ相当に慎重かつ信用できるやつじゃないと厳しいぞ。


「管理は複数人だ。俺がここにいる間は、毘沙門天というものに指揮を任せている」


「強そうな名前だな。どういう繋がりだそれ」


「俺の女だ」


 ここまで堂々と俺の女宣言できるのは、いっそ清々しくて後光がさしている。


「責任が一人に集中しない工夫も必要だぞ」


「なるほど。覚えておくよ」


 一人を常にトップに置くのは俺も嫌い。

 全員平等であるべき。なので役職をきっちり決めず、それでいてどの場面でも行動できるように交代制らしい。


「でもそれって女が多くないと厳しくないか?」


「アジュよりはかなり多いから可能だ。本当に四人で過ごすのなら、単独での管理は避けるのだ。何かあった時に、一人で災害や外敵の相手をする、またはさせることになる」


「そいつは嫌だな。最低二人組を徹底させるか」


「もしくは自分と三人で分けるかだな」


「ハーレム増やしゃいいんじゃねえの?」


「めんどい。管理できんし、ハーレムっぽくもしたくない」


 正直俺が気に入る人間が、これ以上増えると思えない。

 となると管理を依頼するか、兵隊を作る必要がある。

 そこまで考えて、頭がぼんやりし始めた。


「悪い。この話ここまでだ。今度ちゃんと聞く」


「構わんが、どうした?」


「のぼせそう」


「悪いオレもだ」


「じゃあ出ましょうか」


 長風呂はあまりしないからな。

 こういうこともあるだろう。

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