ラウル先生からの依頼

 いつぞやのラウル先生が声をかけてきた。

 相変わらずの白衣スタイルだ。


「お久しぶりです」


 とりあえずお互いに挨拶を終える。

 こういうのがめんどいから、俺は他人と接するのを避けるのだよ。


「この前の調査ではお世話になりました。サカガミ君のおかげで良い結果となりましたよ」


「それは何よりです」


「さっそくですが、ちょーっと依頼がありまして」


 一応カードを貰って魔力を流す。学園長のサインが浮かび上がる。

 本物確定。本当に洒落てやがるなこれ。


「アジュ、わたしはここまでだ。依頼を立ち聞きするわけにもいかん」


「いえいえ、あなたもついでにいかがです?」


「わたしもですか?」


 なんとマコにも声がかかる。

 そのまま勧誘され、依頼説明用の個室へ案内される俺たち。

 前回のように先生がお茶をいれてくれた。


「今回は温かくて心がリラックスするお茶ですよ」


 楽しそうにしている先生。本当にお茶好きなんだろうなあ。

 飲めばわかるがマジでうまい。これは落ち着く。


「早速依頼のお話です。ある病気に対して特効薬ができそうなのです。長年の研究が実を結んでね」


「それはおめでとうございます」


「ありがとうございます。問題はその試薬を狙う人がいるとの噂でしてな」


 なんでも対抗馬だか企業だかのスパイが奪って自社製品に、それが不可能なら破壊しようと狙っているとか。


「学園でそんなん通用するんですか?」


「表立った動きはないよ。あくまで噂」


 そらそうだ。不審者がほいほい入れる場所でもない。

 ヴァルキリーとかはかなり例外です。


「でも奪おうとする動きはあってもおかしくはない。どこかの国や組織が工作員を紛れ込ませることもある」


「まさかそれを私達に守れと?」


「正確には囮の一部になるんだ」


 なんか複雑な話になっていきそうですよ。

 俺が受けていいもんなのかねこれ。


「この件はかなりの生徒に依頼しているのです。全員に君たちと同じ説明をした。そしてこの箱を渡していまして」


 四角くて重そうな白い箱だ。

 厳重に魔法と特殊な鍵がかけられている。


「この箱に新薬のサンプルが入っていると言ってある。これを三日後に製薬会社幹部が来て、正式に薬として販売される契約を結ぶまで守って欲しい」


 追加で箱が二個出てきた。まったく同じものに見える。


「なるほど。どれが本物かわからない作戦ですか」


「そう、僕からの依頼であることを公言してもいいし、隠し通してもいい。持ってくる場所は指定するから、三日後に来てくれたらいい」


「数人なら気づかず奪われることもある。けれど十人単位で奪われたら大事件だ」


「それだけ多いと、先生が持っていると思われるのでは?」


「かもね。けれど可能性はゼロにならない。なんなら本物以外を持っている子は奪われたっていいんだ」


 本物かどうかは誰も知らされていないとのこと。

 なかなか難しい問題だね。先生を狙うのは厳しい。

 当然だが天才で達人なので、先生と箱の奪い合いなんぞすれば死ぬ。

 かといって生徒から手荒な真似して箱を奪えば事件になる。


「というわけで、できる限り頑張って守ってくれたらいい。どうかな?」


「面白そうですね。本来俺は護衛とか向いていませんが、箱を守るだけなら手段はあります」


「私も受けていいと思うわ。どうせなら一緒に受けましょう」


「ならばわたしもお受けします。数は多い方がいいでしょうから」


 極端な話だが、アイテムスロットにぶち込めばいい。

 それで誰も奪えない。ちと卑怯だけどな。


「ありがとうございます。ではこちらが正式な契約書です。どの箱が正解かは?」


「そこは先生だけの秘密でお願いします」


「わかりました。それとできれば殺人は控えてください。倒して捕獲したら、私のところへぜひ」


「わかりました。気をつけます」


 そして契約終わって外へ。

 なんとなく受けたが三日間か。長いようで短いな。


「妙な依頼もあるもんだ」


「これも修練だ。具体的にどうやって守る?」


「俺たちは保管場所があるんだよ」


「私は影に隠してもいいし、忍術でさらに鍵をかけてもいいわね」


 鎧と鍵なら別の方法もある。まず奪われる心配はない。


「アジュは勝算がない依頼を受けるタイプじゃないだろう。そこは理解している」


「方法は秘密だ」


「ならばオレ様も魔王らしく守るとしよう。もしもの時は期待しているぞ」


「おぉ? そこにいるのはマコちゃんかい? 奇遇だねぇ!」


 なんか五人くらい女を連れたイケメンが話しかけてきた。

 青く長い髪を後ろで縛り、薄く桃色入った赤い瞳。

 それよりも派手な格好に目が行く。成金趣味ではない。どちらかといえば舞台役者が着るような、見栄えのよくなるタイプ。


「バスクード? お前もクエストだろう。生徒ならよく会う場所だ」


「つれないねぇ。こういうところから人の縁ってもんは始まるんだぜ」


 なんか話し始めたし、そーっと帰ればバレないな。

 イロハに目で合図をし、さっさとこの場を離れようとする。


「へぇ、恋の香りがするぜ」


 頭のおかしい人みたいです。


「マコちゃんの知り合いかい?」


 名乗らんわけにはいかんか……正直関わりたくないが。


「アジュ・サカガミだ」


「イロハ・フウマよ」


「おれはバスクード! 恋の仕掛け人、バスクードたぁおれのことよ!」


 なんか決めポーズとってらっしゃるよ。スルーして帰りたいです。


「マコ、どういうことだ」


「芸能の演劇科で舞台役者なんだよ。高等部一年だが、かなりのファンがいる」


 さっきからきゃーきゃー言ってんのはファンか。迷惑な連中だ。


「おおっと、みんな静かにな。他の人に迷惑かけちゃあいけないぜぃ」


 さっき決めポーズ取りながら名乗りましたよね。

 それきっかけでうるさくなりましたよ。


「よろしくなぁ、お二人さん。いい恋してるみたいじゃないか。その恋の花、大事に咲かせろよ!」


 もうなんなのこの人は。二人して困惑するしかない。


「初対面の人間に絡みすぎるな。クエスト探しにきたんだろう? それ以外でお前がここに来る意味などないぞ」


「それなんだけどさぁ。ラウル先生からこの箱を守ってくれって言われてんだよ」


 堂々と箱を出してきた。隠す気ゼロか。

 ここまで堂々と持っていることをアピールしてくるとは、見た目通り肝が据わってやがるんだろう。


「お前もか」


「待てマコ」


「マコちゃんもかぃ? こいつぁ奇遇だねぇ!」


 ほーらテンション上がっちゃってますよ。

 ささっと帰るぜ大作戦は失敗に終わりそうだ。


「俺たちは違うからな」


「んん? そうかい、ならそれもまたよしってねぇ!」


 少し考える間があったな。隠しているのを察したのかも。

 意外と頭の回転が速いタイプなんだろうか。


「マコちゃんの箱はどこだい?」


「教えるわけがないだろうが」


「はっはっは! それもまたよし!」


 豪快なのか繊細なのかわからん。不思議なやつ。


「毎度のことだが無駄に元気だな」


「恋は健康からだよマコちゃん。元気でいなきゃあ、誰かの恋の花が散っちまうかもしれねぇだろ?」


「この学園は愛だの恋だの言うやつが多いな」


「愛? もしかしてヒカルと知り合いかい?」


 はい余計なこと言いました。っていうかピンポイントでヒカル出てくんのかよ。


「恋と愛。違いはあれど似ているのもまた事実! 言ってみりゃあライバルだな」


 絶対に同時に会わないようにしよう。ストレスで胃が壊れるぞ。


「じゃあ俺たちはもう行くよ」


「失礼するわ」


「残念だけどしょうがないか。マコちゃんは?」


「オレ様も失礼する。面倒事はちとヒマがなくてな」


「寂しいねぇ……んじゃまたな!」


 ファンの女どもと一緒に去っていった。

 謎しかないぞあいつ。


「結局なんだったんだ?」


「気にするな。あいつはああいうやつだ。強いし人気もあるんだが……どうにも騒がしい」


「箱を持っていたわね」


「面白そうなことに首を突っ込むからな」


 ちょっとこの依頼が不安になってきたな。

 とりあえず無難にがんばろう。

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