久しぶりの四人

 9ブロックの城になぜこいつらがいるんだ。俺眠いんだけど。


「色々と疑問はあるがめんどい」


「はいはい座って座って。お菓子もあるよ!」


 言われるがままに椅子に座ってクッキーを食べる。上品な味だ。紅茶も質がいいのだろう。温かい飲み物と糖分で、少しだけ落ち着いてきた。


「ざっくり言えば心配だったわけじゃ。頭のおかしくなるような力がオルインにまで届いておった」


 古き神の力を感じ取ったらしい。確かに今まででもトップ3に入るくらいやばいやつだったな。


「あれこと神の力で星に届く前に隠蔽したが、それでも異常じゃった。一部の神か剣神三日月クラスなら気づいたかもしれんのう」


「俺の力は?」


「心配ないのじゃ。古い神の力が包んでおったし、鎧とおぬしの魔力は少し違う。そのへん工夫しておったじゃろ」


 一応魔力の偽装はしたが、どうやらそれが功を奏したらしい。というか異常で狂った神格が吹き出て、完全にしれこの世界に埋められていたんだとか。


「こちら側の神々は残党がいないか調査に駆り出されておる。そしてわしらがここにおる」


「繋がっていないぞ」


「アジュは疲れているだろうから、みんなで癒やしてあげてねって言われたよ」


「神に運んでもらったわ」


 労いのつもりなのだろうか。しばらく全員一緒にいろという保険である気がしてならない。想像よりずっと大事なのかもしれないぞ。


「心配性が出ておるな。そういうことではないのじゃ」


「純粋に癒やしてあげてねってことだよ」


「ヒメノがいないでしょう? それくらい本気で労われているのよ」


 そういやいてもおかしくないのに姿がない。あいつが気を遣うレベルかよ。


「はいあーん」


「絶対にやると思った。自分で食うからいい。イロハ、その口に含んだ紅茶は飲み込め。リリア、膝に座るのはやめろ」


「労っておるだけじゃ」


「完全にくっつきたいだけだろうが。うまいこと口実を作りやがって」


 なるほど逃げ場がないな。ここからは俺の危機回避能力が試されている。しれことはベクトルの違う試練だぜ。


「食べて食べて。疲れたら甘いものだよ」


 シルフィが普通に皿を持っているので、クッキーを一個取って食ってみる。


「うまい。上達したな」


「わかるの?」


「手作りかどうかくらいはな。お前らのだからかもしれんが」


 これ商品じゃない。こいつら自分で作ったな。本当になんでもできるやつらだ。そこは素直に褒めたい。


「味に慣れ親しんでいるのかもな」


「おぉー、一緒に生活してる成果が出たね!」


「上々じゃな。ほれほれまだまだあるのじゃ」


「口周りに食べ残しを付けなさい。舐め取るから」


「欲望だだ漏れじゃねえか」


 異次元の要求には従わない方向で行く。だってここが自室みたいなものだから、逃げ場がないのだ。


「アジュ、んー……」


 シルフィがクッキー咥えて、こっちに口を突き出している。それ食えとでも言うのか。ハードル高すぎてできる気がしないぞ。


「むー、んんー」


 少し拗ねているみたいだ。いや無理だって。指でクッキーを摘んでぱきりと割り、半分を食べるという妥協案に出てみた。


「むうー、そこはせめて口で半分こするべきだと思います!」


「無茶言わんでくれ」


「せっかくシルフィが勇気を出しておるというのにこやつは」


「その何倍も勇気を要求される身にもなれ」


「わたしは諦めない! 次はもう少し大きめので慣らしていこう!」


 つまり小さいやつに変化していくわけだな。きついって。


「それ普通のカップルでもきついぞ」


「そうなの?」


「まあ付き合って長くなるか、余程色ボケなら別じゃな」


 つまり今じゃないのだ。実際躊躇なくやれるメンタルの人って凄くね。どういう神経というか思考回路というか。


「はいはーい! お互いに食べさせ合うというのはどうでしょう!」


「いいわね。そっちは任せるわ」


「やめい無茶するな。あー…………しれこについての報告は聞いたな?」


 首の匂いを嗅いでくるイロハを遠ざけて、くっつくチャンスを伺っているシルフィを牽制する。とりあえずしれこ関係は聞いてみて、話題を変えるのに使おう。


「うむ、全部聞いておる」


「アカシックレコードが合体して強かったんでしょ?」


「ざっくりだがまあそうだな」


「ゆっくり聞いてあげるから、わたしの膝に寝て。はいごろーん」


 シルフィが膝をぽんぽん叩いている。恐ろしいほど自然に俺を寝かしつけ、頭を撫でてきた。やりおる。柔らかくて寝心地がいい。


「しばらく誰も来ないわ。ゆっくり休みましょうね」


「寝ていたらご飯ができるよー。だからお菓子は夜食で食べさせ合うんだよ」


「逃げ道はないのじゃよ。では準備してくるのじゃ」


 リリアがキッチンで何か温めているのを横目で見る。エプロン似合うなあいつ。


「こういうの新婚さんみたいじゃろ?」


「普通に同居すりゃやっている行為だろ」


「同居ってそれなりにハードル高いのよ?」


「俺の常識がおかしくなっている……」


 いかんぞ。こういうのがダムに空いた小さな穴である。しっかり貞操観念と常識を持って生きていこうね。自室みたいな場所で膝枕はセーフ。こいつらの欲望を小刻みに発散させるのだ。


「マッサージするわね」


「不安しかない」


「指圧から整体や鍼治療までできるわよ。忍者ですもの」


 そう言って俺の手のひらを親指で押し始める。普通に気持ちいいマッサージだな。忍者と関係あるのかは知らぬ。


「こういうところにも疲れは溜まるのよ」


 腕から肩に移行して、ゆっくりと指圧が続く。少し寝そうなくらいに絶妙だ。


「待て服に手を入れるな」


「触診は大切よ」


 シャツの中に手を入れて、直接胸のあたりをまさぐられる。部屋が温かいので冷たくはないが、これはよくない気がする。


「触診して何がわかるんだ?」


「リンパが溜まっているかどうかよ」


「完全に嘘じゃねえか」


 そのままシャツの中に頭から入ってきた。なんか暖かい空気がかかる。息が荒いぞ。これもうマッサージじゃない。


「リンパは匂いで確認できるわ」


「少しは性癖を隠せ」


 しっぽが揺れているからまるわかりだぞ。強引にイロハを引っこ抜く。


「イロハ、それはずるい! ここからわたしの番だからね!」


 シルフィは俺の頭を胸元へ引き寄せる。ちょうど胸を枕にする感じで、膝枕とはまた違う寝心地になる。どちらも悪くはない。


「これが人肌の暖かさだよ。ちゃんと覚えるのだ」


「冬にはいいな」


「いいでしょー。ふへへー、もっとぎゅーっとするよー」


「しすぎると苦しいぞ」


「ほどほどにするぞー」


 うむ、和み空間が形成されている。こういうほのぼの展開ならいい。いやらしさとか過剰な色ボケは不要なのだ。


「なら私が膝枕される番ね」


「全員やるわけじゃないぞ。当然だが仰向けになれ」


 股間に顔を埋める可能性があるので釘を刺す。少し残念そうに膝枕されるイロハさん。やはりやろうとしていやがったな。


「男の人はやっぱり柔らかさが違うのね」


「だねー、ちょっとがっしりしてきたね」


「そうか?」


「そうだよー、ずっと戦ってばっかりだったからね。トレーニングの成果も出る頃だし。アジュは男の子だなって意識することが多くなったよ」


 それはいいことなのだろうか。異性として認識されるということがプラスかどうかの判断ができない。


「アジュは私達をもっと意識すべきよ。簡単に言うとむらむらすべき」


「要求が過激になっている……」


「むらむらはわかんないけど、ちょっとくらいどきどきしてくれると嬉しいな」


「善処はしてみるよ」


「下着でも見せましょうか?」


「それはなんか違う」


 異性を意識するのと性欲の違いは何だろう。そこがわからないと難しい。そういうことへの嫌悪感って誰にでもあるだろう。優劣とかあるなら教えてほしいもんだ。


「無駄な悩みなど捨て置くのじゃ。シチューできたぞい」


 部屋にシチューの香りが漂う。すでにテーブルには四人分の晩飯が用意されていた。シチューと温かくて柔らかそうなパンにサラダと果物。王道だな。


「すまんな用意させて」


「好きでやっていることじゃよ」


 四人揃って晩飯を食う。それだけのことだが、離れ離れとなっている現状では珍しくなりつつある。こういう機会は減らなくてもいいのになあ。


「さああーん第二回を開催するよ! 食べさせ合うのだ!」


「はいはい、あーん二刀流だ」


 両手にちぎったパンを持ち、シルフィとイロハに食わせる。恥ずかしければギャグにしてしまえ大作戦だ。


「これでいいのか?」


「よいよい、楽しむことも大切じゃよ」


「お返しにイロハとダブル攻撃だ!」


「任されたわ」


 今度は俺が両側からパンを食べさせられる。シチューついているのは優しさなんだろうか。


「うまい」


 当然だが料理がうまい。まだ出会って一年くらいのはずなのに、この味を覚えてしまっている自分に驚く。嫌ではない。どうにも不思議な感覚で、これは未知のものだなと、無駄な分析をしたりする。


「ご飯が終わればお風呂じゃな」


 飯を食い終わるタイミングで言われた。この展開はあれか……一緒に入らないといけないやつか。


「風呂がのう……全員で入れる大きさではなかったのじゃ」


「うん……お城だからって期待しすぎたね」


「先に入ってきて」


 凄くがっかりした顔で言われた。助かったぜ。驚くほど静かに風呂が終わり、寝室で豪華なベッドに寝転がる。


「疲れた……」


 風呂から上がった時点でかなり眠い。心労が貯まるとはこういうことだろうか。学園と神がもうちょいがんばってくれたら……いや今回はレアケースすぎるか。全状況に対応するのは難しい。仕方のないことだろう。


「ほれほれ余計なことを考えていると眠くなるじゃろ」


「眠くていいんだよ夜なんだから」


 三人ともパジャマに着替えて入ってくる。家より少し狭いな。やはりあのギルドハウスは俺たちが住むことを計算されて作られたのだろう。


「こうして横になると、確かに眠くなるのう」


「だろ。寒いから近づくことを許す」


 リリアは暖かくていい匂いがするので寝やすい。風呂入って体温が高いうちにみんなで寝てしまおう。


「眠るまで撫でてもいいのよ」


「ふっ、もう慣れてきたぜ」


 イロハを撫でるくらい造作もないのだ。もう片方の手でシルフィの頭を撫でるという離れ業もやってのけるぜ。


「またこうやってみんなで寝られる日が来るといいね」


「そうね、試験はもうすぐ終わるでしょうけれど、落第しないようにしないと」


「問題ないじゃろ。ここまで来て落とすような真似はせぬ。アジュは腕を磨いておくのじゃよ」


「了解。進級くらいはしてみせるさ」


 こいつらが試験に落ちることはない。万能だからな。問題は俺だ。どんな試験かしらないが、どうせ実技が混ざる。


「全員で合格して、またあの家で一緒に寝ようね」


「毎日はしないからな」


「それでもいいわ。一緒にいられるということが大切なの」


「うむ、これがずっと続くように生きていくのじゃ」


 この日常のためだ、俺もできる限り動いておこう。またトラブルがあった時に備えてな。そう考えたところで眠りについた。

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