イロハを優しく撫でてみよう

 眠い。まだ五月だから微妙に寒いし、布団から出たくない。いいやもうちょい寝よう。

 寝返りうったら完全にイロハがいる。またこのパターンだよ。


「起きているのはわかっているぞイロハ。素直に起きれば悪いようにはしない」


「悪いように、というのが少し乱暴に求められる。という意味ならむしろそちらを……」


「会話できるってことは起きてるな。朝だぞ」


「まだ時間はあるわ。もう少し私にかまいなさい」


 もぞもぞ動いてくっついてくる。ちゃんと掛け布団を肩までかけ直してくれる気配りは認めよう。


「最近他の女の匂いが多いわよ」


「学園に来て一ヶ月だからな。それでもここに住むようなことはない」


「そう、ならいいわ。もう少しくっつかないと隙間があって寒いわよ」


 いつもより俺に擦り寄ってくる。

 こういうときはかまって欲しいか寂しいかだ。


「で、どうすればいい?」


「そこは聞かないで動いて欲しいわ」


「どうして欲しいかは言ってくれなきゃわからないさ」


「またそうやって逃げて……逆にアジュはどうしたいのかしら?」


「まだ眠いし寒いから二度寝したい」


「私をどうしたいかを聞いているのよ」


 こういう時の正解がいつまでたってもわからん。

 拒否されるかも、と思ってしまったらもう動けない。


「とりあえず撫でなさい。まず腕を私の背中に回して、抱き締める要領でそのまま後ろから頭を撫でなさい」


 身体を半分くらい俺の上に乗せてくる。ちょうど顎のあたりでイロハの耳がゆっくりぴこぴこ動いてる。嬉しいけどちょっと不満がある時だな。これでしっぽが腕か足に絡まってきたら、寂しいか俺がヘタれているから怒っている時だ。


「なかなか難しい注文してくれるな」


「これくらいが自然にできるようにしていくわよ」


「道のりは長そうだな………………はい意識したら恥ずかしくてできないー」


「だ・か・ら・どうしてそこで諦めるのよ……ほらこうして」


 俺の手を取り誘導する。こんなん慣れるわけないだろ。

 頭の上に手をおいてやるけど動かせない。


「なんだろうなあ……これはどうしてもしんどいのよ。環境の問題だな」


「環境? 部屋が寒いとか。私が撫でにくい体勢とかかしら?」


「いや、そうじゃなくて抵抗感というか……ああいや、イロハにじゃなくて」


「落ち着いて説明しなさい。貴方がそうなるときは問題の根が深いわ。ゆっくり話して」


 俺の考えがまとまるまで待ってくれる。

 この辺を理解してくれるのが凄くありがたい。助かる。


「どうなんだろうなあ……女に触るのがなあ……」


「女の子に触ることに抵抗があるのは……触りたくないのはなぜかしら?」


「法に触れるからだな」


「意味がわからないわ。嫌がっているのに無理矢理触るわけではないでしょう?」


「あーそうか。やっと理解した。その辺の常識がこっちと違うんだ」


「……やっぱり根が深そうね」


 これ多分ちょっとやそっとでどうにかなるもんじゃないな。


「これかなり長引くと思う。今まで生きてきた中での徹底しなくちゃいけない常識だったし」


「話してみて。考えがまとまれば改善案も出せるかもしれないもの」


 こっちと常識が違うんだろう。そもそも童貞の俺にはハードルが高いしな。


「女には触っちゃダメなんだよ。驚くことにイケメン金持ちでも危険だ。男は女から触ってくるのを待つだけ。自分から触るのは危機管理できていないアホ」


「触るとどうなるの?」


「おさわり変態野郎として捕まる。同意があっても無理矢理触られたと言ってしまえば女の勝ち。ウソだとしても女が勇気を出して言い出したんだから守ってあげましょうとかクソ以下の理由で男の負け」


「緊急時に助けられないじゃない」


「助けちゃいけないんだよ。それこそイケメン以外はな。人生詰むから」


「……どこまでが本当?」


「そんな女ばかりじゃなくて、常識的なヤツも多分いるって前提で全部本当」


 女を助けるという行為は主人公様がやるからいいシーンなのさ。

 俺みたいなのがやっても助けた女は喜ばない。

 イロハ達が例外中の例外であることを忘れないようにしよう。

 それでトラブルになればこいつらに迷惑をかけてしまう。

 最悪敵を皆殺しにする必要が出てくる。


「本当に危険だから自分から触らないように自然と受け身になるのさ。これはもうずっと体に染み付いてる習慣なんだ」


 なぜかリリアは多少の触れ合いなら無意識に出ることがあるけど、今のところ理由は不明。なんだろうなあいつの親しみやすさは。


「難しいわね……生き方を変えるというのは並大抵のことではないわ」


「だな。そもそもこっちの連中も急に触ったらダメだろ?」


「それはダメよ。他の女にベタベタ触って欲しくないわ」


「俺はモテないからその辺の距離感とかも知らん。つまり触らないことが安全なわけだ」


 そこまでの危険を犯して触りたいかと聞かれればノーだ。他人を触るという行為に、人生賭けるほどの価値があるのかどうか考えないとバカをみる。


「私から寄って行っても逃げなくなっただけ成長しているわね」


「そこはもっと褒めていこうぜ」


「調子に乗らないの。確約があればいいのね?」


「あったらヘタレないと思ったら足元をすくわれるぞ」


「開き直ればいいわけではないと前に言ったわよね?」


「すんませんでした。痛い痛いほっぺた伸びるって」


 両頬をぐいーんと引っ張られる。結構痛い。

 しっぽが俺をぺしぺし叩いている。素直に謝っとこう。


「悪かったよ。まずお前らだけでも抵抗なくなればいいな」


「まず、じゃなくて私達だけにしなさい。他の女に触ろうとしない。触るなら私達からでしょう」


「今もくっついてるだろ」


「くっついているのも私からでしょう? なにか感想はないのかしら?」


「ん、あったかいな。いやな臭いもしないし寝やすくていいよ」


 悪臭がないのはありがたい。

 適度に暖かいから、夏になるまでは問題なさそうだ。


「また反応に困るわね……嫌いじゃないわね?」


「嫌いじゃないよ。嫌いになることもない」


「嫌いじゃない、は素直に言えるのね」


「みたいだな……で、なぜ下着姿なのかな?」


「脱いだからよ」


 あーあもう真面目な話してたのになあー。

 珍しく俺が胸の内を話したりしてたっぽいのになあー。


「開き直ればいいというものではないんだろ?」


「そうね、下着姿はやめるわ」


 そして瞬きする間に全裸である。いつ脱いだのかわからない。


「下着がダメで全裸がいい世界など無い。どうやって脱いだ? まったくわからなかったぞ」


「忍法ばれずに脱衣の術よ」


「んな術があってたまるかアホ」


「ちょっと寒いからくっつくわね」


「おいやめろそれが目的だろ服を着ろ」


「どうしても服を着てほしいのね」


 なんだその質問は。服は着ろよ。

 平気なふりをしてるけど、イロハの顔が赤いのはわかってんだぞ。


「風邪引かれても困るからな」


「そう……どうしても着て欲しいなら……アジュが着せればいいのよ」


「なんでそうなった!?」


「さあ、私に下着を履かせなさい」


「ど変態か! プレイが高度でついていけねえわ!」


「早くしないと忍法アジュの服を脱がせるの術を使うわよ?」


「絶対使うなよ!?」


「それじゃあ私が着せてあげるわね」


「もう脱がされてる!?」


 いつの間にか俺はパンツ一枚である。パジャマの上とかどう脱がせたんだろう。これ便利そうだし覚えたい。


「この術って俺でも覚えられるか? 誰にでも使える?」


「…………誰に使うつもりなのかしら?」


 イロハさんめっちゃ怒ってる。いつものタレ目の奥に怒りの炎がともっている気がした。


「脱ぐとき便利そうだと思っただけだ」


「使わせないわ。脱ぐのが面倒なら『俺の服を脱がせ』と言ってくれればいいわ」


「貴族か。貴族とか金持ちがするやつだろ」


「お館様なのだから問題無いわ」


「そういやそうだったっけな」


 未だに運営に関わってないから実感ない。

 まあ運営は里の人間がするから、俺は使う側らしいけど。


「そういうのあんまりしたくない。服も着てくれ。代わりにこのまま一緒に寝ることでお詫びとする」


「お言葉に甘えてお昼くらいまで寝ようかしら」


 限界ギリギリの勇気を振り絞ってイロハの頭に置いた手をぽんぽんしてみる。

 慣れない……これを普通にできるやつって、スタートから恵まれ続けないとダメなんじゃないかな。

 いいや、適当に誰か起こしに来るまで寝ちまおう。


「それじゃあ服でも着ましょうか」


「旦那、朝餉の支度が整いやした。皆様お集まりです」


「うおおぉ!?」


「わふっ!? フリスト? ここに住む予定はないんじゃなかったのかしら?」


 ベッドの横に控えている黒髪おかっぱ髪飾り。間違いなくフリストだな。


「ヒメノ様と共に参上いたしやした」


「そういや説明するとか言ってたな……朝から来なくてもいいだろ。今日は学園休みだぞ」


「もうじき昼でございやすが?」


 首かしげているフリスト。寝すぎたか。大抵休みの日は昼まで寝ているからな。運悪く朝起きた奴は、勝手に朝飯作るか二度寝するのがうちの日常である。


「しょうがねえか……ちょっと遅れるかもしれんけど、一階行くから適当に伝えておいてくれるか?」


「かしこまりやした。ではどうぞごゆっくり」


 一礼してさっさと出て行くフリスト。

 残念そうなイロハをなだめて服を着て一階に降りる。

 そこで待っていたのはリリア・ヒメノ・フリストと、強烈なオーラを放つシルフィだった。


「えぇ……おいフリスト。なにがあった?」


 ゲルと戦っていた時ですら遥かに凌駕するオーラが見える。

 やばい。ずっとシルフィが無言でこっち見てる。怖いです。


「あっしにはてんで見当もつきやせん。ただ旦那とイロハ様が情事の最中なので少々遅れるやもと……」


「完全にそれだろ!! 情事ってなんだよ!!」


「お互い裸でいらしたので、あっしはてっきりそういうことかと思いやしたが……?」


「違うわ! どうしてくれんだよこの状況!」


「私は貴方の影。影は後ろに潜むべきね」


 イロハが俺の後ろに隠れる。それはずるくないですかね。

 シルフィのオーラが大きくなってますよ。

 ヒメノは朝飯をじっと見ている。また食っていく気かこいつ。

 リリアは楽しそうにニヤニヤした笑顔で俺を見ている。


「それじゃあ、説明してもらおうかな? イロハと何をしてたの?」


 俺は無事に朝飯を食えるのだろうか。

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