ゲンドル討伐戦

 ヴァンを残して二階へ上がった俺達を待ち受けていたのは外。

 しかも地面は土で空が見える。周囲は森だなこれ……なんだここ。

 しかも広い。ふと振り返ると、壁のない場所に扉だけがある。

 あれが俺達が入ってきた扉だろう。


「この部屋まるごと別空間じゃ」


「うむ、部屋の中に別の場所を召喚しているのだな」


「つまりなんだ? 部屋も俺達も召喚されました、と?」


「正解よ貧乏人。よくも私を蹴っ飛ばしてくれたわね」


「出やがったなゲンドル。今度は蹴飛ばすだけじゃすまないぜ」


 やはり生きていたか。こいつともここでおさらばしたいね。


「フリストはどうした?」


「あの子は私とは別の任務があるみたいね。別に私一人でも十分よ。この空間は私が呼び出したもの。下準備は完璧よ」


 ゲンドルの持つ杖が輝き、魔力が部屋……と言っていいのかわからんけど部屋を満たす。


「この部屋では私の力が上がり続ける。あんたらがどんな強化魔法を使っているか知らないけれど。ここは私の世界よ!」


「めんどいのう……おぬしらが無駄な抵抗ばっかりするから、いちゃつく時間がドンドン遠のくのじゃ」


「その時間は来るのが怖いな」


「恐れることはない。ただ愛を受け入れるのだ!」


「うむ、ぎゅうぎゅうに詰めれば三人分の愛くらい入るじゃろ。受け入れるがよい」


「無理だっつーの。器がぶっ壊れるわ」


「徐々に慣らしているからなんとかなるじゃろ」


「私を無視して雑談するんじゃない!!」


 ゲンドルお決まりの魔法陣乱舞だ。こいつも芸がないな。


「今回は私も本気よ。これが……本当のヴァルキリー ゲンドルの実力よ!!」


 ゲンドルの首・肩・腕・手首・足首なんかにまるで腕輪のように魔法陣がくっついている。


「吹っ飛べ雑魚共!!」


 ゲンドルの両手から炎の渦が突っ込んでくる。適当に右腕を振ってかき消しておくが、前よりゲンドルの魔力が高まっている。今なお高まり続けいているあたりさっきの話も嘘じゃないんだろう。


「おおっと、危ねえな」


「魔力そのものが爆発的に上がっている……面白い余興だ。続けよ」


「なんでホイホイ撃ち落とせるのよあんたら!!」


 吹雪の渦・雷の渦なんかも混ざり、そこそこレパートリーがあることを見せてくれるゲンドル。

 それを弾き飛ばし、リリアは同種の魔法で相殺し、ファングはハート型のバリアで受け止めて珍しそうに観察している。


「どこかにためてある魔力。もしくは前回のように虫の攻撃を召喚して自身の体内に循環させておるのじゃ」


「意味わからん。詳しい説明求む」


「あくまで予想じゃが……魔法陣から召喚された攻撃を体内で螺旋状に練り続け、膨大な魔力を射出しておるのじゃろう」


「なるほど、だから渦になってるのか」


 渦っていうかドリルなんだな。魔力のドリル。


「そうよ、しかも負担は別の場所へ逆召喚よ!」


「バカな……物体ならまだしも魔力による負担だけを人体から剥離するなど……召喚魔法の範疇ではない」


「それができるのがヴァルキリー……いいえ、魔力に秀でた私なのよ!!」


「納得しろファング。あいつはもとから人間じゃないんだよ」


「そういうことよ! 人間とは格が違うのよ!!」


 ゲンドルの右腕が突然消える。なにをしているのかわからない。


「うしろだ庶民!!」


 ファングの声に振り返ると背後に小さな魔法陣と、そこから伸びる腕。

 背後からの攻撃か。


「チッ、そこか!」


 腕から撃ち出される光の渦を避ける。

 この程度が見切れないほど、鎧の力はヤワじゃない。


「バカね……やはり人間は下等よ」


 避けた光の渦が魔法陣の中に消え、俺の足元に出現した魔法陣から撃ち出される。

 やるな。一度撃った魔法のリサイクルか。とりあえず両腕でガードだ。爆発を起こす渦の中で、ぼんやり次の手を考える。


「庶民!! 無事か!!」


「安心せい。あの程度で傷などつかぬ」


「そういうことさ。ま、褒めてやるよ。ゲンドル」


 当然無傷だ。しかしこいつは長引かせれば面倒だな。さっさと終わらせてやる。


「どういうことよ……おかしいじゃない!! あんたどんな強化魔法使ってるのよ! どんな方法で攻撃を防いでるのよ!!」


 魔法なんて使っていない。そうか、こいつら鎧について何も知らないんだ。

 ゲルもラズリもフレックもゲンドルも鎧について知らなかった。こいつは都合がいい。


「俺は特殊な体質でね。この程度じゃ死なないのさ」


 とりあえず嘘を言っておく。真実なんて知らせて得はない。


「体質? 人間のくせに……いいわ。次は本気でやる。私の全力で殺された男という名誉を与えてあげるわ。ザジ・サカシタ」


「ざじ?」


 そういや偽名のままだったな。こいつどこまでも不憫だ。まあいい終わらせよう。


「ほれほれ、ざじくんにばかり気を取られていると危ないのじゃ」


 リリアの攻撃魔法がゲンドルに次々降り注ぐ。


「うるさい!! 私はお前たちとは違うんだ!!」


 リリアの攻撃魔法を魔法陣に吸い込ませる。俺はともかく、リリアとファングに向けて打ち出されるとまずい。


「まずいぞ。撃ち出される」


「わしを甘く見過ぎじゃ。ほれーどんっと」


 リリアの攻撃を吸い込んだ魔法陣と、ゲンドルの体にくっついている魔法陣が爆発する。


「きゃあああ!!」


「庶民二号よ。なにをした?」


「庶民二号て、いやまあ敵に名前を教える必要はないけどさ……もうちょいなんかないのか」


「よくわからんが気にさわったなら謝ろう。すまなかった。よければ教えてほしい」


 変なとこ素直だな。よくわかってないあたりズレてるけど。


「よいよい、特別に教えてやるのじゃ。衝撃吸収と軽い探知の魔法で包んだ爆発性の魔法じゃ。吸い込まれたのを確認してから爆発させることができる」


「なるほど、内側から破壊してしまおうということか。発想力に長けているな……大手柄だ庶民!」


「ああ、凄いな。結構なんでもできるよな。よくやってくれた」


「にゅっふっふー。もっと褒めるがよい!」


 にへ~っと笑っているリリアは中々無邪気でかわいいもんがあるな。


「まだよ……私が死んだわけじゃない!」


 身体の魔法陣が組み直されている。

 ダメージはあるはずだが……なんかゲンドルに違和感があるな。


「自分の体を魔力で動く義手義足と交換しておるのじゃ」


「おそらく本当の体は回復魔法でもかけているのだろう」


 違和感の正体はそれか。頭から下の服装が変わっている。自分の体をバラバラに転送できるってのは薄気味悪いな。内臓や神経がないヴァルキリーだから切り離せるんだろう。


「これじゃあキリがないな。なんとか本体を引っ張りだして潰さないと」


「別に頭はそのままじゃ。潰してしまえばよい」


「生意気なのよ……たかが人間が! 私達に選ばれる側の矮小な命の分際で!!」


 義手の破損を考えず、めっちゃくちゃに魔法ドリルを撃ちまくるゲンドル。人体の負担を考えないせいか威力も上がっている。


「ふむ、このまま庶民だけを危険に晒し何もせず、というのは下劣極まりないな」


「では、露払いでもするとしようかの」


 リリアの背後に魔力のしっぽが三本ふりふりしている。相変わらずアホほど魔力が上がるな。


「共闘……それは友と綴る英雄譚には欠かせぬもの! その役目、承ったぞ!」


 いつのまにかマスクドラブの仮面とマントをつけているファング坊っちゃん。どこから出したんだよ。


「あんたらなんかに……負けるはずがない!!」


 大きなカブトムシやクワガタを召喚して攻撃させ、その隙間から魔法が飛んで来る。もちろん突然現れる場合もある。邪魔くっさいわ。


「さて、露払い一号にして庶民二号……参るのじゃ」


 リリアが消える。そして魔法陣が、でかい昆虫が、魔法のドリルが、猛スピードでズタズタに切り裂かれていく。


「なに? なにが起きたの?」


 ゲンドルにはもうリリアが見えていない。純白の線が一本引かれると敵が二つに両断される。空も大地もこの空間が徐々に白で埋まっていく。まるで穢れを祓っているかのように。


「どうじゃ、これで邪魔者は消えたじゃろ」


 しっかりゲンドル以外を消し終えて、俺の隣に現れたリリアはいつものリリアだ。


「これは美しい……よかろう! 一号の称号は譲る! 露払い二号! 今こそ使命を果たす!!」


 両手を顔の前に突き出し、そのまま天に掲げるファング。やがて、空間を冷気が包む。


「ラブラブ・アイシクル!!」


 アホとしか言えない技名とは裏腹に、周囲を絶対零度まで下げる坊っちゃんもといマスクドラブ。

 氷の柱がそこらじゅうに生えている。まるで空間そのものが止まったようだ。一部の乱れもなく全域に渡って冷気が支配している。


「ほう、やるものじゃな二号。ゲンドル以外は完璧に凍っておる」


 リリアの言う通りゲンドルは無事だ。周囲がいきなり氷の世界になって驚いている。


「それは違うぞ一号よ。ヤツをよく見てみるのだ」


 お前らノリノリだな。言われてよーく見てみると……これは。


「身体の魔法陣だけが凍ってる……?」


「良い目をしているな。我が役目は露払い。魔法陣は封じた。これぞ真の露払いよ」


「うむうむ、見事な心配りじゃ二号よ」


「私の体内の魔力はまだ残っている。肉体がある限り私は不滅よ」


「そんじゃあ肉体ごとまるっと潰してやるさ」


『シルフィ!』


 本当に使うの久々だなシルフィキー。鎧が真っ赤なヒーローみたいなパワードスーツへと変わる。


「おお……なんという造形美! まさにロマンの体現者だ! スタイリッシュだ……」


「俺も気に入ってるよ。あいつが力をくれるみたいでな……はっ!!」


 ゲンドルへと光速で肉迫し、魔力に満ちた体に触れる。


「バカね。この距離なら外さないわ!!」


「撃てればな」


「……どうして? 魔力が……止まった?」


 ゲンドルの魔力の流れる時間を止めた。そして身体の時間を生身の肉体へと戻す。


「サービスだ。無傷の肉体に戻してやるよ……これから跡形もなく消し飛ぶがな」


 ゲンドルを天高く蹴り飛ばし、必殺技キーをさす。


『ホゥ! リィ! スラアアアァァッシュ!!』


「おおおおおりゃああ!!」


 ソードキーを使った時に現れる剣に魔力を込め、神聖な光を収束させた光刃を飛ばす。

 距離も時間も超越し、巨大な斬撃がこの空間とゲンドルを切り裂き大爆発を起こして終わりだ。


「よっしゃこんなもんだろ」


 空間ごと斬ったため、元のカジノ内へと戻る。


「うむ、よくやったのじゃ」


「見事だ庶民!!」


「おー終わったみたいだな」


「みんなケガしてない~?」


「無事で何よりでございやす」


 待っててくれたのか、部屋でジュース飲みながらくつろいでいる、ヴァンとクラリスとフリスト。


「フリスト? お前なんでいるんだよ?」


「あっしの役目は終わりやした。すふぃんくすが倒れ、ヴァルキリーとしての義理も果たしやしたから……もうヒメノ様の部下に戻りやす」


「スパイだったわけじゃな」


 なるほど、スパイとかいるのか。


「しかしゲンドルは何がしたかったんじゃ?」


「それも含めてあっしが説明いたしやす。お疲れでしょうから詳細は追って連絡いたしやす」


「それでいいのか……? 俺は報告しなきゃならんのだけども」


「アジュ様とファング様のクエストの件でしたらここに来るまでにあらかた済ませておきやした。後はご本人様が報告に行けば万事完了でございやす」


 根回しいいな。疲れてたから明日にしたいけどどうするか。


「うーっしオレは帰るぜ。ありがとな」


「みんなおつかれさま~。またね~」


「お疲れ。ありがとな」


「いいってことよ。無理矢理ついてきたようなもんだ。収穫もあったし。感謝すんのはこっちさ」


「それではさらばだ皆の衆! 再び会うその日まで息災でいるのだぞ!!」


 ヴァン、クラリス、ファングが帰っていく。本当に終わったという実感が湧いてくるじゃないか。


「俺達も帰るか」


「うむ、晩ご飯までには帰るのじゃ」


「お迎えに上がりました」


「お疲れ様! もう終わっちゃった?」


「無事でよかったわ」


 入り口でシルフィ達に出迎えられる。どうもカジノに入った時からそれほど時間がたっていないようだ。

 密度が濃すぎるんだよ。もうちょいゆったりしたいわ。


「帰ろうぜ。腹減ったし疲れたよ」


「お食事の準備はすませております」


「では急いで帰るのじゃ!」


 ヴァルキリーの目的とかあるんだろうけど飯が先だ。

 ひとまず記憶の隅に置いといて、いつもの日常に戻ることにした。

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