世にもアホな訓練

 昼飯終わって夕方。シルフィと一緒に適当にフラフラしている。


「なんか最近になって材料調達のクエがよく貼りだされてるな。魔物討伐とかも増えたような」


「調理科でモンスター料理の研究とかあるし。材料は錬金科とかで使うし」


「モンスター料理ってなんだよ?」


「ドラゴンのお肉焼いたりとか。前に倒したウサギのお肉チャーハンとかあるよー」


 興味があります。ここで肉料理を紹介してくれるという、俺の好みを知っての心遣いが惚れそうになる。でも確かウサギって消えたよな?


「美味そうだな。でもあの時のウサギって霧になって消えただろ?」


「そっからか。えっとね、魔物には生き物として存在するものと、魔力や悪魔・悪霊なんかと、それに影響されちゃった精霊さんなんかがくっついて核を作ったタイプとか、あとはえーっと混ざったりとか」


 手をパタパタさせたり、しかめっ面したり、眉間にしわ寄せたりしながら説明してくれるシルフィ。可愛いけど限界っぽいし止めてあげよう。


「落ち着け、とりあえず消えない魔物もいて食えるんだろ?」


「ああ、うんそう。それそれ」


 別にそこまで詳しく聞かなくていいや。今はそれでよし。


「そんな感じ。調理科が屋台とか出してるでしょ?」


「おう、まだ行ったこと無いけどな」


 調理科は実習として屋台、もしくは調理科専用出店スペースで週替りで屋台が出たりしている。

 お祭りの焼きそばとか大好きな俺としては行きたい。けど晩飯食えなくなるから行ってない。

 一人の時間が自室くらいだからなあ。今度こっそり行ってみるかな。


「はいダメー。今一人でこっそり行こうとした!」


「してないしてない」


「わたしにはわかるもん。リリアが言ってたよ。女の子を誘ったりできないから、こっそり行こうとするはずじゃーって」


 エスパーかお前ら。俺はそんなにわかりやすいか?


「ダメだよ。ちゃんと誰かと一緒じゃないと、アジュは迷子になります!」


「なるかい! 誰かを誘うのは難易度が高いです」


「そんなアジュに耳寄りなお知らせが……アジュに誘われると一緒に行ってくれるシルフィちゃんがいます!」


 さあ誘えとばかりに両手を広げているシルフィ。

 逆に誘えないわ。こういうのは勢いが殺されると無理。意識してしまえばもう誘えない。


「さ、晩飯もあるし帰らないとなー」


「スルーされた!? でもこんなことでわたしがめげると思ったら大間違いだよ」


「そのうちな。四人で行く機会もあるだろうしさ。ゆっくりいこう」


「自然に行く流れじゃないと恥ずかしいんだね」


 なんだそのエスパーみたいな洞察力は……そういやエスパーそのものだったな。


「そうだ、シルフィが超能力使ってる所って見たこと無い気がするんだけど」


「あーわたしの超能力は今使えないんだよね。回復してきてはいるんだけどさ」


「なんかあったのか?」


「ほら、暴走したって話したでしょ? あのときに目一杯使いすぎちゃったみたい」


 ガス欠になってるってことなのか。シルフィが落ち込み始めているのでこの話はここまで。


「回復するなら心配しなくてもいいさ。無くても十分強いし」


「ふふーん、頑張るよー。アジュも戦闘経験積めば強くなるって」


「想像できん。基本ができてないからなあ」


「ヒマな時にでも教えてあげよっか?」


 ふむ、シルフィが相手なら死ぬことはないか。

 無茶な特訓だと死ぬけど分別ある子だと信じているよ。


「お願いしようか。無理そうならやめるぞ。俺は体力も根性もないからな」


「わかった。あ、忘れてた。夕飯の前にアジュの特訓するから、早めに帰って来いって言われてるんだった」


「俺が特訓すんの?」


「そうだよ。確か『どんかんしゅじんこー』としてのスキルを高めるとか言ってたよ」


「嫌な予感しかしない……それ絶対リリアが言い出してるだろ」




とりあえず早足で帰った俺達を待っていたのは、案の定アホな特訓だった。


「では、イロハ。頼むのじゃ」


 ここは家の庭。そこそこ広い。そこにリリアとイロハがいる。

 リリアの合図で四人に分身するイロハ。俺の前後左右に立たれる。

 ちなみにシルフィは晩飯の準備をしているためここにはいない。


「では特訓開始じゃ!」


 リリアの合図で左のイロハが一歩踏み出し、口を開く。


「私、ずっと貴方のことがす……」


「しまった、今日は晩飯の買い物頼まれてたんだ!」


 最後まで台詞を言わせる前に、素早く言い訳を繰り出す。

 右にいるイロハが追撃の告白を繰り出す。


「好きです。付き合って下さい」


 右を振り向き、両手を合わせて一言発して回避する。


「ごめん考え事してた! 何か言ったか?」


 今やっているのは告白やいい雰囲気をすっとぼける訓練である。

 なぜそんなことをするのか疑問だが、ハーレム前に個別ルートに行くなということらしい。

 リリアはともかくノリノリで付き合っているイロハはそれでいいのかと問いたい。


「ずっと前から好きでした」


 しまった、正面のイロハからの告白に一手遅れた。これではだんまりを決め込むしか無い。

 俺の足元にバシッとボールが飛んで来る。リリアからのアシストだ。


「うおっと、あっぶねえ……何の話だっけ?」


 ボールの驚きで忘れちゃいました作戦だ。

 ホッとしたのもつかの間、背後からくるイロハに気付いた。

 振り向いて体勢を立て直す余裕はない。


「私と付き合ってください」


 やるしかない。イロハの言葉が終わるギリギリでブリッジをして、逆さまになったイロハに向けてラストワードを発動させる。


「え、ごめん聞こえなかった」


 起き上がり、逃げの一手だ。


「じゃ、俺用事思い出したからまたな!!」


 言いながら少し離れた場所にいるリリアへ小走りで近寄る。


「ギリギリ及第点じゃな」


「他人の気配を察知する訓練が先ね」


 俺の回避行動に対しての反省会が始まる。

 まず俺にこんな訓練を強いていることを反省して欲しい。


「なあ、これやんなきゃダメ?」


「ダメじゃ」


「どこの馬の骨ともわからない女に取られ、コホン。騙されないためにも訓練は必要よ」


 女性経験の無い俺は騙されやすいんだと。

 三人以外のその他大勢なんざなんの価値もないけどなあ。


「私は貴方の影、それでもずっと一緒にいられるわけじゃないわ。一緒ならそれが一番なのだけれど」


「わしのアシストが無ければ、念押しの告白をされて答えを出さねばならんかったぞ。もっと精進あるのみじゃ」


「みんなーご飯できたよー」


 家の中からシルフィの声が聞こえる。ようやくアホな訓練から逃げることができる。


「よっしゃ、冷めるといけないから戻ろう。シルフィが待ってるぞ」


「仕方ないのう。次は別の特訓じゃな」


「いっそ瞬間移動でもできれば逃げられるんじゃないかしら」


 しょーもない雑談は聞かなかったことにする。

 ちゃっちゃと食卓につく。今日はパエリアか。あんまり食ったこと無い料理だ。


「しかしうまい。みんな料理うまくていいよな」


 シルフィが洋風。イロハが和風。リリアが軽食と家庭料理。んでもって俺が男の料理だ。

 これに外食含めると食に不自由はしないし、飽きも来ない。いい仲間だよ。


「家事はできて損はないのじゃ」


「そうね、好きな人がいれば、アピールチャンスになるわ」


「そうだねーお料理するのも楽しいし。美味しいもの食べるのも楽しいよ」


 とりあえずイロハさんは、こっちを凝視するのやめて下さいますか。


「何か食べに行くのも悪くないね。どっか行きたい所ある?」


 シルフィがこっちをチラチラ見てくる………………そういうことか。


「そういやあれだ、屋台に食べに行ったこと無いな」


 多分これで正解だろう。本当に気の使える娘だなシルフィ。


「それじゃあ、明日のお昼……簡単なクエスト終わりにでも食べに行きましょうか?」


「うむ、食べ歩きじゃな」


「さんせーい! 楽しみだね!」


「ああ、ありがとな」


 シルフィにだけ聞こえるように小声でお礼を言っておく。

 世話になりっぱなしだ。なにかお返ししないとな。

 食べ歩きの予定が決まったところで食事も終わる。

 そして今日が終わる。屋台が楽しみだ。今日は早く寝てしまおう。

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