第196話 葛ノ葉卑弥呼と太陽神ラー

 リリアの家に行くことになった。

 てっきりまた眠るんだろうと思っていたら。


「アジュ様が! アジュ様の幻覚が見えますわ! きっとこれは夢ですわ!」


 まーたヒメノの家だよ。なぜに縁があるかね。


「なんでヒメノの家だ?」


「残念なことにここが近いのじゃよ。直通で天界まで行けるからのう」


「だからってまたここかあ……大変だね」


「とんだ不運ね」


 今回はシルフィとイロハも一緒だ。

 里帰りは全員ですることがなんとなく決まったな。


「……天界? 葛ノ葉の隠れ里じゃないのか?」


「今回は別の場所じゃ。そっちはおぬしとふたりっきりで子作りのための里じゃろ」


「その素敵な里について説明を求めるわ」


「リリアだけずるいと思います!」


 ほらもう食いついてきたよ。どうすんのさこれ。


「とりあえず私とアジュで一泊してみましょうか」


「してたまるか!」


「でもそういう場所なんでしょ?」


「普通の田舎っぽい場所だよ。無人だけどな」


 あの雰囲気は好きだ。思い出補正がかかっていることは認める。

 余生を過ごすなら、ああいう場所がベストだろう。


「ちょっと面白そう。誰もいないならいちゃいちゃできるね!」


「言ってる場合か。今回は別の場所なんだろ?」


「つまり次回があるのね? 次回は抱かれる予定が入るのね?」


「子供は育てられないだろ。この歳でガキとか絶対に育てないぞ。子育てとかクソ面倒だろ。絶対に嫌です」


 アジュさんは自分の時間とお金を他人に使うのが大嫌いです。

 ガキとかどんだけ金かかるんだようざったい。


「そのために避妊という概念は存在しているのよ」


「そのための指輪じゃからのう」


 そういやそんなアイテムもありましたね。縁がないから忘れていたよ。


「ではわたくしと里に行くということで」


「お前は入ってくんな! いいからもうなんだっけ? なんだかの家に行くぞ。疲れてきた」


「ゲートは開けておきやした」


「いってらっしゃいっすー」


 なんか転送の扉が開いている。あまり見たことのない魔法だな。

 使われている魔力の質が違うのかもしれない。


「今回うちらはお留守番っす。こっちでなにかあったら困るっすからね」


「いってらっしゃいませ。旦那のご武運をお祈りしておりやす」


 やた子とフリストに見送られ、ヒメノの案内でゲートに入る。


「天界ツアーにご招待ですわ!」


「天界と天国ってどう違うんだ?」


「天国は善人が死ぬと行ける場所じゃ。天界は神の住む土地じゃな」


「私達が行っていい場所なのよね?」


「無論じゃ。そこまで大層な場所でもない……らしいのじゃ」


 言っているうちに光りに包まれ、眩しさに目を閉じ、開いた瞬間にはもう別の場所にいた。


「ここが天界か? なんだか……」


「綺麗な場所だね」


 桜が咲き乱れる道の遙か先、一つだけ建っている和風建築。

 ヒメノの豪邸より広いんじゃないかあれ。


「天界の中でも特別に守られた神聖な場所の一つだそうじゃ。さ、ヒメノ。ここから先は任せるのじゃ」


「ヒメノに?」


「ええ、ここは特別な場所。四季が乱れております。たどり着くには案内が必要ですわ」


 ヒメノの案内で進む俺達。暖かい風が花びらを揺らす。

 空は雲一つない。人が歩けるように土を整えて道になっている場所を歩く。


「こっから秋ですわ」


 一瞬意味がわからなかったが、花びらが突然紅葉に変わる。

 同時に少し肌寒くなった。


「どうなってんだここ」


「四季の迷路なんじゃな。時間を間違えると進めないわけじゃ」


「不思議な場所ね。不快感がないわ」


「落ち着くし、穏やかな気持になるね」


 気持ちの落ち着く場所だ。天界にはこんな場所があるんだな。


「ここにリリアのご両親がいるの?」


「いいや、今回は伴侶を連れてくる場所じゃ。なんでも葛ノ葉とともに生きるものとしての人間を見る場だと聞いておる」


「曖昧だな。知らずについてきた俺も俺だけど、そんな場所だったんかい」


「わしも伴侶ができるまで、来るなと言われておったからのう。実は初めてなんじゃよ」


「だからわたくしが案内人なのですわ!」


 アホみたいにでかい家の門まで来た。

 そこに誰か立っている。黒髪で、大人の優しそうな女性がいる。


「お待ちしておりました」


 和装に身を包んだ女性だ。長くて綺麗な髪で、優しさと芯の強さが伝わる。

 なんというか母性溢れるお人だ。肩にハヤブサが止まっている。

 なんだあれペットか? 洒落たもん連れてるな。


「ごきげんようひーちゃん。こうして会うのは何年ぶりかしら」


「……何年でしたっけ? ここにいると時が経つのを忘れてしまうわ」


 どこかぽわわんとした人なのかも。

 年中ここにいたら、そんな性格になる気がするけどな。


「わたくしはもう自分の年齢も数えてませんわ。だから聞いたというのに」


「相変わらずその場のアドリブだけで生きているようだなあぁ、アマテラス」


「鳥が喋った!?」


 なんか普通に喋ってるぞ。使い魔的な感じ?


「ああ、そうか……この姿じゃダメなんだな。よっと、これでいいかな。初めまして、葛ノ葉が選んだ男よ。太陽神ラーだ」


 神社の神主みたいな服を着たイケメンさんに変わったぞおい。

 金髪で、リリアと同じ真っ赤な目だ。高身長で優しそうなイケメンという、俺と全く逆の存在だよ。


「そういえば自己紹介もしていませんでしたね。初代葛ノ葉……葛ノ葉、卑弥呼です。よろしくお願いしますね」


「…………はい?」


 初代? ちょっと待てどういうことだ。

 横のリリアも呆然としている。こりゃ知らなかったな。


「ご先祖様?」


「ええ、はじめましてね。リリアちゃん」


「生きてたのか……」


「極秘事項ですわ。知らなくても無理はありません」


「はい、内緒です。でもええと……あなたが九尾を倒してくれたとか。なので会いたいなーって思いました。卑弥呼です。葛ノ葉異変の最初の人です」


「はあ……どうも……アジュ・サカガミです」


 全員で挨拶しながら理解した。和風だけど着物っぽくないなーっと思ってたのさ。

 もっと昔の衣装だ。多分卑弥呼って歴史とかで出てくるあれだろう。

 あの辺の時代の服だ。


「君達の慣習では、僕も葛ノ葉ラーになるのかな?」


「はい?」


「二人は夫婦ですわ。ラーがひーちゃんに惚れ込んでおりまして」


「…………なんで鳥になってたんですか? っていうかなれるんですか?」


「空を鳥になって飛ぶのは気持ちが良いからね」


 納得。エリアルキーで飛んでいる時とか超気持ちいいよ。


「本当は私への愛、ゆえに。ですね。ふふっ」


「ま、まあそうでもある……かな。なははは」


 ラーさんが照れながら頭を掻いている。卑弥呼さんのラーに向けている笑顔は、リリアがたまに俺に向けるいたずらっぽい笑みと似ている。本当に血が繋がってるんだろうなあと思ったり。


「昔は卑弥呼と離れて暮らしていてね。いつでもどこでも最速で駆け付けられるように、ハヤブサに姿を変えられるようにしたんだ。結局恋愛にうつつを抜かしていたらダメダメ神様扱いされてね……面倒になったからこっちに永住することにしたのさ」


 なんかどっかで聞いた気がする。多分ヒメノから聞いたぞ。


「ハヤブサかっこいいじゃろ。チワワとかに変身できても、ぷるぷるすることくらいしかできんのじゃ」


「ザ・役立たずだな。卑弥呼の役に立てないと困るしね」


「私はあまりチワワが可愛いと思えませんのでちょっと……柴犬はかわいいですね」


 別に聞いてないです。神様ってのは自由というか、思い立ったら即行動というか、愛だの恋だのに生きるものなのかね。ヒメノも色ボケだしな。


「飼うなら小型か中型じゃな」


「室内犬だと散歩の手間が省けそうだねー」


「ペットは責任を持ってしつける必要があるから、何を飼っても大変そうね」


「いや犬の話とか今じゃなくていいでしょ。ヒメノ、これはどういうことだ?」


「柴犬はダメですか?」


 卑弥呼さんや、それはどういう意図の質問なんだい?


「知りません。本当に知りません」


「ほらほらひーちゃん。立ち話も何ですわよ」


「あらいけない。ついつい話し込んでしまいました。どうぞこちらへ」


「久しぶりの客人だ。歓迎するよ」


 そして通されるお座敷。広くて豪華なのに、なんだか落ち着く和風の部屋。

 ひょっとしてヒメノの家と似ている? どっちが先か知らんけどな。


「はい、お茶とお菓子です。どうぞ」


「すみません。いただきます」


 はい、超美味い。なんとなくそんな気はしていたが超美味いよこれ。

 和菓子だ。しかも本格的な茶道とかで出るやつっぽい。

 お茶は緑茶。こっちは普通のお茶っ葉でいれるやつ。


「美味しい……」


「私達までごちそうになってしまって……」


「いいのですよ。お客様は数十年に一回いらっしゃるかどうか。こちらも楽しんでいますから」


 和やかムードだ。そもそも何しに来たんだっけ。


「じゃあ本題に入ろう。アジュ・サカガミくんといったね。君は……」


 ようやくラーさんが真面目な顔になった。


「この子の、リリアのどこが気に入ったんだい?」


「…………はい?」


「やっぱり初恋だったりするのですか?」


「えぇ……なんですかその乙女チックな質問は」


「すまぬ、ちょっと面倒なご先祖様みたいじゃ」


「おう、びっしびし感じ取れるわ」


 なんなんだこの空間。卑弥呼さんはお茶とお団子を追加して完全に聞く姿勢だ。


「子孫の連れてくる子には毎回やってるんだよ。お父さん、娘さんをください! っていうアレだね」


「いや直球ですね。もっと他の話題とか……」


「他の話題と言われましても……やっぱり柴犬が」


「犬の話はもういいです」


「わたくしはポメラニアンが好きですわ!」


「お前もう黙っとけ!!」


 ヒメノはもう本当になに考えてんのかさっぱりだよチクショウ。

 一番団子食ってるのがさらにイラっとする。


「言い忘れていた。九尾を倒してくれてありがとう。心から感謝しているよ」


「ありがとうございます。これで葛ノ葉の因縁が消えましたね」


「ああ、はい。まあリリアがしんどかったみたいですし」


 こういうのってなんて答えたらいいのかわからん。困る。


「アドバイスはお役に立ちましたか?」


「アドバイス?」


「九尾がどーんと出てきますから、そこをがっさー! とやってどどどどっとしたらどっばあああん! っとすればきっと勝てると信じていました」


「ほぼ擬音で説明するのはやめてください。あれは最後の決め手でした。ありがとうございます」


 だめだ、卑弥呼さんのキャラがわからん。

 芸人のトークじゃないんだから擬音多用すんのやめてください。

 なぜドヤ顔なんですか。


「では九尾のことも含めて、馴れ初めなど聞いていこうか」


「どんなハートフルストーリーかしら……楽しみだわ。あ、お茶切れましたね」


「わたくしのお団子ももうありませんわ。ひーちゃん追加お願いしますわね」


「お前好き放題か!?」


 凄くくつろいでいるヒメノ。

 どうしていいかわからず静かにお茶飲んでいるシルフィとイロハ。

 それ以上に困惑する俺と、微妙な表情をしているリリア。


「どうしました? 難しいお顔をなさって」


「ああいえ、こういうの慣れてなくて」


「お団子もっと食べます?」


「いただきます」


 さて、この窮地どう乗り切ったもんかね。

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