そろそろ逃げられなくなってきた
春の陽気が心地よいシルフィ陣営で、夜に花見をすることになった。
月明かりと灯籠の光があたりを照らし、花びらが舞う光景は一見の価値がある。
「ほう……凄いもんだな」
「いいでしょー。お気に入りの場所なんだー」
シートが広げられた場所は、たくさんの木を見られるベストな位置だ。騒がしいのは御免だが、景色を見るのは好きな方だから、正直楽しい。
メンバーもギルメンとフランに、シルフィのところの五人と小規模だ。気を遣わせたかもしれんな。
「桃の花か?」
「メインはそれかな。他にもめっちゃあるぜい」
もう宴の準備ができているようで、飲み食いできるものが設置されていた。
あんまり賑やかな席は好きじゃないが、ギルメンとの時間は作ってやらないとな。
「かんぱーい!!」
そんなわけで宴会がスタートする。肉中心に食いながら、適当にジュース飲んで花を見る。久しぶりに落ち着いた温かい時間が流れていた。
「飲んでるかいサカガミ。まだお肉は食べすぎないほうがいいよ。メインが待ってるからさ」
シルフィ陣営の金髪でオレンジの目をした女が話しかけてくる。さらりとした長い髪を靡かせ、スタイルよく人懐っこい、いかにも陽キャ前回なテンションで来やがった。
「ああ、いい料理だ。すまないな。ここまでもてなされるとは思わなかった」
「いいよいいよ気にしなくて。騒ぎたかっただけなとこあるし。もっと食べる?」
「別に俺を気にしなくてもいいぞ。はじっこで食っているから」
「いやあ国王招いておいて、はじっこに放置はやばいっしょ」
「なるほど」
クッソ失礼だな。身分が高いっていうのも面倒なものだ。ここは素直に従おう。
「シルフィちゃんが楽しそうでよかったよー。あたしら一安心だね」
「何かあったのか?」
シルフィは自陣の連中と話している。一見楽しそうに見えるが、地味なストレスが溜まるのだろうか。
「ちょっと無理してるっつーかさ、わがまま言わないんだよねーあの子。すっごいいい子。いい子すぎかな」
友達と話しているシルフィは、楽しそうでストレス抱えているようには見えない。リリアが横にいるからかもしれないが、一人だと違うのかな。俺も四人でいるより居心地悪いしなあ。
「わからんでもない。優秀だから、大抵のことは自分でできるやつだからな。英才教育を受けていることを思い出させてくれる」
さらに思い出したよ。こいつの名前アリステルだ。ほぼ話したことないはずなのに、どうしてここまでフレンドリーなのだろうか。
「みんな心配だったんだよ。そしたらサカガミにめっちゃ甘えるじゃん。愛されてんね~」
「らしいな」
「嬉しくないの?」
「愛されるがうまく理解と言うか、消化できない。不満はないが疑問は残っていた。最近は前向きに捉えている」
「なるほど。三人でギリギリ口説けてるって話はほんとなんだねえ」
俺のいないところでどう紹介されているのか気になってきたな。他人を悪く言うタイプじゃないだろうが、俺をありのまま伝えるとどうなるかの保証はない。
「疑り深いねえ。もっと素直に喜んじゃえばいいじゃん」
「万能で美形のお姫様から口説かれて疑わないやつなんているか?」
「あ~……まあ超イケメン王子様がいきなり口説いてきたら、あたしも警戒するかも」
庶民とはそういうものである。絶対に裏がある。もしくは反応を見て蔑んでいるのだ。そう考えるのが基本思考。よりによって世界有数の存在が近寄ってくるのは警戒するものである。
「あの子は気を遣いすぎるのよ」
すっと横にイロハが来る。肉と飲み物のおかわりを持ってきてくれるので、礼を言って話を聞こう。
「前に話したでしょう、無理しすぎて過労でダウンしたって。それから欲しいと言ってしまえば、どんなものでも誰かが取ってくる。子供にはそれがどれだけ貴重かもわからないけれど、きっと命をかけて取ってくる。それを察してしまってから、あの子はわがままを言うのが怖かったのよ」
言っていたな。優しさが過剰すぎて、何も言えなくなったと。もっとわがままでもいいのに、誰かに心配させるのが嫌だったのだろう。そして距離を置けば寂しがると。繊細なんだよな。
「そんな中で、初めて本気で欲しくなったのがアジュよ」
「おおーう、熱烈だねえ」
にやにやしながらこっちを見るな。俺がどんな顔しているのか自分でもわからん。最近妙にこういう話に反応してしまう。よくわからんが精神が弱っているのだろうか。
「初めて本気で欲しくて手を伸ばし続けて、ようやく手に入れたものなのよ。だから失ってしまうのが怖いのね。今までに感じたことのない喪失感に怯えているのでしょう。私にもよくわかるわ」
「ちょっと前なら大げさだと言っていたところだが、まあ受け入れよう。しかしそんなに焦るか? まだ出会って一年になるかどうかだぞ」
「十分よ。国が滅ぶようなトラブルがあって、みんなで乗り越えて、一緒に暮らしているのに一年近くおあずけをくらっているのよ?」
「あー、そりゃ焦っちゃうねえ。わかる、めっちゃわかるよー!」
いつの間にか全員こっちの話を聞いて頷いている。こういう時の女特有の団結力はなんだよ。
「あまり待たせると歪むのじゃ。二年になる頃には恋人になっておるようプランは練ってあるが、それでも我慢させ続けると発散できず押し倒されるぞ」
「そういうものか?」
「心も性癖も歪むに決まっているじゃない」
「………………覚悟を決める時期なのか?」
三人のことは嫌いじゃない。むしろかなり好きな部類だろう。愛だの恋だのは理解できんが、少なくとも手放すつもりはない。人生プランが四人で過ごすことに決定している以上、もう選択はしているようなものだが、なんだろうねこの気持ちは。
「ふっふっふ、逃さないよ?」
「忍者から逃げ切るのは不可能よ」
「今更わしらなしの生活などできんじゃろ?」
はいはいごもっともですよ。これは観念する時間がきそうですぞ。どうしよう。今はとりあえず切り替えておこうね。へたれていくよ。
「無理やり話題変えてやるぜ。シルフィが本当に世話になっている。これからもこいつをよろしく頼む。それだけが俺の願いだ」
これはちゃんと言っておきたかった。善人であることは理解したし、ギルマスだし、まあいずれそういう仲になるのかもしれんわけだし。一応の礼はね。
「そこは任せて!」
「シルフィはいい子だもんねー。頼りにしてるよー」
「えへへ、ありがとうみんな」
陣営の子がいい子ばかりで助かった。どうやら歓迎されているようだ。勇者科ってまともなやつ多いな。9ブロックの連中が例外なのか?
「もうちょいわがまま言っていいかんね。アジュくんに会いたいよーとか。気軽に言ってくれていいんだよ」
「そうだよ、なんも言ってくんないのは寂しいのだ!」
「ならシルフィの見分け方を教えてやる」
「見分け方? シルフィちゃんの?」
「こいつはわがまま言うのを躊躇する。けど言ってみたい。やって欲しい。そういう時は、勢いに任せて敬語で言う。これからシルフィちゃんのお願いが始まります! みたいな」
「あははは、変なの!」
こうやって教えつつ、こう言えばお願いを聞きますよーという状況を作ってやる。俺が説明してそれっぽくすれば、次から敬語で勢いに任せればいいんだと共通認識ができるはずだ。
「適当にできそうなら聞いてやってくれ」
「了解!! ほーらシルフィちゃんこっちおいでー! サカガミがいるよー!」
「わざわざ呼ぶなや」
めっちゃ笑顔で小走りのシルフィが来る。遊んで欲しい時の犬みたいだ。飼い主見つけてしっぽ振りながらじゃれついてくるやつ。
「呼んだ?」
「アリステルがな」
「わたしに用事?」
「ご褒美にサカガミをプレゼントだ。いちゃつくがよい」
「わーい、こうでいい?」
しれっと膝に座りやがった。躊躇しなくなったな。するりと滑り込んで満面の笑みを向けてくる。まあ楽しそうだし許可しよう。
「おぉ、ノータイムで座っちゃうんだね」
「ふっふっふ、アジュはね、ためらっていると何もしてくれないのさ!」
「なるほどー。なかなかに最悪だねー」
俺の評価が落ちているんですが。いやまあ自覚はあるよ。落ちて困りもしないし、事実だしいいけどさ。
「アジュはもっと優しく撫でるべきです」
「はいはい、えらいえらい」
しょうがないので撫でてやる。リリアほど身長差がないので、頭を撫でるのに少しこつがいる。それでも自然とできるのは、俺が完全に慣らされているからだろう。あらやだ怖い。染まっているのは果たして俺かこいつらか。
「ほーら鍋きたよー。食べさせ合うといいよー」
かなりの種類の野菜が入った鍋だ。周囲を見ると、簡易鍋セットがいくつも運ばれている。どうやら完全に煮込み終わってから出す予定だったらしいな。
「あたしらの国は野菜がよく取れるんだー。暖かくて農業に適した場所がめっちゃあるんだよ。さあシルフィちゃん」
「わかった! はいあーん!」
「人前でやるなっつったろうが」
仕方がないので食ってやる。他の連中はなるべくこっちを見ないようにしているみたいだし、甘えてくるなら受け入れる時期か。
「あっち……芋が甘くてうまい」
芋がほくほくして甘い。一口で食えるサイズにカットされていて、口の中で崩れていく。ネギはしゃきっとしているし、よくしらない春菊っぽい葉っぱもアクセントになっていた。
「うまいなこれ。肉が下の方にあるな……鶏肉?」
「そ、柔らかくなるまで葉っぱと煮込むんだって。臭み消しするの」
「肉食いすぎるなってのはこれのためか」
なるほど、こいつはうまい。メインを名乗るだけはある。食いごたえのあるいい肉だ。8ブロックは魚が多いからなあ。こういうの久しぶりかも。
「シルフィも食え。うまいぞ」
「ありがと」
シルフィにも食わせる。お互いに食わせることがここでのミッションだろう。多分だけどね。
「おぉ、豪快にやっておるのう」
「アジュくんそういうのできるのね」
「誰にでもやるわけじゃないから気をつけろ」
「マジ? じゃああたしにもやる?」
「それはダメ」
そのまま花見は滞りなく進み、満足して終わった。
こういうのは歓迎しよう。次にどんな国が来ても、こいつらといるのは楽しいのだと再確認できたからな。
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