突然の乱入者

 サメとの激闘から何もなく、肩透かしのまま風景を眺めていたら終点についていた。

 列車を降りると、近くに緑色の列車が止まっていた。

 森ルートに進んだ奴らのものだな。

 かなりぼろぼろだが、学園製のものは丈夫なんだろう。


「あいつらはもう来ているってことか」


「森は外れだったのかもしれないわね」


「川もきつかったよ」


 俺はメンバーに恵まれたってことだろう。あっちに行っていなくてよかった。

 何事もなく先へ進む。ここは一本道のようだ。

 きちんとした石畳で、見通しのよい場所の先に、なにやらアリーナのような建物。


「知ってるか?」


 この建物を見たことがあるか? 何か知っているか? という意味だ。

 言わなくても伝わる、というのは悪癖だから直さにゃならんけれど。


「なーんも知らんのじゃ」


 中は簡単に言えば巨大な運動場だ。天然芝かな。

 闘技場じゃない。百メートル走とか、幅跳びとかするタイプのやつ。


「俺の苦手ジャンルな予感がするぜ」


「しかも観客席があるよ」


「闘技場にもあったじゃろ」


 俺もちょっと見学したりした。

 こいつらの応援とか、ヴァンの戦闘とか。ホノリやファーレンスの試合も含めて勉強になった。


「来たか。到達おめでとう。中央で整列してくれ」


 試験官に従い、全員で整列。あとから来た連中も含めて勇者科集合。

 厳密には顔を知らないので全員かはわからんけど。

 まあ俺は四人いればそれでいい。


「えー、みんな合格おめでとう!!」


 突然現れてそう叫ぶシャルロット先生。

 静まり返る会場。合格と言ったな。つまりこれで終わりってことか。


「うん、まあそういう反応よね。でも合格は合格!!」


「本当にこれで終わりなんですか?」


「まだ何かあるのでは?」


 疑問を持つ勇者科の皆様。そりゃそうだよな。

 こんなもん罠を疑うほうが正常だ。


「今回は本当よ。もうなーんにもないの。これにて中間試験全日程を終わります!」


 ギャラリーから拍手が出る。なんか戦った人とかいるような。

 とりあえず全員無事に終われてよかった。帰って寝よう。


「ソニアとクラリスがいるわね」


「この試験の参加者や協力者がおるようじゃ」


 関係者か。わざわざ残って拍手とか面倒だろうに、付き合わせてしまったみたいで悪いな。


「さて、これで堅苦しい式も終わり。各自帰ってしっかり休むように」


『いいえ、まだ足りませんよ』


 突然声が響く。まるでマイク越しのような女の声だ。


「誰?」


『勇者科はこの世界の貴重な資料。まだ足りない。もっと追い込み、その限界を見たい』


 そいつは突然、先生の近くに現れた。

 灰色の髪と目の女だ。白基調の長袖とスカート。

 どことなく軍服のようなイメージのある服を着ている。


『そのために、やはり死に直面するといい。ならば追い込むといい』


 何も持っていないのに、何故かノイズ混じりのマイク越しな声。

 出で立ちも言動も、どこか無機質で薄ら寒い。全てが不気味さへと繋がる異常なやつだ。


「そう。それで貴女何者? 関係者のリストに入っていないわね。私の目はごまかせないわ」


 シャルロット先生が知らない女らしい。会場がざわつき始める。


『シャルロット・ヴァインクライド。この世界でも有数の勇者。勇者システム適合率38%。生徒との同時検証が推奨されるといい。すごくいい』


「なんじゃ……あやつ人ではないのじゃ」


 リリアがこそっと教えてくれる。

 既に俺達四人は固まって警戒中。

 あいつが変な真似をしたら、迎撃しつつ離れよう。


「そこで止まりなさい。貴女は不審者で部外者よ」


『勇者の力を見せてもらいます。そう、それがいい。ワタシに見せるといい。そのためにも、観客は人質とするといい』


 会場と観客席に灰色のボカシのような結界が張られた。

 戦士科の連中もいるというのに、結界で止められるのだろうか。


『生徒を守るため、限界を超えた力を発揮するといい』


 色とりどりのドラゴンが出現する。

 昔倒したレッドドラゴンもいた。そのどれもが突然現れた。

 声を出すこともせず、ぴくりとも動かない。それがかえって気味が悪い。


「これだけの数をどうやって……悪いけれど、拘束させてもらうわ」


『不可能だと知るといい。記録を抽出。検索完了。強敵、候補が多すぎるため検索中断。シャルロット・ヴァインクライドをコピー』


 先生に斬りかかる先生。意味がわからない。

 もう一人のシャルロット先生が、急に出てきて先生に斬りかかった。

 猛スピードで鍔迫り合いが始まり、生徒のざわつきも大きくなっていく。


「あの人……おかしいよ。なんだか……凄く嫌な感じがする」


 シルフィが俺の袖を掴んでいる。

 あいつから何かを感じ取っているのだろう。

 早いとこ逃げた方がよさそうだな。


『勇者システムの力を引き出すといい。人質には手を出さない。ただ見守らせるだけ』


 つまり鎧を使うと観客にばれる。俺にとっちゃ最低だ。

 こいつを消して帰ることができない。


『それぞれに試練を与え、成長を促す。できなければ見切るといい。かも』


「くれこ様。我々はどうすれば?」


 背中に機械の、戦闘機のような翼を付けた一組の男女が降り立つ。

 あの女の味方らしいな。両方とも金髪金目だ。


『勇者科のデータを取るといい。可能性を示すものを二人選ぶがいい』


「はっ」


「くれこ? それが貴女のお名前かしら?」


 偽物を切り伏せ消し飛ばし、謎の女に剣を向ける先生。


『勇者の完全再現は失敗。本人の成長も確認』


「いいから答えなさい!」


 成り行きを見守るしか無い。

 生徒は誰も動くことができないし、敵も動こうとしない。

 どうするかねこれ。先生が全部解決してくれたら嬉しいです。


『ワタシはくれこ。この世界の温いアカシックレコードに辟易した、仕事熱心なアカシックレコード。よしなにするといい』


 さっぱり意味がわからん。アカシックレコードってなんだっけ。

 単語は聞き覚えがあっても、それが何かまでは知らんな。


『勇者科の実力診断を開始。勇者科はルリナ。ギガイ。ドラゴンを倒すといい。倒せば人質は解放される』


「かしこまりました。くれこ様」


 女がルリナで、男がギガイか。

 どっちも大差ないというか、服装はくれこと同じタイプの軍服もどき。

 髪の短いやつが男で、長い方が女という程度の差しかない。


「先生、これイベントの一環じゃ……?」


「違うわ。誓って違う。完全に予定外よ。学園に侵入者なんて……」


 生徒全員が円になり、背中合わせに武器を構える。

 人質なんてどうでもいいし、こいつらも知ったことじゃない。

 緊急連絡は行っているだろうし、流石に異常に気づくはず。

 後はプロと神が動けば終わる。

 俺達は死なないように時間さえ稼げば勝ちだ。


『好きに動けばいい。やれ』


「んじゃアタシは貴族様からいこうじゃないの」


 期末試験で突っかかってきた金髪の……名前知らね。

 金子とその取り巻きに目をつけたようだ。緑メガネもいる。

 よしよし、そいつらは死んでいいぞ。やっちまえ。


「なら僕はどれと遊ぼうかな。女性に手を上げたくはないんだ。そこの冴えない君、黒髪の。お相手願えるかな?」


「断る」


 こんなもん即答である。他のやつに行け。くそめんどい。


「意気地なしだね。せっかく踏み台に選んであげたのに」


『じゃ、それ以外はドラゴンでいい』


 ドラゴンが一斉に吠える。それを合図にするかのように戦闘が始まった。


「お前ら、絶対に三人で離れるな。最悪俺はなんとかなる」


「わかった。アジュも気をつけて」


「意地はらずに鎧も考慮に入れるんじゃぞ」


「当然」


「ふむ、その子達の前でいい格好をしようとは思わないのかい?」


 まだ俺に粘着してくんのかよ。うっざ……理解できん。


「くだらんね。女に媚びる行為は大嫌いだ。それとも、お前がみっともなくやられてくれるのかい?」


「冗談。僕に倒されて無様を晒すのは君さ」


 もう本格的にわからん。こいつも人間じゃないのだろうか。

 思考回路どうなってんのさ。


「無理矢理にでも勝負して貰う。僕も暇しているわけにはいかなくってねえ」


「んじゃオレの踏み台でもやらねえか?」


 ギガイの腹にきっついボディーブローをかますヴァン。

 いつ動いたか見えなかったぞ。


「ぐげえっ!?」


 ヴァンの追撃は止まらない。

 くの字に曲がったギガイの足を払い、仰向けになったところを踏みつける。

 この荒っぽい戦いは、観戦する分には好き。


「随分と勝手ばかりぬかしてくれるな、優男さんよ?」


『検索完了。ヴァン・マクスウェル。優良個体。ただしシステム適合率11%』


「テメエ今なんつった?」


 ヴァンの家名を知っている。少なくとも知る術がある。危険だ。


「まずいわ。他の子達も手一杯みたいよ」


「どうしようアジュ。援護に行く?」


 向かってきたレッドドラゴンを処理しながら訪ねてくる三人。

 あまり目の届かない場所に行って欲しくない。


「先生を援護して、あの女を殺してもらうのが最善策じゃないか?」


 現状最大戦力は俺達四人と、二神融合できるヴァン。

 そして何より先生だ。目立たずに切り抜けるなら、このあたりが無難だろう。


「アジュ、優男はオレがやっちまっていいな?」


「任せるよ」


 どんどんやっちゃってくださいませ。

 そこでくれこと目が合う。


『アジュ・サカガミ……四月以前の記録なし? 記録に抹消と改ざんの可能性あり。不確定要素とみなす』


 なぜ俺に目をつけますかね。

 最後の最後で特大の面倒事が押し寄せてきやがった。

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