第三章 指輪とメイドさん

お祭りがあるみたいです

 ラズリを倒した次の日。いつもの朝だ。また布団に誰かいる。

 もう誰かがいるだけじゃ驚かなくなっている自分に一番驚くわ。


「リリア?」


 珍しいな。全員で寝る時以外でこいつがいるなんて。


「おい起きろ。お前なんでいるんだよ」


「んんぅ……や……ん……なんじゃもう……おぬしが朝自分で起きるなど奇跡じゃな」


「寝起き一発目のセリフがそれかい。で、なんでいる?」


「たまにはよいじゃろ。マンネリは人生の敵じゃ」


「かもしれないけどな……なんかあったか?」


「別に、なんでもないのじゃ」


 なんだろうな。微妙にいつもと違う気がするけどよくわからん。


「ほれほれ、朝飯に間に合わんのじゃ」


 いつもよりちょっと強引に俺を引っ張っていく。ずっと俺の袖を離さない。

 リビングに降りるとそれぞれパジャマのままのシルフィとイロハがいる。

 今日は二人が飯当番だったな。いつも通りいい匂いだ。


「おーす」


「おはようアジュ。ご飯できてるよ」


 うむ、エプロンが似合っとるな。エプロンの女の子が朝飯作ってくれる。

 ベタすぎて妄想すらしないような状況が目の前にある。

 これが日常とは素晴らしい。


「あら、今日はリリアと一緒なのね……まさかとは思うけど……」


「安心せい。完っ全に! 童貞じゃ」


「そこ強調する意味ないよな!?」


「そう、完璧なる童貞なのね」


「乗るな乗るな。ちっとも格好良くねえぞ」


「これも大切なことじゃ。のうシルフィ?」


「うえぇ!? そこでわたし!? ああああの、軽い人じゃないってことだし……わたしは嬉しい……よ?」


 よりによって我がギルド一番のピュア担当シルフィ・フルムーンさんになんちゅう質問してんだこいつは。

 あーあ顔が赤くなってるじゃないか。俺をチラチラ見てくるし。

 ちょっと視線が下にいってるのは気づかないフリをしてあげよう。


「落ち着け。朝っぱらからこのテンションで一日過ごすのはしんどい。シルフィだけでも落ち着いてくれ」


「だいじょぶ、だいじょぶだから。わたしも初めてだし……落ち着いてすれば失敗しないよね?」


「落ち着け!! お前までボケに回ったら処理できないんだよ!」


「さ、今日の童貞確認が終わったところで朝ごはんじゃ」


「日課みたいに言ってんじゃねえ!!」


 朝飯の前に童貞を確認される日常はイヤです。断固拒否です。


「はいはい、いただきますよーっと」


 もちろん飯は美味かった。いい奥さんになる条件満たしまくってるな。

 食事も終わってリビングでダラダラタイム。


「今日は休みだし、クエスト受けたりしてないよな?」


「ないよー。今日はお休みでいいんじゃない?」


「そうじゃな。こうして一緒にいるのはよいことじゃ」


 今日はいつもよりリリアがくっついてくる。

 飯の時も今も俺の隣に座っている。


「そうそう、童貞と処理で思い出したのだけど」


「なにで思い出してんだよ!!」


「まあ聞きなさい。来週お祭りがあるわね」


「そうなん?」


 そういやライブオーディションって、その日のセンターとかトリを決める目的もあった気がする。


「おぬしは学園行事に詳しくないからのう」


「あるよー。そっか……もう知り合って一ヶ月も経つんだね」


「まだ一ヶ月さ。随分と密度の濃い一ヶ月だったよ」


「どうせ忘れているかヘタレているかだと思ったわ。当然一緒に行くわよ」


「おおーさんせーい! 行こう行こう!」


 調理祭やライブなんかも行われるこの祭りは、生徒同士の親睦を深めたり、散り始める春の木々の儚さを感じ取ったり、何かの発表の場だったりと色々あるらしい。


「つまりでかい花見か。いいかもな」


「あっさり許可したのう。本当じゃな? ちゃんと一緒に行くのじゃな?」


「ああ、今回は行く。一ヶ月記念だ。四人で行こう」


 こういう時くらい労おう。この四人で思い出を作っていくのは悪く無い。楽しそうだ。

 誰かといるのが楽しそうか。今までの俺からはありえない発想だ。


「では約束じゃ」


「おう、んじゃ準備任せていいか?」


「うむ、ぱぱっとやってくるのじゃ」


 素早く二階へ上がっていくリリア。本当に楽しみなんだな。


「さて、行ったか。ちょっと二人に聞きたいことがある」


「なになに? なにかあったの?」


「珍しく真面目な顔ね。いいわ。真面目に聞くわよ」


「助かる。リリアになんかあったか? なんつーかさ、俺の近くにいるっていうか……ちょっとおかしいんだよ」


 二人がものすごい驚いている。なんか変なこと言ってるかね俺は。


「アジュが……そんな些細な変化に気づいた……?」


「どういうことかしら……私達の攻略が進んでいるのかしら?」


「真面目に聞けって言っただろうに。俺そんなに女の子に冷たいか?」


「冷たいというより鈍感ね。そしてヘタレ」


「釣った魚に餌をあげないっていうんだっけ?」


 どこで覚えてくるんだシルフィ。教育に悪いやつがいるな。


「釣ってない釣ってない。釣った覚えがない」


 あとヘタレるのはゴメン。

 まだしばらくヘタレっぱなしだと思うけどほんとゴメン。


「完全に釣ったわよ」


「そうそう、おもいっきり釣り上げられたよー」


「そらすまんかった。話が逸れたな。リリアどうしたんだ? なんか俺を逃がさないようにしてるっていうかさ」


「逃がさない……そういえば今日はずっと横にいたわね」


「あー……わたしちょっとわかるかも」


「教えてくれ。違っててもいい」


 あいつが変だと調子狂うからな。

 メンバーの不安は取り除いてやるべきだろう。


「寂しいんじゃない? 全然構ってくれないなーとかさ」


「あいつがか? 想像できんな」


「はあ……これだから貴方はもう……」


 イロハに溜息つかれました。やれやれって顔だ。

 やれやれ系ケモミミ美少女とか新しいな。


「貴方がどう思っているか知らないけれど。リリアも間違いなく私達と同じ気持ちよ」


 同じ気持ち、というだけで、それがどんな感情なのか、なんと呼ぶのかまでは言わない所にイロハの優しさが見え隠れする。


「そうだよー。どうせアジュはそんなことねえだろ……とか言うだろうけど。そんなことあります! あるんですよーだ!」


 やけっぱちな口調だな。ってか途中のやけに不貞腐れたモノマネはまさか俺か。俺そんなイメージなんか。


「まったくこの男は……リリアだけ指輪が手に入っていないことを忘れていないかしら?」


「腕輪があるとか言ってなかったか?」


「腕輪と指輪じゃ違うんです!! 元から着けているものと、アジュとの絆で出来た指輪じゃ全然ちがうもん!!」


 駄々っ子シルフィは珍しいな。可愛いけど多分かなり怒ってるぞこれ。


「そうか……ん、わかった。助かったよ。祭りで挽回する」


「おおっアジュが素直だよ。今日はふてくされたりふて寝したりしないね」


「本格的にデレ期が来ているのかもしれないわよ。これは春の花と一緒に私達の純潔もアジュに優しく摘み取ってもらえる可能性が出てきたわ」


「でるかそんなもん!! 下ネタ我慢できない病気かなんかかお前は!」


「そっか……いよいよあの下着の出番だね!!」


「ないない。出番ないよ。あのってなんだよ不安になるよ怖えよ」


「チャンスは無ければ作ればいいのよ」


「別の場面で言えばキマってたと思うよそのセリフ」


 下ネタ禁止の日とか作ってみようかな。それで普通にアピールされるとそれはそれで困るな。何か策を思いつこう。今日中に突然思いつこう。


「サポート……いや、二人とも普通に楽しむべきだな。まあ俺がなんとかするさきっと多分。未来は無限大だよ」


「そこははっきり言って欲しいよ……なんで自信ないのさ」


「俺に自信なんかカケラもねえよ」


「いつものアジュに戻ったわね。まあ進歩したみたいだし、協力してあげるわ」


「いいのか?」


「わたし達は四人でギルドなのです!!」


「わかった。じゃあちゃんと祭りに行くか」


 女と祭りってなにやるんだろう。そもそもこの学園のことだ。

 浴衣着てわたあめ食ったりするわけじゃないだろう。

 俺もなにやってくれるのか楽しみだったりする。


「うん、行こう! お祭り期間はギルドはお祭り休暇です!!」


「ははっそりゃいい……え? お祭り期間? 祭りって一日じゃねえの?」


「確実に三日はあるよ?」


「確実にってなんだよ!? 急遽伸びるの!?」


「さ、準備しましょうか」


「ちょっとまって! 俺はどうすればいいのさ! もうちょい詳しく!」


「さー明日からお祭りだー!」


「しかも明日からだと!?」


 俺の明日はどっちだ。

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