雷光の歯車

 試験は順調だった。

 途中でドラゴンだのゴーレムだの精霊だのと戦わされたが、仲間のフォローもあり、順調に進む。

 ここまで大怪我もなく、道具のストックも切れていない。

 そんなこんなで五階までやって来た。


「きつかったぜ……攻撃魔法禁止が特にな」


「的確に苦手要素入れてきおったのう」


 攻撃魔法禁止とか、物理攻撃禁止。

 部屋の半分から出ずに戦えとか、なんか色々あった。

 そしてここが最上階だろう。見上げたら空が見えるし。


「ここに来て神聖さ出してきたな」


 ギリシャ神殿のような場所だ。

 大理石に似た素材の壁と床。点々と設置された松明による明かり。

 上からの光を取り入れているのか、松明では見えないはずの場所まではっきり白く照らされている。

 改めてかなり広い場所だと気付かされた。


「今回だけの施設にどんだけ手間かけてんだよ」


「また何かに使うかもしれんじゃろ」


「いらっしゃい。ようこそ最終試練の場へ」


 奥から声がする。よく通る男の声だ。


「僕はヤルダバオト。君たちの最終試練だ」


 さらっさらの短い金髪で、よく鍛えた筋肉をしているイケメン。

 引き締まっているが、マッチョではない。

 戦闘用の筋肉だろう。

 学園の制服を着ているが、生徒だろうか。


「最終試練……ですか」


「ああ、ひとまずここまでの試練は見させてもらった。ほぼ合格。というか君以外は合格が確定しているよ」


 青く澄んだ瞳が俺を見る。

 どうやら俺はお気に召さないらしい。

 そこそこ戦っていたんだが。


「どこかで聞いたことがあるわ。もしかしてAランクの?」


「流石フウマ。お察しの通り、高等部で六人しかいない個人でのAランクさ」


 どうやら達人に片足突っ込んでいる人間らしい。


「僕のことはいいだろう。最終試練だ。アジュ・サカガミ君。僕と戦ってもらおう」


「いやいやいや、おかしいでしょ。Dランク試験でAランクと戦うって……そんなんいい勝負できることすらないでしょうが」


 この人は何を言っているのだろうか。

 それ戦えたらもうCかBでいいでしょ。


「別に勝てとは言っていないよ。Dランク試験の範疇を逸脱するのは不本意だ。だが君は少々特別でね。まず全力で僕を殺しにかかってくれ。特殊な鎧と剣は使わずにね」


「アジュの装備を知っているんですか?」


「ああ、シャルからも学園長からも聞いている」


「シャル?」


「シャルロット・ヴァインクライドさ」


 先生をシャルと呼べる仲なのか。

 関係がよくわからん。あの人年下の恋人とかいるイメージないし。


「また話が逸れたね。さ、準備ができているのなら始めよう。途中での回復も認めるよ。こちらも少し反撃するかもね」


 この男、Aランクということは強いのだろう。

 それも常軌を逸したレベルで。


「あのー……わたしたちはどうすれば?」


「君たちは合格だ。邪魔にならない場所からエールを送るといい。案外そういう力というのは馬鹿にできないものでね。実はそれで主人公補正に目覚めるケースもあるらしいよ」


 主人公補正のことまで知っているか。

 本当に得体が知れないな。どう攻めたものか。


「さあ、Dランク相当の力を見せてくれ。君にはそれなりの期待がかかっている。あっさりD認定して死なれても困るのさ」


「……やるだけやりますが。くれぐれも手加減してくださいよ? Aランクと戦うつもりで攻撃されたら困ります」


「わかっているよ。そこまで分別のない馬鹿じゃない」


 三人は安全な場所で椅子に座っている。

 何やら透明な結界も張られているようで、被害が出ることはないだろう。


「アジュがんばってー!」


「全力でやるのじゃ」


「いつものように戦えばいいわ」


「じゃあよろしくお願いします」


「ああ、よろしく」


 とりあえず先手必勝。左手に溜めておいた魔力を放つ。


「サンダースマッシャー!」


「本気でやってくれていいよ」


 直撃したがダメージ無し。やはりまともな人間じゃないな。


「もう少し色々撃って体を温めます。ライトニングフラッシュ!!」


 かなり強めに撃ってみる。

 今の俺がどこまで何ができるかの実験に付き合ってもらおう。


「さっきよりはマシだね」


「んじゃ現状遠距離最大奥義いきます」


 両手に魔力を集中。完全に殺すつもりで全力全開だ。


「へえ、魔力の練り方が独特だが上手い。面白いね」


「プ・ラ・ズ・マ……イレイザアアァァァ!!」


 両手を合わせて前に出し、今の俺ができる遠距離奥義をぶち込んでやる。

 ドラゴンでも直撃すれば体を削るくらいの威力は出るはずだ。


「む……これは」


 雷光に包まれた中から平然と声がする。

 なるほど、鎧付きの俺と戦っていた敵ってこういう気持ちか。


「やればできるじゃないか。ぴりっときたよ。磨き続ければ僕に怪我をさせるくらいはできるだろう。少々評価を見直さなければいけないね」


 制服がちょっと焦げているくらいで、本人には損傷なしだなこれは。

 なんか嬉しそうなのは、どう認識すればいいのだろうか。


「やはり自分の目で見て感じるというのは大切だ。資料だけじゃわからないことが、世の中には多いね。次は接近戦も試して欲しい」


 まあそういう展開になりますよね。

 しょうがない。回復薬とポーション飲んで、人差し指と中指を額に当てる。


「リベリオントリガー!!」


 最近使用頻度の上がったいつものやつ発動。


「いつものじゃな」


「いつものだよ」


「強化魔法か。魔法の種類が豊富みたいだね」


「結構面白くて、魔法科によく行っています」


 言いながら煙幕をばらまいて背後へ移動。

 首を狙って横一閃。


「一芸を磨くというのは悪くない。何もできないよりも生存率は上がる」


 右腕だけで受け止められた。

 流石にこの程度じゃ傷はつかんね。


「こういうのはどうですか?」


 クナイにサンダーシードを入れて投げる。

 おそらく指で挟んで止めてくれるだろう。


「飛び道具か。強者には……」


 案の定やってくれました。

 即爆裂。即接近。

 カトラスの魔力ストックを三個全部使って斬りかかる。


「雷光一閃!!」


「なかなかの高威力だ。薄皮一枚くらいは焦げたかな」


 なんと刃を掴んで止められた。

 本当に人間なのかね。これは神の血とか入っているパターンですよ。


「うーむ……もっと実直に、小細工なしじゃないといけないですかね?」


「関係ないよ。Dランクはルール内で勝つことだけ考えていい。かっこよく勝たなくていいんだよ。君のやり方は間違っちゃいない。遠近両方の必殺技があるのは高ポイントだ」


「そりゃ助かります」


 いつでも斬りかかれる距離を保ち、次の手を考える。

 マックスアナーキーは未完成だし、あれを試すしか無いかも。


「では少し反撃するよ」


 何かが来る。その予感だけを頼りに、剣を構えて後方に飛ぶ。


「ぐっ……」


 剣に来る衝撃。予想よりも強烈だ。

 直撃は免れたが、両腕に痺れが来る。


「見切ったか」


「勘で飛んだだけです」


「それができるだけでも上等さ」


 俺の背後から声がする。

 反射的に余力を残して剣を振る。


「まだまだいくよ」


 上空へジャンプ。離れた柱が砕け散っていくのが見える。

 拳圧だ。ただ力を込めてぶん殴っているだけ。

 その風圧で攻撃しているのだ。


「純粋に強いタイプか……厄介な」


「だから君の試験官になった」


 こちらに迫る声。場所がわからん。とにかく動く。

 近場の柱に鉤縄を発射。

 急いで巻き取って移動。


「まだ隠し玉があるのか。素晴らしいね」


 柱にクナイを数本刺して足場にする。

 ついでにサンダーシードをかけて。


「だが逃げ回るだけでは勝てないよ」


 空中で方向転換して蹴り込んできた。

 少しだけ引き付けて離脱。

 雷球の破裂に合わせて、痺れ薬のついたクナイを投げる。


「これはさっきやっただろう?」


 掴んでくれた。さっき薄皮一枚焦げたと言っていた。

 ならそこから薬が染みてくれたら。


「ん? ああ……そういうことか。君は面白いね」


 クナイを投げ捨て、平然とこちらへ拳打を飛ばしてくる。

 避けるだけで精一杯だ。


「残念だが、僕に毒のたぐいは効かないよ」


「やっぱりそう簡単にはいかないか」


「だが賞賛に値する。常に考え続け、できる範囲で裏をかく。いいじゃないか」


 そこで姿が消えた。


「でもまだ本気じゃないね? 何か隠している」


 正面だ。既に回し蹴りが放たれている。

 両腕で防ぐも、衝撃が殺せない。

 そのままふっ飛ばされ、なんとか姿勢を戻す。


「アジュ!」


「問題ない。まだいける」


「後先考えずにやるしかないじゃろ。出し惜しみはせんでよい」


 やはりやるしかないか。

 今の俺でどこまでできるか、試してやるよ。


「リベリオントリガー……二発目!!」


「……雰囲気が変わった?」


 体がより深く雷へと変わっていく。

 本当に質量をもたせ、増幅して雷光と同化していった。


「いきます」


 雷速移動はできた。どうせ見切られているんだ。どストレートにいこう。

 右ストレートを繰り出すも、顔だけを傾けて避けられる。

 そこで右腕からもう一本右腕を生やして追撃。


「おおっと」


 状態を大きく後ろに反らした。攻めるならここだ。


「ライジングスパーク!」


 右腕に許容範囲を超えた魔力を灯し、力任せに当てて爆発させる。

 右腕ごと吹っ飛ぶが問題ない。

 今の俺は全身雷。痛くもなければ、腕の補充もできるのだ。


「いい動きだ。予測が難しい。だが胴ががら空きだ!」


 俺の腹に拳が迫る。カウンター決めるなら今だな。

 腹に大きな穴を開け、余分な電気をまとめて両腕を結合。

 巨大な鎌にして振り下ろす。


「ライジング……サイズ!」


「ちいっ!」


 髪の毛をほんの数本だが切り裂けた。

 相手も回避を選んでいる。場の雰囲気にでも飲まれているのだろう。

 なら押し通る。


「ライジング……」


 地面に大量の雷を潜行させ、ヤルダバオトを囲むように、軽い円形のドームを作り出す。


「ミキサー!!」


 内部に雷の刃を無数に生やし、ドームごと超高速回転させて削ってやる。


「くっ……無茶苦茶してくれるね!」


 内部は見えている。攻撃の電撃含めて俺だ。

 筋肉を引き締め、顔をガードしつつ凌いでいるな。

 まだまだ止まらないぜ。


「パイル!!」


 両腕を後ろへ伸ばして一体化。

 体を杭打ち機のように変形させて打ち出す。

 ドームも杭も俺の魔力だ。抵抗なく入っていく。


「いい攻撃だ。だが足りない!」


 両腕のガードが貫けない。

 そんなことは承知の上だ。

 杭を高速螺旋回転。


「ドリル!!」


 腕ごと脳天を貫くつもりで最大出力。

 凄まじい火花が散り、やがてガードの奥へと染み込んでいく。


「オオオォォラアァァ!!」


 拡散している魔力をすべてヤルダバオトの体に貼り付け動きを鈍らせる。

 全魔力を足に一点集中。

 螺旋は強固なガードをすり抜け、ついに着弾した。


「馬鹿な、腕をこじ開けてっ!?」


 塔が揺れ、衝撃と閃光が場を埋め尽くしていく。

 蹴り抜いたあと距離をとって人体を再構築。

 片膝ついているヤルダバオトを警戒する。


「これが……リベリオントリガー・ライジングギア」


 勇者システムとの兼ね合いが難しいので、身体を雷にすることだけを抽出して強化した。

 より深く魔力の海へ潜り、より人体への負荷を減らし、それでいて魔力を高めて質量をもたせ、何にでも変形させる。

 今の俺にできる魔法の極意だ。


「余計なシステムで誤作動起こすなら、取っ払って安定させる。妥協案と言っちまえばそれまでさ」


 立ち上がったヤルダバオトから拍手が送られた。

 やはり怪我はしていないか。ちょっと髪の毛焦げているけども。

 なんか煙出ているし、少しはダメージあったのかな。


「素晴らしい。妥協だなんてとんでもない。必死で勝ちを拾おうとする執念。独創的かつ画期的な戦闘スタイル。最後は美しさすら感じたよ」


 つられてギルドメンバーも拍手している。

 なんだか戦闘のムードじゃなくなったな。


「とても綺麗で強い光だったわ」


「かっこいいよーアジュー!」


「うむ、惚れ直す戦いっぷりじゃな」


「素晴らしかった。感動したよ。これからも磨き続けて欲しい。合格だ」


「ふうぅ……はあぁ……合格か、疲れた。死ぬほど疲れたぞ」


 座り込んで回復アイテムを使う。

 魔力も精神力も肉体もすべてが疲れる。

 魔法を解除し、みんなに回復してもらった。


「なるほどなるほど。完全に趣味選考のはずれかと思っていた。自分の見る目のなさを恥じなければ……僕もまだまだ未熟。わかっていたつもりだったんだけれどな」


 何かつぶやきながら、ヤルダバオトさんがこちらへやってくる。


「しいて言うならリベリオン……いや、ライジングキーかな」


「は?」


「これはランク試験ではない。個人的な要望なんだけれど」


 なんだか猛烈に嫌な予感がしますね。

 もう終わったんだから帰りたいですよ。


「鎧の使用を許可する。どれほど馴染んでいるか試してあげよう」


「それは今でなくてもよいはずじゃ」


「できれば別の機会にお願いしたいんですが」


「改めて名乗ろう。僕はヤルダバオト」


 聞いてくださいますかね。

 この人あんまり話し聞かないタイプか。


「シャルロット・ヴァインクライドの――――――案内人だ」


「…………なに?」


 一瞬だけ、俺の思考が停止する。

 こいつはなんと言った。


「驚くのも無理はない。案内人は本来女性。この世界に連れてくる人間は男だからね」


 驚く暇もなく、世界が一瞬揺れ、塔からリリアたちが消えた。


「何をした?」


「安心してくれ。君と僕だけを無人のコピー世界へ移動させた。八咫烏が同じことをしていただろう?」


 やた子を知っているのか。

 いやそこじゃない。案内人と言った。

 得体のしれないやつだ。試験中よりずっと好奇心でギラついた目で俺を見てくる。


「さあ、その圧倒的な力を見せてくれ」


 どうやら、まだまだ帰れないようだな。

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