最終決戦前の会議
イアペトスとの戦いから一夜明け、まだ眠いのに起きなければならなかった。
「まだ朝だろうに……」
ホテルは完全に壊れたので、他の立派な建物に泊まることで決着がつく。
そして優雅に寝ていたら、やはり朝が早くて絶望している。
「普通は朝起きるんだよ」
シルフィが一緒に寝ている。
本人いわく、がんばったご褒美だとか。これでいいのかは知らん。
がんばったのは事実だし、他人に見られないならよしとする。
「そろそろみんな起きる頃だよ」
「なるほど、俺に団体行動はできんな」
やはり他人は邪魔になる。起きる時間くらい俺が決めたいんだよ。
これも全部アホみたいなイベント始めた神のせいだ。
「ごめんね。巻き込んじゃって。本当ならお誕生日会だけして終わるはずだったのに」
「大丈夫だって。もうすぐ終わる。シルフィもがんばったろ」
シルフィの頭が俺の胸あたり、つまり撫でやすい位置に移動している。
撫でろということだ。仕方がないので撫でる。あまり慣れてはいけない行動だが、こいつもストレスが尋常じゃないだろうし、少しは軽減してやろう。
「あまり無理はするなよ。最悪俺がどうにかする」
「へーきへーき。みんなでなんとかするから」
「騎士団も強いから、そうそう負けないはずだ。あとは試練突破して犯人見つけりゃいい」
「へーき……だよね?」
声のトーンが下がった。やはり不安が完全に解消されているわけではないな。
「また……平和で楽しいフルムーンが戻るよね」
「当然だ」
「ノアの時さ、これからやっと前みたいに笑える家に戻るんだーって、もう平和になったから、あとは上がっていくだけだって。なのにまた神様が来て」
「来たところで敵なら叩き潰せばいいさ」
俺たちの平穏を脅かすものは、何者であろうと干渉しないで欲しい。
まず避けてやる。それでも攻撃してくるなら消す。それが最も安全で効率がいいからだ。
「余計なことは考えるな。まず自分が生き残ることだけ考えな。騎士団もそれを望んでいる」
「それは……わかるけど」
「はいはい、お前はそうやって難しく考えすぎだ。ほれほれ、落ち着け」
できるだけ優しく頭を撫でる。正直子供への対応な気がしなくもない。俺に他人を慰める方法なんてわからんよ。
寄り添ってくるので、しばらく無言で撫でてやる。
「またみんなで……ご飯食べたり、クエスト行ったり、おうちで遊んだり……」
「できるさ。そのためにもシルフィと…………サクラさんだけは絶対に無事に帰すぞ」
「ねえさま?」
ここで気づいた。サクラさん超重要だ。俺も見知らぬ土地で判断が鈍っていたか。いかんいかん。こんなことでどうする。
「ああ、サクラさんは凄く大切だと気づいた。というか思い出した」
「むうー、ねえさまが好き?」
勘違いしているようだな。無駄に詰め寄るんじゃない。人間は重いんだぞ。
「違う。冷静に考えろ。あの人がいるから、俺とシルフィは好き勝手に生きていられるんだぞ」
「…………なるほど」
「あの人がいて、シルフィが次女だから、王位継承とかのごたごたがなくて、俺たちと好き勝手に過ごせているんだ」
これを忘れてはいけない。第二王女であることをいいことに、面倒事を全部サクラさんに丸投げしているのだ。
「危なかったぜ。俺としたことが」
「今の生活がピンチになっちゃうんだね」
「そうだ。俺の平穏が崩れる。やばいぞ。絶対に大怪我させられん」
「そうじゃなくても家族に大怪我はして欲しくないからね」
改めて面倒なことになってやがるなあ。騎士団は王族を守る時、こんな気持ちなんだろうか。
「そろそろいいか?」
「ふふーん、満足。準備するよ!」
そこそこ撫でてやると満足したのか、俺から離れて準備を始めている。
「ありがとう。がんばるよ!」
「がんばらなくても、誰かがなんとかするさ」
そして部屋を出ると、イロハとリリアが待っていた。
「遅いのじゃまったく」
「よく入ってこなかったな」
「一番つらいのはシルフィだもの。ここは譲るわ」
「ありがとー。それじゃあ行こう!」
そして朝飯食って、あとはのんびり移動完了。
なんか山の上に本陣が作られていた。
「ではおさらいです」
王族用のテントの中に、俺たち四人と王族三人。そこに団長四人と軍師六人がいる。
それでも広くて快適なのは、やはり経済力と技術力のなせる技か。
「正面に正体不明の黒い鎧を着た連中がいます。その数およそ三十万。全員顔が隠れるフルプレートアーマーで、半分は騎乗しています」
テーブルの地図に、なんかそれっぽい駒が置かれる。軍議っぽくて楽しい。
もちろん口は挟まない。俺部外者だし、そういう技術ないからね。
「そのずっと奥に、巨大な壁で囲われた城が見えます。フルムーン城に近いデザインです」
軍師さんたちの説明は続く。主導はロンさんとアカネさんらしい。
「奥には海。海を隔てて左右は岩山で、面倒な地形です」
「海?」
「文字通り城門と敵兵の間に海があります。かなり広く、前々回の荒野くらいはありますね。軍艦っぽいのもで海を警備してます。城の四方がこの状態です」
真ん中に城があり、ぐるりと大海が広がり、左右に別の地形か。意味わからんぞこれ。ちゃんと波とか発生するらしいよ。
「どういう地形だよ」
「これも神の御業ってやつですかね? 自分にゃよくわかりませんぜ」
ここは神界だ。しかも戦いのために作られている。それくらいはしてきそうだな。
されても困るけども。自然の摂理とか無視ってことは理解した。
「情報が少なすぎるのー。調べてくるといいかも!」
「私の部隊を偵察にでもやりましょうか?」
フィオナさんとリュートさんが行く気だ。騒がしそうだけど、隠密とかできるんかな。
「いや、動きを見せないということは、戦闘開始まで動かないのかもしれない。下手に刺激して、最終戦が始まっても面倒だぞ」
「そりゃ確かに」
「やるなら一点突破か?」
「伏兵がどれだけいるかですね」
真剣に会議してらっしゃるよ。やることない。眠い。朝早いのはやる気を削ぐよね。
「そんな中で護衛もするのか。こりゃ大変だぞ」
「いざとなりゃあ、コバルト団長にテレパシーかなんか使ってもらえばいいんじゃないかい?」
「そりゃ考えましたが、どうやらつながらないようですぜ」
「つながらない?」
「ここらはコバルト団長いわく『神々しさっぽいもの』が充満しているらしく、魔力を個別探知するのに手間がかかるとか」
『そういうことだ』
テント内に、よく通る声が聞こえた。これが念話だろう。
『あまりにも神秘的な密度が濃い。これではいかに選ばれし英雄たる私でも、全域の守護はできぬ』
「なので、王族は騎士団長と常に一緒にいること。普段はいつもの合図。緊急事態には魔力を全開放して知らせること。これを厳守」
実は通信機がある。といっても俺たち四人分だし、どうやら話題に出ないということは、みんな知らないか隠しておくつもりだろう。都合がいいので合わせる。
「騎士団は前に三十万。左右に二十万。予備隊が三十万……負傷兵を考えれば、予備は半分くらいと見積もるべきだな」
「これで攻城戦は厳しいものがあるな」
「実力的には、騎士団は負けません。ですが……」
「神様が強すぎるのー。あれはちょっと対処できるかわかんないの」
おそらくだが、一般兵の練度はこちらが上だ。同数いればほぼ勝ち越せる。
それを超えて神が強すぎるだけ。単独で潰されかねない。
「比較的弱い神に、一番強い連中ぶつけて倒していくとか」
「弱い神って誰なのー?」
「ヘルメスは無理だな。キールのやつがあんなに傷つくんだ」
「アレスってやつもだね。ありゃ二度と戦いたくないよアタシは」
弱い神をしっかり倒す。それは作戦としてはありだろう。そうやって強い神だけを残し、全員でかかる。ほぼこれ以外の方法がない。無視して突っ込んでこられたら厳しい。
「昨日のイアペトスとかいうやつは論外ですぜ。むしろよく姫様は戦えましたね」
「あの神は全然本気じゃなかったと思います。わたしとイロハだけじゃ、本気のイアペトスは抑えきれるかどうか……」
「それでもあれは感動しましたぞ! 姫様があそこまでお強いとは!」
「ああ、嬉しい誤算だ。あの戦いは美しかった」
暗いムードに陥りそうなテント内を、少しだけ明るい空気が包む。
戦場で強くて不信感のないやつは、精神的な支柱となる可能性が高い。
それが王族なら効果もさらに増す。
「なにも殺さなくても退いてくれる神はいそうですな」
「ヘルメス・アレス・イアペトスは力を見せつければあるいは、アンタイオスはまず間違いなくこちらを殺しにくるでしょう」
「そうなったらどうします? 団長全員でかかりますか?」
「騎士団にも隠し玉はいます。まだ出すべきじゃないと判断していますが、本気で味方が潰されそうなら、あいつらに声をかけます」
どうやら俺以外にも秘密兵器はいるようだ。助かる。目立たずに終われるかも。
そこからも会議は続く。最終的にはリクさんがまとめた。
「前方の敵にはイーサン軍とリュート軍で対処。岩山は左にキール・コバルト軍、右にルルアンク・フィオナ軍。本陣と前方指揮に私の第四騎士団とナギ軍。後方支援にアリア軍。秘密兵器は温存だ」
まだ会っていない団長がいるな。どんな容姿かわからんから、後でシルフィにでも聞いておこう。
「全軍での戦闘になるな」
「ああ、これだけいればまず負けないだろうが、激戦になるぞ」
「全軍奮戦激闘を祈る。だが死ぬな。兵一人に至るまで、我々フルムーンの誇りだ。生きて帰るのだぞ」
「はっ!!」
配置は覚えた。動き回られない限り、どこにでも救援に動けるだろう。
そして騎士団を鼓舞するため、整列している軍に向けて、王族の演説が始まる。
「フルムーンの勇敢なる兵よ!」
開けた場所にて、ジェクトさんの演説始まったので静かにしておく。こういうの俺はできる気がしないが、ギルマスだしやる機会がありそう。真面目に聞いておいた。
「ウオオオオオオオオオオオォォォォ!!」
効果は抜群らしく、兵士の士気が上がりまくる。そして問題もなく演説終わり。
「いよいよだな」
本陣から戦場を眺める。闘気と殺気が混ざる独特な空気だが、騎士団がそれを吹き飛ばしている。なるほど、これに守られているなら、国民は安心できるな。
「ここで終わらせて、お誕生日会よ」
「プレゼントも考えんとのう」
「そうだな。楽しいことでも考えておこう」
「うん、みんなと一緒なら、きっといい未来がつかめるよ!」
敵の城から花火が上がり、それが開始の合図であると悟る。
中央の黒い鎧軍団が動き出し、団体戦の最終段階へと入っていく。
これで終わればいいのになあ。俺も少しはやってみるか。
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