星の楽園
ヒメノと二人で地下工場まで戻ってきた。不安だ。何が不安かってヒメノの色ボケだよ。こんな場所で欲情されても困るんですよ。
「少し深く潜る。ルートは決めていないが、怪しい場所は探る。ついてこい」
「アジュ様とご一緒でしたら、天国でも地獄でも一緒ですわよ。どこだって楽園に変えてみせますわ。なんなら専門の業者を入れての改装を視野に……」
「地獄をリフォームしようとするんじゃない。敵の残党もいるだろうから……」
そこで気色悪い実験体どもが飛び出してくる。迎撃の体勢を取る前に、光の粒子となって消えていった。
「わたくしがお守りしますわね」
「……ここに戻った目的だが、まず監視や盗聴のおそれを消したい」
ヒメノの指先から光が溢れ、俺達を満たして消えた。
「そういったものはないようですわ。ついでに防音魔法もかけておきました」
「すまない。所長の件だが、どうも誘導されている気がするんだ」
「誘導ですの?」
話しながらも下を目指す。姿を表すやつが全自動で光って消えていくので、とにかく思考を中断されることがない。
途中で床を切り裂いたり、隠し部屋がありそうな場所の壁を破壊して道を作ったり、多少の遊び心で自由に破壊しよう。ちょっと楽しい。
「所長という存在があやふやすぎる。そして敵が上から来た。その階の敵を倒して進んでいたのもあるが、どうも上階に気を取られすぎた気がするんだ」
「意図的に下へ意識させないように、ということですのね。最下層だったこともあって、なんとなくあとは戻るだけと思い込まされた」
俺の思考を理解して話を進めてくる。こいつ色ボケさえなければ全方位にスペック高いな。
「まず指揮系統が乱れるから、トップは存在する。全ブロックにアジトがあるとして、連携するには決定権を持つ人間が必要だ。でなきゃ全体の研究は進まない」
「となると所長のオリジナルが存在するか、全く別の人間がこっそりトップを兼任しているか、ですわね」
「ああ、この基地が一番でかい。本当にアジトなら、連絡手段かここにしかない情報があるはずだ」
「手がかりは学園が探すのでは?」
「それじゃ遅い。定番の自爆スイッチが作動していないことからも、まだここには役割があるんだ。それを終えて逃げるつもりかもしれない」
「逃げようとしている誰かか、持ち出したいお宝を見つけるのですわね」
訪れたのは所長室だ。なんとなくだが、ここまでの移動で不審な点は見つからなかったし、あるならここだ。いや挙動不審な敵とかいたけどさ、そういうことじゃなくてね。
「まずこの装置、なんとなく上へのエレベーターだと思っていた。逃げるなら上しか無いんだから」
最初に殺した所長の使おうとしていた隠し装置だ。プランターが邪魔で考えられなかったが、逃げるというのもおかしい。だって出てきては未練もなさそうに死んでいくんだから、命が惜しいわけでもないだろう。
「昇降機に間違いはなさそうですわ。上へ行くボタンがありますわね」
「だから切る」
手刀でエレベーターをバラバラに切り刻む。暗闇へと落下していく残骸。そしてしばらく待っても落ちた音がしない。
「音がしない。相当深いみたいですわ」
「つまり下が正解かもしれない。だがどこに出るか不明」
「それで皆様は連れてこれないと。お優しいですわ」
ここまで来てようやく手がかりが掴めた気がした。なによりも気になったのは。
「お前……ちゃんと会話とかできるんだな」
普通にヒメノが優秀だった。俺の考えを決めつけず、それでいて整理させながら話していた気もする。こいつ自由に動くだけじゃないんだなあ。
「今好感度が上がった気がしますわ!!」
「はいはい下がったぞ。下へ参ります」
二人で物理的に下へと落ちていく。エレベーターをここまで深く作る理由はない。
「上に戻れるな?」
「いざとなれば次元の壁を超えますわ」
「便利で何よりだ」
そして落ちた先に光が見えた。くぐり抜けると、眩しさが広がり、やがてそこが何であるかを理解した。
「……空?」
俺達は空にいた。青く広く、そして雲があり、上には地面がある。
下には見たこともない鉱石と土の地面が見えた。どちらも空に浮かんでいるようだ。足場にできそうだが、まずこの場所の意味がわからない。
「星の楽園……まさか繋げることができるなんて……」
「説明できるか?」
「この星にエネルギーを送る源であり、ここがあれば星に寿命が来ることはない。星の補助をするための聖地。神々により閉鎖されている、神聖かつ人間にはほぼ知らされていない場所ですわ」
「人間にほぼ知らされていない聖地多くね?」
月とか桃源郷とか神界とか、なんかそんなんばっかり行っている気がする。
「アジュ様はその特性上、神々のタブーに触れがちなのですわ」
「マジかよ、家から出たくねえな」
「わたくしのタブーな部分も見たくありませんこと?」
「うるせえよ色ボケ女神。服をまくるな。それ以上は認めんぞ」
「お淑やかな女性が好みでしたら、合わせますわよ。まずは相手の好みを知り、生活していくうちに、内面を受け入れてもらえるようになりますので」
「ガチの考え方やん。お前にできるとは思えないぞ」
こいつ我が強いからな。俺に合わせられるのは、あの三人だけだ。そこは絶対の確信がある。
「コホン、では本気出しますわ!!」
その時点でもうアレだな。ヒメノは少しかがみ、上目遣いかつこちらを慕うような優しい目で微笑みかけてくる。
「アジュ様、どうかわたくしにお手伝いさせてくださいませ。お慕いしておりますわ」
「……そうか、それは、助かる」
「はい、どうかヒメノを頼ってくださいまし」
こいつ……普通にできるんかい。これが普通かは女のデータが少ない俺にはわからんが、淑女のふりできるんかい。多少わざとらしいがな。
「これは上がった気配ですわ! 今季最大のヒメノブーム到来の気配が……」
「人の庭で痴話喧嘩かね」
知らんおじさまに注意されました。メガネの五十代くらいのスーツのおじさまである。いやこれは全面的にヒメノが悪くね。俺のせいじゃなくね。
「俺は巻き込まれただけです」
「夫婦とは喜びも悲しみも分かち合うものですわ」
「じゃあ俺関係ねえから」
言いながら警戒を強めていく。おじさまにもヒメノにも。
「ここは人間が入っていい場所ではありませんわ。そもそも地上から繋げることなどできないはずです。そこにいる人間、不埒者の気配ですわ!」
「……所長のオリジナルか? どこか面影があるな」
「そちらの青年は勘がいいようだね。私がオリジナルだ。最も、あれらは顔だけ似せたダミーだから、遺伝子的にも繋がりはないがね」
「だから戸惑った。本当に他人とはねえ」
堂々と登場したということは、俺達を殺す算段があるか、逃げ道が消えたかだ。できれば後者であってくれ。ここにきてラスボス退治はきついぜ。
「星の楽園は神々が管理しているもの。堂々と穴など開けて、いつまでも気づかれないと思ったら大間違いですわ!!」
「神だけがこの場所を独占するなど、もったいないとは思わないか?」
「独占ではありません。封印ですわ。神であろうと、星のエネルギーなど減らすべきではないのです。制御できない力は身を滅ぼしますわ」
ヒメノが真面目に語っている。つまりかなり危険な場所なのだろう。誰も使えないように封印していたはずの場所、といったところか。
「それが独占だというのだ。こちらは少々拝借しただけだろう。君達が使っていた分からすれば微々たるものだ」
「使ってなどいませんわ。勝手に盗まないでもらいましょうか」
「拝借した結果が化け物と薬作りか? そんなことだから封印されるんだろうがよ」
「まだ判明していないことが多く、膨大なエネルギー。これを役立てることができれば、我々の研究は飛躍的に進む」
「失敗フラグだからやめろ」
もう完全に失敗するやつのセリフなんだよ。自信が溢れ出しているところ悪いが、できたものがプランターな時点でもう失敗だぞ。
「おとなしく捕まれば、手荒な真似はいたしません。ここは誰も立ち入らないことが最善の場所。人も神も、星を食い物にしてはいけないのですわ」
「まだ理解できないか。上級神と言えども、頭の回転は遅いのかね」
足元が大きく揺れ、周囲の光る床が集まりだした。同時に所長の上に。赤く半透明な顔と左右の拳が浮かぶ。
「楽園の守り手を制御下に……神に裏切り者がいるということですのね」
あれが守り手なのかよ。きれいな風景に似合わない、巨大でごっつい精神体みたいなやつがか。似合わん。そして生命力や魔力を感じない。根本的に生物ではないのかもしれない。
「間違った管理に異を唱えるものは出てくるものだよ。楽園をよりよい場所にし、この星を自由に操る。それだけの野望を抱ける場所だ」
「そちらこそ理解がないようで。星の楽園はあくまで補助輪。星を強靭に、枯渇しないように育むためのもの。戦争兵器ではありませんわよ」
「ならば作り変えるのみ!」
巨大な赤い拳が迫る。反射的にぶん殴ると、衝撃を伴いながらやや押し返す。感触がない。衝撃だけが来るというよくわからん現象に少し戸惑った。
「今日イチきっついな」
押し返すだけで消し飛ばせていない。超人より遥かに耐久力に優れているということだ。
「超人でもかなり厳しい相手ですわ。お気をつけて」
ヒメノも弾き返しているが、どうも生命体でも精神体でもないようで、負傷や死というものがあるかも怪しい。
「そちらは人間のはずだが、優秀な個体がいるものだな。超人にしては見ない顔だが、ぜひ調べてみたい」
「お断りだ。危ない研究には付き合わんぞ」
徹底的なラッシュの押し付け合いが始まった。衝撃が飛び交い、振動が世界を揺らすが、足場は崩れない。やけに頑丈だな。
「お前が死んだら止まるかね?」
ビームを数千まとめて撃ってみる。所長が普通の人間であるなら死んでくれると期待したが、星の守護者だかの赤い顔に阻まれた。顔が弱点というわけでもないらしい。つまりめんどい。
「無駄だ。しかしそうだな。このまま上級神を殺せるとも思っていない。やはりこれしかないか」
所長の皮膚が床と同じ輝く鉱石へと変わっていく。ご丁寧にメガネまでそれっぽく変わるのはギャグなんだろうか。
「直接星のエネルギーを汲み上げている? あなた死にますわよ」
「死なんよ。そのための実験だ」
「プリズムナイトは狂人を作るだけじゃないってことか」
「プリズムナイトとは、星の楽園から力を貰うための実験でもあるのだ。星そのものに勝てる人間がどれだけいる? ましてや超人を超えた超人を作れるのであれば、それはもう人類最強と言っても過言ではない」
所長の気配が完全に消えた。眼の前にいるのに、魔力も殺気も生気も何も感じない。人間が星の鼓動を感じ取れないように、ただそこにいると目視することしかできない。
「まだ全力で動いたことがなくてね。アマテラスとその従者よ。この力に耐えられるかな?」
こりゃ面倒な戦いになりそうだ。
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