魔王を目指すきっかけ

 川原での戦闘後、もう一戦勝って最終戦前。控室で雑談中。

 控室にはシャワー室もあるし、トイレもある。飲みものもあるし、ドアの外にいる人に頼めば飯も出てくる。

 何が言いたいかというと、控室から出られないからヒマっすわ。


「やーるこーとなーいーのじゃー」


 ソファーでごろーんと寝そべっている俺とリリア。

 もうこいつが俺の横で寝ていることに突っ込むのも面倒だ。


「控室から出らんねえとは思わんかった」


 試合相手が誰なのかわからなくするために、控室で相手の情報を遮断され、誰かと会うことが禁止されている。不便はないように飲み食いは言えば品物が届けられるし、眠ければベッドもある。控室自体も広いし清潔だけど。


「流石に一時間もいるとヒマだよねー」


「そうね……まさかこんなに時間がかかるものだったなんて……」


「いやそれが普通だぞ。オレ様達の決着が着くのが早すぎるんだ。なんというか……本当にFランクか?」


「ちょっと特殊なだけさ。相手が決まって回復が終わるまではやること無しか……八方塞がりだな」


「男女が一つの部屋なのだから、やることは一つでしょう?」


 イロハが寝ている俺に影となって忍び寄り、素早く俺を膝枕する。なんという早業だ。


「うぅ……イロハずるい……わたしのスペースがないじゃん!」


 俺に膝枕するイロハ。横に寝るリリアで満員状態だ。

 もう一人横に寝るにはちとスペースが足りない。


「シルフィはまだ躊躇しているところがあるわ。その一瞬の油断が命取りよ」


「お前らにもちょっとは躊躇して欲しいんだけどなあ」


「そんなことしておっては、いつまでたっても女の子に慣れんじゃろ」


「うーん……ちょっと重いかもしれないけど我慢してね」


 次の瞬間にはシルフィが俺の上に乗っている。確かに体重かかってはいるけど苦しいほどじゃない。どことは言わんが柔らかさで重さが軽減されているじゃないか。


「露骨に胸を意識させていく……いやらしいのじゃ」


「違うよ!? そんなつもりじゃないって!?」


「シルフィは一番胸が大きいのだから、使っていくのは間違いではないわよ」


「この状況は絶対に間違ってるだろうが」


 ほーらマコがうわぁ……みたいな顔でちょっと俺達から距離おいてるじゃん。

 地味にショックだからね。


「この繊細な乙女心が貴方にはわからないの?」


「わかりたくもねえよ」


「で、実際のとこどうなんじゃ? まんざらでもないじゃろ?」


「知らんな」


「知らないわけがないでしょう。そこははっきりイロハの膝枕で興奮していますと言えばいいのよ」


「するか!? どんな性癖だ俺は!!」


「イヤじゃないんでしょ?」


「まあ……そうだな」


 この状況はいけない。まず俺にくっついている三人のせいで、逃げ道がないわけだ。このままだと何を言われるかわかったもんじゃないぞ。


「はい、じゃあ空き時間を使ってアジュはちょっと素直になってみよう!」


「斬新にして珍妙な時間の使い方だな」


「はっきり好きと言う練習が必要じゃな」


「わたしたちが抱きついたり色々します! アジュはちゃんと本音で今どんな感じか伝えるの!」


「いや……そういうことはせめて自宅でやってもらえるか? オレ様はどういう気持ちで見ていればいいのかまるでわからんぞ」


「見ていないで止めてくれ。お前らこんなところでくっつくんじゃない」


「そういうことは節度をもって、しかるべき場所で行うものだ」


 おお……常識人だ魔王様。顔が真っ赤だしこっちを直視できないのか、顔を背けているけど、そこがまた常識人っぽい。俺の好感度がちょっと上がる。


「なにかしら……マコがハーレムに入りそうな気配がするわ」


「入るわけねえだろ」


「すまないが、オレ様は一人と誠実に付き合いたい。まだ相手はいないけどな」


「まるでわしらが爛れた淫らな関係みたいじゃな」


「少なくとも正常ではないだろ」


「マコは……いい人っぽいけど……うぅ……これ以上女の子が増えるとわたし達の時間が減っちゃうし……」


 シルフィはまーだ悩んでいる。本気でハーレム入りすると思ってんのかね。

 とりあえず話題変えよう。


「マコは常識人っぽいし、強いよな。なんで魔王科なんだ?」


「あ、それわたしも気になってた。他の科にも入ってるの?」


「そうだな……あまり人に話すことではないが……こうして臨時とはいえ四天王として戦ってくれていることだ、話しておくべきかもな」


「話したくないことなら聞かないぞ」


「いやいいさ、時間潰しにもなるだろう」


 あんまり人の事情に深入りするもんじゃないけどな。

 聞いて暗い話なら忘れてやるのが一番か。


「オレ様は魔族と人間のハーフだ。まあこれ自体はそれほど珍しい事じゃない」


 ないんかい。めっちゃかっこいいな魔族とのハーフ。絶対強いだろ。


「両親の才能を色濃く受け継いでいてな、オレ様も小さい頃から魔力量が人一倍あった。よく魔法の訓練をして、両親と同じくこの学園に来ることを望むようになった」


「なるほど、わからんでもないな。両親が魔王科だったとかか?」


「父が戦闘系の科と魔王科だな。母は魔法科だ。母はとりわけ精霊と仲良くなる術に長けていた。オレ様が精霊を従えているのも母の血だろう。そして昔は加減というものを知らなかった」


 リリア達はくっついていることも忘れて、マコの話に聞き入っている。

 あんまり茶化したくもないのでちょうどいい。


「いつも魔法の練習に使っていた広場で、呼べるだけ大量に呼び出した精霊を扱いきれずに暴走させた。両親も席を外していたからどうしようもなくてな。危うく死にかけたところを通りすがりの魔王に助けてもらったんだ」


「えらいもん通りすがってんな」


「魔王っぽい三段笑いとともに、精霊達の攻撃を全部その身に受け止めて、自分は攻撃せずに圧倒的な魔力で威圧し、話し合いで決着をつけた」


 魔王というだけあって相当の実力差があったんだろう。


「オレ様に回復魔法をかけ、泣き止むまで笑顔でそばにいてれた。傷ついた服を隠すようにマントをかけてくれた。あの日から、私はあの人のようになりたくて……あの人のように笑顔の絶えない、優しくて強い魔王になって、私も誰かを助けたい。誰かの笑顔を護りたいって……それが私がこの学園に来た理由です。魔法科や召喚科にも入ってますけど、やっぱり憧れからか魔王科に……」


「うっ……ぐすっ……うぅ……いい話だね……」


 おおうシルフィさん泣いとる。ハンカチで涙を拭ってるじゃないか。


「うむ、立派じゃな。感動したのじゃ」


「そうね、自分の夢があって、そのために努力して、誰にでもできることじゃないわ」


 リリアもイロハも素直に感心と尊敬の眼差しを送っている。

 俺は絶対にマコほどまっすぐに生きることは出来ない。

 だからこそ少し羨ましい。


「その夢を潰さないためにも、意地でも勝たせてやりたくなってきたぜ」


「本当にすまないな。だが二勝できたんだ、無茶だけはしないでくれ。もう十分すぎるほどの結果だ。例え次で負けたとしても悔いはない」


「ダメダメ、やるからにはきっちり勝つよー! わたし達に任せて!」


「そうじゃな、わしらがついておる」


「どんな強敵でも倒してみせるわ」


 改めて勝ちへの意欲が出てきたところで扉をノックする音がした。


「最終戦の準備が整いました」


「うっし、行くか」


「うむ、ものども出陣だ!!」



 そしてやって来た会場は真っ白な床だけが存在するだだっ広い空間。

 壁もなければ床に石ころすら落ちていない。

 床は土より硬いけど鉄より柔らかい。

 そして上を見上げれば綺麗な青空が……ここ室内のはずなんだけどな。


「なーんもないのう」


「正面からぶつかれってことか?」


 遠くに人影が見える。あっちも五人だ。


「説明しよう! 五対五の全力勝負だ! 増援は禁止! ただし精霊魔法は自身のパワーアップに使うなら可だ。とにかく魔王と四天王を全滅させたら勝ち。以上戦闘開始!!」


 いつものおっちゃんに説明されて唐突に戦闘が始まる。


「召喚魔法と精霊魔法の違いってなんだ?」


「召喚魔法はここではないどこかから何かを呼び出すものじゃ」


「オレ様の得意な精霊魔法は精霊の力をかりて自信をパワーアップさせる力もある」


「おぬしにわかりやすくゲーム風にするなら、水の精霊と協力すると水属性が付いて水攻撃に耐性がつく。もちろん攻撃に水魔法を上乗せもできるのじゃ」


 ゲームっぽく言われるとわかりやすいな。

 俺の事情を知っているリリアだからこそできる解説だ。


「なるほど、よくわかった。使えると便利だな」


「ちなみにこれが火の精霊を使役したオレ様の力だ!」


 マコから赤いオーラが吹き出している。少年漫画みたいで実にかっこいい。


「終わったらまた魔法科行こう。超かっこいいわこれ」


「そんなこと言ってる間に敵が来てるよー」


 猛スピードで突っ込んでくる五人組。こちらの魔法を巧みに撃ち落とし、ドンドン距離を詰めてくる。


「んじゃ速さには速さだな」


『イロハ!』


「ふむ、黒基調か。魔王軍にふさわしい色合いだ。赤いマフラーもよいアクセントになっている」


「ファッションチェックしとる場合ではないじゃろ。さっさと戦うのじゃ」


「はいはい……っとそこだ!」


 一人だけ音速を超えて背後から飛んできた敵を躱して、首根っこ捕まえる。


「うひゃー捕まっちゃったっす」


「…………やた子? お前何やってんだ?」


 金髪赤目の黒い羽。間違いなくやた子だ。


「知り合いか?」


「どもどもーやた子ちゃんですよー。待ちに待ったやた子ちゃんっすよー」


「待ってないわ。そもそもどうしてここにいるのかしら?」


「まあ、色々あるっす。あ、前から敵が来てるっすよ」


 敵の三人が速度を落とさず向かってくる。斧や槍もってるし近接タイプか。


「めんどうね、シルフィ。お願い」


「はいはーい。ピタっとね」


 急停止した自分の武器に激突し、悶絶する三人。武器だけの時間を止めたんだろう。これならシルフィの能力がバレにくい。部分停止できるあたりが相当便利だ。


「じゃ、イロハお願いね」


「もう終わるわ」


 イロハの創りだしたアホほどデカイ影の腕が、ザコをまとめてぶっ飛ばす。

 こうして名前も知らぬ三人は、あっけなく星になったのであった。


「ずるくないっすか?」


「俺もそう思う」


「オレ様もどうかと思うぞ」


「勝てば官軍という名言があるのじゃ」


 勝てばいい。勝てばいいのだ。うむ、魔王軍っぽいじゃないか。


「で、お前はなんでいるんだよ?」


「簡単に言うと面白そうでお金もらえるからっす」


「おおう正直者じゃな」


「んじゃ出会いついでにシルフィさんとイロハさんの強さも見ておくっす。アジュさんとリリアさんには前にボロカスやられたっすからね」


「つまり私達をテストしたいと?」


「まあそんな感じっすね。お手数ですがシルフィさんとイロハさんの強さをちょちょいと見せて欲しいっす」


 もう本当にこいつの行動原理がわからん。

 強さを知ってどうしたいのさ。なんのメリットがあるんだかね。


「なにをしているやた子。敵と馴れ合えと命令した覚えはない」


 こちらに歩いてくる茶色のロングヘアーで金色の目をした女。おそらく魔王科なんだろう。マントつけてて偉そうだし。嫌いなタイプの女だな。


「レベッカ……残ったのはお前か」


「ええ、運が良かったわ。あんたらが強敵を倒してくれたおかげで難なく勝てたわ」


 どうやら俺達の倒したニチームは強かったらしい。


「その男が臨時で雇ったっていう四天王? なんか弱そうね」


「そうでもないさ。彼らに依頼してよかったよ」


「そう、お金と単位のために魔王に魂を売ったのね」


「この程度で魂がどうとか言うのはちょっと引くわ」


「そこまで重要な事じゃないっすよね。ウチも雇われ四天王っすから」


 やた子も俺達同様に雇われただけっぽい。


「うるさい。なんであんた一人しか残ってないのよ。他の三人はどこ?」


「もう全員負けてるっすよー。じゃ、ウチはあっちの子達とあそん……戦ってくるんで、勝手に戦ってくださいっす」


「待ちなさい! 今遊んでくるって言いかけたわね!!」


 シルフィ達の元へすっ飛んでいくやた子。

 リリア達は完全にこっちなんて知らんぷりである。


「わしが審判を務めるのじゃ。頑張るのじゃ二人とも」


「よーしいくよやた子ちゃん!」


「やるからには勝たせてもらうわ」


「このやた子ちゃんに勝つつもりとは……いいっすよ。勝てたらアジュさんと一日遊べる権利をさしあげるっす!」


「俺の許可もなくそんな約束すんな! 無効だ無効!!」


 危ない危ない。やた子に勝手なことさせておくと俺の貞操が危ない気がする。


「じゃあこのアジュさん使用済み下着をプレゼントっす!」


「それどっから出したあぁぁ!?」


「まさか……ここ数日、アジュの洗濯カゴから下着がなくなっていたのは貴女が……!?」


 イロハさんはなぜ俺の下着事情を知ってるんですかね。


「やた子ちゃん……わたし達を本気にさせたね」


「いいわ……絶対に負けない……使用済み下着のために!!」


「動機が最悪だ!?」


「マコ、あんた人選ミスってんじゃない?」


「いや、強いんだよ……根はいい奴等だと、オレ様は思う……ぞ?」


「すまん、マスターの俺でもどうしようもないんだ……俺以外には無害な連中なんで許してやってくれ」


 なぜ戦闘前にこんな微妙な空気にならねばならんのか。

 ちくしょうとっとと終わらせてやるさ。

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