第198話 ご先祖様の前でいちゃつくのはきついです

 アルヴィトを加えて居間に戻る。まあそれはいいさ。

 当然お茶が出てくる。今回は冷たい麦茶だ。これもいい。


「で、なぜハートのストローがささっているのですか」


 カップルが使う、ハートで飲み口が二つついているやつ。

 あれが目の前にある。


「すみません。今はこれしかなくて」


「コップ二個もってくりゃいいだけでしょうが!」


「おかわりもありますよ」


「聞けや! さっき台所に行った時に色々あったでしょうが!」


「幻影です」


「よりによって幻影!?」


「そういう世界です」


「ずるくないですかね!?」


 幻影は嘘だとわかる。しかしそういう世界ですはずるい。

 天界に来たのが初めてだし。


「卑弥呼様からのリクエストよ。さっさとその子と飲みなさい」


 アルヴィトが自分の麦茶をちゅーちゅー飲みながら雑に催促してきた。


「お前は普通にストロー使ってんのな!?」


「当然じゃない。あたしはヴァルキリーのトップなのよ」


 ここで飲んでしまってはいけない。リリアとこのストローを使うということは、間違いなくシルフィとイロハにも同じことをしなくてはならないのだ。


「ここにカップル用のお菓子もありますし」


「カップル用!?」


「一個しか持ってこなかったので、二人で食べさせ合ってください」


「二個ありゃいいだけでしょうが!」


 流石リリアのご先祖様だ。わけわからん。

 このピンチをどう脱するか必死こいて考えよう。


「あれ? そういえばラーさんがいませんね」


「ラーは夕飯の仕込みです」


「料理とかするんですね」


「二人暮しですもの」


「今はあたしもいますけどね」


 三人なら料理当番もするか。うちもそうだしなあ。

 とりあえずシルフィとイロハがじっと見てくるので回避しよう。

 なにか回避できる話題を……今はと言ったたな。


「今はってことは、アルヴィトは最近になって来たのか?」


「ええまあ一応ね。卑弥呼様の護衛よ。ヴァルキリーが来た時に潰せるように」


「アルヴィトちゃんはヴァルキリーの凄い人なのですよ」


「いえいえ、卑弥呼様に比べたらそんな……」


「最近になって護衛が必要になったってことですね?」


「あんた妙なところで勘がいいわね」


 アルヴィトが不審者を見る目で感心したようなコメントをしている。

 なんだ情緒不安定かお前は。


「最近、妙な連中が人間界にいるでしょう? つい最近も魔界で一悶着あったらしいわよ」


「そいつらを知っているんですか?」


「いいえ、なにもわからないのです。最近物騒ですから、アマテラスちゃんが護衛にって、アルヴィトちゃんを送ってくれたのですよ」


 こっちでもなにもわからないのか。

 ここまで正体が割れていない連中も凄いな。


「スクルドについては?」


「昔からなーに考えてるんだかわかんないやつよ。裏切るくらい平気でするんじゃない? あんたスクルドと知り合いなの?」


「ああ、魔界に行った時に二匹殺した」


「どうやってよ。あの子一応ヴァルキリーじゃ強い方よ?」


 アルヴィトが目を見開いて俺に詰め寄る。


「魔界の一悶着で俺の邪魔をしてきたから、普通に戦って殺した」


「流石は葛ノ葉りりあの選んだ男ってわけね」


「そうでもないさ」


 実際に殺せたのは鎧のおかげだし。

 流石と言っておきながら、アルヴィトはまだ満足していないようだ。


「いいわ、出来る限りのヴァルキリーと神様の生の情報をちょうだい。そっちの二人も神の血を引いているでしょう?」


「わかるの?」


「わかるわよ。あんたら力が強すぎるわ。人間はそんな力をつけられない。卑弥呼様のような超特例中の特例じゃなきゃね」


 そんなわけで全員交えてヴァルキリーと神様の話をする。

 たった数ヶ月でよくもまあ色々と倒したもんだなと、今更になって思う。


「消息不明のヴァルキリーと、神であるエリス。堕天使ルシファー。スクルドが持っていた武器の台詞がトウコツね」


「トウコツだけわからんな。神なのか?」


「神話存在の中でも、とりわけ凶暴で危険な神です」


「厳重に封印されていたはずなんだけど……やばいわね」


「そのウイルスを注入されたやつはザコだった。それがとんでもなく凶悪な化物になったよ」


 あれは悪意そのものだ。ただ災厄を撒き散らすだけの異形といっていい。


「なにか危険が迫っていますね。神々に招集をかけるべきかもしれません」


「賛成だな」


 割烹着のラーさんが戻ってきた。なんか似合っている。異常に似合っている。


「今日は鍋だぞ。人数が多いからな」


「まあ、楽しみです」


「家族団らんじゃな」


「わたしお鍋好きです!」


「いいわね。こっちの鍋料理も気になるわ」


 みんな思考が鍋に寄ってしまう。俺も楽しみだ。


「話を戻しますよ。卑弥呼様だってラー様だって、なにかあるかもしれないんですからね」


「んじゃ戻そう。スクルドが持っていた兵器。この世界の技術かどうかも怪しい。なんか機械っぽかったんですよ」


「管理機関も関係していると?」


「過激派がこの世界に持ち込んでいるのではないかと」


 アーマードールは管理機関の世界の技術だ。

 あれを試験の時に使われたということは、誰かが持ってきている。


「機関って本当にアホなことしかしないわね」


「どこかで繋がっているのかもしれません」


「機関との繋がりねえ……そうだ、アヌビスって知ってますか?」


「アヌビスだと?」


 ラーさんの目が険しくなる。なんだよ怖いよ。


「ラー、目が怖いわよ」


「ごめんよ卑弥呼。ちょっと気になってしまってね。アジュくん、その名をどこで?」


「管理機関の連中と戦った時に、知り合いっぽく言っていましたよ。知っているんですか?」


「同郷の神だ。今は指名手配中だよ」


 指名手配。その言葉を聞いて、ちょっと居間がざわつく。


「人間界で人体実験を繰り返して、大量の死者を出した。人類への冒涜であり、神の領分を超えた。よって指名手配されている」


 ヴァンのことを話していいものか迷う。

 ソニアとクラリスも神だ。だがあちらの事情に土足で踏み込むのは避けたい。


「恐ろしい神もいたものじゃな」


「ああ、神族が今も調査を続けている」


「こいつらにはボスがいるんだ。なにか目的があって動いている。全員バラバラの個人行動じゃない」


「でしょうね。ただここまで雑多に仲間を集められる存在ってのが……ちょっとわかんないわ」


 神に邪神に堕天使にヴァルキリー。どうやれば統率できるのか。


「そもそもヴァルキリーをどう引き抜いたのか謎ね」


「よく聞き取れなかったけど、アなんとか様だよ。殺した連中の二人くらいがそう言った」


「ア……アか……神なら特定できるが」


「これが人間だと無理っぽいね」


「それこそ無数にいるわね」


 結局そいつを見つけるには、連中の一人を締め上げるしかない。


「神界側でも調査中だ。ことが大きくなりすぎている。君達はまず学園に通って力をつけて欲しい。そして、どうしても頼らなくてはならない、そんな時だけ鎧の力を貸して欲しい」


「都合のいいお願いだというのは承知しています。


「俺は俺と、こいつらのために力を使います。こいつらに危害が及ぶなら叩き潰す。利害が一致したらまあ……どうする?」


 一応みんなに同意を求める。一人で決めて突っ走るのは俺らしくない。


「そこは言い切ってよいじゃろ」


「アジュがしたいならする! わたし達に遠慮っていうか、危険が来ないようにしているよね」


「その優しさは嬉しいわ。だから、私達の生活を脅かすようなら戦いましょう」


「とまあそんな感じでお願いします。曖昧ですみません」


「いや嬉しいよ。神の不祥事に巻き込んでいる。こちらの手が届かない場合に、リリアを守ってやってくれ」


「わかりました。それならまあ……いつもと同じですし」


 実際目的がわからんのよな。勇者科の成長度や学園の設備を調べていた。

 でもそれはテロ行為がしたいわけじゃないっぽい。

 そもそも学園にテロなんてアホ行為は成立しないわけだ。

 先生も生徒も強すぎるからね。人間未満のテロリストなんてクズじゃ無駄死にする。


「では、アジュくん。準備はいいかな?」


「鍋のですか?」


「いいや、鍋まではあと数時間ある」


「なので、準備はいいですか?」


「いやなんのですか?」


「いいか悪いかで答えなさい。葛ノ葉が選んだ男でしょう」


「悪いに決まってんだろ。俺はこういうの断固拒否して台無しにするぞ」


 有無を言わせぬ相手には、暴力と台無し行為で崩す。

 なんか気に入らないからだ。


「全員が後味悪くなるように終わらせます。いやなら説明してください」


「アジュはこういうやつじゃ」


「ちゃんと話せばいいんですよ。そうすればとりあえず聞いてくれます」


「個性的だね。本当にアマテラスとリリアから聞いていないのかい?」


「ん? ええ……本当に意味がわかりません。知っている前提でここに来るものなんですか?」


 ヒメノが連絡ミスってんのかも。意地悪しているわけじゃないってことか。


「愛の絆強化合宿に来たのでは?」


「………………なんですかそれ」


 またアホっぽいタイトル出してきやがった。

 もしかしてこれ卑弥呼さんのセンスなのか。


「わしはここに葛ノ葉が選んだ男と来るようにと言われたのじゃ。ご先祖様がいることも知らぬ」


「なーんも聞いていません。なんか連絡が行っているということですか?」


「ここで試練を受けて、葛ノ葉と共に生きるだけの力があるか試すのですよ?」


「本当に知りません」


「わしもじゃ。どういう経緯で知る話なのかわからんのじゃ」


「リリアが知らないんだ。当然そこから知ることはできない。その試練を教える人間は誰なんです?」


「アマテラスが、自宅とこの世界を繋ぐ門番のような役割もしている」


 はいヒメノ一派確定。あいつら本当に説明とかしねえな。


「アマテラスちゃんにも都合があったのかもしれませんね」


「絶対なんか面白いことを見つけて忘れただけでしょ」


「一切否定出来ないね。昔からトラブルメーカーだったよ」


 仕方がありません、と卑弥呼さんが説明してくれる。


「試練の場があります。そこで二人の絆をらぶらぶさせてクリアしましょう。修行場もあるのでリトライも可能です」


「具体的にどうするとクリアなんですかそれ?」


「試練を頑張って、ぐおーっときます。らぶらぶして進むと、ぐっと絆が深まるのでどばーんとクリアしてください」


 駄目だ。この人説明とかむいていない。擬音と身振り手振りが意味不明だ。


「まだ夕飯まで時間がある。どうせ鎧の力なら楽勝だろうし、自力をつけるにももってこいだよ。どうする?」


「ちなみにわたし達は……」


「葛ノ葉の血統でなければ難しいな。リリアとアジュくんがクリアできたら修練場を開放しよう。どうかな?」


「天界の修練場……気になります」


 こいつらが神の力を使って戦える場所は少ない。

 見られても困るし、壊れてはいけないものが多すぎる。

 どのみち強くはならなきゃいけない。


「悪くはない……ですね」


「おぉ? なにやらやる気じゃな」


「そうでもないさ。ちょっと興味が湧いただけ。それだけさ」


「興味があるならやってみればいいのさ!」


「行ってらっしゃい。私達は夕飯の支度でも手伝うから」


「二人の愛が必ず深まりますよきっと」


 なにをやるのか知らないが、鎧を使うってことは多少バトルがあるんだろう。

 ちょうどいいさ。ここまで来て何もせず帰るのも違うだろ。

 愛の試練とやらに興味が……ほんの少しだけあるのは、悟られないようにしよう。

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