意外な停戦と休暇
冬というのは寒い。そして俺は朝が弱い。つまり今は夢の中ではないが、完全に覚醒してもいない意識の中だ。布団から出たくない。
「アジュ、起きて。会議の時間になる」
誰かが呼んだ。眠い。そもそも起きたくない。起きられないぜ。
「アジュ、起きて」
「眠い……シルフィ、もうちょい寝かせろ」
寝返りをうつも、そこにシルフィの感触はない。今日はあいつが起こしに来る日じゃなかったか。
「シルフィはいない。起きて」
「んん……イズミ?」
ベッドにイズミが座っている。いつもの服に着替えており、側の机に俺の着替えもあった。
「朝食と会議がある」
「わかった。起きる」
眠い。着替えるのめんどい。ギルメン帰ってきて。
「起きられる?」
「なんとか……寝心地いいのか悪いのかわからんな」
眠気が取れない。あいつらの快眠効果えぐいな。なんだろうねあの気持ちは。さっさと試験終わってくれ。
「おはようございます。国王様。お先に頂いておりますぞ」
食堂ではもうみんな朝飯を食い始めている。朝から元気だなあ。軍人って規則正しい生活とかさせられるんだろうな。
「どうも。気にしないでください。俺が遅いだけなんで」
「ではお食事しながら聞いてください。敵の目的がある程度絞り込めました」
早いな。昨日からえらい進展したよ。やっぱ本職ってすげー。
「まずあの像ですが、特殊な薬品をかけると形を保てなくなり、簡単に粉へと変わります。これを飲むとバーサーカーとなるようです」
「やはり関係ある像だったか」
「さらに一定の周波数で瘴気を放つ魔像へと変わります。魔物でもおびき寄せるつもりなのでしょうかね」
害悪すぎる。最速で取り締まって欲しい。マジモンのテロ行為やん。
「ほどほどに戦闘やっていて、国王が学生というこの特殊な環境。これをどこから知ったかも気になるわ。行動が早すぎるもの」
「内通者でもいるってか?」
難しい話が進んでいく中で、俺はなんとか理解しながら食後の紅茶を飲む。特殊部隊の人は全員食い終わってこちらを見ていた。
「何かおやつでも用意します?」
「お気になさらず。我々は素早く丁寧に食べる訓練を受けておりますので」
そういや食事の時間は決まっていて、しっかり食べきる訓練があると聞いたことがある。軍人すごいなあ……俺には絶対にできんわ。
「とりあえずこの山にはもうアジトは無いはずです。他のブロックも殲滅行動に移っているはずです」
「捜査は順調に進んでいる、ということですね」
「ええ、少なくとも、この像を取り扱っている連中を締め上げる大義名分はできましたし、薬品をかけて検査もできます。新種が出るまでは制圧に近づいていくでしょう」
「結構な組織になりそうですし、しらばっくれて逃げそうですが」
「知らずに売っていたとしらをきる連中もいるでしょう。それでも販売ルートを調べられるのは僥倖です。教えても売るようなら、それはそれでしょっぴけますので」
プロに任せる部分が多いことは認める。専門外すぎてどうしようもないからね。包囲網と警備兵の強化はしてくれと言われたので、そこはしっかりやっておこう。
「まあまだ秘密基地程度でしょう。おおっぴらに動けば、それこそ国をあげての殲滅になりますから」
「そこまでの組織力はないと?」
「学園の超人は凄腕ですからな。本拠点があるとは考えにくい。薬漬けの兵士ごときでは倒せないでしょう。超人への妨害工作もしてくるでしょうから、そこは身内を含め最初に対策済みです。国王様は超人を雇えそうですかな?」
少し心配しているトーンだ。超人は保険として最高だが、同時に報酬がえらい高いのだ。俺の金とコネじゃ無理。他の陣営に行かれるだけ。
「俺は無理でしょう。コネがないです」
「フルムーンとフウマは無理なの?」
「参加するならシルフィとイロハに行くだろ。あいつら王族なんだし。国の超人は俺の私設部隊じゃないぞ」
あまりそういう使い方はしたくない。俺の仲間だという認識をされると、それはそれで存在がでかくなって鬱陶しいからな。善人で強くてギルメンについていてくれるのだから、俺のところなんかに来るんじゃないよ。
「ならばより一層お気をつけください。危なくなったらすぐ逃げるのですぞ。話を戻しますが、やつらの拠点が学園内にあるはずです。学園から何度も出入りしては危険すぎて、現実的ではない」
「9ブロックあたりが協力していないだろうな……」
「流石に勇者科がそんなことしないわよ」
あいつらは質が悪くても、性格が悪くても勇者科で、学園の組織力も知っているはずだ。悪党に協力するほどバカじゃないと信じたい。
「今度学園の力を集めて一斉検挙が行われます。つきましては明日から七日ほど、国家間での戦闘行為が禁止されます。全ブロックに通達が行くはずです。妨害工作も円滑な進行の邪魔になるので禁止です」
「じゃあ久しぶりに休みだな」
「戦闘禁止期間は延長する可能性がありますが、危ない薬をばらまかれるよりいいでしょう」
納得だ。学園から正式に辞令が下されるため、アホなブロックでも戦闘はしないだろう。教員に止められて試験終了は最悪だからな。
「じゃあ俺達はどうしましょう?」
肩透かしというか、もっと戦闘漬けになると思っていた。こんなに早く開放されると、予定が宙ぶらりんになる。消化不良もいいとこだぞ。
「お休みなされては? 無粋な輩に雪山遭難などさせられたのです。ゆっくりお休みください」
「……なるほど、一回城に戻るか」
「いいんじゃねえの。首都がどうなってるか気になるしな」
「休息は必要」
そんなわけでジョナサンさんに別れを告げ、俺達は自分の城に戻ることになった。
行ったり来たりで忙しい。国王はもっとどっしり構えているイメージなんだけどな。まだガキだからかねえ。
「さて、予想外にやることがないぞ」
帰ってきたのは夜だし、ミリーとホノリが優秀なこともあってか、俺の仕事は少なかった。簡単に国王として許可出すだけ。
「アジュくんのギルドメンバーからお手紙が来てるわよ」
書斎で書類を整理してからぼーっとしていると、フランがお茶と手紙を持ってきてくれた。イズミはソファーでだらだらしながらこっちを見ている。なぜ見ているのかわからん。
「手紙?」
三人から同じ内容のものが来ている。要約すると。
・休暇で暇になるから、それぞれのブロックに招待します。
・お友達を連れてきていいよ。
・夜の十時に四人で打ち合わせする時間を作ってくれると嬉しいな。
「なるほどなあ……休暇のお誘いだってさ」
「あらいいじゃない。しばらく会っていないんでしょ? 心配かけちゃうわよ」
「あっくんは愛されてるにゃー」
いつの間にかルナがいる。気配消すの探偵の基礎スキルだったりするのかな。俺にも気配読むスキルとか身につかないかなあ。
「誰か連れてきていいってさ」
「でもでも全員で行ったら国の運営無理じゃないかにゃ?」
「全員同時でなければ問題ない。アジュと一緒に行くメンバーに参加を希望する」
「じゃルナも行くー!」
「わたしも行くわ。面白そうだし」
「わかった。ホノリとミリーには後で聞いておく」
別のブロックの運営方法は、こっちで国王やるのに参考にしよう。全員優秀だから、何かしらのヒントはあるはずだ。
夜に備えて仕事を片付け、風呂に入ってベッドへ。適当に本でも読んでいよう。
「お茶入ったわよ」
フランが温かいお茶をいれている。所作が優雅なのは流石だ。
「……許可したのは俺だが、あんまり夜に男の部屋にいるなよ?」
「わかってるわよ。アジュくんは変なことしないでしょ」
「そりゃそうだが……」
信頼というやつだろうか。だからといって入り浸るとこいつに変な噂が立ちそうだ。ほどほどにさせるべきだろう。テーブルに置かれたお茶を飲む。
「フランは王族。危機管理の重要性を確認すべき」
「イズミちゃんはいいの?」
「護衛も兼ねている」
イズミは相変わらずソファーでごろごろしているなあ。そういう習性でもあるのか。というかそれ護衛できているの?
「そろそろ時間になるな。悪いが少し部屋を出てくれ」
「性欲の処理?」
「違うわボケ。今から相談がある」
「誰とよ?」
こいつらに通信機のこと話していいものだろうか。別に四人しか知らないものではないが、どこから話が漏れるかわからんし。だが別の状況で怪しまれるのも面倒だ。
「誰にも言うなよ。遠くと会話できる手段がある。それを使う」
「極秘事項なら退出も考慮する。けれど興味がある」
「そんな手段があるなら、どうしていつもは使わないの?」
「スパイ扱いされたら面倒だろ。俺は色々と隠して生きているの」
力というのは、知られれば利用しようとするアホが出るからな。隠して自分のために使うべし。
「あんまり騒ぐなよ? あっちの状況もわからないからな」
「わかったわ」
『十時ぴったりじゃぞ。打ち合わせのお時間じゃ』
リリアの声がする。仕方がない。このままいこう。
「準備完了。ただイズミとフランがいる」
「お邪魔しているわ。いいかしら?」
『どうせこっちに来るんじゃろ? なら聞いておくのじゃ』
『そちらの運営はどう? ちゃんとやれている?』
『寂しくなったら相談してね!』
イロハとシルフィの声だ。そこから国の問題がないか、適当に最近あったことを話す。主に俺以外が。世間話無理でございます。慣れないんだよそういうの。
「お前らも気をつけろよ。やばい薬がばらまかれている」
『こっちはフウマの生徒もいるし、なんとか止めているわ』
『わたしはももっちが協力してくれてるよー』
「こっちも問題ない。今は明日の予定についてだったな。まず誰のところに行くんだ?」
『シルフィ・私・リリアの順で回ることになったわ。迎えに行くから、5ブロックを通って移動するわよ』
「了解。そういや行くの初めてだな」
『期待しておるとよい。参考にしてもよいぞ』
リリアの運営なら間違いはあるまい。どんな国か知らんが、使えそうならやってみたい。ちょっと仕事が増えてきたからな。もっと簡単にしておかないと、緊急時にもたつきそう。
「三人とも凄いのね。そこまで計画されているなんて、行動力は見習うべきかしら」
『あまり無理をしてはいかんのじゃ。アジュのサポートをしてくれているだけで感謝しておる』
『彼が迷惑をかけていたらごめんなさい』
「そんなことないわ。アジュくんには遭難したところを助けてもらったもの」
なんだか打ち解けているようだ。フランはコミュ力高いな。
「そろそろ深夜だ。早く寝ちまえ」
『うむ、そっちも明日に備えて早く寝るのじゃぞ』
もう二時間近く話しているんだな。一週間くらい会わないだけでこれか。積もる話というのは、結構なスピードで積もるものだ。
「そうだな。もう眠い……疲れているのかな。最近あんまり眠れないからなあ」
『アジュは添い寝しないと寝付きが悪くなるものね。私達と離れると眠れなくても仕方がないわね』
『そうだね。やっぱりわたしたちがいないと寂しいのかな? 寝る時にくっついてないとね!』
変な事言い出したし、余計な知識を吹き込まれる前にイズミとフランを帰そう。
「ほら、お前らももう部屋に戻れ」
「毛布はある。またここで寝る許可を」
「ダメだって。昨日のあれは例外だ。普通は夜遅くまで男の部屋にいるもんじゃない」
『…………ん?』
「護衛も兼ねているなら、やはり側にいるべき」
うーむ、停戦中に狙ってくるアホもいないと思うんだよなあ。学園の命令無視はやばいだろ。だからしばらくは安全なはず。それ込みでの休暇予定だし。
「いいから部屋で寝ろ」
「今から帰るとあれよその……暖房とかあったまるまで寒いじゃない!」
「いや城は暖かいだろ。多少我慢しろって」
「アジュもあったかいからここで問題ない」
「そうね、遭難した時わかったけど、くっつくと妙にあったかいのよねアジュくん」
『んん?』
あったかいかどうかは俺には判別できないんだよ。共通認識じゃないと思うよ。っていうか寝るんだから帰ってくれ。深夜まで起きていると、朝起こしてくれるやつの負担が増すだろうが。
「しかも落ち着く。フランも一度寝て確かめることを推奨する」
『ちょっと? フランもって言った?』
「昨日のように話しながら寝たい。安心できる」
『…………は?』
「いいから寝てくれ。自分の部屋でだよ! 毛布を広げるな!」
俺のパーソナルスペースが侵食されていく……こいつら横着しやがって。そんなに帰るのめんどくさいか。俺も眠くなると動くのだるいけどさ。
「流石に何度も同じベッドは淑女として自重した。故に毛布」
「ソファーで寝るんじゃない。自分の部屋に行け。もうどっちでも一緒だろこれ」
「ならアジュが私の部屋に行けばいい。追いかける」
「なんも解決してねえだろ。他人の部屋で寝るの無理だし」
『アジュ聞いてる? 今何してるの? イズミちゃんになにしたの?』
この状況がめんどい。もうある程度無理にでも部屋に戻そう。俺は寝るんだ。
「ほらもうわがまま言うな。動くなよ。さっさと済ませるから」
「毛布を取られると寒い」
「いいからほら起きろ。ここで寝るな。フランも手伝え」
めんどいから担ぎ上げる。こいつ身長低いから米俵みたいに担げるんだな。
「お前軽いな。これでアサシンとかやれるのか?」
「平気。もう少し丁寧に抱えて」
フランに毛布を持ってもらい、イズミを部屋の外まで出そう。軽いからすぐ運べて助かるぜ。俺は寝る前に汗かくほどアホでもないからな。
『何をしているのか今すぐ言って』
「大丈夫だ。ちゃんと外に出すから。お前らも早く寝ろよ」
『どういうこと!? 何が起きてるの!?』
「ほら、あとはフランに任せるぞ」
もう半分寝ていそうなイズミをフランへと引き渡し、ようやく部屋の外に出した。いかんもう完全に眠い。
「おやすみアジュくん」
「ああ、おやすみ」
それだけ言って扉を閉め、ベッドに座る。近くの水差しから軽く水分とって、まだなんか言っているギルメンに耳を傾ける。
『今なにしてるの?』
「さっきからどうした?」
『何をしておったのじゃ?』
「イズミが寝そうだったから、部屋の外に追い出してフランに任せた」
なぜ寝る前にこんなことせにゃならんのよ。疲れるのは嫌い。好きなやつがいるか知らんけど。もう寝よう。
『二人と何があったの? 夜に部屋に入れるようなタイプじゃないわよね?』
「別に毎日来るわけじゃないぞ」
『来たことがある時点でおかしいじゃろ』
『これは認識の差を埋めないといけないわね』
「わけわからん寝ろ」
夜ふかししても意味がない。明日は晴れると聞いたし、珍しく早起きでもするかな。できたらだけど。
『…………ちゃんと会ってお話しよっか』
「明日からまた会う予定だろ。さっさと寝ちまえ。そうすりゃ会える」
『うん、明日ならいいんだね。けどさ、もう日付変わったよ』
「そうだな」
「じゃあ一緒にいていいよね?」
背後から声が聞こえた。
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