第597話 強引な手段
タスクのいる執務室に無色透明の幻を生み出し、彼が受け持っている事務仕事を把握させてもらうとしよう。多忙で参加できないというのであれば、多忙ではなくしてしまえばいいのだ。
仕事を片付けた後は、追加で仕事等持ち込ませたり引き受けさせたりはしない。
仮に仕事を持ち込んでくるのがジョゼットだとしても防がせてもらうとしよう。私はタスクが戦っているところを見たいのだ。
タスクの机には、山積みになっている書類がいくつかある。内容は申請や要望、それに報告書に今後の予定をまとめた書類と言ったところか。
なぜ内容が分かるのか?『
加えて私の場合、『広域探知』を使用せずとも私の魔力を対象物に浸透させるだけでも同じようなことは可能だったりする。
『広域探知』と魔力浸透。どちらで内容を把握するかは状況によって効率がいい方を選んでいるが、どちらも大して変わらないので大体は気分によって変えていたりする。
なお、これらの方法を用いれば一瞬で本も読了可能ではあるのだが、情緒が無いと思っているので本を読む際は普通に読む。
特に小説。娯楽とは楽しむものなのだから一瞬で終わらせるわけがないのだ。
さて、書類の内容も把握できたことだし、さっさと片付けてしまおう。
機密文書や重要書類にも目を通してしまったことになるが、大目に見てもらうとしよう。どの道、私に隠し事などできないのだ。
片付けるとは言っても、タスクの判断が必要な物まで片付けるつもりはない。
書類の中には別にタスクに任せる必要のないような書類も多数あったので、そういった書類を始末していくのだ。
勿論、片付けて放置などというある種無責任な真似はしない。ちゃんとタスクに『
〈ん…?鈴の音…?この音は一体…〉
〈タスク、聞こえているね?〉
〈ノア様!?え、遠距離通話魔術ですか!?〉
流石だな。特に説明もなしに即座に何が起きているのか把握してしまったようだ。
理解してくれたのなら説明の手間が省けるので助かる。
〈そう。今訓練場から貴方に連絡を取らせてもらってるよ〉
〈何か問題でもありましたか?〉
〈いや、問題はまったくない。騎士達は皆真面目だし、私から見ても優秀だと思っているよ〉
〈…過分な評価、ありがとうございます〉
おっと、変に褒め過ぎてしまっただろうか?タスクから若干の警戒心が読み取れるな。
話を拗らせないためにも、早速本題に入らせてもらうとしよう。
〈さてタスク、貴方は事務関係の仕事が忙しいから訓練に参加できないということだったね?〉
〈え、ええ。ま、まさかノア様?その事務仕事を手伝うとか…〉
〈私の知り合いは皆、優秀だったり察しが良かったりで助かるよ。その通りだ。さっさと貴方が抱えている仕事を片付けて訓練に参加してもらうよ?〉
表情には出ていないが、かなり驚いているな。まぁ、無理もない。
現在訓練場にいる私がどうやってタスクの仕事を手伝うのかという疑問もあるだろうし、そもそも彼に拒否権が無いとおぼろげながらに把握しているようだ。
〈あの…一応確認しますが、拒否権などは…〉
〈分かっているのだろう?敢えて言わせてもらうと、無いよ。私は貴方が戦っているところを見てみたいんだ。後、多分シャーリィも見たがってる〉
〈ですよね…〉
先程彼も言っていたようにリアスエクから私の要望があったのなら極力叶えるように言われているのだ。諦めて訓練に参加してもらうとしよう。
〈実を言うともうこちらで片付けられる書類は粗方見当をつけているからね。後は貴方の許可をもらって片付けるだけだよ〉
〈えっと…いつの間に…?〉
〈ティゼム王国で私が何をしたのか知っているだろう?離れた場所にある書類の確認程度、私ならば造作もないことなのさ〉
流石に知らぬ間に把握されていたら気が気ではないだろうから、素直に教えておこう。
まぁ、ある程度私の活動は知っているだろうし、思い当たる節はあるのではないだろうか?
〈………あの、それってつまり、この場にある機密文書なども…〉
〈そうだね。把握してしまっている。勝手に目を通して済まないとは思うが、他言したりはしないから、それを信じてもらいたいところだね〉
〈そうするしか選択肢がありませんよね…〉
そうするしか選択肢がないから、観念してさっさと仕事を片付けさせてもらいたい。タスクが許可を出せばすぐにでも終わらせられるのだ。
〈分かりました。よろしくお願いします。一応、後で詳細は教えて下さいね?〉
〈勿論だとも。簡潔にまとめた内容の書類に加え、情報をそのまま貴方の頭に送ることも可能だよ?〉
〈あの…書類だけにしてもらって良いですか?〉
別に脳に多大な負担がかかるわけでもないから安心して欲しいのだが…。
ちょっと驚かせすぎてしまったようだ。これ以上の無茶を通そうとしたら、タスクに余計な精神的負荷がかかってしまう。
この辺りで話を切り上げて仕事を片付けてしまおう。
既にタスクから許可はもらったのだ。手早く済ませてしまおう。
〈あの…ノア様…?書類が勝手に動いているのですが…〉
〈そのままの状態でも記入したり判を押したりは可能だけどね。それではどれが片付いた書類か分かり辛いだろう?それに、貴方が片付けるべき書類を分別するという目的もある〉
〈いや、それはその通りなのですが…〉
この反応は、この場にいないのにどうやってこの書類の山を動かしているのかという点に疑問を抱いているのだろう。
単純に無色透明な幻で事務作業をしているだけなのだが、一応実態を持った幻については黙っておくとしよう。
〈私ならばこれぐらいはできると納得して欲しい〉
〈はぁ……〉
不服そうではあるが、納得してもらうしかないな。
まぁ、いつかは教えよう。だが、今ではない。
少々強引であるのは否めないが、このまま仕事を片付けてしまおう。
さて、私がタスクの仕事を手伝っている間訓練場はどうなっているかと言えば、リガロウとシャーリィが暴れているのが現状と言ったところか。
2者はそれぞれ別の舞台で模擬戦形式の訓練を行っているのだが、どちらの舞台でも挑んだ騎士達が吹き飛ばされるようにして打ち負かされている。
リガロウはただじゃれているだけなのだが、シャーリィがあの子に対して強い対抗意識を燃やしているようだ。
リガロウが挑んで来た騎士を吹き飛ばすと、シャーリィがそれ以上の強さで騎士を吹き飛ばしている。
負けん気が強いのを悪いとは言わないが、流石に無駄な力が入り過ぎているな。
「オスカー。少し落ち着かせてあげてもらえる?」
「わ、分かりました!」
久々に会ったオスカーは、相も変わらず真面目で動物好きだった。
訓練場に訪れて一番最初に目が行ったのがレイブランとヤタールだったからな。
触りたそうにしてはいたが、通常のカラスの倍近い大きさがあるため委縮してしまい、触るに触れないと言った様子だ。
というか、オスカーは以前私が演奏を行った際に私の家の広場をイメージとして見たことがある。
その時に見たウチの子達と私が連れ歩いている子達の姿が似通っているだろうから、気になって仕方がないのだろう。
しかし、そのことに関してはひとまず黙ってもらうとしよう。
今はシャーリィに集中してもらわなければ。
シャーリィが舞台上で暴れている際にオスカーに聞いたのだが、既にシャーリィとオスカーは試合を行っている。
そしてその結果はシャーリィの勝利だった。
圧勝というわけでもないが、オスカーには勝てるイメージが思い浮かばなかったのだとか。
シャーリィは相変わらず魔術関連には疎いが、多少の魔術であれば身体能力と剣術でどうとでもなってしまうのだ。
しかも、最近は魔力を自分以外の物に纏わせる術も身に付けたようで、木剣で魔術を切り払って無効化している光景が先程から見られている。
その内木剣から魔力の刃を放出できるようになりそうな勢いだ。アレでは益々魔術を学ぼうとしなくなるだろうな。
そもそも今は剣術と身体能力、身体強化だけでどうとでもなってしまっているため、彼女にはもっと魔力を使用する大切さを認識してもらわなくてはならない。
そこでオスカーの出番である。
確かに初めてシャーリィと試合を行った時は敗れてしまったようだが、その時と今ではかなり状況が違っている。
シャーリィに自覚は無いようだが、彼女はリガロウと張り合おうとしてかなり無駄に体力も魔力も消費してしまっているのだ。
「よ、よろしくお願いします!」
「やっとオスカーの番!?待ちくたびれたわよ!?」
過去に試合をして勝利した経験があるから、それが自信になっているのだろう。
絶対に勝てるという確証はないようだが、かといって気負っていたり不安になっている様子はない。
オスカーと戦うのが、只々楽しかったのだろうな。
そしてそれを再び体験できることに胸を弾ませているのだ。
油断というわけではないが、気分が高揚していてやや冷静さを欠いてしまっているな。
その結果がどうなるのか、身をもって知ってもらうとしよう。
シャーリィとオスカーが試合を始めてから10分が経過したところで、訓練場に新たな人物が訪れた。事務仕事を片付けたタスクである。
山積みになっていた書類の殆どは彼が直接判断しなければならないような内容ではなかったからな。私の方でさっさと処理してしまい、後は10枚足らずの書類しか残らなかったのだ。
その結果に呆れと疲れの表情を隠さないまま、タスクは私に声を掛けてくる。
「お待たせしました。おかげさまでこうして訓練に参加させてもらえます」
「いらっしゃい。一応聞くけど、シャーリィのいる舞台とリガロウの舞台、どっちにする?シャーリィのいる方が私の担当だよ?」
「……では、リガ…冗談です。シャーリィ嬢の舞台で参加させていただきます」
割と本気の表情でリガロウの舞台に参加したいと言い出しそうだったのでじっとりと見つめてみた。おかげで、思いとどまってくれたようだ。
リガロウと戦ってもタスクの実力は把握できるが、私が手伝ってまで仕事を終わらせたのだ。直接見せてもらう。
どちらで訓練を行うかを決めたタスクなのだが、シャーリィとオスカーの試合の様子を見てすぐに真剣な表情に移り変わった。
「話には聞いていましたが…凄まじいですね…。流石は
「貴方からはそう見えるんだ…」
どうやらタスクは今初めてシャーリィが戦っているところを目にしたようだ。オスカーと試合を行った時はその場に居合わせていなかったらしい。
初めて彼女の戦いぶりを見たのならば、タスクの評価も妥当ではある。
しかし、彼がもしも最初にオスカーと試合をしたシャーリィの様子を見ていたら、その評価はまず出てこなかっただろう。
現在、シャーリィとオスカーの戦況は拮抗していると言って良い。
魔術を絡めながら的確に隙をついて来るオスカーの動きに、シャーリィがその全てを魔力を纏わせた木剣によって迎撃していると言った様子だ。
互いに有効打は一度も与えられていない。互いに、一度もだ。
以前シャーリィがオスカーと試合をしていた時ならば、こうはならなかった。
魔術と剣術の同時攻撃を迎撃しながらも反撃を与えていき、それが積み重なってオスカーに勝利していただろう。
ではなぜそうなっていないのか。単純な話である。
オスカーと試合をするまでの間に体力も魔力も消耗しすぎていたからだ。
シャーリィもそのことに気が付いてきたようで、若干表情に焦りが見えてきた。
対してオスカーに疲れた様子は見られない。このまま1時間以上同じようにシャーリィを攻め立てられるだろう。尤も、そこまでこの試合は長引かないが。
「もぉーーーっ!こうなったら奥の手よっ!」
まるで反撃ができない状況にしびれを切らしたのだろうな。
シャーリィが魔力を過剰に自身の体に浸透させていく。
その様子を見て、ジョージが慌てだした。
おそらく、アレを行った結果どうなるのか知っているのだろう。
焦った表情のまま彼は私に助けを求めるように視線を向けてきている。
まぁ、アレを使わせたのだから、勝負はついたと言って良いだろう。ジョージを助けるわけではないが、試合を止めさせてもらおう。
オスカーの放った魔術をシャーリィはまともに受けるも、体に浸透させた過剰な魔力がそれを跳ね除ける。今の彼女には今までオスカーが繰り出していた攻撃のほぼすべてが通用しないだろう。
魔術をものともせずにオスカーにシャーリィが今まで以上の速度で肉薄してオスカーが反応しきれない速度で上段から剣を振り下ろす。
しかし、シャーリィの繰り出した剣は、舞台に割り込んだ私の手によって受け止められた。
試合、終了である。
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