第164話 最高傑作『黒龍の姫君様へ』
私に親と呼べるような存在は今のところいない。実際にはいるのかもしれないが、その存在を認識した事が私には無い。
だからだろうか?ヴィルガレッドに対して強い親しみを感じているのは。彼が私を娘のように思ってくれているからなのだろうか?
それはそれとして、フウカの元から離れて結構時間が経っている。一度彼女の元に戻って先に街まで戻るように伝えておこう。
「ヴィルガレッド、済まないけど、少しだけ席を外すよ?すぐに戻るから。」
「別に戻ってくる必要は無い。そなた、今は人間共と行動しているのだろう?何故再び余の元まで戻って来るのだ。」
「私が貴方と話をしたいからさ。それじゃ、ちょっと行って来る。」
その場で跳び上がり、噴射飛行でフウカの元まで急いで戻る。
あ、そうだ。魔力色数を戻しておこう。四色のままフウカと会ったら気絶されかねない。それから、『瞳膜』も掛け直しておかないと。ああ、魔力を変換する機能も再び抑えておかないと。
後は、尻尾カバーだな。今は『岩刃』で目立たないようにしているものの、それはあくまでも応急処置に過ぎない。
今度街で良い木材と蔦を探して、新しく作るとしよう。
自分の事ながら流石は噴射飛行だ。殆ど時間を掛けずにフウカの元まで戻る事が出来た。
が、少々急ぎ過ぎたな。角と翼を出したままフウカの元まで戻ってきてしまった。私とした事がとんだ失態である。
まぁ、私の姿を見て今更フウカが態度を変えるとは思えないが。それどころか、ますます畏まられるような気さえしてしまう。
「ノ、ノア様、ですよね?そ、その御姿は・・・。」
「おっと、仕舞い忘れてた。ただいま、フウカ。ちょっと緊急事態が発生してね。本来の姿で対応せざるを得なかったんだ。」
「その御姿がノア様の本来の・・・。何て神々しい・・・!そうだったのですね。それがノア様が背中の開いた服をご所望した理由だったのですね?」
「うん。出来る事ならこういう事態は避けたかったのだけど、そうも言っていられなくってね。本当にごめんよ。」
私の姿を見て、フウカは怯えるどころか崇拝に近い感情を表に出している。神々しいとは言っているが、頼むから信仰心まで出さないようにしてくれよ?
まぁそれはそれとして、改めて服を破いてしまった事をフウカに謝罪する。
今の私の服は正直言ってボロボロだ。どれぐらいボロボロかと言うと、"楽園"を出る前にフレミーが用意してくれた服よりも露出が多くなってしまっているぐらいにはボロボロなのだ。流石にフウカに対して申し訳が立たない。
私の謝罪に対してフウカは特に怒るでもなく、それどころか慌てた様子で私を擁護ようとした。
「ノア様!ノア様がお気になさる必要などありません!ノア様が何の脈絡も無く衣服を破損させるような方では無いと分かっています!ノア様がそのような状態となってしまったのは、それ相応の事情がある事ぐらいは理解しています!」
「ありがとう。それでフウカ、私はこの後また私がこの姿にならざるを得ない相手の元に行くから、先に街に戻っていて欲しいんだ。フウカなら、門を閉じる時間までに間に合うだろう?」
「ええ、それは勿論間に合いますが・・・ノア様にお供するわけには・・・いかないのですね・・・。」
出来る事ならばフウカは私と共にいたいようだ。単純に私がこの姿にならざるを得なかった相手がどのような存在かが気になるのだろう。
勿論連れて行くわけにはいかない。連れて行ったら、間違いなくヴィルガレッドの魔力に当てられてフウカが命を落としてしまう。彼の魔力は家の皆を軽く凌駕しているのだ。
そもそも魔力に関係なく
「残念だけど、その相手は人間が直接会えるような存在じゃないんだ。連れて行く事は出来ない。」
「そうですか・・・。それほどの超常の存在なのですね・・・。承知いたしました。それでは、先に街へ戻らせていただきます。それとノア様。お召し物は、此方をどうぞ。」
納得してもらい、私の要求を了承してくれるとともにフウカは一着の服を私に渡してくれた。先程織っていた布を仕立て上げたのだろう。
今回の衣服もドレス型だな。幸いな事に背中が大きく開いているタイプだ。上下一体型であり、スカートの丈は足先まであるロングタイプだ。腕はレースのアームカバーをつけるようだな。手首側の先端はフリルとなっている。
色は黒を基本色にして、光を当てる角度によって紫と緑の光沢を放つようになっている。つまり、私の髪やドラゴンの部位と同じような性質だ。良く再現できたな。本当に素晴らしい。
繊維はコレ、フウカの魔力で生み出した糸を使っているようだ。下手な金属鎧よりも遥かに防御力が高そうだ。
流石にヴィルガレッドはおろか、家の皆の攻撃に耐える事は出来そうにないが、人間の生活圏で活動するのならば最上級の防御力を誇るんじゃないだろうか?
「この衣装の代金は?」
「勿論、不要に御座います。全て、私の魔力のみで製作した物ですので。実質無料で御座います。報酬と言うのであれば、この場でその衣装を纏った御姿を目にさせていいただく事こそが、何よりの報酬に御座います。」
「貴女の魔力と技術、手間が掛かっているでしょう・・・。だけど、くれると言うのなら頂くよ。ありがとう。それじゃ、早速袖を通させてもらうね?」
「あ、ああ・・・!そんなっ!ノア様!この場で素肌を・・・っ!?ああっ!?な、なんて美しい・・・っ!!」
この場にはフウカしかいないし街中と言うわけでも無いので、その場で今の服を着替える事にした。
彼女とは昨日一緒に風呂に入った際に私の裸を見ているし、"布のようなもの"は身に付けたままだ。特に問題無いと思っていたのだが、彼女は非常に興奮してしまっている。何故だ?
「こ、堪えるのです・・・!ここで限界を超えてしまったら・・・!私の最高傑作、『黒龍の姫君様へ』に袖を通していただいた御姿を見られなく・・・!」
「大げさだなぁ・・・。」
今にも鼻血を噴き出しそうな状態を気合で乗り切っているように見えるのだが、そんな状態で渡された服を着た姿を見たら、まぁ、どうなるかは容易に想像がついてしまうな。
フウカはそれで本望のようだし、鼻血の出し過ぎで倒れてしまったら治療をしておこう。
それにしても、服に題名まで付けていたとは・・・。しかも私の称号名が入っているし。
渡された新しい服に着替えてフウカに見せる。
「あぶぉっ!と・・・尊・・・っ!ぶふぅ・・・っ!」
「うん、知ってた。」
以前にもフウカは私が彼女の服を着て見せた際にも鼻血を出していたからな。こうなる事は分かっていたのだ。
以前以上に盛大に鼻血を噴き出して倒れてしまっている。
フウカは鼻血を出しながら幸せそうな顔をして親指を立てている。このままでは出血がひどすぎて健康を害しそうなので、さっさと治療しておこう。
治療を終えれば多少は落ち着いたのか、既にいつもの落ち着いた雰囲気を取り戻している。満足気な表情に変わりわないが。
「落ち着いた?」
「はい・・・っ!感無量に御座います・・・っ!」
「うん。本当に素晴らしい服をありがとうね。それじゃあ、私は行くよ?」
「はいっ!行ってらっしゃいませっ!お帰りをお待ちしておりますっ!」
別れの挨拶を済ませた後、フウカはその場で影に潜って移動を開始し始めた。私も行くとしよう。
戻って来た時にはヴィルガレッドは普段の超巨大ドラゴンの姿に戻っていた。吹き飛ばした彼の魔力も、徐々にだが回復し始めているようだ。
「ただいま。戻って来たよ。」
「む・・・。ほう・・・それは人間の手による物か?」
「うん。私に仕えたいと言ってくれた娘が、自分の魔力で生み出した糸を使って仕立ててくれたよ。」
彼は私を見るなり、すぐさま私の衣服を指摘してきた。フウカの仕立てた服に純粋に感心しているようだ。
それ以外には少し、30Kmほど離れた場所に四色の魔力色数を持つ存在を感じたが、敵意は感じられなかったし、それどころか少し怯えの感情を感じ取ったので相手にしない事にした。多分だが、ヴィルガレッドの様子を見に来たんだと思う。
「人間もなかなかに良い仕事をするではないか・・・。うむ。そなたがその状態の魔力で纏う分には相応しい衣装であるな。良く似合っておる・・・。」
「ついさっきまで人間を滅ぼそうとしていた者のセリフとは思えないね。」
「それとこれとは話が別だ。良いものは良い。それだけの事よ。」
調子の良い事を言うものだ。だが、素直にフウカの服を褒めているし、その服が私に似合っているとも言っているのだ。此方も素直に礼を言っておこう。
それにしても、最初に対峙した時とはまるで別の個体と思えるほどに温厚になってしまっているな。此方がヴィルガレッドの本来の性格なのだろうか?
「それで、幼き姫・ノアよ。そなた、余と会話がしたいと言っておったが、何を話したいのだ?」
「それだよ、それ。その"幼き姫"って言う奴。貴方も私を初見で"姫"と呼んでいたからね。他の親しい者達からも名乗ったわけでもないのに"姫"と呼ばれていたから、気になったんだ。」
そう。戦っている最中は気にならなかったのだが、ヴィルガレッドは最初から私の事をドラゴンとして認識したうえで"姫"と呼んでいた。ドラゴンの頂点である竜帝が、だ。彼ならば私が何者なのか分かるかもしれない。
「何だ。そのような事か。そなたは紛れも無く魔力から産まれた
あっさりと答えが出たような気がする。魔力から産まれた原種、ね。人間達の知識には、少なくともティゼム中央図書館の一般区域には存在していない知識だな。
「その、原種って言うのはどうやって分かったの?」
「む?そなたは他者を見ただけで大体の年齢などは理解できるであろう?その程度の事は当然余も可能である。卵から産まれるドラゴン、と言うよりも親の個体から産まれる魔物は、他の生物と同様幼体期が存在する。そなたは生まれたての状態で既に成体の姿であるでな。」
なるほど。確かに、私の姿は最初からこの姿だ。子供の姿をしていた過去はない。それに、ヴィルガレッドには私が他人の年齢を理解できるように私の年齢も理解しているらしい。
そのヴィルガレッドが私を生まれたてと言うのだから、私の姿は、翼はともかくとして体、とりわけ人間部分は最初からこの姿なのだろう。
「つまり、原種は年齢で姿が変わらない?」
「成長はするぞ?だが、生まれた時より十分な力を持った状態で生まれる。それが原種だ。ドラゴンの場合、それに加えて必ず王の資質も所有している。」
「王の資質?それで私の事を"姫"と?」
「うむ。そなたが王となるか帝となるかは分からぬがな。いや、そなたならばそれ以外の何かになれるやもしれぬな。」
「例えば?」
「新たなる龍神になれるやもな。」
「嫌だなぁ、神とか。」
冗談じゃない。ただでさえ既に一部の者達から信仰心がエネルギーとして送られてきているんだ。ヴィルガレッドが言ったら益々その可能性に現実味を帯びてしまう。私は神になんてなるつもりは無い。
「何故神になる事をそうまで拒む?」
「そんなものになってしまったら、気ままではいられなくなるじゃないか。」
「何故だ?そなたは今まで通りそなたのままであれば良い事だろう。」
「簡単に言ってくれるね。神になるという事は、信仰心と共に願いが自分の元に届くんだよ?それも強い思いが籠った願いが。私はきっとその思いを無視する事が出来ない。必ず関わろうとしてしまう。」
「フッ。そなた、思ったよりも難儀な性格をしているようだな。」
「否定はしないよ。」
今のところ、送られてくる信仰心からは感謝の念が込められている程度だが、この調子で神として認識された場合、間違いなく私に願いを届ける者が現れる。
それが下らない願望や、叶う事が無いと分かっているような願いであれば無視も出来るだろうが、中には救いを求めて必死に願い、祈る者もいる筈だ。そういった者を無視できる自信が、私には無い。
そうして私が干渉して願いが叶ったら、私が紙として活動したと言う前例が出来てしまったら、その後一気に私に願いが殺到する事など、目に見えている。
そんな事になってしまえば、私はそれ以降自由気ままに行動する事など出来なくなってしまう。
だから、神になどなりたくないのだ。
「なに、自分で神になろうと思わねばなれるようなものでもあるまい。現に、余がそうであるからな。」
「やっぱり、ヴィルガレッドはドラゴン達から?」
「うむ。王の上に位置する存在として、ドラゴンの神などと言う者達もおるが、人間達からは天空神と呼ばれておる、あの御方こそが正真正銘の龍神様よ。数える程度ではあるが、余もその御姿を見た事がある。」
「もっと頻繁に地上に出てくれば、結構な頻度で会えると思うよ?」
ヴィルガレッドもルグナツァリオの事は神として信仰しているようだ。会えたら、と言うよりも見ることが出来たら嬉しい存在なのだろう。
ルグナツァリオと会いたいならもっと外に出てみれば、と提案したのだが、却下されてしまった。
「余にはそれなりの役割がある。余の住処、"ドラゴンズホール"の最下層は定期的に魔力の流れが不安定になるでな。放置しておけば崩壊する事は無いだろうが、この星にどれだけの影響が出るか分かったものではない。」
「それで滅多な事では外に出て来ないんだ。今は大丈夫なの?」
「そこまで頻繁に不安定になるものではない故にな。そも、余が地上に出ればそれだけで世界は混乱の渦に飲み込まれる。現に、余の怒りの波動を感じ取ったのか、それなりの力を持った娘っ子が我等の様子を見に来ておるわ。」
「ああ、あの四色の魔力の?性別まで分かるんだ。」
「うむ。あ奴と同じ気配は何度か知り得ておるでな。まぁ、悪党ではない。アレで多くの者をまとめ上げる責を背負った苦労性どもよ。会う事になったら、労ってやるが良い。」
ふむ。ヴィルガレッドがある程度力を認めて、代替わりをする指導者の立場、性別は女性、となると、私の知識で該当するのは・・・。
ああ、魔王か。ルグナツァリオも魔王が苦労人だって言ってたな。いい機会だから魔王とも話をするのも良いかもしれない。
「何なら、ここに呼ぶ?会話をすればお互いに仲良くなれるかもしれないよ?」
「ふむ。良いかもしれぬな。だが、折角我等の会話に招待するのだ。何かもてなせるものがあればよいのだが・・・。」
「人間が作ったもので良ければ、いくつか酒があるよ?」
「む!いや・・・むぅ・・・人間の酒か・・・。ふぅむ・・・。」
そうだな。客として招待するようなものなんだ。それなりの持て成しが必要か。
人間の酒がある事を提示したのだが、ヴィルガレッドの反応はあまり芳しくない。ドラゴンは酒好きだと非常に多くの本に書いてあったが、ヴィルガレッドは私と同様あまり好きでは無いのだろうか?
いや、一瞬とは言え、酒と言う単語を耳にしたヴィルガレッドの瞳は喜色に輝いていたから、酒自体は好きなんだと思う。
それで人間の、と言う単語で難色を示すという事は・・・ああ、量の問題か。
確かに、ヴィルガレッドのサイズで考えれば、私の所有する酒をすべて出したとしても
「量が気になるなら、さっきみたいに小さくなれば?」
「簡単に言うでないわ。アレはそこそこ労力を使うのだ。戦闘であるならばいざ知らず、酒を飲むためだけに安々となれるものか。そもそも、そなたが余の魔力を吹き飛ばしてしまったせいで、それもままならぬ。」
「あっ、そうなんだ。なんか、済まない。」
「良い。時にそなた、魔力色数を増やしていただろう?余と対等の条件のために魔力色数を増やしておったが、実際のそなたの魔力色数はいくつなのだ?」
「ん?ああ、じゃあ今から出すよ。」
ヴィルガレッドから本来の魔力色数を尋ねられたので軽く解放させる。当然、人間達に観測されないように最小限にして、だ。
あっ、魔王がもの凄い勢いで逃げ出してしまった。
「はぁ~~~、そなただったのかぁ~~~。勝てぬが道理よなぁ~・・・。」
「えっ?何が?」
魔王が逃げ出した事に気を取られていたら、大きなため息の後に妙な納得をされてしまった。一体何だというのだ。
「そなた、人間や魔族だけでなく、世界中で注目の的ぞ?"楽園"の主よ。」
「ん?ああ!魔力色数!」
何かと思えば私の魔力の事か!そう言えば、人間達も私の本来の魔力を観測した際に世界中で大混乱に陥ったらしいからな。
「うむ。余の知る限り、この星で七色の魔力を持った者など、そなた以外では知り得ぬからのぉ!あの娘っ子が尻尾を巻いて逃げ出すのも無理はあるまいて。あ奴は、一番最初にそなたの真の恐ろしさを知っただろうからの。」
「ああ、貴方には分かるんだ。」
「うむ。アレにはさしもの余も驚愕に身を震わせたわ。」
「いや、まぁ、確かに加減せずに全力でぷっぱなしたのは間違いないけれど、元はと言えば魔王が"楽園"に対して攻撃してきたのが原因だし。」
少し身震いする動作をしてヴィルガレッドがおどけて見せる。今でこそ冗談で話し合えるが、当初は彼ですら実際に恐怖を感じ取ったのかもしれないな。
だが、アレの原因はあくまで魔王だ。文句があるなら彼女に言って欲しい。
「加減せんか馬鹿者。周りの者に言われんかったのか?」
怒られてしまった。まぁ、実際"楽園"の中でさえ凄まじい被害が出たからな。私に非があるのは承知しているとも。
「だってあの時はまだ私一人だったし。」
「む・・・まぁ、そうよな。魔力を抑えぬそなたに好き好んで近づく者は、そうはおるまいか。」
「あの時は誰からも怯えられているという状況でね・・・そうそう、初めて出会った子なんかさぁ・・・」
たったの四ヶ月ほど前の話だというのに、本当に懐かしく感じる。思わず会話が弾んでしまう。
この際だから、私が"楽園"の外に出るまでの話をヴィルガレッドに聞いてもらうとしよう。
とても会話が弾み、時間も忘れて辺りはすっかり暗くなってしまっている。
流石にもう王都へ帰らないと街へ入れなくなってしまうな。名残惜しいが一度帰るとしよう。
何、ヴィルガレッドとはまた会えるのだ。今度は彼の住処にお邪魔させてもらうとしよう。彼とはまだまだ話したい事が沢山あるのだ。
さぁ、ヴィルガレッドに別れを告げて王都へ帰ろう!
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