第163話 最強ドラゴン決定戦!!

 周囲の空気が震えている。私と竜帝カイザードラゴンの解放された魔力がぶつかり合う事で、それだけで周囲に物理的に大きな影響を与えて私達の周辺に力場を発生させているのだ。

 先程までの戦闘の衝撃で生じた小石やら砂が、力場の効果によって重力に逆らうように浮上している。


 「ねえ、竜帝カイザードラゴン。貴方はここまで力を振るった事があるのかな?」

 「ヴィルガレッドだ。余の名はヴィルガレッド。覚えておくがいい。そして、戦う前に聞いておいてやろう。小娘よ、名は何と言う。」

 「ノア。」

 「フン!覚えておいてやる。余がここまで本気で戦う事になるなど、これまで一度も無かったのだ。生まれたての姫、ノアよ。光栄に思うがいい。貴様が余の真の力を知る、最初の一体だという事をなぁっ!!」


 言い終わると同時に、竜帝・ヴィルガレッドは腰を入れて更に魔力を高めて放出しだした。

 その影響力はすさまじく、それだけで地面を抉り、クレーターを生み出している。


 本当に素晴らしい。ならば私も応えよう!手加減何てする必要は無い!今日まで抑えていた魔力を変換する機能を再びフルに活動させ、私も更に魔力を放出する。魔力色数はともかく、これで私も本気モードと言うわけだ!


 完全に魔力量と密度で此方が上回っているというのに、ヴィルガレッドに委縮したりたじろいだりした様子は無い。流石だ。 


 「んぅぃ行ぃくぞぉおおおおっ!!!」


 後足に魔力を凝縮して大地を蹴り、凄まじい速度でヴィルガレッドが私に肉薄する。私も同様に大地を蹴りながら噴射飛行を行い、彼以上の速度で彼に肉薄する。

 彼も私の出せる速度には予想がついていたのだろう。私の接近速度に動じる事なく、此方の動きに合わせてしっかりと大地を踏みしめ、右前足を握り締め、拳の様にして突きを繰り出してきた。


 私もやる事は変わらない。自身の身体能力を検証していた時の様に、大地を踏みしめ、蹴りつけ、腰を捻りながら右拳を全力でヴィルガレッドに向けて突き出す。


 互いの拳(相手は前足)がぶつかり合い、一瞬にして周囲が爆発したかのように弾け飛ぶ。

 速度は私に大きく分があるが、ヴィルガレッドの質量は変わっていない。超重量と十分な速度で繰り出された突きは、私の突きとほぼ互角の破壊力を生み出していた。


 地面が爆ぜて足場が無くなるが、ヴィルガレッドも私も空中で停滞する術を所持している。

 私は先程、彼のドラゴンブレスを堰き止めた際に魔力で板を作り足場にする術を習得している。そしてその方法は彼も同じらしい。お互い空中にいる筈なのに、地面に立っているような姿勢をしている。


 「かぁあああっ!!」

 「せいやぁっ!!」


 互いに次の一手を繰り出す。ヴィルガレッドは右後ろ足から後ろ回し蹴りを繰り出し、私は翼指から魔力を噴射させながら更に一歩踏み出し、右腕を戻す勢いを利用して左手で突きを繰り出す。

 気持ちが高ぶっているためか、思わず掛け声が出てしまった。


 今度はお互いの攻撃をぶつけ合わせず、お互いの体へと攻撃が直撃する。お互いに尻尾で追撃をしようとしていたためか、尻尾同士でけん制し合う事で尻尾を防御に回す事が出来なかったのである。

 ヴィルガレッドの蹴りは私の翼ごと右肩に当たり、私の突きは彼の右わき腹へと突き刺さる。


 骨を砕くような確かな手ごたえを感じた後、翼と右肩に激しい痛みを感じながら蹴られた方向へと吹き飛ばされる。

 やはり超重量と言うのは、それだけで非常に強力な武器になるな!

 特に加速を付けたわけでも無いというのに、彼の蹴りは非常に強力な一撃となって私に明確なダメージを与えてくる。


 吹き飛ばされた勢いを魔力の噴射によって殺し、そのまま噴射飛行でヴィルガレッドに肉薄して跳び蹴りを放つ。

 当然、蹴りを繰り出す足先には大量の魔力を込めておく。

 彼も私の動きは予測していたようで、私を迎え撃つつもりのようだ。互いの重量差は理解しているようだ。ちなみに、砕いたはずの彼のあばら骨は既に再生しているようだ。私が言えた事では無いが、彼の再生能力もやはり尋常ではないらしい。


 ヴィルガレッドは私の蹴りを紙一重で躱し、カウンターで爪撃を決めるつもりのようだ。

 だが、そうはさせない。格闘術での戦いと言うわけでは無いのだ。魔術構築陣を隠蔽した状態で『我地也』を発動させ、彼の周囲をアダマンタイト製のトゲで貫き動きを拘束する。地面まで少々距離はあったが、私が魔力と『広域探知』で地面を知覚できていたため、地に足をつけていなくとも問題無く発動できた。

 そして空中で留まっていた彼も地面からトゲが自分に向かって来るとは思っていなかったようで、トゲが体に突き刺さった事に驚愕していた。


 だが―――


 「賢しい真似をっ!!この程度で余の動きを、封じられるものかぁっ!!」


 アダマンタイトは人間達の知識の中で最も硬度のある金属ではあるのだが、どうやらヴィルガレッドの動きを封じるには不十分だったらしい。

 多少の動きを封じる事は出来たが、筋肉の収縮によってトゲをへし折り、拘束を抜け出してしまったのだ。途轍もない筋肉をしている。


 ヴィルガレッドが拘束を抜け出す事に専念していたため、反撃を受ける事は無かったが、蹴りの直撃も避けられてしまった。

 多少彼の肉を抉る事は出来たが、あの程度では先程の脇腹同様、すぐさま再生されてしまうだろう。


 蹴りが地面に接触し、ただでさえ激しく爆ぜていた地面が更に大きく爆ぜ飛ぶ。

 本当に、神々がこの空間を用意してくれなかったらどうなっていたんだろうな。世界中で大騒ぎになっていたのは間違いない。


 蹴りの勢いを殺すために前方に全力で魔力を噴射し、即座に反転してヴィルガレッドへと肉薄する。

 今度は直線的な動きでは無く羽ばたきを併用したフェイント込みだ。


 「二度も同じ手を食らうものかっ!!その動き、封じてくれるっ!!」


 この辺り一帯を覆うように半径10mほどある巨大な重力塊が六つ生成される。

 魔術を用いて重力塊を生み出したのだろう。数日前に私が作り出した重力塊よりも遥かに巨大である。


 流石に此処まで巨大な重力塊があっては、思うように飛行が出来ない。先程の様に魔術に圧を掛けて重力塊を押しつぶすして消去する事も出来るが、それでは大きな隙が生じる事になる。その隙を見逃すヴィルガレッドでは無い筈だ。


 「自由に動けないのは嫌だから、消させてもらうよっ!」


 ならば攻撃と同時に打ち消してしまおう。重力塊の数は六つ。私の翼指も六つあるのだ。目には目を、重力には重力を。翼指を重力塊へと向け、超重力の性質を持たせた魔力を、重力塊へ向けて照射する。

 さしずめ、重力波グラヴィティブラストと言ったところか。なかなかに高い攻撃力をしていると思う。今度魔術にしてみよう。


 私が重力塊に対応している間に、ヴィルガレッドが何もしない筈が無い。彼に対してはブレスを放つ事で行動を封じよう。


 「ぬぅっ!?おのれぇっ!ならば、これでどうだぁっ!!」


 ブレスは飛翔する事で回避された。が、私のブレスは未だ途切れていない。首を振る事でヴィルガレッドの後を追う。


 二対の翼は伊達では無いな。四枚の翼を巧みに操り、私のブレスを回避する。

 そしてヴィルガレッドもブレスを放つ準備が整ったようだ。照射タイプではなく、弾丸タイプのブレスを放ってきた。

 放たれたブレスはこれまでの攻撃に比べれば非常に緩やかな速度である。あのブレスが私にそのまま当たるとは思えないし、彼もそのつもりは無い筈だ。


 何かがあるはずだ・・・。っ!?まさか!?


 「竜帝の一撃、受けるがいいっ!!!」


 私のブレスの照射が終わる頃、ヴィルガレッドは咆哮と共に自らが放った弾丸ブレスに突っ込んでいったのだ!膨大な魔力が彼の体を包み込み、そのまま私に向かって突進してくる!


 これは、攻撃の方法こそ体当たりや爪撃になるだろうが、間違いない!自らの攻撃にブレスの威力を上乗せさせるグリューナの必殺技、ドゥームバスターだ!


 本当に何処までも私を楽しませてくれる!回避する事も出来るだろうが、そんな無粋な真似、出来る筈が無い!受けて立つ!


 突っ込んでくるヴィルガレッドに向けて、私も同じく弾丸ブレスを放つ。

 彼は私の弾丸ブレスをまるで気にする事なくこのまま突っ込んでくる。

 以前私も行ったから感覚で分かるのだが、自分のブレスを纏うと、どういうわけかやたら身体能力や生物強度が上昇するのだ。


 ヴィルガレッドもその事を十全に理解しているのだろう。今の状態の彼には私の弾丸ブレスは通用しない筈だ。

 当然、私も彼にブレスを当てるつもりは無い。そんな事をして彼を失望させたくは無いからな。

 尻尾を振るい、自分のブレスを纏わせる。そして尻尾に魔力と共に『穿つ』意思を込めてから、彼に向けて全力の尻尾による突きを放つ。


 『穿てぇぇえっ!!!』

 「何だとぉおおおっ!!?」


 ブレスを纏わせた尻尾の突きは流石に防げないと判断したのだろう。ヴィルガレッドは此方に突っ込みながら両腕を交差させて尻尾を迎え撃つ。


 ヴィルガレッドの両腕が千切れ飛び、彼の胸部に尻尾が撃ち込まれる。

 尻尾カバーを取り付けたままだったので、彼の胸部に突き刺さる事は無く、そのまま彼を突き飛ばしていった。

 が、流石は竜帝の(推定)必殺技だ。彼の突進を真っ向から受ける事になった尻尾カバーは、粉々に粉砕されてしまった。


 ただの木材と蔓から作ったとはいえ、私の魔力を纏わせたうえで『不懐』も施していたのだ。滅多な事では壊れる事は無かったが、流石に竜帝の一撃には耐えられなかったようである。


 正直、ヴィルガレッドに対して鰭剣きけんを使用するつもりは無い。鰭剣は魔力を纏わせた私の肌すら容易に切り裂く事の出来る部位なのだ。いかに竜帝と言えど、コレを防ぐのは至難の業だ。

 私は彼を無力化して落ち着かせたいのであって、彼の命を奪いたいわけでは無いのだ。殺傷力の高すぎる鰭剣を使用するわけにはいかない。鰭剣には『岩刃ガンソウ』を使用して岩を纏わせておくとしよう。


 さて、吹き飛ばされたヴィルガレッドは流石に結構なダメージを受けたようだ。

 最初に地面に叩き落した時は反撃として弾丸ブレスの嵐を見舞われたが、今回はその様子は無い。このまま追撃を仕掛けさせてもらおう。


 噴射飛行によってヴィルガレッドに接近すれば、背後から私を追う反応が二つ確認できた。彼の千切れてしまった両腕である。その両手の平には、魔力塊が生成されている。

 千切れ飛んだ後だというのに、遠隔操作をして攻撃が出来るようだ。私に向けて魔力塊から純粋な破壊の力を持った魔力を照射して来た。さしずめ魔力波、と言ったところか。


 弾丸であれば尻尾で弾く事も出来たのだが、照射ともなればそうはいかない。しかも魔力波の威力は私にダメージを与えるのに十分な威力がありそうだ。

 魔力の噴射角度を細かく調整して魔力波に当たらないようにしながらヴィルガレッドに接近する。

 魔力波を避けて距離を取るのではなく、回避しながらも接近して来る私に対して、彼は尻尾で迎え撃つ事にしたようだ。


 しかも、ここに来てヴィルガレッドが隠し玉を用意して来た。なんと彼は尻尾の一部だけを元のサイズに戻して私に振り払ってきたのだ!巨大な尻尾の先端が私に肉薄して来る!

 器用な事をする!勢いが付きすぎて最早回避も間に合わない。今度は私が両腕を組んで彼の尻尾を防ぐ事となった。


 凄まじい衝撃と共に噴射の勢いすらものともせずに吹き飛ばされ、私は地面に叩き落される事となった。

 ヴィルガレッドは本当に凄いな!彼の方にに目を向ければ、既に遠隔操作をしていた両腕を自分の元まで戻して再生させている。

 穿たれた際のダメージも回復したようで、こちらにゆっくりと歩きながら近づいている。その際、自身の魔力を全身から放出させるのではなく、纏わせて蓄積させているようだ。

 小手先の技を繰り出すよりも肉弾戦を望んでいるようだな。


 私は魔術が好きだが、体を動かす事も好きなんだ。と言うか、普段は自分が周囲に与える影響が大きすぎて碌に体を動かす事が出来ないので、こういう機会には是非とも普段出来ない分、思いっきり体を動かしたいのだ。

 要するに、私もヴィルガレッドの望み通り肉弾戦を行う、という事である。


 私もヴィルガレッドと同様に自分の体に魔力を纏わせ蓄積させる。存分に殴り合うとしようかっ!!



 20分ほど互いに殴り合いを続けていただろうか。お互いの攻撃によって周囲はいくつものクレーターが出来上がっている。

 何せ、今の私達は一つの攻撃をするだけでその余波でクレーターを作り出せていたからな。お互い合わせてそれを20分間。幾度となく繰り出し続けていたのだ。神々が作り出してくれた空間が崩壊しかねない状況となっていた。


 だが、ようやく終わりが見えてきた。魔力量と密度で劣るヴィルガレッドに疲弊が見え始めてきたのだ。


 「う・・・ぐぅ・・・よ、よもや、生まれたての幼子に、此処まで余が追い詰められる事になるとは・・・。」

 「こっちも驚いているよ。こうまで拮抗されるとは思いもよらなかったんだ。それに、貴方の動きはとても参考になったよ。」

 「ぬかせ・・・!余は、余は竜帝なるぞ・・・!最強のドラゴンなのだ・・・!まだ、まだ余は負けたわけでは無い・・・!」

 「なら、次で終わらせよう。お互い、結構疲れてきているみたいだからね。」

 「良いだろう・・・受けて立ってやるぞ・・・っ!!」


 正直、もっと余裕を持ってヴィルガレッドを無力化させる事が出来ると思っていたのだが、まさかここまで粘られるとは思ってもいなかった。

 彼の再生能力が極めて高い事もあるが、やはり彼の質量が曲者だった。

 スピードに分があるので、攻撃を当てた回数は此方の方が倍以上あるわけだが、彼の攻撃と比べて大したダメージにならなかったのである。

 そして、私も彼の攻撃を全て回避できたわけでは無かったので、当然此方にも結構なダメージを受ける事となったのだ。


 そろそろ1時間が経過する。フウカを待たせて心配させるわけにもいかないから、これで終わらせよう。

 幸い、彼との重量差を覆す手段にも目途が立った。


 互いに十分な距離を取った後、これまでの戦いの衝撃で宙に打ち上げられた巨大な岩石の破片の中でも、最も大きな破片が地面に落下するのを待つ。アレが地面に付いた時が勝負の時だ。


 破片が地面に接触して、砕け散る。


 直後、互いに弾丸ブレスを射出し、それを纏って接近する。そして互いが出せる最大速度で接近する。


 やはり、翼指の噴射機構がある分、私の方が速い。だが、ヴィルガレッドにはスピード差を埋めるだけの超重量がある。この重量差を埋めなければ私に明確な勝利は無い。


 殴り合いの最中、私は嘗てのホーディの言葉を思い出していた。普段の私は、ウルミラよりも軽いのだと。そして尻尾の伸縮や魔力の使用によって変動するとも。

 つまり、私は自分の重量を操作する事が出来るのだ。


 これまでは無自覚で行ってきたそれを、今、自らの意思で行うのだ!


 駆け出し、噴射によって低空飛行状態となった段階で、私は自身を纏わせた魔力に『加重』の意思を込めていく。

 重量の増加と共に硬度が下がり、地面に設置しそうになったので翼指の角度を調整して若干の浮力を持たせる。


 「づぅぇぁあああああっ!!!」

 「はぁぁあああああっ!!!」


 接敵したタイミングで噴射を停止して地面に足を付け、繰り出されたヴィルガレッドの拳に私も拳を突き出しぶつける。

 拳同士の打ち合いで始まった戦いの決着は、拳同士の打ち合いで決める事に相なった。

 その衝撃は最初の衝突の比ではなく、神々の作り出した空間に皹が入りすぐにでも崩壊してしまいかねない状態となってしまったほどである。 


 「ぐっ!?な、なにぃぃいいいっ!!?」


 最初の一撃は拮抗していた威力が、今回は容易に押し負けてしまったのだ。ヴィルガレッドが驚愕してしまうのも当然である。

 今の私の攻撃は噴射加速による圧倒的なスピードに加えて、竜帝に引けを取らない超重量すら得ているのだ。


 魔力、スピード、重量、それらすべてが上回った今、ヴィルガレッドが私に勝てる要素が無くなってしまったのである。


 ヴィルガレッドの右前足を砕き、そのまま彼の顔面に拳を打ち込む。それと同時に再び全力で翼指から魔力を噴射させ、拳の勢いを増加させる。


 「でぇぃいやぁあああああっ!!!」

 「う、ぐっ、ぐぁあああああっ!!!」


 拳を振り抜き、ヴィルガレッドを殴り飛ばす。

 凄まじい速度で吹き飛ばされると共に、私に殴られた衝撃で彼の体から魔力が吹き飛んでいく。これでしばらくは魔力が回復する事も無いだろう。


 殴り飛ばされたヴィルガレッドが神々の作り出した空間の境界に衝突する。

 先程の衝撃で限界に来ていた事もあり、彼が空間の境界に衝突した事で神々の作り出したこの特殊な空間は、遂に崩壊してしまった。


 私とヴィルガレッドの距離が一気に狭まった。拡張された空間が元に戻った事で、私との距離も元に戻ったのだろう。

 そして空間の境界に衝突しても殴られた際の勢いは尚も衰える事が無く、再び彼との距離が開こうとしていた。


 このままヴィルガレッドが吹き飛んで何処かにぶつかってしまっては大きな被害が出てしまう。それでは折角神々が特殊な空間を作ってくれた意味が無くなってしまう。


 ヴィルガレッドが離れてしまう前に彼の尻尾を掴んで、吹き飛ぶ勢いを抑える。


 「んがぁあああああっ!!」


 尻尾が千切れる事なく吹き飛ぶ勢いを殺す事が出来たのは良いのだが、思いっきり尻尾を引っ張る事になってしまったためか、今までヴィルガレッドの口から聞いた事の無いような素っ頓狂な声が出る。

 彼の体から大部分の魔力が消失してしまったからか、ダメージも大きくなってしまったのだろうか?少し可哀そうな事をしてしまったか?


 「あー、その・・・大丈夫かい?」

 「ぐぬぬぬぬ・・・よ、よもやこの竜帝があのような情けない声を上げる事となるとは・・・。」


 とても悔しそうな声をしている。やはり竜帝と言う立場である以上、威厳が下がるような行為はしたくないという事だろうか。

 とは言え、ヴィルガレッドからは既に殺意も憎悪も感じていない。ルグナツァリオの依頼である、彼を落ち着かせる、という目的を達成したようだ。


 実を言うと、彼が体を縮めた辺りから大分、憤怒や憎悪の感情が消失していて、それ以降は純粋に私との戦闘を楽しんでいる様子だったのだ。

 ヴィルガレッドも本気で戦う事は無かったと言っていたし、彼も全力で暴れられた事が楽しかったのかもしれない。


 「少しは落ち着いた?思いっきり暴れて、スッキリしたんじゃない?」

 「フッ・・・。アレだけ暴れておいてなおも余裕そうだな、幼き姫よ。全身全霊で力を振るったせいで、怒りも憎しみも消え失せてしまいおったわ!」


 良かった。子供を失った事に未だ思うところは当然あるだろうけれど、どうやら人間達を滅ぼす気はもうないようだ。何か吹っ切れたような気配を感じる。


 そしてどういうわけかヴィルガレッドが私に向ける感情に強い親しみを感じる。いやまぁ、私も盛大に自分の力を受け止めてくれた彼に対して強い親しみを覚えてはいるのだが、彼からは私とは違い、どこかこう、暖かいものを感じるのだ。


 「子が・・・我が子が健やかに育っていてくれたのならば、こうしてお互いの力を比べあう事もあったやもしれぬな・・・。」

 「貴方には、他に子供はいないの?」

 「生まれたばかりの幼いそなたにはまだわからぬか。強い力を持った子を宿すには、それ相応の強い母が必要なのだ。余の力を引き継いだ子を授かれる番は、今はもう、いない。」

 「そっか・・・。」


 ヴィルガレッドは途中から私との戦いの中で我が子との触れ合いを想像していたのか。彼の力を受け継いで育ったのならば、全力とは言わずとも彼と力比べぐらいは出来たのかもしれない。


 ああ、そうか。ヴィルガレッドから感じるこの暖かい感情は、愛情か。子を想う親の感情。

 彼は、私の事を娘のように思っていたのか。


 ・・・・・・・・・不思議と、悪い気はしないな。

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