第335話 グラシャランと話そう!

 グラシャランが私の存在に気付けた理由は、以前ヴィルガレッドと戦った後に行った会話が原因だった。あの時、ヴィルガレッドに問われるままに自分の魔力色数を教えたことで、その時の魔力をグラシャランに感知されていたのだ。


 「我だけでは無いぞ?この大陸にある領域の主ならば、あの時に姫君の魔力を感じ取っているでな」

 「そうだったんだ…。ところで、グラシャランとしてはそんな領域の主が領域の外へ出ることに、何か思うことがあったりする?」


 グラシャランもヴィルガレッドも、どうも自分の住処から動くような様子を見受けられないからな。

 私が"楽園"から出たのは人間の技術や知識に興味を持ち、それを手に入れたいと思ったからだが、やはりそういった事例は極めてまれな事だったりするのだろうか?


 まぁ、咎められようともやめる気はないし、グラシャランは歓迎してくれているのだから、咎められるような事は無いと思うが。


 当のグラシャランと言えば、空を仰いで大きく笑っている。全長20mを超える巨体が大笑いをするものだから、空気の振動が凄いことになっている。

 結界を張っていなかったら、今頃"ダイバーシティ"達も『快眠』の効果を打ち消されて目を覚ましていたかもしれない。


 「わっはっはっはっは!心配することはないとも!先も言った通り、我は貴女様を歓迎する!それにな、我も若い頃は領域の外へ出て、別の領域に顔を出したものなのだ!領域の主同士の交流と言うのも、

なかなかに楽しいものだぞ?」

 「ひょっとして、他の領域の主も、領域の外に出たりするの?」

 「皆が皆、そうとは限らぬがな。貴女様も知る通り、かの竜帝カイザードラゴン様はあの時初めて領域の外に御顕現なされたほどだ」


 グラシャランは人間達の言うところの大魔境にあたる領域の主に対しては強い敬意を抱いているようだな。

 なら、ついでにもう一つ聞かせてもらおうか。


 「この大陸にある、ヴィルガレッドや私以外の、もう一つの大きな領域の主については何か知ってる?」

 「うむ!あの領域の主もまた、面白いぞ?あの偉大な領域は、人間達の文明が滅びた際に、時間をかけて形成された経緯があるわけだが、その最深部には人間達の作り出した巨大機械ながあってな。それが膨大な魔力に宛てられて命を持ったのだよ!」


 機械、というのは、魔術具のような物だろうか?それも"ヘンなの"や"魔導鎧機"のような、非常に複雑な構造をした…。いや、古代遺物アーティファクトの可能性もあるな。

 なにせ今話題にしている大魔境"夢の跡地"となった元の文明は、古代遺物によって栄えた文明の筈だからな。


 古代遺物の技術を用いて作られた巨大な兵器が魔物化して、それが大魔境の主となったと考えれば説明は付く。


 果たしてどのような性格をしているのだろうな。会って話をしてみたい。


 「一言で言うのであれば、あの御方は堅物だ。一度自分で決めたことは滅多な事では曲げようとせぬ。そのおかげで、人間達と友好的な関係を築けそうだった状況が一転して不仲になってしまってな…」

 「それじゃあ、人間と親しくしている私とは仲良く出来そうにないかな?」


 むぅ…。"夢の跡地"の主は人間と敵対関係でいるようだ。そうなると、私とも友好的な関係は築けなさそうだな…。


 残念に思ったのだが、少し違うらしい。


 「なに、不仲と言っても不俱戴天の仇というほどの関係でもない。領域に入らなければ人間に対しては不干渉でいるようだ。それに、貴女様に対しては敵対関係を取ろうとはしないと思うぞ?」

 「それは、彼も私が何者かを理解しているから?」

 「うむ!我ですら認識できたのだ。あの御方が分からぬ筈もなし!ああ、それと、あの御方は精神上は女性である。ゆえに、彼女と呼んだ方が良いぞ?そういうところはかなり気にする御方のようだからな」


 なんと。生物学的に性別は無いが、精神はまた別、と言うことのようだ。私に対しては敵対しないようだし、失礼のないようにしておこう。


 それにしても、グラシャランは"夢の跡地"に足を運んだわけでも、そこの主に直接会ったことがあるわけでもないようだな。それにしては色々と知っているようだが…。他の魔境の主から聞いたのだろうか?


 「うむ!我がまだ若い頃にな!ざっと3000年ほど前の話である!故に今はどうなっているかなど分からん!」

 「案外、今も変わっていなかったりしてね」


 "夢の跡地"に関する記録は、私が知る最も古い記録から今まで、まったく変化が無いのだ。昔から一切変化がなくても、不思議ではない。

 まぁ、変化があっても不思議ではないが。


 やはり一度会ってみたいな。色々と面白い話が聞けそうだ。その際には、なるべく敵対しないように発言には気を付けよう。



 その後もグラシャランと魔境のことについて教えてもらっていたのだが、一通り彼の知る魔境の話が終わったところで私のこと、ではないな。今回の訪問理由について訊ねられた。


 「ところで、貴女様はなかなかに面白い試みをしているようだな?この辺りであれほどまでに活気に満ちた人間を見たのは初めてである!」

 「人間達に関して言えばついでだね。私の本来の目的は、ランドドラゴンを鍛えることだから」


 人間にとって、"ワイルドキャニオン最深部"は魔力濃度の差はあれど、危険度で言うならば"楽園浅部"とそれほど変わらないようだからな。

 今回の"ダイバーシティ"達のように和気あいあいとした雰囲気など、グラシャランも目にしたことがなかったのだろう。


 とは言え、それは私がキャンプという体験を楽しみたかったからだし、ランドドラゴンを鍛えている最中に"ダイバーシティ"達に何もさせないではあまりにも時間がもったいないと感じたからである。

 彼等には悪いが、人間達やランドラン達への修業は、あくまでもついでなのだ。


 「ふむ…。それにしては、人間達の方を重点的に面倒を見ているようだが?」

 「ランドドラゴンは相応の負荷を掛けておけば放っておいても自分がどうすれば強くなれるのか分かっているみたいだからね。だけど、人間達はそうでもないんだ」

 「ふっふっふっ…!確かに、あの小僧には指導など必要なさそうだな。今日も随分と暴れておったわ!」

 「迷惑だった?」


 楽し気にランドドラゴンのことを語ってはいたが、小僧と呼んだことに若干の悪意があったような気がしたのだが、そういうわけでもないようだ。

 今日のあの子の活動に対して、グラシャランに不快に思ったかどうかを聞いたのだが、答えは否だった。


 「いやなに、随分と小生意気なヤツが来たものだと思ったまでよ!分かっているのであろう?あの小僧如きでは、貴女様を乗せるには力不足だと」

 「だからこそ鍛えているのさ。あの子だって、今の自分が役者不足だってことぐらいは承知しているよ。見込みはあるのだから、贔屓にしたっていいじゃないか」


 人間達からすればランドドラゴンも強力な魔物だし、騎獣としては破格の強さなのだが、グラシャランからすれば小生意気な小僧扱いである。


 確かに、あの子は生まれて間もない子供、たったの3才である。ドラゴンとして考えれば、子供も子供である。

 まぁ、それを言ったら私など赤子も同然なのだが…。私の場合は生まれながらにしてこの状態、成長した状態なので、少し扱いが変わるのだ。


 それはそれとして、だ。そんな子供が私のために一生懸命に頑張ってくれているのだ。可愛がらないわけがないだろう。


 「わっはっはっはっは!いやすまん!気を悪くしたのなら謝ろう!悪かった!我とて、あの小僧がどのような姿になるのか気にはなっているのだ!」

 「それなら、貴方にもあの子達を鍛えるのを協力してもらっていい?」


 お気に入りのランドドラゴンのことを軽く見られたような気がしたからか、少し気が立ってしまったようだ。ほんの少しだが、グラシャランから焦りと動揺が感じられた。

 すぐに謝ってくれたし、私としてもいささか大人げない反応だったかもしれない。先程のやり取りは水に流すべきだな。


 それはそれとして、相手が下手に出てくれているのだから、交渉をするのなら今の内だろう。

 ランドドラゴンを含め、彼等の修業を手伝ってもらうように交渉してみた。


 「いいとも!実を言うとな、人間と関わる機会など滅多にないから、貴女様からそういった提案が来ないものかと心待ちにしていたのだ!」

 「グラシャランって、意外と人間が好きだったりする?」

 「愉快な生き物だとは思っているぞ!だが、我からすればあまりにも小さな命だ。扱いに困る生き物でもあるな」


 愉快、愉快かぁ…。一応、魔物の観点から見れば、グラシャランは人間にとってかなり友好的な存在なのだろうな。人間達がどう思うかはまた別の話になるが。


 思った以上に簡単に修業への協力を取り付ける事ができたし、後は気のすむまで話をするとしよう。


 あ!そうだ。折角だから、グラシャランにもオーカムヅミの果実をおすそ分けしよう。彼ならば食べても問題無い筈だ。


 「これ、私の家の周りに成っている果実なんだ。良かったら食べて?」

 「おお!これはかたじけない!有り難くいただこう!と、言いたいのだが…我にはあまりにも小さすぎないか?」


 おっと、確かに今のままではグラシャランにはオーカムヅミの味など何もわからないだろう。

 ここはヴィルガレッドに教わった肉体縮小の技術を教えておこう。



 肉体縮小の技術をグラシャランに教えて3時間。彼の体は10分の1ほどのサイズまで縮小し、大柄な人間とそう変わらない体型となっている。


 「コレは…便利そうではあるが、使い時が分からぬな…。強いて上げるのならば、貴女様から頂戴した果実を食べる時ぐらいか?」

 「その技術を編み出したヴィルガレッドが言うには、自分よりもずっと小さくて自分と戦えるだけの力を持ったものと戦う時のための技術だそうだよ?」

 「確かに!あの竜帝様は山ほどの大きさがあるからな!納得がいく!しかし、この果実…!随分と…!皮が固い…な…!」


 オーカムヅミを手にしたグラシャランは、果実を手で2つに割ろうとしているのだが、なかなかうまくいかないようだ。

 あのヴィルガレッドをして固いと言わしめた果実の外果皮だ。如何に魔境の主と言えど、そう簡単に外果皮を破壊することはできないようだ。


 「良ければ切り分けるよ?」

 「む!………!」


 果実を食べてもらうために、切り分けることを提案したのだが、何故か黙ってしまった。そして静かに唸っている。

 何かを物凄く悩んでいるようだ。一体何に悩んでいるのだろう。


 「~~~~~っ!いや!遠慮させていただく!我とて領域の主!自力でこの皮を破壊して、この果実を味わって見せるとも!」

 「…それなら一応言っておくけど、魔術や魔法による非物質による破壊方法は、魔力を吸収されてしまって効果がないからね?」

 「ぬぅっ!?」


 指に魔力を込めて鋭利な爪を形成して外果皮を破壊しようとしていたので、念のためグラシャランにオーカムヅミの特性を教えておいた。

 そういった能力が備わっていたとは知らなかったようで、非常に驚いている。というか、危うく魔力を吸われかけていたな。


 「な、ならば…とっておきを使わせていただく…!…コォオオオオオッ!!」


 気合の入った呼吸をしたかと思えば、グラシャランの右の掌には、極薄の円盤が発生していた。

 円盤の正体は水である。水を非常に薄い板状にして、超高速回転させているのだ。


 「…づぅぇいやぁああああーーーーーっ!!!」


 左手でオーカムヅミの果実を宙に放り投げると、雄たけびを上げながら全身全霊の力でもって、円盤を果実に向かって投げつけたのである。


 結果、綺麗に両断されたオーカムヅミの果実が、グラシャランの目の前に落下することになった。お見事。


 多分、そこまでしなくても、あの超高速回転させた水の円盤を当てるだけでも果実を切断することはできたと思う。

 ただ、グラシャランは自分の実力を私にみせたかったのだろう。これも魔境の主の矜持というヤツなのだろうか?


 ルイーゼがもっと強引な方法でオーカムヅミの果実を両断していたが、それはこの方法を知らなかったからだと思う。

 彼女ならば今の攻撃も出来るだろうし、今度会ったら教えてあげよう。オーカムヅミも今度渡してあげるつもりだから、役立ててくれる筈だ。


 「ふぅ…ふぅ…い、いかがであったか!?我が奥義は!?」

 「うん。素晴らしい威力だったよ。今の技、友達に教えてもいい?」

 「むぅ!?あ、貴女様ならばともかく、教えて出来るような人間が、他にいるというのか!?」

 「人間ではなく魔族だし、魔王だけどね」


 奥義と言うことはあの水の円盤が彼にとってのある種の最大の威力をもった攻撃なのだし、容易に真似をされたら悔しくもあるのだろう。

 教える相手の正体を伝え、彼女は純粋な手刀でオーカムヅミを両断していたことも教えておこう。


 「脅かさないでいただきたい!彼女ならば文句はない!何せ彼女は下手な領域の主よりも遥かに強者だからな!我はてっきり、人間に教えるのかと思ったぞ!」

 「人間に今のは、例え原理を知っていても無理だろう」

 「違いない!わっはっはっはっは!」


 使用後に息切れしていたように、あの水円盤はグラシャランでさえかなり消耗してしまう。人間が同じ原理を用いた攻撃を行っても、今のような威力は出ないだろう。

 例え出来たとしても、達人が鉄の塊を切り裂く程度が限界だろう。半端な実力では、それすらままならない筈だ。

 まぁ、それでも人間相手に使用する場合はいささか威力があり過ぎるので、教えないでおくことにしよう。



 その後、真っ二つになったオーカムヅミの果実を食べたグラシャランの反応は見ものだった。

 体を縮小しているというのに、本来の巨大な姿の時以上の大きな声で叫びながら味を絶賛していたのだ。空気の振動が凄まじく、水面が激しく波打っていた。


 時間は既に午前5時。早速今日から修業の協力をグラシャランに頼み、私はキャンプ地へと戻ることにした。


 ここからレイブランとヤタールに起こしてもらうまでの1時間。何をするかと言えば、勿論睡眠である。

 今から眠って起きられるのかという疑問があるかもしれないが、問題無い。私の体に効果を限定して、『時間圧縮タイムプレッション』使用するのだ。

 指定した時間に自動で魔術の効果が切れるように設定しておけば、熟睡した後、丁度良い時間にレイブランとヤタールが私を起こしてくれるという目論見である。

 この方法を思いついていたからこそ、私は深夜にグラシャランに挨拶しに行くことを決めていたのだ。


 魔術の効果が切れるタイミングを午前5時50分に設定し、自身に『時間圧縮』を施して寝袋に入る。


 私の寝袋は"ダイバーシティ"の女性陣と同じテントにあるわけだが、彼等は全員私の『快眠』によって強制的に熟睡中である。物音を立てたりして起こしてしまうという心配もない。


 では、寝袋に入り、その寝心地を確認させてもらうとしよう。


 おやすみなさい。

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