第334話 お風呂上がりにこれ一本!
女性陣ととりとめのない話をしている一方で、私は6体の幻を発生させて甲斐甲斐しくランドドラゴンとランドラン達の体を洗っていた。
あらかじめ浴槽に入る前に体を洗うから待機していて欲しいと伝えれば、あの子達は皆洗い場で待機してくれていた。素直でいい子達だ。
幻を出現させた時には驚かれたが、自分達と同じ数の私、つまり一体ごと丁寧に体を洗ってもらえるとわかると、彼等は一様に喜びの鳴き声を上げた。
「きゅ~、ぐきゅ~」「くきゃ~」「グキャウ!グキャウ!」
「うんうん、隅々まで綺麗にしてあげるからね。今日一日お疲れさま。明日も沢山走ってもらうことになるけど、大丈夫かな?」
「「「「「くきゅーーーっ!」」」」」
体を洗われて気持ちよさそうに、嬉しそうにしている姿が本当に可愛らしい。そこにランドドラゴンもランドランも、何の違いはなかった。
体を洗いながら明日の予定について話せば、皆元気に返事をしてくれた。問題無いようだ。体を撫でながらお湯で体を流してあげるとしよう。
ランドドラゴンの様子も問題無い。帰って来た時には体中に傷が見受けられたが、自己再生能力を持っていたためか、既にほとんど治りかけである。この分なら浴槽に浸かり、風呂から出るころには完治してそうだな。
「明日も沢山戦うことになる。ゆっくり体を休めてね」
「グキャウ!」
「さて、十分綺麗になった事だし、もう浴槽に浸かって良いよ」
体を洗い終わり、浴槽に浸かる許可を出せば、ランドドラゴンもランドランも勢いよく浴槽へと駆け出していった。十分に温まったら上がると良い。
あの子達の体も洗い終わった事だし、幻を消そうかと思ったのだが、ランドドラゴンとランドラン達から視線を向けられていることに気付いた。
どうやら私も一緒に浴槽に浸かって欲しいようだ。皆して首をかしげて、[一緒に入らないの?]と言いそうな表情をしている。
そんな顔をされたなら、入らないわけにはいかないじゃないか。
皆から望まれているのだから、少し狭くなってしまうが、私も浴槽にお邪魔させてもらおうとしよう。
幸せである。
ランドドラゴンやランドラン達と密着しながら浴槽に浸かっている今のこの状態。実に至福である。よもや、家の広場以外でこんな生活を送る事ができるとはな…。本体の私の表情も自然と緩むというものだ。
「ふふ、ノア様も幸せそうですね…」
「当然だとも。私は風呂という存在を知ってからというもの、極力風呂には毎日入るようにしているぐらいには、風呂好きなんだ」
「気持ちいいですもんねぇ…」
「あんま入り過ぎるとのぼせちまうけどな」
私が幸せな表情をしている理由は、可愛い動物達と一緒に風呂に入れているからなのだが、それを彼女達に正直に話す必要はない。適当に話を合わせておこう。嘘は言っていないしな。
ところで、私は風呂に浸かって以降、のぼせるという事態に陥ったことがない。
だが、お湯の温度に慣れてしまうとあまり気持ちよくなくなってしまうのは知っている。そうなった時が私が風呂を上がるタイミングだ。
「そうだね。そろそろ湯の温度に慣れてきてしまったから、あまり快感を得られなくなってきたし、上がるとしようか。貴女達はどうする?」
「のぼせるかのぼせないかじゃなくて、そういう感覚なんですね…」
「私達も上がろうか」
「だな。…あー、そのぉ…ノア姫様?」
「なに?」
私と同じタイミングで彼女達も風呂から上がるようだ。それと同じくして、アジーが何か私に聞きたい事があるらしい。いや、聞きたいことというよりも、要望か?
「図々しいかもしれないんスけど、風呂上がりに冷たい飲み物とか、あったりしません?」
「アンタ、本当に図々しいわね…。これだけのことしてもらって、まだ何か貰おうとしてるの?」
「アジー…」
やはり要望だったようだ。風呂上がりに冷たい飲み物を所望してきた。
アジーの態度はごく普通の物だとは思うのだが、ティシアやココナナからは無遠慮だと思われたようだな。2人してアジーを責めている。
まぁ、立場が上の人物にねだる行為は、あまり褒められたものではないだろうから、彼女達の反応も当然といえば当然か。
というか、風呂上がりに冷たい飲み物が欲しいのは、ティシアとココナナだって同じの筈だ。
「やっ!そうは言うけどよぉ!ここまで来たら欲しくなるだろ!?期待しちまうだろ!?ノア姫様だったら冷たい水ぐらいなら楽勝だしよぉ!」
「だからって直接聞く人がいるかって話よ!大体冷たい水ぐらいなら自分で用意できるでしょ!」
「気持ちは分かるが、そういうのは黙っておくものだろう。ノア様から用意してもらったら、その時は遠慮せずに受け取れば良いとは思うがな」
「ほら見ろ!お前等だって考えてることは一緒じゃねぇか!」
「それはそれ!コレはコレよ!」
私に聞こえないように少し離れた場所で言い合っているのだが、私の聴力ならばまる聞こえである。
正直風呂での気分が台無しにされかねない。こんなことならば、事前に風呂上がりに冷たい飲み物を用意してあると伝えておけばよかったな。
まぁ、好きにやらせておこう。冷たい飲み物を用意してあると伝えてもいいが、既に風呂から上がっている者を待たせるわけにはいかない。
スーヤとエンカフは風呂から出て、薄着で夜風に当たりながら火照った体を冷やそうとしていたのだ。
それも気持ちよさそうだが、やはり風呂上がりには冷たい飲み物である。2人の体が冷えてしまう前に渡してあげるのだ。
「2人共早いね。危うく渡すのが遅くなるところだった」
「ほぇー…。お風呂上がりのノア様って、一層綺麗に見えますねぇ…」
「『姫君』様、渡すのが遅くなるというのは?」
スーヤは遠慮なく今の私の姿を褒めているのだが、その様子をエンカフが黙って肘で小突いている。
スーヤとアジーの関係を知っているのなら、彼女に今の発言を聞かれた際に強く問い詰められると分かっているのだろう。
まぁ、そのアジーはティシアとココナナと未だに討論を続けているのだが。
それはそれとして、『収納』からガラス瓶を3本取り出し、そのうちの2本をスーヤとエンカフに渡す。1本は当然私のものだ。
「体の治癒能力を高める飲料だよ。私も錬金術は少しだけティゼミアで習ったことがあってね。その時の知識を元に作ってみた。どちらかと言うと味を重視しているから、効果はそれほどないのだけどね」
「うはぁ!冷た!お風呂上がりにコレは物凄く嬉しいです!」
「ほぅ…!リジェネポーションですか…!存分に消耗した後にたっぷりの食事と風呂による疲労の回復。更にコレによって治癒能力そのものを高めることで肉体の成長も早める…。つくづく至れり尽くせりな修業ですね…!『姫君』様への感謝と共に、遠慮なくいただきます…!」
流石はエンカフ。錬金術師だ。一目見て私が渡した瓶の中身を当ててしまった。そしてその効果による狙いも正確に把握しているようだ。2人共遠慮せずに瓶の中身を一気飲みする。
「っぷぁあああーーー!火照った体に冷たくて甘い飲み物が効くぅ~~~っ!」
「これだけの効果を維持しながら、味も良いとは…!お見事です、『姫君』様」
効果も味も、エンカフからしてみれば及第点を超えていたらしい。純粋に冷たい飲み物を楽しむのではなく、ポーションの効能を検証している辺り、根っからの研究職なのだな。
では、私もいただくとしよう。私には治癒能力を高める薬など必要ないのだが、どうせなのだから同じ物を飲ませてもらうことにした。味としては複数の果物を組み合わせた味となる。
カンディーの風呂屋に会ったフルーツミルクの味がリジェネポーションでも再現できれば言うことはなかったのだが、ミルクを加えるとどうしても治癒能力を高める効果が失われてしまっていたので、今回の目的を考慮して、味の再現は断念した。
やはり、いい。火照った体に冷たい飲み物と言うのは病みつきになる。
実際のところ、この快感を味わうために風呂に好んで入る者だっているんじゃないだろうか?まぁ、風呂自体が気持ち良いから、どちらの快感も得たいという者が殆どだとは思うが。
私が冷えたリジェネポーションを堪能しているところで、ようやく女性陣が風呂場から出て来た。
そしてスーヤとエンカフがガラス瓶を手にしているところ確認して悲鳴のような叫びをあげている。
「あーーーーーっ!!?何か飲んでるーーーっ!!」
「ちょっ!あんまりだぜ!アタシ達にも下さい!」
「こんな事なら下らない言い争いなんてしなければよかった…!」
ティシア達3人も当然のようにリジェネポーションを要求して来る訳だが、口論をしている間に、彼女達の体はやや火照りが冷めている。これでは風呂上がりの冷たい飲み物による快感を十全には味わえないだろうな。
瓶の中身を飲みはしたが、3人ともその表情はあまり嬉しそうではない。何か物足りない、と言った表情である。
「美味ぇ。美味ぇのは間違いねぇけど、火照りが冷めちまったからチクショウ…!美味さがいまいちだ…!」
「…もう一度お風呂に入ってこようかしら…」
「「!その手があったか!」」
風呂上がりに飲む冷たい飲み物の快感を得ようとするために、ティシアがもう一度風呂に入ると呟いたのだが、このままだともう一度リジェネポーションをねだられそうなので、注意しておこう。
「風呂に入るのは勝手だけど、今渡したのは一応薬に分類されるから、渡すのは一日一本までだよ?」
「「「……(ガクッ)!」」」
そこまで落ち込む者なのだろうか?明日以降も同じ物を用意するのだから、落ち込むほどのことではないと思うのだが…。まぁ、いいか。
さて、時刻は午後9時。夜はまだまだこれからである。だが、ここから先は体を休める時間だ。しっかりと体を休めて、明日には万全の状態になってもらわなければならないからな。
「これから0時までの6時間は自由時間にするよ。と言っても、体力を消耗するような行為は止めさせてもらうけどね。明日に備えてじっくり体を休ませてるんだ。そこからは魔術によって朝の8時まで強制的に眠ってもらう。目が覚めて朝食を取ったら、本格的に修業開始だ。修業の内容はさっき風呂場でティシア達に伝えているから、スーヤとエンカフは彼女達から聞いておくように」
「魔術による強制就寝かぁ…抵抗とかできないんだろうなぁ…」
「やるだけ無駄だろうな。魔力量が、文字通り桁違いなのだ」
「眠れないかもしれないんだから、むしろありがたいじゃない。それと、明日以降の修業の内容を説明するから、聞いておきなさい!」
さてと、"ダイバーシティ"達は明日の修業の内容を話しながら体を休ませるだろうし、私は今のうちにやるべきことをやっておこう。まずはココナナの"
まぁ、この作業はすぐに終わる。人間達からすれば結構な魔力量ではあるが私からしたら微々たる量だからな。10秒も掛からずに補充が終わった。
まぁ、魔力を込める勢いが強すぎると"ヘンなの"の時のように壊れてしまう恐れがあったので、少し慎重になったし緊張したのは"ダイバーシティ"達には秘密である。
次だ。国の案内やランドドラゴン、そしてカレーライスの紹介に対する、私からの報酬の作製だな。何を作るかはもう決めている。
ちょうどこの国に来る途中にテュフォーンという強力な魔物を斃して素材を回収していたのだ。テュフォーンの素材は、冒険者である"ダイバーシティ"達にとって非常に高品質な装備となる筈だ。
彼等は既に自分達に合った強力な装備を所持してはいるが、予備の装備にでもしてくれればいいだろう。それに、防具に関しては今装備している物よりも断然良い装備になりそうだしな。
彼等の適正に合った武器を一つずつと、サイズに合った防具を一式そろえてやればいいだろう。テュフォーンは巨大な魔物だから、余裕をもって製作可能だ。
渡しすぎかもしれないが、武器はともかく防具は明日以降の修業を耐え抜くためにも必要になる筈だ。正直、今の彼等の防具ではこの辺りの魔物の相手は危うかったりするのだ。
特にグレイブディーアのオス。あの角の突撃には誰も耐えられそうもない。ココナナの"魔導鎧機"ならばぎりぎり耐えられるかもしれないが、装甲が貫通してしまった場合、中にいるココナナは間違いなく無事では済まない。
修業を確実で安全なものにするためにも、彼等にテュフォーン素材の防具を作って明日渡しておくのだ。
装備の制作に夢中になってしまったのか、気付けば既に時間は0時近く。そろそろ"ダイバーシティ"達を強制的に眠らせる時間だ。
その筈だったのだが、彼等は既に寝袋に入って熟睡していた。余程疲れていたのだろう。ゆっくりと休むといい。
途中で目が覚めてしまわないように、念のため『快眠』の魔術を施してから、本日(既に日は跨いでいるが)の最後の目的を果たすとしよう。
ランドドラゴンやランドラン達も熟睡していること、そして結界も問題無く機能していることを確認したら移動開始だ。
"ワイルドキャニオン"を移動してから今の今まで、グラシャランの敬意が込められた魔力は未だに私にのみ向けられ当てられていたのだ。つまり、彼はまだ就寝していないのだ。というか、そもそも彼は就寝するのだろうか?
まぁいい。とにかく、グラシャランの住処、"ワイルドキャニオン最奥"まで行くとしよう。
そこは、半径1㎞ほどの湖だった。水深は約20m。湖の底の至る場所から、絶えず魔力の籠った水が大量に湧き出ている。"ワイルドキャニオン"が勢いのある川となっている理由だ。
湖の上を魔力の板を生み出して渡って中央付近まで歩いて行くと、そこでようやく湖の端から巨大な水棲人の上半身が現れた。
グラシャランだ。聞いていた以上に大きいな。全長は20m近くあるんじゃないだろうか?伝承の時よりも成長したのだろうか?
そんなことを考えていると、グラシャランから声を掛けられた。
「偉大なる領域の姫君よ!よくぞ我が領域にお越し下さった!歓迎しよう!」
「こんばんは。魔力は抑えていたのだけど、やっぱり貴方には私が何者なのか分かるんだね?」
やはりグラシャランには、私が"楽園"の主であることがバレていたようだ。
その理由を含めて、色々と話をしてみよう。
幸い、友好的な関係を築けそうだしな。
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