第333話 自作の風呂に入る!

 食事も終り、次は風呂の時間…になる筈だった。


 今、私の目の前には、腹部に両手を当てて顔を青ざめている"ダイバーシティ"達の姿がある。悲しいことに、5人全員だ。


 「だから言っただろう?腹を壊さないように注意するんだよって」

 「だ、だって…滅多に食べられない、超高級スイーツだし…!」

 「食べ放題ってなったら、例え腹が壊れることになっても…食いてぇっス…」

 「おなか…痛い…!ゴロゴロする…っ!」

 「ぬかった…っ!」


 まったくもって嘆かわしい。

 食べている時は平気そうにしていたし、大丈夫だと思っていたのだが、まったくそんな事は無かったのである。

 尤も、私も私で制限無く望まれるままにパルフェを提供していたのも、彼等が腹を押さえている原因の一つではあるのだが…。


 言い訳をさせて欲しい。私と人間達の体の作りが違うのだから、彼等がどれぐらいで腹を壊すのか、勝手がわからなかったのだ。

 それに、私が作った物でとても喜んでくれている様子を見ると、つい要望に応えたくなってしまったのだ。


 今後も望むのならばパルフェを用意はするが、渡す数には制限を掛けておくことにしよう。我ながら甘いとは思っていはいるが、特に不都合をしているわけではないので良しとする。


 なお、私ならば"ダイバーシティ"達の腹痛を癒すことなど造作もないが、彼等の腹痛は彼等の食べ過ぎが原因だ。流石に治療をしてやるほど甘やかすつもりは無い。

 食べ過ぎたらどうなるのか、身をもって知ってもらおう。


 「と…トイレ…っ!」

 「んな場所に…ある分けねぇだろうが…!」

 「くっ…!駄目だ…っ!い、痛みで魔術陣が構築できん…!」


 しまった…。私には必要がなかったから、トイレを用意しておくのをすっかり忘れていた。

 ランドドラゴンもランドラン達も、そして"ダイバーシティ"達も、排泄行為を行うのだ。いい加減な場所にあちこち排泄をされたら後の処理が面倒臭いし、なにより不衛生だ。


 『清浄』の効果を持った魔術具を手早く複数製作し、風呂場や食事場から少し離れた場所に複数穴をあけ、穴の中に魔術具を設置しておく。これで排泄物の処理は問題ないだろう。

 ランドドラゴンやランドラン達には大きな穴を用意してそこに排泄するように言っておけば言うことを聞いてくれるだろう。


 後は人間用の仕切りだな。これも風呂場を作る際に余った木材を使用すればいいだろう。手早く人数分の穴の周囲に溝を作り、そこに木の板を刺していく。後は入り口が隠れるように布を取り付けて外部から見えないようにすれば良いだろう。簡易トイレの完成である。


 「トイレを設置したから、出すものはそこで出すように」

 「う、うぉおおおっ!!」

 「た…助かった…!」

 「メシよりも…パルフェよりも…コレが一番ありがてぇ…!」

 「ホントすみません…!そしてありがとうございます…!」

 「人数分用意して下さるとか…!ノア様は女神なのか…っ!?」


 トイレを設置したことを"ダイバーシティ"達に告げれば、彼等は身をよじりながら早速トイレへと駆け込んでいった。今のうちにランドドラゴンとランドラン達にもトイレのことを教えておこう。


 それとココナナ、私は神ではないからな?



 全員スッキリとしたところでようやく風呂である。時間は午後8時。7時30分ごろまで夕食を取っていた事を考えると、相当腹痛に悩まされたようだ。

 ひとまずはパルフェの量に制限を設けることは伝えておこう。


 「今後はパルフェは一人につき2つまでにするよ」

 「…はい…」

 「まぁ、しょうがないよねー」

 「あー、でも毎日のように食えるって思えば、そんなに悪くねぇのか?」

 「そもそも本来ならば、何度も食べられる料理じゃないからな」

 「うう…。好きなものをいくらでも食べられるノア様が羨ましい…」


 残念がってはいるが納得はしてくれているようだ。まぁ、食事の後は毎回トイレに駆け込むような姿など、見られたくは無いのだろうからな。


 話もまとまったところで皆で風呂である。勿論、ランドドラゴンもランドラン達も風呂に入る気満々だ。

 あの子達はお湯に浸かる経験は無かったようなのだが、お湯を浴びると気持ちが良い事は知っているようだ。

 今のように冬の季節に人間達に体を洗ってもらう時は、水ではなくお湯を使用するからだ。


 お湯を浴びることが気持ちいいと感じられるのならば、きっと風呂も大丈夫だ。そして私がお湯を使って丁寧に洗ってあげるのだ。


 風呂場に案内した際の"ダイバーシティ"達の反応はやや困惑した様子である。何か問題があっただろうか?


 「あ、あの…脱衣場ってないんですか…?」

 「必要ないだろう?」

 「え、ええ…?」

 「じ、じゃあ脱いだ服とかは…?」

 「貴方達全員『格納』が使えるのだから、脱いだ衣服はそっちに仕舞えばいいじゃないか」


 私は今女性陣に説明した理由から、脱衣場を用意していない。

 確かに『格納』は高等魔術ではあるが、それでも彼等の魔力と魔術の技量ならば大した消耗では無いのだ。我慢してもらおう。


 そういえば、彼等は洗面用具を持っているのだろうか?『格納』に衣服を仕舞うという考えを思いつかなかったところを考えると、少し不安になってきた。

 汚れは『清浄』を用いて除去しているが、それでもやはり洗料を使って身体を洗ってから風呂に入ったた方が、気分が良いのだ。石鹸を使用すれば、肌の質も良くなるからな。


 「で、貴女達は洗面用具、持ってる?」

 「「「………」」」


 なんてこった。3人とも持っていないのか。この分だと男性陣もか?

 いや、エンカフは研究熱心な錬金術師なのだ。洗料の一つや二つ、作っていたりしないか?彼等が洗料を持っていないのは別に構わないのだが、彼女達の視線を浴びながら私だけ洗料を使用するのは、流石に気が引けてしまうのだ。

 まぁ、気が引けてしまうだけで、所持していないのなら私1人で使用するが。


 男性陣もまだ服を脱ぎ切ってはいないだろうから、声を掛けてこよう。


 「エンカフ、高級品でなくても良いから、洗料を作って保存してたりしない?」

 「どっ!?ふぉっ!?のっ!はぁっ!?」


 エンカフの元に洗料の有無を訊ねれば、やはり服を脱ぎ切っていなかったため半裸の状態だった。が、私に声を掛けられた途端、見たことがないぐらい驚いて転んでしまった。


 それほど動揺することだっただろうか?同じく半裸のスーヤは驚いてはいるがそれでも平静を保っているというのに。


 ちなみに、私は別に服を脱いでいるわけではない。彼等が私と会った時から何も変わっていない状態だ。


 「だらしないなぁ…。いい年して彼女の1人も作らないからだよ?」

 「や、やかましい!服を脱いでる最中にいきなり突撃されたら誰だって驚くわ!」


 その言い方だと、スーヤには交際相手がいるような言い方なのだが…。

 いるんだろうな。スーヤは矮人ペティームであるがゆえに外見は庸人ヒュムスの少年のように見えるが、実年齢は22才。既にれっきとした大人だ。


 まぁ、スーヤの交際相手のことは入浴中に女性陣に聞けばすぐにでも分かる。それよりも今は洗料である。


 「それで、エンカフは洗料を持っていない?私はともかく、彼女達が持っていないようでね…」

 「あー…」

 「ど、どうぞ!持って行ってください!それと、アイツ等にはこの貸しは高くつくとも伝えて下さい!」

 「ありがとう。邪魔をしてすまなかったね。ゆっくりと温まるといいよ」


 やはりエンカフは洗料を所持していた。固形石鹸のようだな。渡された量では3人の1ヶ月分には足りないので、後で作り方を教えてもらうか、エンカフに作ってもらおう。


 洗料の問題も解決し、体を洗料で洗い湯に浸かると、体の中から自分にとって不要な何かが抜けていくような感覚に陥る。

 私には実際にそのようなものは無いのだが、快感自体は感じられるのだ。都合の良い体である。


 なお、一緒に浴槽に浸かった3人は、疲労が抜け落ちていくかのようにだらけきった表情をしている。


 「あ゛あ゛あ゛~~~っ。まぁ~じで天国の気分だぁ~…。修業がこんな極楽で良いのかねぇ…?」

 「好きなだけ美味しい物を食べて、お風呂にも入って、夜はしっかり体を休めて明日に備えられる…。普通に考えて修業とは思われないわよね…」

 「修業の内容自体はしんどいなんてもんじゃなかったけどな…」


 気の抜けた表情で今日の修業に関しての感想を述べているが、今日はまだまだ序の口である。

 なにせ、やれたことと言えば負荷がかかった状態での魔物との戦闘だけだったからな。明日からは本格的に彼等を鍛えて行かないとな。


 「夜はこうして風呂に入って体を癒してもらうけど、明日からは午前午後と食事以外は常に体を動かす事になると思ってね?既に何をするかは決めているんだ」

 「あの…不安しかないのですが…」

 「ノア姫様ぁ、具体的に何をすんのか、聞いてもいいっスか?」


 そうだな。何も伝えないまま修業を始めても、受け入れずらいだろうし、何をするのかあらかじめ分かっていた方がいいだろう。スーヤとエンカフには、彼女達から伝えてもらおう。


 「まず最初にすることは食事だね。そうして十分に栄養を補給したら、今度は10分ほど準備運動として体を動かしてもらうよ。それが終わったら、2時間ほど密林の方へランニングだ」

 「ラ、ランニングっスか…」

 「み、密林って、あそこの、グレイブディーアが出没する密林ですか…?」


 他にランニングに適した場所はないだろう。この河原では2時間も走れるだけの距離は無いし、普通のランニングをするつもりは無いのだ。


 「他に密林がないだろう?水棲人サハギン達がいる密林はここから少し離れているし、何より地面がぬかるんでいるから、思うように走れないだろうからね。引きずられてしまう」

 「あ、あの…引きずられるって…?」

 「『成形モーディング』で魔力のロープを作るから、それを貴女達のランドランと繋げるんだ。後は、分かるね?」

 「「え゛っ?」」

 「ああ、ココナナ。分かっているとは思うけど、ランニング中は"魔導鎧機マギフレーム"は無しだ。ちゃんと生身で走ってもらうよ?」

 「ええっ!?」


 当然だろう。見たところ、"魔導鎧機"には優秀な便利な移動能力も持っていそうだったからな。

 そもそも一人だけ体をあまり動かさないというのは不公平だろう。しっかりと体を動かして体力をつけてもらう。


 「ああ、当然ランドラン達の方が貴方達よりも速いからね。大変になるだろうが、安心して欲しい。ある程度は私が貴女達を動かすから」

 「「「はいぃっ!?」」」


 少々強引になるが、慣れないうちはランドラン達に引きずられてしまわないようにある程度魔術で補助しようと思っている。

 勿論、身体能力を強化するわけではなく、強制的に体を動かすのだ。


 「ランニングが終わったら、20分間休憩をした後に昼食まで私と模擬戦だ。一対一も一体多数も両方行う。全力でかかってくるといい」

 「い、一対一ぃっ!?」

 「分かっていると思うけど、どちらも私に勝つのが目的じゃないからね?」


 今日の修業を開始する前から明日は私と模擬戦をする事を伝えてはいたのだが、一対一で模擬戦を行うとは思っていなかったらしい。

 時間はたっぷりあるし、今回は相手をする人数もそれほど大勢では無いのだ。これぐらいはするとも。

 先日シャーリィやグリューナに稽古をつけていた時も一対一で模擬戦を行っていたわけだしな。まぁ、あの2人の場合はそれを求められたからでもあるが。


 「昼食を終えて腹を休めたら、今度は2時間ほどランドドラゴンと戦ってもらうよ。ああ、心配はいらない。移動中にも説明したように、『不殺結界』を使用するから、存分に戦えるだろう。それが終わったらまた20分間休憩だ。休憩が終わったら後は今日と同じだよ。夕食の時間まで魔物と戦ってもらう」

 「今日の内容だけでもとんでもなくしんどかったんスけど…」

 「この極楽。今のうちに存分に味わっておいた方が良さそうだな…」

 「あー!止め止め!修業の話を聞いてたら気が滅入っちゃうわ!折角のお風呂なんだし、もっと楽しい話をしましょう!」


 ティシアが話を切り替えだした。これ以上修業の話を聞きたくないらしい。

 私も彼女達とは修業以外の話をしたかったし、丁度良いだろう。一通り修業の話もしたことだし、彼女の要望通り話の内容を変えるとしよう。


 「それなら、さっきエンカフに洗料がないか訊ねに行った時に、貴女達に聞きたいことができてね」

 「「「聞きたいこと?」」」


 話題は私の方から出させてもらった。スーヤのことである。

 彼の口ぶりからして、彼には交際相手がいるようだったからな。何か知っていないか聞かせてもらおう。


 「え…ノア様、スーヤの事気に入ったんですか?」

 「………」

 「ええー!ちょっ!?え、ほ、本気ですか!?えっ?ひょっとして、スーヤのことが気に入ったから、私達にもこれだけのことをしてくれるとか!?」


 …何やら盛大に勘違いをさせてしまったようだ。というか、今の彼女達の反応で大体分かった。


 「アジー、心配しなくても、私は誰かに恋愛感情を持ったりはしないよ。それどころか、今のところ性欲というものを抱いたこともないんだ」

 「バレてる!?」

 「いやー、今のはバレるでしょー」

 「ただでさえアジーは顔に出やすいからな」


 彼女達やエンカフの反応からして、スーヤとアジーが交際関係になっているのは周知の事実らしい。

 ついでに、私がなぜスーヤのことを訊ねたのかも理由を説明させてもらった。


 スーヤだけに限らず、私は恋愛感情というものを理解したいのだ。人間という生き物は、何かと恋愛を重要視するらしいからな。

 小説にも、必ずと言っていいほど恋愛という概念が描写されていた。程度に差はあったがな。


 正直私には抱け無さそうな感情のため、より多くの話を目に、耳にして理解を深めたいのだ。

 そうすることで、人間の行動をより理解できるようになるだろうからな。


 アイラとマクシミリアンだって、一応は恋愛結婚だった筈だ。

 伯爵家一同を叩きのめすほどの行動を起こしたのが恋愛感情によるものならば、知っておくべき感情だと思う。人間は、恋愛のために突拍子もない行動を取る、と言うことだからな。


 「ええー。ノア様にはなんかこう、理想のタイプとか、ないんですか?」

 「理想のタイプと言われてもねぇ…。まぁ、私と全力で戦える相手?」

 「「「……」」」


 絶句しないでもらいたい。理解し得ない感情を抱くための理想の相手を訊ねられても、答えることなんてできないに決まっているじゃないか。


 今の答えだって、ヴィルガレッドと思いっきり戦った際にとても興奮したし楽しかったから強いて挙げるならば、という形で応えさせてもらっただけだ。

 実際に全力を出して戦える相手が現れたところで、その相手に恋愛感情を抱くかと問われたら、首を傾げざるを得ない。というか、多分だが抱かない。


 私にとっての未知だからな。どうなるかなど分からないのだ。何をもって恋愛感情とすればいいのかすら、私には分からない。

 だから他人の恋愛を知りたいのだ。自分で理解できないことは、無理して自力で理解しようとするよりも、他者に教えてもらうに限るのだ。


 「アジーとスーヤのことは分かったけど、ティシアとココナナはどうなの?」

 「うっ…。私はぁ…そのぉ…」

 「ココナナは男よりも"魔導鎧機"だもんな」

 「悪いか!?ずっと前から、子供のころから抱いていた理想なんだぞ!?それが形になったんだぞ!?そうしたら、夢中になるに決まってるじゃないか!?」

 「風呂ん中で暴れようとすんじゃねぇよ。悪かったって」


 ココナナが"魔導鎧機"に非常に強い愛着を持っているのは知っている。なにせ名前まで付けているぐらいだからな。

 興奮してしまっているためか、水しぶきを上げてアジーに食って掛かっている。ココナナの勢いが想定よりも強かったためか、アジーがたじろいで謝罪している。だが、それでもココナナの勢いは止まる気配がない。


 「わ、私だって、男が寄ってこないわけじゃないんですよ?ただ、どいつもこいつも私の理想からは遠いって言うか…」

 「オメーは理想が高すぎんだよ」


 2人のやり取りを無視するように、ティシアがいじけたように呟いていると、アジーが呆れたようにツッコミを入れている。身長差も手足の長さも全く違うため、体術勝負ではアジーに分があるようだ。ココナナの頭を掴んで湯船に沈めていた。


 「うっさい!私は生涯の相手に妥協をしたくないの!」

 「行き遅れるヤツの典型じゃん…」

 「きーこーえーなーいー!」

 「ブクブクブクブク…!」


 あまり触れて良い話ではなかったようだ。


 やはり恋愛というものは良く分からないな。


 これからも人間達に教えてもらうとしよう。

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