第332話 頑張ったご褒美
さて、すぐに食事といきたいところだがその前にやるべき事がある。
激しい戦闘行為を行ったことで"ダイバーシティ"達にもランドラン達にも魔物の体液や泥、砂などが体中に付着している。加えて、"ダイバーシティ"達は全員が汗まみれだ。つまり、とても汚れているのだ。
ランドラン達はともかく、"ダイバーシティ"達は今の状態で食事をしたくはないだろう。
風呂で汚れを落とすのでも構わないが、今の彼等にそれだけの体力は残っていない。全力戦闘を繰り返したことで、体力も魔力も枯渇してしまっているのだ。
おっと、"ダイバーシティ"達に食事を伝えた頃から『通話』でランドドラゴンに戻ってくるように呼び掛けていたためか、あの子がこの場に帰ってきた。
ランドドラゴンの活躍は、気配を消した無色透明の幻を追従させることで、常に確認させてもらった。この子はこの子で、相当な激戦を繰り返していたのだ。
この子は決して格下の相手とは戦闘を行わなかった。自分と対等か、もしくは魔力量で上回るような相手としか戦わなかったのだ。至る所に大小様々な傷が見受けられるのが良い証拠だ。
尤も、あの子は絶対に勝てないような相手とは戦う気がなかったようで、グレイブディーア、それもオスの成獣とは戦おうとはしなかった。
戦おうとはしなかったが、グレイブディーアから離れた際の悔しさと瞳に宿った闘志から、今回の修業の間に勝利するつもりではいるようだ。
強敵と戦い抜き、それらに勝利したことでとても誇らし気にしている。
仮に危なくなったのならばその場で手助けしようかとも思ったのだが、それをした場合、ランドドラゴンは非常に落ち込んでしまっていただろうな。まぁ、実際は戦闘に介入することはなかったのだが。
帰って来るなり褒めて欲しいのか、ランドドラゴンは私に頬擦りをしてきてくれる。顔中を撫でながら褒めてあげよう。
「グワゥ!グワォ!〈ヒメ様!オレ、タクサン戦ッタ!タクサン勝ッタ!褒メテ!褒メテ!〉」
「うんうん。見ていたとも。頑張ったね」
撫でられてとても嬉しそうにしているランドドラゴンが堪らなく可愛い。
甘やかしてしまうのは良くないと分かっているのだが、こうも甘えてくれると、甘やかさずにはいられなくなってしまうな。
って、いかんいかん。ランドドラゴンにばかり構っていたら食事が遅くなってしまう。それどころか、折角用意した食事が覚めてしまうところだった。
早いところ食事にするためにも、皆の汚れを『
「あ、ありがてぇ…」
「魔力も体力もすっからかんだったからね…。こんな状態でご飯とかヤだし、ホントに至れり尽くせりだよねぇ…」
「貴方達はかなり汗をかいているから、まずはこれで水分を補給するといい」
そう言って"ダイバーシティ"達にコップを差し出す。私が冒険者達の稽古後にいつも飲ませている、"すぽどり"なる飲料物だ。
発汗によって排出された塩分や激しい運動で消費された糖分を効率よく補給できる清涼飲料水、と世間に広めたマコトが言っていた。
「んっ、ぐっ、ぐ………っ!あ゛ーーーっ!生き返る~~~っ!」
「いつも思うんだけどさ、水に多少の塩と砂糖を入れただけの飲み物が、何でこんなに美味いんだろうね…」
「それだけ体が塩分や糖分を求めていると言うことだ…。しかし、こんな物まで用意してくれているとは…。『姫君』様の気遣いには頭が下がるな…!」
「お、おおぉ~~~っ!みんな見ろっ!いつの間にか御馳走が並べられてるっ!」
"魔導鎧機"を操縦していたココナナは他のメンバーほど消耗していなかったのか、比較的回復が早かった。そしていち早くテーブルに並べられた料理の数々を視界に収め、目を輝かせている。
「す、すげぇ…。マジで言った通りのメシが並べられてる…」
「あの短時間で、これだけの料理をこさえたというのか…」
「何て言うか、本当に修業自体はしんどいけど、それ以外はすっごく快適に過ごせそうな気がしてきたわ…」
「私の味覚が皆とそう変わらないのなら、味の保証はするよ。呼吸も整ったようだし、そろそろいただこうか」
「さんせーいっ!」
"ダイバーシティ"達が席に移動している間に、ランドドラゴンやランドラン達の食事も用意しておく。
ランドドラゴンもだが、ランドラン達も雑食性だ。肉でも植物でも乳製品でも何でも食べる。
そういうわけだから、彼等にも御馳走を用意しておいた。
風呂場を作るために木材を集めるついでに仕留めた魔物の素材に香りと味を付け、食べやすく加工した物だ。
この子達だって頑張ったのだから、ご褒美があるのは当然だ。人間達だけ御馳走が用意されるのでは不公平である。
なお、ランドドラゴンには彼が仕留めた魔物の素材を使用している。
「さ、これは君達の食事だよ。遠慮なく食べるといい。お疲れ様」
「ギャウゥ~ン!〈美味ソウ!イタダキマス!〉」
「「「クルルァウ!クキャウ!」」」「「キャウ!キャウ!」」
鳴き声や反応はまばらではあるが、皆とても喜んでいる。用意した甲斐があるというものだ。たんと食べるといい。
「お代わりもあるから、物足りなかったら教えて欲しい」
「「「「「グキューーーっ!」」」」」
元気に返事をしているが、全員用意された食事に夢中である。ランドドラゴンもランドラン達も、物凄い勢いで食べている。この勢いは、間違いなくお代わりを要求されるだろうな。
食事に夢中になっているランドドラゴンの頭を撫でた後に席に着き、そろそろ私達も食事を取るとしよう。"ダイバーシティ"達がとても待ち遠しくしているのだ。
「待たせたね。それでは改めて、今日一日お疲れ様。この後は美味い食事をたっぷりと食べ、風呂で疲れを落としてグッスリと休むといい。いただきます」
「「「「「いただきます(ま~す)!!」」」」」
食事の挨拶をした途端、こちらもまた物凄い勢いで食事を口に運んでいく。
よほど空腹だったのだろうな。
なにせカレーライスを食べてから今の時間まで何も食べていなかったのだ。しかも満身創痍になるほどの激しい運動も行っていたのだ。空腹にならない方がおかしいのである。
さて、大量に並べた料理が次々と"ダイバーシティ"達の胃の中に消えていくわけだが、彼等は一言も言葉を口にしていない。できれば味の感想を聞かせて欲しいのだが…。
いや、ここで料理の感想を聞くのは無粋というものか。彼等からは一様に歓喜の感情に溢れているのだ。喜ばれていることは間違いないのだ。
勿論、私は私で料理を食べている。味見をした時から分かっていたことだが、我ながらいい具合に調理できていると思う。
「ぶはーっ!うんめぇえええええ!!最っっっ高の気分だぜぇっ!!」
「食べても食べても料理がなくなる気配がない…。ここは天国なの…!?」
「疲れた体に染み渡る…!修業って、こんなに幸せなものだっただろうか…?」
大量の水を喉に流し込んだアジーが口を開いたことを皮切りに、他のメンバー達も思い思いの感想を口にしている。
私の作った料理は、彼等の口にも合っていたようだ。
スーヤが料理が無くなる気配がないと述べていたのは、随時私が『収納』から料理を追加しているためである。最初に並べた料理だけでも残るかと思っていたのだが、そんなことは無かった。
"ダイバーシティ"達は全員が一般人よりも遥かに健啖家だったのだ。リーダーのティシアだけは他のメンバーよりも食べるペースが少し大人しいが、それでもオリヴィエ以上は確実に食べている。
「貴方達ねぇ、ここにある料理が全部じゃないのよ?っていうか、さっきからノア様が追加で料理出してるし…。そもそも、デザートがあること忘れてない?」
「何言ってんだ!甘いものは別腹に決まってんだろ!?こんなに美味ぇメシ、残す分けにはいかねぇだろうが!」
「ノア様、ティシアがクリームたっぷりのスイーツを希望していましたけど、どんなデザートを用意したのですか?」
ティシアの食が他のメンバーよりも細かったのは、デザートのためだったようだ。確かに大量に用意はしたが、用意したデザートは冷たい食べ物だ。人間が大量に食べると腹を下しそうな気がするのだが、大丈夫なのだろうか?
女性陣は甘い物が気になるようで、ココナナのデザートの質問に対して私の答えが気になって仕方がないようだ。アジーもティシアも、食べることを忘れて視線どころか顔をを私に向けて固定している。
「本で読んだパルフェという料理だよ。冷たい料理だから、食べ過ぎて腹を壊さないようにね?」
「パ、パルフェ!?」
「パルフェって、あの透明なガラスの容器に果物やら冷てぇのやらクッキーやらが詰まったとんでもなくオシャレでメッチャ高いあのパルフェなのか!?」
「王都の高級喫茶店でもほとんど食べられないような高級スイーツが…実質食べ放題…!?」
デザートの名前を伝えたら、皆して驚愕してしまった。確かに、私が言ったパルフェとはアジーが言ったような料理で間違いない。
どうせ作るなら、と言うことで私が食べたかったから作ったのだが、パルフェという料理は非常に高価な食べ物だったらしい。
おや?ランドドラゴンが私の背中を鼻先で押しているな。どうやらこの子もランドラン達も、お代わりが欲しいようだ。
「デザートが食べたくなったら、言ってくれれば用意するよ。だけどその前に、この子達にお代わりを用意して来るから、少し待っていてね?」
「「「………」」」
ランドドラゴンの頭を撫でながら席を立ち、彼等の食事を置いた場所まで移動したのだが、男性陣はともかく女性人達は石になってしまったかのように硬直してしまっていた。パルフェとは、彼女達にってそれほどまでに衝撃的な料理だったらしい。
まぁ、パルフェも漏れなく味見として食べさせてもらったから、彼女達が食べたがる理由もわからなくもない。
ティシアの要望通りたっぷりのクリームを使用し、高級菓子であるアイスクリームなる料理も使用している。さらに甘酸っぱい果物をふんだんに使用し、果肉だけでなく、果肉を煮詰めたフルーツソースも使用している。そして小さく砕いたクッキーや一口サイズのスポンジケーキなども用意し、それらをガラス容器に綺麗な層となるように詰め込んだ、スイーツの集大成のような料理だ。見栄えも味も、文句無しと言えるだろう。
実を言うと、話を耳にしていた男性陣も興味が無いわけではなさそうなのである。料理を口に運びながらも耳を傾けていたのだ。
「エンカフってさ、パルフェ食べた事ある…?」
「あるわけないだろう。仮に俺一人で食べに行ったら、アイツ等に何を言われるか分かったものでは無いぞ…。そういうお前はどうなんだ?アジーと食べに行ったりはしなかったのか?」
「ムリムリ。取り扱ってるお店なんて毎回開店前に行列ができてて、訓練してる間にあっという間に売り切れだもん。ティシアも食べたことないんじゃない…?」
「あの様子ではそうだろうな…。ココナナは言わずもがな、だな…」
「普段は食べることよりも機械いじり優先してるんだよ?無いでしょ…」
料理を口に運びながらも女性陣に聞こえないように、スーヤとエンカフはパルフェについて語り合っている。私が思っている以上にパルフェとは食べる機会を得られない料理だったのだな。
原因を考えてみよう。まず、パルフェという料理を作るには複数の菓子を作れる技術と材料、そして設備が必要になる。
材料を揃えるのはまだ良い。技術も、クッキーやスポンジケーキを作れるのならば問題はないだろう。いや、その両方を問題無く作れる時点で菓子職人としては一流らしいのだが。
問題はクリーム関係だ。今回私がパルフェに使用したクリーム。ホイップクリームとアイスクリームと呼ばれるものなのだが、コレ等を用意するのが人間には非常に大変らしいのだ。
それと言うのも、どちらのクリームも冷やす工程が必要だからだ。
この冷やすという工程、魔術や魔術具が必須となるため、魔術を使用できる者を雇うにしろ魔術具を用意するにしろ、とにかく費用が掛かるのである。
そして冷やす工程以外にも長時間の攪拌を求められたりと、体力的にも人間には大変な作業だったりする。
そして何と言ってもガラス容器だ。それも無色透明のガラス容器。これを用意するのが非常に大変なのだ。
私ならば何の問題も無く用意ができるが、現状人間達で安価で安定して無色透明のガラス容器を要望通りに用意できるのは、私の知る限りティゼム王国の職人達だけだろうからな。
他の国では無色透明の形が整ったガラス容器を用意するのは非常に困難なのだ。
それが理由のためか、パルフェという料理は高級品らしいのだ。というか、ホイップクリームやアイスクリームだけでも相当な高級品らしい。
らしいというのは、私が店で食べたことがないからだ。
人間の店で食べたことはなかったが、本でレシピを知ってしまったので、今回はティシアの要望もありちょうどいいと思ったので作らせてもらった。
ランドドラゴンとランドラン達に追加の食事を用意してあげると、彼等は再び嬉しそうに食事を食べ始めた。
やはり、一心不乱に食事を取る姿と言うのは、種族問わず愛おしく思えてくるものだな。気付けば食事に夢中になっているこの子達の背中を、優しく撫でていた。
さて、あまりこの子達ばかりに構っていては未だに硬直してパルフェが出されるのを待っている女性陣に悪い。そろそろデザートを渡してあげるとしよう。
ひとまずは人数分のパルフェを『収納』から取り出して皆の前に配ると、食事を取り始めた時以上に女性陣の目が輝きだした。非常に興奮しているようだが、若干正気を失いかけていないだろうか?それほどまでに食べたかったのか?
「さっきも言ったけど、冷たい料理だ。お代わりもあるけど、食べ過ぎないように気を付けてね?」
注意喚起もした事だし、目を輝かせながらも硬直している女性陣は放っておいて、パルフェを食べさせてもらうとしよう。
「うわぁっ!なにこれっ!?甘くてフワフワしてる!」
「果物を用いた甘酸っぱいソースが良いアクセントになっているな…。というか、この料理を複数用意していると言うことは…その、『姫君』様…?」
「ん?なに?」
「その、このガラス容器も大量に用意してあると言うことなのですか…?」
6人分のパルフェを用意した事でエンカフがガラス容器が高級品であることに気付き、当然のように質問してきた。
「大量に用意してあるよ。私はガラス容器を容易に作り出せるからね。パルフェの容器も例外では無いのさ」
「何と…!?」
「それだけでも大儲けできるじゃん…。でもやらないって事は、ノア様にとっては重要な事じゃないんだろうなぁ…」
「そうだね。それと、ティゼム王国ではガラスの安定した供給ができるようになったみたいだよ?久しぶりに訪れたらガラス用品が増えていた」
ついでだから、ティゼム王国の様子も"ダイバーシティ"達に語っておいた。まぁ、彼等からしたらどうでもいいことだったかもしれないが、そういう気分だったのだ。
多分、私が関わった者達が立派に活動していることを自慢したかったのだと思う。
そしてガラス用品が増えたことが気になったのは話を振ったエンカフではなく、いつの間にかパルフェを食べ始めていたティシアだった。
「さ、最近ガラスの小物やアクセサリーが増えてたのって、そういうことだったの!?」
「あーそういやお前、前に[大量にガラスのアクセが手に入ったわーっ!]ってホクホク顔になってたもんな」
「私が求めるガラス製品がなかったから、興味は無かったな…。けど、そうか…ティゼム王国が…。う~む…」
「行かないわよ?」
「まだ何も言ってないが!?」
アジーもココナナも、オシャレにはあまり関心がないらしい。過去のティシアの様子を語る際のアジーの表情は心底無関心な表情だったし、ココナナは小物やアクセサリーではなく別の用途のガラス製品が欲しかったようだ。
そして自分の求める製品を手に入れるために、ティゼム王国へ向かおうと検討していたのだろう。ティシアから先んじてティゼム王国へ向かう予定はないと伝えられ、声を荒げて訴えていた。
「まぁまぁ、今はガラスよりもパルフェでしょ?こんなに美味しいんだから、ちゃんと味わおうよ。ティシアとかアジーとか、もう殆ど空っぽじゃん」
「「ああーーーっ!?」」
ガラス製品のことでひと悶着ありそうだったが、そこはスーヤの割り込みによって現実に戻されたようだ。
話をしながらもスプーンを口に運ぶことは止めていなかったので、指摘される頃にはガラス容器の中身はほぼなくなっていたのである。
残酷な現実に2人共悲鳴を上げている。
「お代わり、いる?」
「「お願いします!!」」
「…私もお願いします」
ココナナもあっという間に食べ終わってしまったようだ。そして一つだけでは食べ足りなかったのだろう。彼女もまた、お代わりを要求してきた。
求めるのならば提供しよう。
だが、しつこくなるが、食べ過ぎないように注意するんだよ?
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