第336話 天国と地獄

 自覚は午前6時。既に『時間圧縮』の効果は解除され、定刻通りにレイブランとヤタールが『通話』を用いて私を起こしてくれた。


 〈時間なのよ!起きるのよ!〉〈朝なのよ!起きてちょうだい!〉

 〈2羽ともおはよう。いつもありがとうね〉

 〈私達の仕事なのよ!おはようなのよ!〉〈最近ノア様の寝起きが良いのよ!良いことなのよ!〉


 まぁ、寝起きが良いのは圧縮された時間の中でたっぷりと睡眠をとっていたからなのだが、それを語る必要はないだろう。

 『時間圧縮タイムプレッション』を用いた睡眠時間の延長は、私の中ではズルをしているような感覚なのだ。毎回行うつもりは無い。何らかの用事があって満足に睡眠ができない時に限り使用することにしよう。


 他の者達は今も『快眠』の効果によって熟睡中である。彼等が起床するのは2時間後。午前8時以降だ。というか、その時間になったら強制的に起床してもらう。


 その間に私は朝食を用意しておくことにする。といっても、昨日夕食を作るついでに既にある程度仕込みは終わらせているのだが。

 そのため、朝食の準備はそれほど時間を掛けずに済む。他の者達が熟睡していることを良いことに、料理は『幻実影ファンタマイマス』の幻に任せて、私は川で釣りを楽しませてもらうとしよう。


 わざわざ釣竿を用いずとも、私ならば尻尾を用いれば魚を捕ることなど造作もない。釣りによる食材調達は、あくまでも釣りというレジャーを楽しむついでなのだ。そのため、仮に魚を釣れなくても何も問題無かったりする。



 時間は午前8時。『快眠』の効果が解除され、これまで眠っていた者達が、ほぼ同時に目を覚ます。誰も眠り続ける者はいなかったようだ。体力も魔力も全回復しているようでなによりである。これで今日も存分に修業を始められるだろう。


 彼等の鼻孔は既に並べられている朝食の香りに刺激され、いてもたってもいられなくなっていることだろう。"ダイバーシティ"達は誘われるようにテントから顔を出してきた。


 「…すげぇ…。ぐっすり眠れたと思ったらメッチャ良い匂いがするし、テントから出てきたらメシが並べられてる…」

 「朝食のラインナップも高級宿と遜色ないメニューじゃないか…。えぇ…私達、コレを無償で体験して良いのか…?」

 「んあぁ~、しあわせぇ~」

 「だが、この後はこの世の物とは思えないような過酷な修業が待ち受けているのだよな…?」

 「みんな!ガッツリ食べるわよ!今日からは昨日のことなんて目じゃないぐらい消耗することになるんでしょうから、ここに並べられてる料理を全部食べ尽くすつもりで食べましょう!」


 目が覚めたら、既に食欲をそそる朝食の香りが鼻孔を刺激するというこの状況。私が宿泊した宿で良く体験していたことだ。"ダイバーシティ"達にも好評のようだな。


 好評だったのは人間達だけではない。目を覚ましたランドドラゴンやランドラン達も、嬉しそうに私の元まで寄ってきたのだ。

 この子達の顔を撫でながら、挨拶をしておこう。


 「おはよう。朝食は既に用意してあるから、好きなだけ食べるといいよ。今日も沢山走ってもらうことになるからね」

 「グキュウ、グキュウ~~~」


 相変わらず素直に甘えてくれるこの子達はとても可愛らしい。あまり構い過ぎていると、朝食を取っている時間が無くなってしまうので、撫でまわすのはほどほどにしておこう。



 朝食の評価は大いに好評だった。私が食べても十分美味いと思える味だったので、"ダイバーシティ"達にとっても十分美味いといえる味だったようだ。今更だが、私の味覚は、人間達とそう変わらないようだな。


 さて、朝食も終りいよいよ本格的な修業の開始である。だが、その前にやっておくことがあるし、伝えておくこともある。


 「さて、これから修業を開始していくわけだけど、体の方はどうかな?スーヤとエンカフは修業の内容をちゃんと聞いた?」

 「バッチリッス!」

 「おいしいご飯も食べてやる気も十分!って感じです!」

 「今日からの修業内容は昨日の時点でティシア達から聞かされています。何も問題ありません」


 発現をしていないティシアもココナナも、問題無いようだ。覚悟が決まった、というような表情をしている。

 うん。私が見ても、彼等は問題無くいつも通りの能力が発揮できそうである。ならば、予定通りに行くとしよう。


 「うぐっ!?」「はぁっ!?」「んげぇっ!?」

 「「「「「ぐけぇっ!?」」」」」

 「グォウ!」

 「わ、忘れてたわ…っ!早速なのね…っ!」


 そう、早速である。昨日の修業を始める前に彼等に施した『重力操作グラヴィレーション』による負荷。全員昨日の重力負荷に慣れたようだったので、負荷を少し強めたのである。

 ランドドラゴンだけはそれを理解していたのか、勇ましい声を上げていた。


 「さて、修業を始める前に連絡事項がある。実を言うと、昨晩知り合って仲が良くなった者がいてね、貴方達の修業を手伝ってくれると言ってくれたんだ」

 「「「えっ?」」」

 「そういうわけだから、準備運動が終わったら予定を少し変更して、ランニングからそのまま協力者の元まで移動するよ。昼食前まで協力者との修業を行い、再びランニングでこの場所まで戻ってくるとしよう」

 「「ええっ!?」」

 「あ、あの!協力者が何者なのかは、教えてもらえないんですか!?」


 教えても構わないが、教えても教えなくても別に結果は変わらないのだから、わざわざ今教えて委縮させてしまう必要はないだろう。

 グラシャランの名前は現地に着くまで黙っておくことにしよう。


 「協力者の元に到着すれば嫌でも知る事になるし、大体予想がついているだろうから今は黙っておくよ。どの道今更修業を止めることはできないし止めさせるつもりもないから、黙って現地まで移動しなさい」

 「あっハイ…」


 少し脅かし過ぎてしまっただろうか?揃いも揃って全員顔を青くさせてしまっている。

 ここは安全性を強調して安心させておくとしよう。


 「なに、心配はいらないよ。人間に対して友好的だし、死なない程度に面倒を見て欲しいと頼んだからね。『不殺結界』も使用するし、大怪我を負うことは無いとも。安全性は保障するよ」

 「し、死なない程度って言ってる時点で相当ヤバい相手な気が…」

 「諦めろ。覚悟を決めろ。修業を受けると決めた時点で、ある程度こうなることは覚悟していた筈だ」

 「命の保証はしてくれてんだ!ウダウダ言ってねぇで体を動かすぞ!そんでもって今日も御馳走をたらふく食うんだ!」

 「そうね…それを励みに、頑張りましょうか…。終わったらお風呂に入れる、終ったらお風呂に入れる…」

 「サニー…。うっ…ぐすっ!」


 おおむね修業に対して覚悟を決めるような発言をしているのだが、ココナナだけは"魔導鎧機マギフレーム"を使用しないようにと伝えていたこともあって、泣きじゃくりながら"魔導鎧機"を『格納』へ仕舞っている。

 泣くほど辛いのか。物凄い執着だな。しかし彼女だけ修業の内容が異なってしまっては、身体能力に大きな差ができてしまうからな。



 準備運動も終り、次はランニングだ。『成形』で魔力のロープを形成し、"ダイバーシティ"達を彼等のランドランと繋げる。

 それと同時に、"ダイバーシティ"にはある魔術を施しておく。

 ロープを繋げられたランドランは、状況が良く分かっていないらしい。首をかしげて私に疑問の視線を向けている。とても可愛い。


 「クキャア?」

 「その状態で、ランドドラゴンの後について思いっきり走って欲しい。置いて行かれないように頑張ってね?」

 「キュウ!キュウ!」


 私の要望は伝わったな。では、ランドドラゴンに乗って密林を移動するとしよう。


 「それじゃ、密林を走りながら協力者の元まで移動するよ?結構な速さで走るから、引きずられてしまわないように頑張りなさい」

 「い、今、ランドラン達に思いっきり走れって言いましたよね!?」

 「もしかして、引きずられる前提ですか!?」

 「安心して。ある程度は私が貴方達の体を動かすから、貴方達はそれに逆らわずに体を動かせばいい。たとえ体力が尽きても私が強制的に動かすから、引きずり回される心配はないよ」


 "ダイバーシティ"に施した魔術、『傀儡糸マリオネッツストリグ』による魔力糸を見せながらランニング中に引きずられる心配がないことを説明しておく。

 しかし、彼等は『傀儡糸』ではなく、別のことに関心が行ったようだ。


 「えぇ…。平然と同時に5つの魔術使ってる…」

 「何と言うか…次元が違うな…」

 「もうノア様だから、で片付けましょ…。いちいち気にするだけ無駄な気がしてきたわ…」

 「つーか、いつの間にあんな魔術掛けられたんだよ…。あの魔術、掛けられた時点で負け確だろ…」


 そういえば同時に5つ魔術を使用するのは家の子達でも大変だと言っていたし、人間達ならば2つ同時に魔術を使用できるだけでも称賛されるんだった。

 まぁ、今更だ。ティシアも言っていた通り、私だからできる、で納得してもらうとしよう。


 "ダイバーシティ"達に施した『傀儡糸』。この魔術は相手の肉体を魔力によってこちらの意のままに強引に操作するやや禁術よりの魔術だ。現在はギリギリで禁術指定されていないため使用することにした。


 私は平然と5つ同時に魔術を発動して5人に施しているが、本来ならばこの魔術は大規模な準備が必要な魔術だったりする。

 魔術師が使用するというよりも、部屋に設置するトラップとして扱われることが一般的なのだ。


 アジーは施された時点で敗北が確定すると語っていたが、術者以上の魔力や意思で魔術の効果を打ち消す事は可能である。勿論、それ相応の消耗をすることになってしまうが。

 まぁ、今回は私が施したのだ。弾かれるとは思っていないし、弾く気も彼等は無いようだ。


 説明も終った事だし、そろそろ出発といこう。



 ランニングは全く問題無かった。

 先行するランドドラゴンが密林の魔物と戦闘を行うおかげでランドラン達は安全に移動ができたし、"ダイバーシティ"達も私が『傀儡糸』で体を補佐していたためか、彼等が引きずり回されるようなことも無かった。


 そして、私達は現在"ワイルドキャニオン"の最奥、グラシャランの住処である湖に来ている。途中から川の上を走ることになったのだが、エンカフが抜かりなく『水面歩行』を使用したため、湖の上でも問題無く活動できている。


 が、それはそれとして、ここまでほぼ全力疾走し続けていたため、"ダイバーシティ"達は疲労困憊である。

 特に、普段は"魔導鎧機"に搭乗しているココナナの消耗が激しい。


 「ぜぇっ、ぜぇっ、ぜぇっ、ぜぇっ、ぜぇっ…!」

 「ココナナは少し"魔導鎧機"に頼り過ぎだね。強力なのは間違いないけれど、普段はそのせいで他の皆よりも体を動かさないんだ。その分、体力をつける訓練を多くした方が良いよ?」

 「ケェーッ!ケェーッ!」

 「はっ…はひ…っ!」

 「ココナナも…だけど…エンカフもだよねぇ…」

 「み…みず…みずを…!飲ませて…くれ…!」

 「おい…目がヤベェことになってんぞ…」


 エンカフが今にも比較的余裕のあるアジーやスーヤに、水を求めて襲い掛かりそうな雰囲気を出している。水ではなく"すぽどり"を飲ませてあげよう。


 「皆お疲れ様。予定通り20分ほど休憩としよう。"すぽどり"を用意したから、落ち着いて、ゆっくりと飲むように」

 「ケェーッ!ケェーッ!」


 ゆっくり飲むようにと告げはしたが、そんな余裕はなかったのだろう。全員がっつくように一気飲みし始めた。

 水分も塩分も適量補給したはずだが、まだ欲しがりそうだな。

 過度の栄養補給は体に良くないし、残りは水を渡しておこう。後は、火照った体を冷やすように周囲の温度を少し下げておこう。まぁ、今の季節はそれなりに気温が低いので、あまり下げるつもりは無いが。


 「ケェーッ!ケェーッ」

 「あ、あの…ノア様…?」

 「なに?」

 「ケェーッ!ケェーッ!」

 「なんでシャドウファルコンを抱きしめてるんです?」


 ランニングの道中から現在まで、私は一羽の大きな鳥を抱きしめている。ティシアの言った通り、シャドウファルコンと呼ばれる鳥型の魔物だ。

 名前の通り、影に潜ったり影そのものになって物理干渉を逃れたりする、人間にとっては厄介な非常に魔物である。尤も、影になっている間は自分からも直接攻撃ができないのだが。

 ウルミラに出会った時のように、抱きしめて全身を魔力で覆ってしまえば、影になることも出来なくなるので、触り放題抱き放題。モフモフし放題である。


 ランニングの最中、ランドドラゴンではなく私に向かって突撃して来たので、こうして捕まえて抱きかかえているのだ。

 柔らかい羽毛がフワフワしていて気持ちいい。逃がすものか。しばらくは、具体的には今日の昼食の時間までは抱きしめておくのだ。


 「言っただろう?私はモフモフした動物が好きなんだって。私のところに突っ込んで来たから、抱きしめたんだ」

 「ケェーッ!ケェーッ!」

 「はぁ…」

 「その割には、何だかめちゃくちゃ嫌がられてますけど…?」

 「まぁ、今日の昼食の一品にするつもりだからね。この子もそれが分かっているんだろう。助かりたくて必死なんだよ」

 「えぇ…」

 「た、食べちゃうんですね…」

 「ケェーッ!ケェーッ!ケェエエエーーーッ!!」


 シャドウファルコンは私から見ればとても可愛らしいので、その命を終わらせてしまうのは可哀想という気持ちは当然ある。だが、グレイブディーアと同じくこの子はとても美味そうでもあるのだ。


 シャドウファルコンを昼食にすると言った途端、"ダイバーシティ"一同がドン引きしているが、食べたいのだから仕方がないのだ。彼等の舌も、必ず満足させて見せようじゃないか。


 そういうわけだから、シャドウファルコンもそろそろ諦めて、大人しくして欲しいのだが…。

 気持ちが良くなりそうなところをさっきから優しく撫でているのだが、一向に大人しくなる気配がない。よほど生に執着しているのだろう。

 思念を送って会話をしようにも、シャドウファルコンには会話ができるほどの知性が無いのだ。


 まぁ、そのうち諦めると信じて、このままモフモフさせてもらうとしよう。



 休憩が終わったら次の修業だ。

 "ダイバーシティ"達も落ち着いてきたようで、周囲の環境を見てこの場所がどういった場所なのか、大体察したようだ。全員顔が青ざめている。


 「では、次の修業を行うとしよう。だけどその前に、皆に修業の協力者を紹介しよう。出て来てくれ!」


 私が呼ぶと、グラシャランは昨晩と違い、湖の中央から笑い声と共に姿を表した。体は勿論20mほどの元の巨体だ。別れる際に縮小化は戻していたのである。


 「わぁーっはっはっはっはっはぁ!!人間達よ!よくぞここまで来た!歓迎しようではないか!わぁーっはっはっはっはっはぁ!!」


 昨晩以上に大きな笑い声と共に登場したグラシャランに、"ダイバーシティ"達だけでなくランドドラゴンもランドラン達も皆一様に驚いている。

 全員もれなく絶句してしまっているな。ランドラン達など、あまりの力の差に怯えだす始末である。


 よほど人間達がこの場に訪れたのが嬉しかったのだろう。


 グラシャランは大丈夫だと言っていたが、やり過ぎて大怪我をさせないように注意しておくとしよう。

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