第337話 グラシャラン流ジャベリンレイン

 誰にとっても、グラシャランとの邂逅は非常に衝撃だったようだな。まずは皆の正気を取り戻すところからか。


 以前にもやった事のある手法だ。手のひらに極少量の魔力を集め、そのまま一回拍手する。集められた魔力が手を叩いた音と共に周囲に響き渡る事で、大抵の者は意識を向けることになる手法だ。

 その際、両腕で抱きかかえていたシャドウファルコンは拍手をする際に邪魔になるので、尻尾で巻き付けておいた。

 勿論、苦しくないように、それでいて逃げられないように絶妙な力加減でだ。

 諦めたからなのか、それとも体力が尽きてしまったのか、シャドウファルコンはとてもぐったりとしている。


 弾けた魔力に反応して、全員が此方に視線を向ける。上手く行ったようだ。

 では、今回の修業について説明しよう。


 「さて、知っているかもしれないが、紹介しておこう。彼はこの魔境"ワイルドキャニオン"の主、グラシャランだ」

 「よろしくなぁ!小さき命達よ!わっはっはっはっは!」

 「マジかぁ…そんな気はしてたけど、マジだったかぁ…」

 「うわぁ…なんか前に見た時よりも、でっかぁい…」

 「お、おおお、思ったよりも友好的じゃないか!こ、ここ、コレは喜んで良いことじゃないか!?」

 「ねぇ、エンカフ?これから私達が何をするか、言ってみなさい?その上で良かったって言えるのなら、改めてアンタのこと尊敬するわ」


 やはりグラシャランに対する衝撃は相当なもののようだな。正気を取り戻せたとは言え、まだ彼に対して全員委縮してしまっている。


 修業の説明をする前に、渡すものを渡しておいた方が良さそうだな。


 「さて、早速修業を始めたいところだけど、その前に貴方達に渡すものがある」

 「「「渡すもの?」」」

 「この国を案内して、ランドドラゴンやカレーライスを教えてくれたお礼だよ」


 "ダイバーシティ"達の復唱に対して、理由を述べながら彼等のテュフォーン装備一式を『収納』から取り出して渡していく。


 「えっ!?い、いえ!わ、私達はリナーシェ様から報酬をいただいていますし!」

 「そ、そもそも修業つけてもらってる上に、メチャクチャ快適な生活させてもらってるんスよ!?その上でさらに何か貰うってのは…!」

 「修業の対価は以前も言った通り、貴方達が今まで一度も勝利したことのないリナーシェに勝利するところを、私に見せてくれればそれでいい。これは、私が貴方達に渡したいんだ。それほどまでに、私はランドドラゴンやカレーライスのことで貴方達に感謝している」


 予想していた事だが、"ダイバーシティ"達は皆装備の受け取りを躊躇っていた。彼等からしたらもらい過ぎも良いところなのだろう。

 装備を渡した理由を告げても、まだ彼等は躊躇っているようなので、更に言葉を続けよう。


 「それに、その装備は武器はともかく、防具はこの修業で必要になる筈だよ?」

 「「「えっ?」」」

 「こ、これはっ!?こ、この装備の素材はぁっ!!」

 「うおっ!?」


 彼等に渡した装備が修業で必要になることを伝えるのとほぼ同時に、エンカフの悲鳴にも似た驚愕の声が響き渡る。

 あまりにも唐突だったためか、アジーが驚いていた。


 「な、なんだよエンカフ!驚かせんな!装備の素材がどうかしたのかよ?」

 「この装備!ヤバいぞ!下手をしたら"一等星トップスター"冒険者の装備と同等かそれ以上の性能がある!」

 「「「「はぁっ!?」」」」


 エンカフの装備に対する評価は、アジーだけでなく他のメンバーも驚愕せざるを得なかった。なにせ、彼等の実力は"三ツ星トライスター"級ではあるが実際のランクは"二つ星ツインスター"なのだ。

 それはつまり、彼等の装備も"二つ星"級の装備が殆どなのである。


 順調に行けば彼等は修業を終えて"ワイルドキャニオン"から出るころには、"一等星"級の実力を持つ事になるだろうから、渡した装備も分不相応のものではなくなるだろう。

 装備の素材が気になったのか、エンカフが私に聞く前に、エンカフを押しのけてティシアが私に訊ねて来た。


 「こ、この装備の素材って、一体何なんですか!?全部同じ配色をしてますし、物凄く強力な魔物から作ったんじゃないですか!?」

 「うん。この国に来る途中、テュフォーンに遭遇してね。放っておいたら甚大な被害が出るだろうし、道すがらだったから斃しておいたんだ」

 「「「テュ、テュフォーン!!?」」」

 「「………」」


 素材の正体を告げれば、皆して思った通りの反応をた。驚愕の声を上げるか、口を開けて絶句するかのどちらかだ。


 10秒ほど沈黙が流れて、ようやくスーヤがテュフォーンがどのような魔物かを、1人で仕留めることがどれだけ異常な事かを語り出した。


 「あの、テュフォーンって、一体だけで小さな国ぐらい滅ばせるぐらいヤバい魔物の筈なんですけど…」

 「もうその辺は驚くことじゃねぇのかもな…。見ろよ。アタシ達の様子を見て楽しそうにしてるグラシャランをよぉ…。絶対ぇにテュフォーンよりもあっちの方がヤベェって…」


 私が行き掛けの駄賃感覚でテュフォーンを討伐してしまったことに納得のいっていないスーヤだったが、アジーによってその意見は否定された。


 まぁ、当然だな。

 テュフォーンは強力な魔物ではあるが、あくまでも通常の魔物である。生まれながらにして領域の主となるグラシャランの強さは、テュフォーンの比では無いのだ。


 「わぁっはっはっは!当然であるぞ小娘よ!野良の魔物と領域の主であるこの我とを比較してもらっては困るというものだ!」

 「うひっ!す、スンマセン!」

 「よいよい!威勢があって良いではないか!その調子で我に挑むが良い!これからそういうことをするのだからな!わぁーっはっはっはっは!」

 「や、やっぱり、そういうことなのね…」

 「うぅ…。いくらサニーでも、グラシャランは拙い…」

 「だ、大丈夫なんだよな!?力加減を誤ってうっかり…なんてことにはならないよな!?」


 これから行う修業について、ある程度察したティシアとココナナが大きく肩を落としている。

 そうだ。ココナナには酷だが、伝えておかないとな。


 「まぁ、『不殺結界』を使用するから、命の心配をする必要はないよ。それと、ココナナ」

 「な、何でしょうか…?」

 「グラシャランと修業をする際は、"魔導鎧機マギフレーム"の使用を禁止するよ。生身で戦いなさい」

 「ええっ!?」


 まるでこの世の終わりのような表情をしてしまっているが、仕方が無いのだ。私だってできれば彼女に使わせてあげたいのだが、グラシャランとの修業では使わせるわけにはいかないのだ。

 修業の内容を説明しがてら、"魔導鎧機"を使用できない理由を伝えよう。


 「これから行う修業は、察しがついているかもしれないけれど、貴方達とランドドラゴンでグラシャランに挑んでもらう。勿論、グラシャランは好きなように攻撃してくるから、挑むというよりもグラシャランの攻撃を凌ぐ、という形になるだろうね」

 「勿論、我に攻撃してきても良いぞ!すべて受け止めてやろうではないか!わっはっはっはっは!」

 「グラシャランはああ言っているけど、当然、彼は攻撃の手を休めるつもりは無いからね?」

 「グォウ!グォウ!」


 グラシャランはやる気満々である。人間達と関われるのが嬉しいのだろう。

 ランドドラゴンも負けじとやる気満々である。命の危険がない状態で格上と戦う事ができるこの機会を、強くなる絶好のチャンスだと思っているようだ。向上心が高くて嬉しく思う。


 グラシャランの宣言によって、今の装備では例え『不殺結界』があっても無事では済まないと思ったのだろう。ココナナ以外のメンバーはグラシャランから距離を取って装備を身に付け始めた。


 残ったココナナに、"魔導鎧機"を使用させない理由を説明するとしよう。


 「さて、私が使用する『不殺結界』の効果が適用されるのは、あくまでも生物だけなんだ。そこに"魔導鎧機"は含まれない。つまり、"魔導鎧機"を使用してグラシャランと修業を行った場合、十中八九"魔導鎧機"が壊れてしまうんだよ」

 「そ、そんなぁ…!」


 ココナナは今にも泣きだしそうな表情をしている。

 彼女にとっての全力を出させてあげられないのは可哀想ではあるが、私としても彼女の"魔導鎧機"は壊したくないのだ。グラシャランとの修業で使用させるわけにはいかないのである。


 優しくココナナを抱きしめて慰めておこう。


 「貴女の"魔導鎧機"はとても素晴らしいものだ。それは間違いない。私に見せていない機能もまだまだあるのだろう?」

 「ひっく…ひぐっ…ふぇえええん」


 堪え切れずに泣き出してしまった…。

 ココナナの年齢は23才。窟人ドヴァークとしてはかなり若いが、大人であること自体は変わりない。こうまで感情を露わにして泣き出すとは思わなかった。


 抱きしめることに加えて、頭を撫でながら慰めるとしよう。泣き止んでくれると良いのだが…。


 「グラシャランの後は私との模擬戦だ。その時になったら、存分に"魔導鎧機"の性能を私に見せて欲しい。それまでは、我慢してもらえるかい?」

 「…ずび…っ!…あ゛い…っ!」


 一応、納得はしてくれたようだ。だが、落ち着くまでもう少しだけこの状態を維持しておこう。

 いやしかし、ココナナは小柄なせいか、なかなか抱き心地が良いな。髪質はやや硬めではあるが、昨日の洗料のおかげか、触り心地そのものも悪くない。


 時間にして20秒ほどで落ち着きを取り戻してくれたのだが、私に抱きしめられていたという事実を再認識したことで、かなり焦り出した。


 「わっ!あ、あのっ!も、もう大丈夫、です…っ!」

 「うん、頑張るといい」


 腕を解いてココナナを介抱すると、逃げるようにして他のメンバー達と合流して、渡されたテュフォーン装備を装着し始めた。

 何やら顔がニヤ付いているな。そのことを他のメンバーからも指摘されている。


 耳を傾けなくとも会話の内容が聞こえてきたのだが、私に抱きしめられた時の感触が心地よかったらしい。まぁ、私も心地よかったのだからお互い様だ。

 他の者達にも、望むのなら抱きしめると後で伝えておこう。



 さて、ランドドラゴンと"ダイバーシティ"達についてはもういいだろう。後は残されたランドラン達だ。


 「それじゃあ、君達がこれからすることについて説明するよ?」

 「クキャウ!」


 残されたランドラン達へ体を向け、この子達に魔術を施す。


 「「クキャッ!?」」「キュウ!」「「グキキュウ!?」」


 ランドラン達は突然の出来事に驚きを隠せないでいる。エンカフが使用していた『水面歩行サーフォーク』を一度解除して、もう一度私が掛け直したのである。


 勿論、エンカフの『水面歩行』とまったく同じ効果ではない。むしろ、今のランドラン達は足が20㎝ほど水に浸かっている。

 この状態で走る場合、自分の足に付着した水が『重力操作』の影響を受けて重くなるのだ。

 ただでさえ水に浸かった状態で走るだけでも走り辛くなるところに、水という重しが加わるのだ。走り辛い分、脚力は十分鍛えられる筈だ。


 「君達は今の状態でこの湖の淵を走り続けてもらう。その際、彼等の戦闘によるグラシャランの攻撃の余波が来るだろうけど、頑張って避けるように」

 「「「「キョケェッ!!?」」」」

 「それから、走る際に私が君達の前を走る。そして君達に対して水球を送っていくから、それを前足で弾いて行くんだ。じゃないと痛いよ?」

 「「「キョアッ!?!?」」」


 後足だけ鍛えてもバランスが悪い。湖の淵を走り続けている間、この子達には前足も頻繁に使用してもらう。

 この子達のパートナーである"ダイバーシティ"達が大幅に強くなるのだ。この子達も相応に強くなってもらわないとな。なんだったら、上位種に進化して欲しいぐらいだ。

 まぁ、流石にオーカムヅミの果実を食べさせるわけにはいかないだろうが。この子達の進化は、あくまであわよくば、である。


 立て続けにこれから行う内容を通達され、その内容にランドラン達が驚愕しているのが良く分かる。この子達は皆して口を大きく開けて目を見開いているのだ。

 その様子も可愛らしく見えるのだが、だからと言って甘やかすつもりはない。可愛がることと甘やかす事は別なのだ。


 しかし、委縮したままでは修業に積極的になってくれないだろうし、ご褒美のようなものは必要だろう。どちらかと言うとペナルティかもしれないが。


 「大丈夫。例えグラシャランの攻撃に当たりそうになっても私が守ろう。水球に関しても、痛い思いをするだけで怪我はしない。それと、今日の風呂が終わったら、皆のことを目一杯撫でてあげよう。」

 「「キュキュ!?」」「「「キュウキュウ!」」」


 沢山撫でてもらえると知った途端、打って変わってランドラン達は喜び出した。中には小さく飛び跳ね続けて喜びを体現している子までいる。


 昨日は風呂から出た後は"ダイバーシティ"達の装備の制作に時間を全て使用してしまったが、今日以降の夜の時間は、ハッキリ言って暇なのである。

 読書をするのも良いが、折角私に甘えてくれる可愛い子達がいるのだ。可愛がらない手はないだろう。


 「だけど、グラシャランの攻撃を私が防いだり、水球を弾けなかったりしたら、その分だけ撫でる時間を減らす事にしよう。沢山撫でて欲しかったら、頑張るんだよ?」

 「「「「「ッ!?キャウ!!」」」」」


 ランドラン達の瞳に闘志が宿った。これでこの子達の修業に対するやる気も問題無いだろう。


 グラシャランに合図を送り、修業を始めるとしよう。


 「グラシャラン、こっちの準備はできたよ!」

 「うむ!こちらもいつでも良いようだ!それでは小さき命達よ!始めるとしよう!ゆくぞぉおっ!!」


 グラシャランに合図を送ると、彼は待っていたとばかりに雄たけびを上げ、自分の目の前の水面を両手で叩きつけた。

 当然、巨大な水柱が立ち上がり、打ち上げられた水が雨となってこの場にいる全員に降り注ぐ。


 「「ぎゃあああっ!!?」」

 「こ、この雨粒!普通の雨粒じゃない!?」

 「エンカフっ!結界!」

 「初っ端からコレか!恐ろしいにもほどがあるぞっ!」


 だが、降り注ぐ雨はただの雨ではない。

 あの一瞬で、グラシャランは叩きつけた水に魔力を施し、水滴の一粒一粒の密度と重量を大幅に増幅したのである。

 さらに、雨粒の形状も通常のものではない。非常に鋭く、縦長の形状をしているのだ。

 つまり、降り注ぐ雨の一粒一粒が小さな槍のような状態である。その威力は、一粒の雨粒が厚さ1㎝の鋼鉄版を貫くほどだ。


 大魔術の一つに、水で形成した槍の雨を降らす『水槍雨ジャベリンレイン』というほぼ同じ原理の魔術がある。

 だがグラシャランが行った攻撃は魔術ではないし、効果範囲や槍の数も、そしてその威力もどれも桁違いだ。


 当然、槍のような雨粒はこちらにも降り注ぐ。雨粒が到達する前に、さっさと行動を開始しよう。

 未だに尻尾で巻き付けていたシャドウファルコンを再び両手で抱きかかえ、ランドラン達に声を掛ける。


 「さ、巻き込まれない内に私達も走るよ」

 「「「「「クキャーッ!!」」」」」


 当然、この子達も巻き込まれたくはないから、全速力でこの場を離脱する。

 ただでさえ私に守られたら撫でてもらえる時間が減ってしまうのだ。ランドラン達は全員とても必死である。


 グラシャラン、初端から随分と飛ばしているな。早く人間達に自分の力を見せつけたくて仕方がなかったのだろう。

 しかも、今回は私の『不殺結界』によって相手を死なせてしまう心配が無いのである。はしゃいでしまうのも無理はなかったのだろう。


 だが、グラシャランからすればこんなものは序の口も序の口なのだろうな。


 ここからが本当の修業である。


 頑張りなさい。

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