第338話 シャドウファルコン危機一髪!

 ランドラン達を引き連れて湖の淵を50周したところで2時間が経過した。そろそろ頃合いだろうな。


 「グラシャラン。そろそろ休憩を挟んで交代しよう」

 「む?もうなのか?もう少し戯れていたかったのだが…。まぁ、仕方があるまい。事前にそう決めていたのだからな!小さき命達よ!よくぞ耐え抜いた!わっはっはっはっは!」

 「お…終わった…?」

 「も、もう来ない?水、来ない?」

 「ミズコワイミズコワイミズコワイ……」

 「グ…グキュウ~…」


 ランドドラゴンも"ダイバーシティ"達も、満身創痍と言った状態だな。

 それもその筈、彼等は『不殺結界』の効果がなければ間違いなく命を落としていただろうからな。



 時間は少し遡る。

 グラシャランが戯れと述べた修業は、苛烈という言葉ですら生ぬるかった。


 槍のような水滴の雨が降り終わる間もなく、グラシャランは湖の水を右手を振り払うことでランドドラゴンと"ダイバーシティ"達に浴びせてきたのだ。

 当然、浴びせられる水には魔力が乗り、重量も密度も上昇している。そして巨体から放たれる水は凄まじく速く、そして大量である。

 グラシャランからすればただの水の掛け遊び感覚なのだろうが、浴びせられる人間側からしたら、津波以上の脅威度だ。


 槍のような雨粒を防ぐ程度の結界程度では防ぎきれるような物でも無く、このままでは初手でいきなり全滅しかねない状況だったのだが、それを救ったのはランドドラゴンだった。


 「ゴァアアアアアッ!!!」


 あの子は魔力を込めた咆哮を放つことで水の勢いを弱め、"ダイバーシティ"達に対応させるだけの余裕を作ったのである。


 「ほぅ…!やるではないか小僧!」

 「チャンスは逃さねぇ!どりゃあああっ!」


 水の勢いが弱まったところをすかさずアジーが縦に両断する。先程渡した装備、テュフォーンの刃で作った長柄武器、グレイブである。早速使ってくれたようだ。

 見た目に反して非常に軽く、そして切れ味抜群である。さらにテュフォーンの魔力が籠っているからか、振るうことで強風を発生させられるのだ。その強風によって、アジーは押し寄せる水を凌いだようだな。グラシャランも感心している。


 「ふぃーっ!あ、あっぶねぇ…!ノア姫様のくれた武器がなかったらヤバかったかもしれねぇぜ…!」

 「ソレの使い心地、どう?」

 「スゲェの一言に尽きるぜ!これならグレイブディーアだって怖かねぇよ!」

 「調子に乗らないの!まだ来るわよ!」

 「分かってるっての!」


 予備の武器にでもなればと思ったのだが、思った以上に好評のようだな。アジーはハルバードの重量を利用しての攻撃が多かったので、軽い武器は好みでは無いのだと思ったが、そうでもないらしい。


 初手を防げたことで何人かは喜んでいるが、納得いっていないものがいる。ランドドラゴンである。


 「グルルァアッ!!ガウ、ガウ!」

 「う、うむ…!すまん…!」 


 押し寄せる大量の水に対して放心してしまったエンカフに対して、あの子が叱咤したのだ。

 あの子は守るよりも攻めるのが好きなようだからな。エンカフならば魔術で同じように水の勢いを止められただろうに、彼が放心してしまったことで自分が防御に回らなければならなかったことに怒っているようだ。

 何故怒られているのか、なんとなく察したエンカフが気まずそうに謝っていた。


 「わっはっは!いいぞぉ!小さき命達よ!その調子だ!我も高ぶってきたぁ!」

 「は…ははは…!今ので序の口ってところかな…!」

 「上等!凌ぎ切ってやるぜぇっ!」

 「守ったら間違いなくやられるわ!攻撃を続けて、勢いを相殺していくの!出し惜しみは無しよ!」


 気が高ぶったと語るグラシャランが、先程の水かけを左右の手で交互に、それも立て続けに何度も放つ。

 ランドドラゴンとアジーがまずは自分が、と言わんばかりに矢面に立った。


 「そぅらそらそらそらそらそらそらぁっ!!」

 「来た来た来た来たぁっ!!お前らぁっ!へばるんじゃねぇぞぉっ!!」

 「グルルォオッ!!ガァアアアッ!!」


 彼等ではアレを防御で防ぎきることはできないだろうな。ティシアが言う通り、休むことなく強力な攻撃をぶつけ続けて相殺するしかないだろう。


 「うひー、休む暇なさそ…!」

 「ぼやくな!離れすぎるなよ!あの勢いは個人の力では止められん!」

 「グルルァアッ!!」


 ランドドラゴンも含め、全員で一ヶ所に固まり、押し寄せる水に対応する"ダイバーシティ"達。グラシャランは自分に攻撃して来てもいいと言っていたが、今の彼等にそれをやるだけの余裕はないだろう。

 絶えず押し寄せる大量の水を、必死に大技を繰り出し続けて凌ぐランドドラゴンと"ダイバーシティ"達の構図が出来上がった。

 今日のグラシャランとの修業ではずっとこの状態が続くことになるだろう。



 当然だが、その余波は私達にも押し寄せて来た。

 

 走る速度を変えたり飛び上がる事で、流れ弾のように飛来して来た水の塊を回避していたが、どうしても回避できないようなものは私がかき消した。


 「キャアウ!」

 「こうでもしないと痛いどころでは済まないからね。なに、そこまで撫でる時間を減らすつもりは無いよ。今のはどうやっても躱せそうになかったからね。撫でる時間が大幅に減るのは、避けられるものを避けられなかった時だよ」

 「キュキュウッ!」


 私がグラシャランの攻撃の余波に対応したことでランドラン達が悲鳴を上げる。

 撫でてもらえる時間が減ってしまうと思ったのだろう。だが、どうやっても躱わす事ができないものは仕方が無いのだ。この子達にミスはない。

 私もランドラン達と触れ合いたいのだから、この子達に非が無いのであれば、撫でる時間を減らすつもりも無いのである。


 撫でてもらえる時間が減らないと分かると、皆して安堵の表情を見せるのだが、油断をすると痛い目を見るよ?

 注意しなければならないのは、グラシャランの攻撃の余波だけでは無いのだから。


 「グキャア!?」


 1体のランドランが悲鳴を上げる。私が尻尾で放り投げた水球に当たってしまったのだ。


 「気を抜いてはいけないよ?目の前もちゃんと注意するように」

 「ギャウギャウッ!」「クキャアッ!」「ギュギャアウ!」

 「キュウ…」


 誰か1体でも水球に当たると、その時点で全員が撫でてもらえる時間が減る。走り出す前に決めたことだ。

 水球に当たってしまったランドランが、他のランドラン達から走りながらも責め立てられている。


 そんなことをしている場合では無いのだが…。

 ああ、やっぱり、責め立てているランドランが水球に当たってしまった。


 「グキョォッ!?」

 「当たった子を責めている場合ではないよ?しっかりと集中しなさい」

 「ク、クキュウーッ!」


 別に意識が他へ向いている子に意地悪をしているわけではない。水球は定期的にランドラン達に向けて放っているのだ。当たってしまった子は、そのことが意識から抜けてしまっていたのである。


 注意をすれば、ランドラン達は素直に自分のことに集中してくれた。他の誰かを責め立てることで、自分も水球に当たってしまうことを恐れたのだ。



 そして現在。


 ランドラン達は前方にもグラシャランにも注意しながら湖の淵を走り続けていたのだが、流石に50周もすれば、いくらこの子達でも疲れが出てきてしまう。

 動きが鈍ったところにグラシャランの放った攻撃の余波が容赦なくこの子達に襲い掛かり、グラシャランに交代を伝えるまでの間に私が防ぐ機会も、それなりの回数発生していた。


 「流石にかなり消耗してしまったようだね。少し長めに休憩を取るよ。時間は30分にしようか。"すぽどり"を用意しているから、呼吸を整えてゆっくいりと飲むといいよ」

 「あ…あざー…っす…!」

 「こ、こんな内容が…これから、毎日…」

 「い…今にして思うと、昨日の修業が本当に天国に感じてきたわ…」


 全員もれなく消耗しきっている。"ダイバーシティ"達だけでなく、ランドドラゴンもランドラン達もだ。少し長めに休憩を取って体力を回復させないと、次の修業に支障が出てしまうだろうな。


 ところで、走り始めるころにはすっかり静かになっていたシャドウファルコンなのだが、驚いた事にこの子はずっと眠っていたのだ。寝顔がかなり可愛らしい。


 グラシャランが登場した時に魔力に宛てられて失神してしまったようなのだが、今ではぐっすりと安眠している。非常に落ち着いているのだ。

 この子は思ったよりも大物なのかもしれないな。…少しだけ、食べてしまうのが惜しいと思ってしまった。


 安眠しているシャドウファルコンを見つめていると、ティシアがおそるおそる声を掛けて来た。何か聞きたいことがあるようだ。


 「あ、あのー…。ノア様…?」

 「どうしたの?」

 「えっと…そのシャドウファルコン、本当に食べちゃうんですか…?」

 「うん。きっと美味しいよ?」


 ティシアは私がシャドウファルコンを食べることに忌避感があるようだ。

 彼女は鳥肉が食べられないわけではない。昨日提供した唐揚げだって鳥肉を使用したのだ。シャドウファルコンに毒があるわけでもないから、食べられない筈が無いのである。


 何故、シャドウファルコンを食べることに忌避感を抱いているのだろう?


 「や、だって…その子を抱きかかえてるときのノア様、凄く優しそうな顔してましたよ…?」

 「うん。こうしている分には、とても可愛らしいからね。まぁ、この子を食べるのは少し惜しいと思ったのは間違いないよ。…この子を食べるのは、嫌?」

 「あぅ…はい…。その…すみません…。そんな風に可愛がられてる子がこの後料理されちゃうのは、ちょっと、いやちょっとどころじゃなく可哀想な気がして…」


 むぅ…。可哀想ときたか…。私だって心苦しくはあるのだ。可愛いからな。

 だが、そんなことを言っていたら、肉料理全般が食べられなくなってしまう。

 可愛いとか可哀想という感情と食欲は別問題なのだ。


 とは言え、このままでは例えシャドウファルコンを料理して"ダイバーシティ"達に提供したところであまり食が進まないだろうな。

 見れば、他の"ダイバーシティ"のメンバーもあまりいい表情をしていない。


 食が進まないのは問題だ。彼等には強い肉体を作ってもらうためにもたくさん食べてもらわなければならないからな。


 どうしようか悩んでいると、シャドウファルコンが目を覚ました。

 目を開けて私の姿を確認すると、とても驚いて固まってしまった。


 「………キー…」


 グラシャランを呼ぶ前とは打って変わって、まったく力のない鳴き声だ。

 そして、驚くべき事にシャドウファルコンから思念が伝わってきたのである!


 〈お願いします!助けて下さい!何でもしますから!〉

 〈君、喋れたの?さっきは全然そんな気配なかったけど?〉

 〈わかんないです!こんなことしたの初めてです!死にたくないです!〉


 なんと!この子、助かりたいあまり思念による命乞いまでこの瞬間に覚えてしまったとでもいうのか!?何と言う生への執念だ!


 何でもするから助けてほしい、か…。

 まいったな…。流石にこうまでハッキリとした思念を送られて懇願されては、命を奪って食べる気も無くしてしまう。

 それに、"ダイバーシティ"達の視線もあるしな…。彼等もシャドウファルコンを死なせたくないようだ。


 「…ティシア、この子、欲しい?」

 「へぁっ!?え、欲しいって、どういうことですか!?」

 「うん。何でもするから助けて欲しいんだって。貴方達の従魔にでもする?」

 「い、良いんですか!?」

 「ハッキリとした意思で命乞いをされてしまうとね。この子は別に罪があるわけでも無いのだから、食べる気も無くしてしまったよ」


 既に抱きかかえているシャドウファルコンを食べる気はないと伝えると、"ダイバーシティ"達は一様に喜び出した。

 人間達からすると、シャドウファルコンを食べようとした私は、かなり異質に見えたようだ。


 この分だと、犬や猫を食べようとしたら物凄く非難されそうだ。まぁ、犬も猫も美味そうに見えなかったから食べる気は起きないが。

 言葉に出しただけでも非難されそうなので、このことは黙っておこう。


 では、休憩時間の間に何でもするから助けて欲しいと懇願して来たシャドウファルコンと、話を付けるとしようか。


 〈あの人間達、金髪の女性の配下になってもらうよ。それでいい?〉

 〈はい!それでいいです!助かるなら何でもいいです!〉


 物凄い必死さだ。そんな調子では騙されて悲惨な目に遭わされかねないのだが、その辺りの教育は主になるティシアに任せるとしよう。


 「了承を取ったからティシア。貴女がこの子と従魔契約を結んで」

 「わ、私でいいんですか!?」

 「貴女が適任だろうからね。契約魔術は私の方で行おう」

 「あ、ありがとうございます!」

 「ちゃんと大切に可愛がるんだよ?」

 「はいっ!」


 人間達の中には魔物と契約を交わし、魔物を使役する魔物使いなる職業の者達がいる。彼等は魔物達と契約することによって意思疎通を可能にし、様々な分野で活躍している。

 ティゼム王国やファングダムには見かけなかったが、アクレイン王国やニスマ王国ではそれほど珍しい職業ではないようだ。


 実を言うと、ランドランも最初は従魔契約を交わして従えていたらしい。

 世代が変わるにつれて大人しくなり、人間に対して警戒を抱かなくなり、現在のような扱いを受けていったそうなのだ。


 契約魔術はアクレイン王国の図書館で習得済みだ。問題無く行使できる。

 魔術構築陣から放たれた光が、シャドウファルコンを包み込む。これで契約の準備は完了だ。


 「それじゃあ、ティシア。この子の名前を呼びながら、この子に触れて」

 「名前…。う~ん……」

 「カッコイイ名前じゃないとダメだよ!」

 「そいつに相応しい名前にするんだぜ!」


 名前は契約を結ぶうえで非常に重要な要素だ。名前を決めなければ契約は成り立たない。

 その重要性を分かっているからか、ティシアも下手な名前を付けないように悩んでいるようだ。


 「よし!決めた!アナタはフーテン!風と天空の鳥、フーテンよ!」

 「キーッ!〈ありがとう!ありがとう人間!〉」


 フーテン、風天か…。悪くない名前だ。

 シャドウファルコンの主な行動は影に潜ったり影そのものになることなのだが、攻撃方法自体は高高度からの風を纏った急降下や影からの風の刃によるものだ。

 名付けられたフーテンも嬉しそうだ。まぁ、あの子の場合は命が助かったから喜んでいるだけなのかもだが。


 そう考えれば、フーテンという名前も一応、納得のできる名前ではある。

 だが、一部はその名前に納得がいかなかったようだ。


 「何でフーテンなんだよ!?シャドウファルコンなんだから、影にちなんだ名前にしろよ!アタシだったらシュバルツって名付けてたのに!」

 「カゲマルとか、カッコ良くない?」

 「キーちゃん…」

 「うっさいわね!ハヤブサは大空を物凄く速く飛ぶ鳥なのよ!?しかもシャドウファルコンは風を操るし、相応しい名前でしょうが!」

 「お前ら、喜ぶのはいいが、ちゃんと休めよ…?」


 晴れて従魔となったシャドウファルコンの名前について、言い争いをしているが、彼等は消耗しているのだ。エンカフの言う通り、ちゃんと休まないとこれから悲惨な目に合うぞ?


 さて、これからのことをフーテンにも教えてあげよう。どうせだから、この子にも強くなってもらおうじゃないか。


 〈さて、フーテン。これで君の命は保障されたよ。おめでとう〉

 〈ありがとうございます!ありがとうございます!ところで、この人間達は何をしているんですか?なぜ、領域の主様の住処にいるのですか?〉

 〈ここで修業をしているんだよ。君は熟睡していたけど、彼等は先程まで、グラシャランの相手をしていたんだ〉

 〈バカなんですか!?命知らずなんですか!?やっぱりワタクシ、死んじゃうんですか!?〉


 先程まで自分の主となったティシアがグラシャランと戦っていた(グラシャランからしたらはしゃいで遊んでいただけだが)と知ると、それはあまりにも無謀過ぎると騒ぎ出した。

 ちゃんと安全であることを伝えておこう。


 〈その辺りは私が死なないようにしているから大丈夫。それと、彼等はこれから私と戦うことになる〉

 〈えっ?〉

 〈あの人間の配下になったのだから、君も参加しなさい。鍛えてあげよう〉

 〈ええっ!?〉


 驚きのあまり、仰け反った状態で固まってしまった。どこかで見たことのある姿勢だな。

 そう、[だらしのない体になった]と言われて驚いていた、2羽のカラスの姿勢によく似ている。鳥類が驚くと、こんな姿勢になってしまうのだろうか?


 それはそれとして、この子にとって、私はまだ恐怖の存在のままらしい。

 折角こうして縁ができたのだから、今後は仲良くしていきたいのだが、少し時間が掛かりそうだ。とは言え、私がやろうとしたことを考えれば当然ではある。


 この1ヶ月間で、しっかりと親睦を深めていくとしよう。

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