第339話 初手から全力の総攻撃
そうだ。フーテンが"ダイバーシティ"の従魔になったのは良いが、彼は私の正体に気付いているだろうし、忠告しておかないと。
〈フーテン、ちょっといい?〉
〈は、はいっ!な、何でありましょうか!?〉
〈人間達に私の正体を教えてはいけないよ?私は今、人間のフリをしているんだ。もし教えてしまったら…〉
〈ひっ!?い、言いません!言いませんとも!ワタクシは確かにあの人間の配下になりましたが、姫様の不興を買うようなことなど、致しません!致しませんとも!〉
いかんな。ただでさえ怖がらせているというのに、更に怖がらせてしまうことになってしまった。
こんな調子ではフーテンと仲良くなることなど、夢のまた夢。修業の後はたっぷりと良い思いをさせてあげよう。
休憩も終り、今度は私が"ダイバーシティ"達と戦う番だ。正直、この時を楽しみにしていた。
なにせようやくココナナの"
なお、ランドドラゴンに関しては引き続きグラシャランが引き受ける。あの子は私と戦いたがらないからだ。
グリューナの時と同じである。恐れ多くて戦えないのだとか。
あの子の実力を直接確認したかったのだが、私と対峙すると実力を発揮出来そうにないので、無理強いせずにグラシャランに任せるとしよう。
そして交代と言ったように、ランドラン達の相手もグラシャランが務める。ランドドラゴンも含め今回はグラシャランの攻撃を躱し続けてもらうことにした。
当然、グラシャランには回避可能な効果範囲の狭い攻撃をするように頼んである。
回避できれば後は大怪我を負わなければ好きにしても良いとも言っているので、先程同様はしゃぐ様子が今からでも目に浮かぶ。
おそらく私達の所にも余波としてグラシャランの放った攻撃が来るだろうが、それもまたいい訓練になるだろう。"ダイバーシティ"達には頑張って凌いでもらおう。
さて、まずは集団での模擬戦だ。"ダイバーシティ"達とフーテンが私と対峙した状態となっている。勿論、ココナナは"魔導鎧機"に搭乗している。今日は今の今まで使用できなかったからか、非常に嬉しそうだし気合が入っている。
それはそれとして、"ダイバーシティ"達は動く気配がない。
私は既に『成形』による魔力棒を両手に持っている状態で、いつでも迎え撃てる状態なのだが…やはり合図があった方が良いのだろうか?
「いつでも仕掛けてきていいよ?それとも、私から行こうか?」
「い、いいえ!こちらから挑ませていただきます!みんな、行くわよ!」
「おうよっ!一番槍はもらったぁ!!」
こういう時に最初に動くのは、やはりアジーか。獲物はグラシャランの時と違い、元から所持していたハルバートを使用している。
アジーが最初に突っ込んでくるのは打ち合わせ通りなのだろう。彼女が前に出ると同時に、ティシアがパーティに指示を送る。
「全方位から波状攻撃を仕掛けるわよ!フーテン、早速仕事よ!この辺りの水を巻き上げて!スーヤは裏に回って!ココナナは上から!エンカフ!ノア様の周囲に!」
〈お安い御用です!〉
「はいはーい!」
「サニー!いっくぞぉおおお!!」
「驚かせるぐらいは、させて見せる!」
"ダイバーシティ"達は魔力棒だけでは対処できないように全方位から攻撃するつもりらしい。私に聞こえないように小声で指示を送っているのだが、残念ながら私の聴力にはまる聞こえである。
この模擬戦が終わったら注意しておこう。
「いくぜぇ、ノア姫様ぁ!そりゃあああ!!」
私に肉薄したアジーが体を回転させて勢いを付けた薙ぎ払いを行うが、腕を伸ばしきったとしてもハルバートの刃は私には届かない。
だが、それで狙い通りらしい。彼女の狙いは私ではなく水面だった。
水面を薙ぎ払うことによって、大量の水を勢いよく私に浴びせてきたのだ。原理としては、グラシャランがやった水掛けを小規模にしたものだな。撃ち出された水には、アジーの魔力が込められている。
だが、グラシャランの行った水掛けとは明確に違う部分がある。撃ち出された水の形状だ。とても薄く、それでいて密度がある。それが高速で撃ち出されると言うことは即ち、水の刃である。
さらに、アジーが水の刃を撃ち出している間にフーテンが竜巻を発生させ、巻き上げた水で"ダイバーシティ"達の姿を隠してしまう。
とは言え、私には彼等の位置は丸わかりなのだが、ここからどういった行動をするのだろうか?
彼等の行動を見る前に、アジーの放った水の刃が私に届いてしまうな。先にコチラを対処しよう。
「早速グラシャランから学んだのかな?良いセンスをしているね。では、私も貴女に倣おうか」
つま先を水面に付けて水を掬い上げるように軽く蹴りを放つ。勿論、救い上げる水には私の魔力を少量込めておく。
私の蹴りによって撃ち出された水は、アジーの放った水の刃と同様に弧を描きながら刃となってアジーに迫る。
お互いの放った水の刃がぶつかり合い、相殺される。薙ぎ払いの反動からか、まだ動きが若干硬直しているアジーは、水の刃が相殺されてしまったことに驚きを隠せないようだ。
「げぇっ!?」
「グラシャランの動きを見ていたのは私も同じだよ?試そうと思ったのは貴方だけではなかった、と言うことだね」
「ま、まだまだぁ!!」
驚きはしたが、それでも勢いを止めるつもりは無いらしい。前に踏み込みながらハルバートを頭上から振り下ろしてきた。
どうやらアジーは私に水で隠れた他のメンバーを見せたくないらしい。
彼等の動きを潰すつもりは全くない。むしろ私は彼等がどのような攻撃を放つのか興味があるのだ。
是非とも私の意表をついたつもりで全力の攻撃を繰り出して欲しい。
アジーの対応をしている間に、私の周囲に魔力塊が多数出現する。これらの魔力塊は、一つ一つが同時に大爆発を起こすようだ。
エンカフの魔術だな。複数の魔術を同時に使用しているのではなく、連続で魔術を使用し、爆発するタイミングを同時になるように調節しているのだろう。器用なことをするものだ。
爆発はまだ起きない。そしてスーヤが私の背後に回り、左手の手甲からワイヤーを射出して来る。
だが、ワイヤーを私に絡ませて動きを阻害するわけではないようだな。ワイヤーの先端部に接続されている爪を私にぶつけるつもりのようだ。
ワイヤーに魔力を浸透させてそれぞれの爪がバラバラの動きをする。不意を突いて爪をぶつけるつもりなのだろう。尻尾で対応しよう。
スーヤが射出した極細のワイヤーは小さく、それでいて高速で振動をしており、強い切断力を持っている。と言っても、私には通用しないレベルの切断力なのだが。
それでも通用しないからと使用しないわけではなく、自分に何ができるかを見せてくれる点は評価できるな。
スーヤ自身は私に接近するつもりは無いらしい。
まぁ、私の背後は尻尾があるからな。正面に立つ以上に危険なのだ。彼もそれを本能的に理解しているのかもしれない。
現在、巻き上げられた水の中にはエンカフとフーテンのみだ。ココナナもティシアも、既に別の場所へと移動をしている。
ティシアは私の右手側だ。弓を装備している。だが、矢は装備していない。
距離は30m。彼女の獲物である魔力刃を発生させる道具は、弓の持ち手となっており、魔力刃を発生させる場所から魔力塊が形成される。
ティシアは弓の弦に取り付けられた器具を用いて魔力塊を摘まむと、通常の弓を使用するように弦を引き始めた。
するとどうだろう。魔力塊が引き延ばされ、魔力の矢となったではないか。
あの道具、思った以上に多機能なのだな。この分だと、放たれた矢もタダの矢ではなく、途中で形態を変化させる可能性がありそうだ。
エンカフの用意した魔力塊同様、ティシアも弓矢を放つ様子が今のところない。
波状攻撃を掛けると言っていたように、攻撃をするタイミングを他のメンバーと合わせるのだろう。
では、ココナナはどこにいるかと言うと、彼女はティシアの指示通り上から私に襲い掛かるつもりだ。彼女は今、上空17m付近にいる。
どうやってその高度まで飛び上がったのかと言えば、その答えは"魔導鎧機"の背中と足の裏にあった。
なんと、"魔導鎧機"の背中と足の裏から、炎を噴射して推進力を得たのである!
これには驚かずにはいられなかった。噴射を行い推進力を得る。この技術を魔術具で行えるのは、ヴィシュテングリンぐらいしかできないだろうと思っていたからだ。
効率は当然"ヘンなの"と比べるべくもなく劣っているのだが、それでもまさか個人の冒険者が使用しているとは…。まったくもって見事である!
ココナナはここからどうするのだろうかと期待を膨らませていると、アジーが私の側面に回り始めた。ティシアの反対側である。
回り込むと同時に私の側頭部にハルバートの石突きを突き出す。体を逸らして躱すとしよう。
「ノア姫様ぁ!もうちっとだけアタシとスーヤの相手をしてもらうぜぇ!」
「尻尾の一撃一撃が、重っい!メッチャ弾かれる!」
先程から私に近づいて来るスーヤの爪は尻尾で弾き落としている。スーヤにはかなりの衝撃が伝わっているようだ。
「スーヤ。弾かれる瞬間に魔力の操作を切ると良いよ」
「タイミングが厳しいです!」
「では、できるようになるまでやろうか」
「うひー!」
衝撃を逃がす方法を伝えるのだが、スーヤはそれどころではないようだ。ワイヤーを通じて爪を操作するので手一杯らしい。
なお、石突きを躱されたアジーはめげることなく私に攻撃を繰り返し続けている。突きを躱された後はハルバードを回転させながら刃を私に振り下ろしてきた。それも躱せば、さらにハルバードを振り上げる。その後も彼女の猛攻は止まらない。
アジーの攻撃は休まることは無いが、如何せんどの攻撃も大振りだ。軌道は読みやすく、ある程度実力があるのならば、多少身体能力が彼女より劣っていたとしても容易に回避ができてしまう。
だが、アジーに不満気な様子はない。むしろ、彼女達の予定通りにことが進んでいるようで口の両端が吊り上がっている。
攻撃を躱し続けていると、私の胸の中心に魔術が施された。相手の位置を把握する『
彼女は今、目を閉じて集中している。『票印』の効果を頼りに私に矢を放つつもりだろうか?
そろそろ全員の攻撃がきそうだな。
フーテンも影に潜り、私の近くまで移動している。全員の攻撃に合わせて風の刃でも放つつもりなのだろう。
「ところで、このままだと貴方達巻き添えを喰らうけど、良いの?」
「へっ!承知の上だぜ!」
「ノア様ぁ!お覚悟をぉおおお!!」
ココナナが背部から炎を噴射させて急降下を開始する。ウォーハンマーによるたたきつけを行うようだな。
"魔導鎧機"の重量も加わり、相当な破壊力があるだろう。
アジーとスーヤは、この攻撃とエンカフの魔術、そしてティシアの矢を私に当てるために行動しているようだな。
魔力棒でウォーハンマーを受け止めて威力を確認しようとしたら、更にココナナの落下速度が速まった。
なんと、彼女のウォーハンマーからも炎が噴射し始めたのだ!
そんな仕掛けまで組み込んでいたとは…!まったくもって楽しませてくれる!今晩風呂に入る時にでも、詳しく聞かせてもらおう!
ココナナの攻撃が当たる瞬間を見計らい、ティシアが魔力の矢を放つ。
思った通り、放たれた矢は途中で形状を変化させた。いや、変化ではなく分裂だな。8つに割れて曲線を描きながら私に向かってきたのである。
矢は私の動きに合わせて細かく軌道を修正している。『票印』にとリンクさせているのか、矢は何もしなければ私の心臓部に当たるようになっているらしい。
右手の魔力棒で矢を撃ち落とそうとしたところで、ティシアがフーテンに指示を出した。
「フーテン!」
〈ちょっとは止まってくださいよ!全力で行きますからね!〉
水面から姿を現すと同時に私を中心に竜巻を発生させる。この威力ならばグレイブディーアも無事では済まない威力だ。
まぁ、私には効果が無いのだが。残念ながらフーテンの放った竜巻の威力はテュフォーンの嵐の勢いに劣る。
テュフォーンの嵐の影響を受けない私が、それに劣る威力の竜巻で動きが阻害される訳がなかったのだ。
〈ピョォッ!?全然効果ないじゃないですかーっ!〉
「泣き言言わない!危ないからフーテンはさっさとそこから離れる!」
〈言われなくてももう逃げてますよ!〉
「とぁあああああっ!!!」
この短時間でフーテンとティシアは随分と打ち解けたようだ。羨ましい。
フーテンは影から体を出し、竜巻を発生させると同時に飛び立って私から全速で離れて行った。
そして竜巻の勢いをものともせず、ココナナのウォーハンマーが私に到達する。竜巻の影響は全くと言っていいほど受けていないな。どれ、威力のほどはどうだ?左手の魔力棒で受け止めよう。
おお!見事な一撃だ!破壊力だけならばリナーシェが放つグレートソードの一撃にも迫る威力だな!
これは褒めるべきだろう。"
ココナナの渾身の一撃を微動だにせず受け止めるが、彼女の攻撃はコレで終わりでは無かった。
「ま、まだだぁあああっ!!サニー!このままいっけえええっ!!」
ココナナの叫びと共に、ウォーハンマーからも"魔導鎧機"の背部からも、更に炎が勢いよく噴射されだした!そうなれば当然、彼女はより強力な推進力を得るわけで、私をウォーハンマーで押し付けることになったのだ。
ティシアの放った魔力の矢が私に到達し始めたので、右手の魔力棒で撃ち落としていく。
矢は『票印』の場所に到達するために回避行動をとろうとするのだが、それ以上に速い動きをすれば撃墜は可能だ。
「後は頼んだぜ!ココナナ!エンカフ!やれぇっ!!」
「逃げろ逃げろーっ!」
ココナナが私を押さえつけている間に、爆発の範囲から逃れるようにアジーとスーヤが離れていった。
ココナナの渾身の一撃を確実に当てるためにアジーとスーヤが動きを制限し、その間にエンカフが魔術の準備をする。
ココナナの攻撃が当たる瞬間にティシアが矢を放ち、更に対象の動きを拘束。あわよくばココナナの攻撃で仕留めたいだろうが、それでも仕留めきれなかった時にトドメとしてエンカフの最大火力の魔術を当てる。
それが"ダイバーシティ"達の作戦だな。かなりの練度だったし、元々一筋縄ではいかない強力な魔物などに対しての彼等にとっての必勝パターンだったのかもしれない。
今回はフーテンが加わった事によりさらに成功率が上昇している。
しかし、それはいいのだが、このままではココナナも巻き添えを喰らうのでは?
「ココナナは離れなくて良いの?」
「ご心配なく!」
訊ねてみたら、まるで問題がないようだ。彼女の"魔導鎧機"はこれから起こる大爆発に耐えられるとは思えないのだが、どうするつもりだろうか?
そうこうしている内に周囲の魔力塊が強く光を放ち始め、大爆発を起こす。
本来ならばこれで大抵の魔物を討伐できるだろう。見事な連携である。
ただ、彼等には申し訳ないのだが、私にはまったくダメージにならない。どうせだから、このままココナナがどうやってこの大爆発を凌ぐのかじっくりと観察させてもらおう。
「サニィイーッ!」
ココナナが"魔導鎧機"の名を叫ぶとともに、彼女は"魔導鎧機"の両腕部から魔力の盾を発生させる。そして肩部と腰部を展開させて魔力を放出、いや、噴射させたのだ。その反動でココナナは私から若干距離が離れる。
彼女はまだ爆発の範囲内にいるのだが、それは彼女が発生させた魔力の盾が防いでくれるようだ。それどころか、爆風を利用して離脱まで行っている。
アジーが最初に動いてから大爆発が発生するまでの間、僅か20秒足らず。この短時間でこれほどまでの攻撃を行うとは…。
実に素晴らしい。
時間はたっぷりとあるのだ。もっと彼等の実力を見せてもらうとしよう。
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