第340話 修業の方針

 爆発の際に生じた煙と濃霧によって、"ダイバーシティ"達からは私の姿を視認できていないようだ。

 とは言え、私の魔力は感知できている筈だから、何処に私がいるのかは理解できている筈。

 にも関わらず、"ダイバーシティ"達にその後の行動がない。1ヶ所に集まり、煙と濃霧の中にいる私の様子を黙って見続けているのだ


 これでは、いけないな。折角見事な連携を繰り出して見せたというのに、私ならばあれぐらいで大したダメージにはならないと分かっているだろうに、彼等は行動していないのだ。

 特に消耗して体力や魔力が無くなったわけでも無いのだ。もっと攻めてきてもらわなければ。


 「ど…どうなったんだ…?」

 「『姫君』様の魔力は依然変わらずだ!」

 「全員、攻撃に備えて!」


 "ダイバーシティ"達は私からの反撃に備えることにしたようだ。さて、どうしたものかな?


 考えている内に煙も濃霧も晴れていく。

 爆発が起きる前と全く変化のない私を見て、全員が愕然としていた。


 「か…かすり傷の一つもつかんのか…!」

 「ひょ、ひょっとして…結構お怒りになってる…とか…?」

 「別に怒ってはいないよ?だけど、今の貴方達の行動は、これまでで一番良くない行動だね」

 「えっ…?はぁっ!?」


 疑問に思ったのもつかの間、ティシアが驚愕の声を上げている。

 無理もない。彼女からしてみれば、私が突然アジーの目の前に立っているように見えただろうからな。


 今回は、少し変わった試みを試してみることにした。

 私達が現在立っている場所は、水深20mはある湖の上だ。水面に立っていられるのは、魔術だったり魔力で出来た板のおかげである。


 そして私はこの魔力の板に、少し変化を加えてみたのだ。

 その変化は、魔力の板を動かすこと。私の足と魔力の板を固定して、板を小さな船に見立てて前方、"ダイバーシティ"達の元まで高速で移動させたのだ。


 私自身は全く動いていないため、予備動作がまるでなく、心構えができていなかったのだろう。

 距離を取ろうとしてアジーが後ろに飛び跳ねようとしたのだが、流石に対応が遅すぎる。彼女の額を、魔力棒で軽く叩かせてもらった。


 「痛っっっでぇーーーっ!!」

 「ちょっ!?アジー!?あっ、ヤバッ!?」


 魔力棒には痛みを与える効果を付与させている。それほど強く叩きはしなかったが、叩かれたアジーは額を抑えて非常に痛そうにしている。

 アジーの傍にいたスーヤがその様子に驚いているが、直後にそれが失態だったことに気付いたようだ。


 アジーに気を取られた事で、自分に向かって来ている魔力棒の存在に気付くのが遅くなってしまったのである。回避する間もなく、スーヤも魔力棒の餌食となってしまった。


 スーヤが苦痛の叫びをあげる間もなく、そのままエンカフとティシアも両手の魔力棒で叩く。

 ティシアには若干の余裕があったためか、例の魔力刃を生じる道具で応戦しようとしていたが、魔力刃が形成される前に私の魔力棒が到達してしまった。


 そしてココナナ。彼女に対してはどうしようか少し迷った。

 このまま魔力棒で叩いたとしても、影響を受けるのは彼女ではなく"魔導鎧機マギフレーム"だ。

 普通に叩いたら壊れてしまうかもしれないし、ココナナだけ痛みがなかったら他のメンバーが不公平に感じるだろうからな。


 そこで私は、ココナナの背後に回り、背部から掌で衝撃を伝えるにした。

 正面から衝撃を伝えようとしても、空洞があるため衝撃が伝わり辛い。だが、背面から衝撃を伝えると構造上隙間がないので十分な衝撃が彼女自身に届くのである。

 ただ、内臓に直接ダメージを与える行為のため、例え『不殺結界』を使用していてもダメージが大きくなりそうだった。力の加減は、他のメンバー以上に気を遣うこととなった。


 結局ココナナだけ痛みではなく衝撃を与えることとなってしまい、若干不公平な気もするが、彼女だけ"魔導鎧機"を使用しているのだ。これぐらいの不公平は大目に見てもらおう。


 全員が倒れたことで残るはフーテンのみ。彼は影に潜ったまま出てくる気配が無いのだが、対応は意外と簡単だったりする。目には目を、というヤツだ。


 フーテンを影から引きずり出す場合、何でもいいので影を操る魔術でフーテンが潜っている影に干渉してやればいいのだ。フーテンの魔力操作能力を上回っていれば、彼を影から引きずり出す事ができる。

 "ダイバーシティ"達の中では、エンカフとスーヤができそうだな。他のメンバーでは魔力操作能力が足りなさそうだ。


 さて、影から引きずり出されたフーテンなのだが、とても怯えてしまっている。翼で頭を覆い隠し、震えてしまっているのだ。可愛い。


 〈ぴょぉおお…。い、痛くしないでくださいぃいい…〉


 …ということなので、軽く触れる程度に魔力棒を当てるだけにしておこう。


 〈ぴぎゃぁあああ……ってあれ?思ったより痛くない?〉

 〈今回だけだよ?これから人間達にも説明するけど、戦闘はまだ続けるから、今後は君なりに考えて行動しなさい〉

 〈ぴゃっ!?わ、分かりましたっ!〉


 どうしようか迷ったのだが、流石にこれ以上フーテンから怖がられてしまうと、仲良くなれずに、ずっと怖がられたままになる気がしたのだ。

 この子の主はティシアだが、私だってできることならこの子を抱きかかえたり撫でたりしたい。その為には、必要以上にこの子から怖がられる訳にはいかないのだ。

 今回は少しだけ甘やかすことにした。


 とは言え、フーテンも"ワイルドキャニオン"最深部に生息する魔物だ。

 一般の人間からしてみれば非常に強力な魔物である。ランドラン達ほど甘やかす必要はないだろう。


 痛みを与えたと言っても、肉体のダメージはそれほどでも無い筈だ。『不殺結界』もある事だしな。痛みを感じながらも、"ダイバーシティ"達はゆっくりと立ち上がり始める。

 唯一、痛みではなく衝撃を与えられたココナナも、調子を取り戻したようだ。


 「よ、容赦ねぇ~…」

 「どうなってんの…?ダメージは無いのに、メチャクチャ痛かったんですけど…?」

 「うぅ…びっくりしたぁ…」


 さて、戦闘を始めてからまだ1分も経っていない。集団戦による修業はこれからなのだが、その前に先程の行動を注意しておこう。


 「せっかく見事な連携を行ったというのに、その後が良くなかったね。爆発が終わったのなら、そこから立て続けに攻め続けるべきじゃないかな?私が無事なのも、何処にいるのかも分かっていただろう?」

 「うっ…。で、ですが…視界が塞がってて…」

 「反撃怖かったっス…」


 位置が分かっていても動きまでは分からないとしたら、闇雲に攻撃できないのは、まぁ分かる。近距離戦で相手の動きが分からないのは戦い辛いだろうしな。


 「ティシアやエンカフ、スーヤ、それからココナナは遠距離攻撃手段を持っているだろう?どうして攻撃の手を止めてしまったのかな?」

 「そ、そのぉ…いつものクセでして…」

 「あれで斃せなかった魔物いなかったです…」

 「『姫君』様なら無事だというのは分かっていた筈なのですが…」


 クセ、かぁ…。やはり"ダイバーシティ"達は強力な魔物を仕留める際には先程のような連携を常用していた、ということか。


 これは、戦い方を変えた方が良さそうだな。

 いつも通りに戦わせた場合、頭では分かっていても、彼等が倒せるレベルの魔物を相手にする時のクセが私と戦っている最中に出てしまう可能性がある。


 もとより彼等の連携は十分と言えるのだ。ならば、個人の実力を上げていく方を優先すべきかもしれないな。


 「分かった。それなら、全員、距離を取りなさい」

 「「へ?」」

 「この時間はひたすらに個人の放てる攻撃を強化する修業にしよう。貴方達がどれだけの連携を取れるかは分かったしね。連携を考えずに、思い思いの攻撃を遠慮せずに行ってきなさい。注意点や改善点があったら、潰しながら指摘していくとしよう」

 「つ、潰しながら…」

 「ノア姫様、それって、遠距離攻撃限定?」


 私の提案に、アジーがおそるおそる訊ねてくる。

 彼女は遠距離攻撃ができないわけではないだろうが、主な攻撃手段は近接戦闘だ。

 四方から仲間が全力で遠距離攻撃をする中で、自分もその攻撃を浴びながら戦闘をする気にはなれないのかもしれない。


 「貴女も遠距離攻撃ができないわけではないだろう?いい機会だから、貴女も強力な遠距離攻撃手段を身に付けたらどう?近接戦闘は、この後の個人の模擬戦で行う、と言うことでどうかな?」

 「う~ん…」

 「いいじゃん、そうしなよ!」

 「っていうか、そうしなさい。アンタ、遠距離攻撃が必要な状況になると碌な手段がないからってサボるでしょ?いい機会なんだから、この際に必殺技の一つでも習得しちゃいなさい」


 私の提案に、スーヤとティシアが歓迎する。現状、"ダイバーシティ"が遠距離攻撃を行う場合、アジーには出番がないらしく、それを良いことに1人だけ楽をしているらしい。


 アジーが腕組をしながら熟考すること約30秒。スーヤとティシアの勧めもあって、彼女は遠距離攻撃手段を身に付けることを選んだようだ。


 「では、早速始めようか。さっきみたいに途中で攻撃を止めるようなことはしないでね?それと…」

 「それと?」


 アジーが方針を決めたことで、早速変更した修業を開始しようと思ったのだが、その前に一つ忠告をしようと思ったのだが、遅かったようだ。


 「おわぁあああ!?」

 「遅かったか…」

 「ノア様!?」


 ココナナの頭上に巨大な影が現れ、彼女を覆ったのである。彼女は慌ててその場を離れたわけだが、その直後、巨大な水球が降り注いできたのだ。


 グラシャランの放った攻撃の余波である。


 「わっはっはっはっは!良く動くではないか!では、これならどうだぁ!」

 「「「クキュウ!クキュウーーーッ!!」」」


 相変わらず楽しそうである。ランドドラゴンやランドラン達はグラシャランの攻撃を必死の形相で回避し続けている。

 『不殺結界』があるため当たっても死ぬことは無いだろうが、ダメージにはなるだろうし、それがどの程度のダメージになるのか、あの子達は理解しているようだ。


 「私とランドラン達が走っている最中も彼の攻撃の余波が来たからね。当然それは今も変わらない。攻撃に集中するあまり、グラシャランの攻撃の余波に巻き込まれないようにしようね」

 「マ、マジかよ…」

 「強力な攻撃を行うには、それなり以上の集中が必要になる。だが、攻撃をすることに集中すれば、向こうの攻撃の余波の察知が遅れる…」

 「気の抜けない修業になるな」

 「難易度たっか~!」


 ぼやきながらも攻撃の準備をし始める"ダイバーシティ"達。ここから約1時間、彼等は思い思いに私に攻撃を撃ち続けることとなった。



 私との模擬戦を開始してから1時間後。10分間の休憩を挟んだ後、次は個人での模擬戦だ。

 集団戦の修業は遠距離攻撃の修業になってしまったため、個人での修業は近接戦闘の修業を行うことにした。


 無論、魔術師のエンカフもそれは変わらない。

 人間が魔術を使用する場合、それなりに時間が掛かってしまうのだ。その間に敵に接近された際の対応を学んでおくことは、悪いことではない。


 "ダイバーシティ"達は"二つ星ツインスター"冒険者というだけあって、その辺りのことは十全に理解していたようだ。エンカフも接近された際の対処として、杖を用いた棒術と格闘術を体得していた。

 とは言え、その練度は他のメンバーに比べたら低かったのだが。


 近接戦闘能力が最も高かったのは、やはりアジーだった。彼女はテュフォーンのグレイブを自在に操って見せたように、力だけでなく技量も十分にあった。

 長柄武器の技量だけならば"三ツ星"級の冒険者の中でも上澄みの実力があるのかもしれない。

 尤も、私は実際に"三ツ星"級の冒険者と会ったことがないので、正確な評価ではないが。


 それと、アジーは典型的な近接特化タイプだ。魔術や遠距離攻撃ができないわけではないが、どうしても疎かにしがちなようである。

 この修業期間中に強力な威力を持った遠距離攻撃手段、ティシア曰く必殺技を身に付けようと意気込んでいるが、果たしてできるだろうか?


 いや、修業をつけるのは私なのだ。私がアジーに身に付けさせるぐらいの意気込みで挑むとしよう。


 遠近中、どの距離にも問題無く対応できるのはティシア、スーヤ、ココナナの3人だった。


 ティシアは彼女の獲物であるあの筒状の道具の恩恵が大きいな。魔力を込めることで刀身を槍よりも遥かに長くできるし、遠距離では弓としても扱える。

 後で教えてもらったのだが、あの道具はココナナが古代遺物アーティファクトを参考にして製作した魔術具だった。

 先程の遠距離攻撃手段の修業の際にも使用していた弓も、同じくココナナ製だ。遠距離攻撃手段を得るために、後から開発したらしい。


 スーヤの場合は左手の手甲だな。昨日見せてもらった短刀術や投擲術もさることながら、手甲を用いた戦いも見事だった。

 彼の手甲にはワイヤーが内蔵されている。それを自在に操るところを何度も見せてもらったわけだが、ワイヤーを射出せず、拳による格闘術でも"三ツ星トライスター"級の練度を見せてくれたのだ。


 加えてワイヤーは思った以上に長さがあり、1本の長さが100mもあった。それだけの長さがあれば、真っ直ぐに射出すれば遠距離攻撃手段としては十分だろう。そして、この手甲もココナナが製作したものだった。

 "ダイバーシティ"達の装備はその殆どがココナナが製作した物らしい。当然のように、ティシアが所持している魔力刃を発生させる魔術具とほぼ同性能の武器を"魔導鎧機"も装備していた。ココナナの物はマギブレード、ティシアの物はマギサーベルと名付けたらしい。


 そしてそんな多数の魔術具を製作したココナナだ。やはり"魔導鎧機"は面白い!

 彼女の"魔導鎧機"には、マギブレード以外にもまだ私の知らない機能が搭載されていたのである!


 なんと、腕が飛んできたのだ!

 腕を前方に構えて何をするかと思ったのだが、肘関節当たりの魔力が凝縮したかと思えば、肘関節から魔力が放出されるとともに、肘から先の腕が私の元に凄まじい速度で飛来してきたのである。


 飛ばした腕は肘と鎖で繋がっていて、魔力操作を行うことでスーヤのワイヤーと同じように操作ができるらしい。

 しかも飛ばした腕そのものも操作が可能であり、拳をぶつけるだけでなく、遠くの物を手で掴んだり、武器を持ったまま腕を射出して離れた相手を武器で攻撃することも可能だったのだ!


 素直に、カッコいいと思ってしまった。

 似たような事をヴィルガレッドが行っていたが、アレはあくまでも腕が千切れてしまったからだ。本来ならばやろうとは思えない行動である。


 "魔導鎧機"…私の想像を遥かに超えるカッコよさと面白さだ…。私も搭乗して動かしてみたいのだが、私ではサイズ的に搭乗できないのが残念でならない。ピリカに頼んで、一緒に作ってもらおうか?

 というか、ココナナをピリカに紹介したい。きっと意気投合してとんでもないものを作ってくれそうな気がする。修業が終わり、"ワイルドキャニオン"を出る時にでも聞いてみよう。


 ただ、凄まじい技術の集合体である"魔導鎧機"にも、欠点がある。

 "魔導鎧機"は結局のところ道具の域を出ず、技術や反復行動で攻撃の威力が上がるわけではない。出力がある程度固定されているのだ。

 それ故に、彼女の攻撃をより強力にするためには現在使用している"魔導鎧機"の素材よりも高品質の素材を用いて取り換えることになる。


 この修業期間でそういった素材が手に入れば良いのだが、既に彼女の"魔導鎧機"の素材は最上位に近いものを使用されている。

 今の素材よりも高品質のものとなれば、それこそ"楽園"や"ドラゴンズホール"といった大魔境由来の素材となる。


 "魔導鎧機"を強化できない以上、ココナナには身体能力の向上と"魔導鎧機"の操作技術を磨いてもらうことにした。



 1人につき10分間、計50分の模擬戦を行ったところで午前の修業を終わらせることにした。


 これからキャンプ地に戻って昼食である。

 

 フーテンは勿論、皆にも喜んでもらえるような御馳走を用意するとしよう。

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