第341話 トラウマ

 さて、これからキャンプ地に戻るわけだが、彼等と一緒に戻っては昼食の用意が間に合わない。私は先にキャンプ地まで帰らせてもらうとしよう。


 現状、ランドラン達も"ダイバーシティ"達もかなり消耗した状態だ。キャンプ地まで移動するのにもそれなりに時間が掛かる。

 ランドドラゴンも消耗しているが、私が魔力を流せば彼等よりも遥かに速くキャンプ地に戻れるだろう。


 「それではグラシャラン、また明日も頼むよ」

 「わっはっはっは!こちらこそ楽しませてもらった!明日も楽しみにしていよう!では、さらばだ!」

 「あ、明日以降、毎日アレが続くのか…」

 「クキュウゥ…」

 「はは…無事に終わった時にどれだけ強くなれてるか、楽しみだね…」 


 まだ体力が回復しきっていないためか、皆勢いがない。この調子なら『時間圧縮タイムプレッション』を使用せずとも彼等がキャンプ地までの間に昼食を用意できそうだ。

 私とランドドラゴンは、一足先にキャンプ地まで戻らせてもらうとしよう。


 「それじゃあ、これからキャンプ地に戻って昼食にしよう。先に戻って昼食を用意して来るから、ゆっくりと戻ってくるといい」

 「よ、良かったぁ…。帰りもランニングになるかと思った…」

 「バカ!余計なこと言うな!本当にそうなったらどうするんだ!」

 「ランドラン達も疲れているからやらないよ。疲れないペースで戻ってくると良い。あまり早すぎても、昼食が用意しきれなくなるからね」


 先にキャンプ地に戻る事を告げてグラシャランの住処から離れようと思ったのだが、私が移動を始める前に、アジーが挙手をした。

 何か聞きたい事があるようだ。何だろうか?


 「ノア姫様ぁ…。昼飯も献立注文してもいいっスか…?できるんなら、昨日の晩飯に食ったクリームシチューがまたたべたいんスけど…」

 「ちょっ!?アンタねぇ!遠慮ってもんを知りなさいよ!」

 「アジーのそういうとこ、ボクは尊敬はするけどね…」

 「あ、あああの、アジーの言ったことはお気になさらず…!用意してくれるだけでもホンットありがたいですから…!」


 聞きたいこととは、献立の注文だった。アジーは昼食でも昨日と同じ物を食べたいそうだ。

 別に問題はない。アジーはクリームシチューという料理が特に好きらしい。

 私も美味いと思っているし、おそらく今後も彼女は何度も注文するのだろう。どうせだから大量に作ってしまおう。


 「構わないよ。他の皆は何か要望はある?昨日言った通り、一品だけ受け付けよう。尤も、私が知っている料理に限るけど」

 「じゃ、じゃあボロネーゼお願いします!」

 「チーズたっぷりのピザが食べたいです!」

 「お前ら、いつも思うが野菜も食べろよ…。ああ、私はラタトゥーユを…」


 "ダイバーシティ"達が注文した料理はどれも私が読んだ料理の本に記載されていた料理だ。家で作ったこともあったので、問題無い。


 「ティシアは?ああ、パルフェがあるから、デザートは無しだよ?」

 「う゛っ…。それじゃあ、チャーハンお願いします…」

 「うん。それじゃあ、先に行って作っておくね。さ、待たせたね。キャンプ地に行こう!」

 「グルァウッ!」


 全員の要望を確認し、ランドドラゴンに指示を出す。この子も大分消耗してしまっているが、私が魔力を流すことである程度疲れは緩和されるらしい。

 とは言え、無理をさせるわけにはいかない。全速力で走らなくてもいいと伝えておこう。



 キャンプ地に到着し、昼食を作っていると、ランドドラゴンが私の傍に来てうな垂れだした。

 何やら落ち込んでいるらしい。調理は『幻実影ファンタマイマス』の幻に任せて、私自身はこの子に構うとしよう。


 「どうかしたの?」

 〈姫様。俺ハ、弱イノカ?〉


 ランドドラゴンの頭を撫でながらうな垂れている理由を訊ねてみると、昨日までのこの子とは思えないほど弱気な意見が出てきた。


 "ワイルドキャニオン"に生息している魔物は、魔境の外に生息している魔物よりも強力な魔物ばかりだからな。中にはグレイブディーアのように今のランドドラゴンよりも強い魔物もいたりする。


 だが、この子が落ち込んでいるのは別の理由だ。どうやらグラシャランと戦った際に"ダイバーシティ"達の実力も把握できたらしい。

 自分の実力が彼等に劣っていることを悟ってしまったようだ。


 「君が弱いんじゃないよ。ただ、君よりも強い者が世の中には沢山いるというだけの話さ」

 「グォウ…〈ツマリ、アイツ等ヨリ弱インダナ…〉」


 そんなに悲しそうな鳴き声を出さないでほしい。甘やかしたくなってしまうじゃないか。首周りを優しく抱きしめながら慰めておこう。


 「昨日もここに来る前に言ったよね?私は君にあの人間達よりも強くなって欲しいって。君はこれからドンドン強くなれるんだ。落ち込んでなんていられないよ?」

 「グアォ…?〈アノ人間達ヨリモ、強クナレルノカ…?〉」

 「なれるとも」


 "ダイバーシティ"達の活躍を見て、すっかり自分の強さに自信を無くしてしまったようだ。

 確かに、彼等は今のランドドラゴンよりも強い。昼食の後は彼等と戦ってもらうことになるのだが、最初の内はあっけなく敗北してしまうだろう。


 だが、私には分かっている。この子の成長速度ならば2週間もあれば"ダイバーシティ"達よりも強くなれると。

 その時には、この子にオーカムヅミの果実を食べさせてあげようと思っている。

 こうして触れ合っていることで分かってきたのだが、多分そのタイミングでこの子は進化する。"楽園浅部"の蜥蜴人リザードマン達に預けても問題無いだけの強さになる。


 だが、ここまで落ち込んでいるランドドラゴンにそれを言っても、半信半疑で受け入れる事ができないかもしれない。


 一口だけ、食べさせてあげようか?


 『収納』からオーカムヅミの果実を採り出し、小さく切り分ける。それだけで甘く芳醇な香りが辺りに漂う。

 ランドドラゴンもこの香りは嫌いではないらしい。先程までとは打って変わって瞳を輝かせている。気に入ってくれたようだ。


 「私の家の近くで取れる果実だよ。食べる?」

 「………」


 小さく切り取った果肉をランドドラゴンに差し出すと、この子は口を閉じたまま固まってしまった。何やら必死に我慢しているような様子だ。

 この程度の大きさならばこの子の体には影響を与えないだろうし、食べても問題無いのだが、食べるわけにはいかない何かがこの子にはあるようだ。


 20秒ほど固まった後、ランドドラゴンは果実を食べない意思を示した。


 〈姫様。俺、ソレハ、マダ食ベラレナイ。食ベチャイケナイ。俺ガ人間達ヨリ強クナッタラ、ソノ時ニ食ベサセテホシイ〉


 慰めるつもりでオーカムヅミを提供したのだが、それが情けによるものだとランドドラゴンは理解したようだ。

 その瞳には闘志が宿っている。


 ならば、差し出した果実は私が食べてしまおう。

 口に含んだ瞬間、ランドドラゴンは唖然としてしまったが、別の果実を『収納』から取り出すと、安堵の表情を見せた。


 「君が彼等よりも強くなったら、その時はコレを君に渡すよ。君にも分かると思うけど、コレにはとても強い魔力が込められている。今の君がコレを1個食べてしまったら、体が持たないだろうね」

 「グルルゥ〈ダケド、俺ガ強クナッタ後ナラ…〉」

 「断言する。君は、より強い、新たなドラゴンに進化するよ。それこそ、一緒にこの場所に来た人間達よりも、遥かに強いドラゴンにね」

 「ガァウ!?〈ソウシタラ、姫様ハ俺ノコト、認メテクレルカ!?〉」

 「認めるよ。だから、例えこの先誰かに負けることがあったとしても、落ち込まずに修業に励みなさい」

 「ガウ!ガウ!〈分カッタ!俺、頑張ル!〉」


 以前の調子を取り戻してくれたようだ。頭を撫でておこう。今のこの子ならばきっと、昼食後の"ダイバーシティ"達との戦いでも気落ちせず勇猛果敢に戦って見せてくれるだろう。楽しみだ。



 その後も昼食は幻に任せて"ダイバーシティ"達がキャンプ地の近くに来るまでの間、私は存分にランドドラゴンを可愛がることにした。


 一緒に川に入って水浴びをしたり、川で釣りをして釣った魚をオヤツ代わりに食べさせてあげたりもした。

 午前中は碌に甘える事ができなかったからか、とにかく私にすり寄って来るのがとても可愛らしい。私にとってとても至福な時間だった。


 そうしてランドドラゴンと一緒に川で戯れていると、"ダイバーシティ"達もキャンプ地に戻ってきた。


 食卓への配膳は既に幻によって終わらせている。勿論、ランドドラゴンやランドラン達とフーテンの分もだ。全員に『清浄ピュアリッシング』を掛けたら早速昼食にしよう。


 「皆お疲れ様。昼食の準備はできているから、早速食べようか。たくさん食べて、午後の修業に備えるとしよう」

 「「「グキュウ~~~」」」「「クキュキュウ!」」

 「あ゛ー、ハラ減ったぁー。こうして戻って来たらすぐに飯が食えるって、マジでありがてぇよなぁ」

 「しかも体もあっという間にキレイにしてもらえるもんね!修業の厳しさが報われるよ!」

 「食事やデザートにお風呂がなかったら、耐えられた自信がないわ…」


 食事の香りに誘われるように席に着き、食事の挨拶と共に全員が物凄い勢いで食事を口に運び始めた。私も食べるとしよう。


 味見は当然したし、今回も問題無く調理できた。"ダイバーシティ"達だけでなく、ランドドラゴンやランドラン達もお代わりを要求してきた。

 "ダイバーシティ"達は容器の大きさの問題で盛り付けられる量に限りがあるが、あの子達はそういうわけでは無いのだ。次からは始めからもっと沢山用意しておこう。


 昼食を食べていると、フーテンがティシアの肩に止まり、笑顔で口に運んでいる食事に視線を集中している。

 食卓に並んでいる料理には"ダイバーシティ"達が注文した料理だけでなく、私が食べたいと思った料理も並べられている。川で釣った魚だったり、肉料理だったり、パンだったり様々だ。


 ティシアが私に注文したのはチャーハンたが、それ以外の料理も当然口に運んでいる。フーテンは私が食べようと思って作った肉料理に興味がわいたようなのだ。


 〈姫様姫様!ワタクシもこちらに並べられてる食べ物に興味があります!食べてみたいです!ワタクシも食べて良いですか!?〉

 「君が見ているのはティシアが食べる料理だから、こっちにおいで?私のなら食べて良いから」

 〈ひ、姫様から頂くなど、恐れ多いです!というわけで主!ワタクシにも食べさせてください!〉


 なんてこった。私はまだフーテンから怖がられているらしい。モフモフした毛並みを撫でながら料理を食べさせてあげようと思っていたのだが、彼は私に近づこうとしてくれない。


 しかし、ティシアはフーテンに自分の料理を食べさせるだろうか?


 「しょうがないわねぇ…。熱いから、気を付けて食べなさいよ?ハイ」

 〈ありがとう!ありがとう主!……なんですかこの食べ物!?匂いで何となく分かってましたけど、こんなおいしいもの今まで食べたことありませんよ!?人間の食べ物ってこんなにおいしいんですか!?〉


 ああっ!?何の躊躇いもなくフーテンに自分の料理を食べさせている!?私がやりたかったのにっ!

 しかも食べさせながら頭を撫でているし!フーテンも凄く嬉しそうだし!

 料理を美味いと言って喜んでくれたのは嬉しいが、その料理を作ったのは私なんだぞ!?私にも感謝してくれ!


 「そうねぇ。人間は美味しいものに目がない生き物だから。他にもたくさん美味しい食べ物があるわよ?」

 〈素晴らしい!素晴らしい!ワタクシ、主の配下になって良かったです!ワタクシにもっと人間の食べ物食べさせてください!〉

 「はいはい、いい子にしてたら食べさせてあげるわよ。ふふ、可愛い」


 なんて羨ましい…。私もフーテンを撫でたり抱きかかえたり料理を食べさせたりしたい…。しかし怖がられているからできそうもない!


 くそぅっ!なぜあの時の私はフーテンを美味そうだからと食べようとしてしまったのか!?でも美味そうだったのだから仕方がない!


 ………仕方がない。今は、今は引き下がろう。時間はまだ沢山あるんだ。時間を掛けてでもフーテンと仲良くなって見せるとも!

 怖がりのウルミラだって今では私に甘えてくれるのだ。諦めずに接していけば、いつかは必ず心を開いてくれる筈だ!


 「…ねぇ、ティシアって、気付いてると思う?」

 「んなわきゃねぇだろ。懐かれて舞い上がってんだよ」

 「目を合わせようとするなよ?気絶するかもしれん…」

 「さっきまで凄く美味しかったのに…段々味が分からなくなってきた…」


 しまった!羨ましさのあまり、感情と共に魔力が漏れてしまったようだ!ティシアとフーテン以外が怯えだしてしまった!

 ティシアとフーテンを怯えさせないために意識していたためなのかそれ以外の者達に私の感情と魔力が伝わってしまっている!

 気持ちを鎮めよう…。深呼吸して、魔力を抑えるのだ…。


 良し、周囲の緊張は解けたな。彼等に不要な緊張感を与えてしまったことを詫びておこう。


 「済まない。大人げなかったね。気を付けよう」

 「あ、い、いえ!こちらこそスミマセン!」

 「え?何?どうしたの?」


 フーテンとティシアだけは状況が飲み込めずに首を傾げている。

 同じタイミングで揃って同じ角度で首を傾げないでもらえないか?とても可愛らしくて羨ましいんだが?


 「…あんま、ノア姫様の前でフーテンを甘やかすなよ?」

 「メッチャ羨ましがられてたからね?ノア様が動物好きなの、聞いたでしょ?」

 「あっ!?あー…っと、はい、気を付けます…。フーテン?ノア様は凄く優しい方だからね?怖がること無いのよ?」

 〈主は分かっていないのです!姫様がどれだけ恐ろしい御方なのか!姫様がその気になったら私など一口でペロリなのですよ!?〉


 くぅっ!実際に本気で食べようとしていたから否定ができない!私はフーテンにとてつもないトラウマを与えてしまったようだ!


 だが、それでも私は諦めないぞ…!必ずフーテンと打ち解けて見せるのだ…!



 そんなやり取りもあったが、食事自体は平穏に終わり、1時間腹を休めたら午後の修業の始まりだ。


 ランドドラゴンと"ダイバーシティ"達との実戦形式の戦闘である。


 負傷の心配はせず、存分に戦ってもらおうか。

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