第342話 ランドドラゴン、進化!

 結論から言おう。ランドドラゴンの進化は思ったよりも速くなるかもしれない。


 ランドドラゴンと"ダイバーシティ"達の戦いは私が予想していた通り、"ダイバーシティ"達の勝利で終わった。しかもそれほど時間を掛けずに、だ。


 戦闘開始と同時に最初にランドドラゴンがとった行動は、なんとドラゴンブレスだった。

 あの子の保有魔力ではまだドラゴンブレスを放つことができなかったのだが、それはこの場所、魔境"ワイルドキャニオン"が解決してくれた。


 ランドドラゴンは後ろ足を地面に固定させた後に頭を前に突き出し、尻尾を後方へ真っ直ぐに伸ばす事によって、尻尾の先端から頭部までの骨格を一直線にさせた。

 その後、尻尾から周囲の魔力を吸収しだしたのである。


 現在地は魔境。それも最深部だ。地面はおろか、空気中にすら魔力量も人間達の生活圏よりも豊富に存在している。

 ドラゴンブレスを放つための魔力は、十分に回収できるのだ。


 そうして回収した魔力を急速に頭部、というよりも喉まで送り込み、一気に口から放出したのである。


 流石にドラゴンブレスを、しかも初手から放って来るとは思っていなかったらしく、"ダイバーシティ"達もかなり慌てていた。

 だが、そこは熟練の冒険者達だ。グラシャランとの戦いでも初見である程度対応できただけあって、ドラゴンブレスにも彼等は対応して見せた。


 ランドドラゴンは特定の姿勢を取らなければブレスを放てなかったようで、首を捻ったり軸足を変えてブレスの向きを変える事ができなかったのだ。そこを攻められたのだである。


 後足を地面に固定していることでドラゴンブレスの反動を抑えることはできた。だが、それはつまり身動きが取れない状態でもあるのだ。

 散開してランドドラゴンの両側面に移動したスーヤのワイヤーとココナナの"魔導鎧機マギフレーム"から射出された腕があの子の両後ろ足を捉え、2人はそのままあの子の後方へと移動したのである。


 そのタイミングでフーテンがランドドラゴンの足元から突風を発生させた。

 いくら足を地面に固定しているからといっても、地面そのものを吹き飛ばされてはどうしようもない。


 反動を抑えていた足が地面から離れ、ランドドラゴンは大きく後方へ吹き飛ぶ形となった。

 そしてあの子が体制を整える前に、エンカフが魔術で岩の壁をあの子の背後に生み出した。後方へ吹き飛んだあの子は、岩の壁に貼り付けられたのだ。


 後はアジーとティシアによる同時の斬撃でトドメだ。結果的に、ランドドラゴンはその実力の殆どを見せることなく敗北してしまった。


 戦いが終わった後のランドドラゴンは、非常に悔しそうだった。

 負けたことが悔しかったのではない。自分にはもっとできることがあった筈なのに、それを生かす事ができなかったことが悔しかったのだ。


 だから、その後のランドドラゴンの勢いは凄まじかった。

 あの子は一回戦ったらそれで終わりだと思っていたようだが、何回か戦闘を繰り返すと伝えると、初戦の時以上に闘志を漲らせたのだ。


 2戦目以降のあの子は、ドラゴンブレスを放とうとしなかった。それで正解だ。


 行動が制限されるような攻撃、まして前準備が必要な攻撃など、相手が万全の状態の時に使うものではない。対応して下さいと言っているようなものだからだ。

 実際、"ダイバーシティ"達はドラゴンブレスが来るとは思ってはいなかったものの、何かを仕掛けてくることは把握できていたから、いつでも散開できるように準備していた。


 その反省を踏まえ、2戦目以降のランドドラゴンは持ち前の脚力を生かし戦いを行うようになった。

 角を突き出した突進や、突進の勢いを利用しての体当たりや尻尾の薙ぎ払い、牽制に飛爪も放っていた。


 飛爪は主にフーテン用だな。

 足元を吹き飛ばされたことが余程癪に触ったのだろう。視界に入った途端、執拗に飛爪を浴びせていた。

 だが、フーテンに対してはそれぐらいしか攻撃を行っていなかった。むしろ、"ダイバーシティ"達に向けられた攻撃の方がより苛烈だったのだ。


 爪に魔力を纏わせ、それを放てるのであれば、尻尾でも同じ事ができても何もおかしくは無いのだ。

 ランドドラゴンが勢いをつけて振り回した尻尾から、魔力の波が撃ち出された。しかも、河原の石を巻き込み、石礫も加わっていたのだ。まともに喰らえば、例え"ダイバーシティ"達でも『不殺結界』がなければ無事では済まない威力になっている。

 彼等は、ドラゴンブレスの時以上に驚愕していた。


 それでも、流石に5人と1羽を同時に相手取るのは、ランドドラゴンと言えど厳しかった。

 決して一ヶ所に固まらず、周囲を囲むように陣取った"ダイバーシティ"達に、攻撃の隙を突かれ、徐々に追い詰められていったのである。


 この日、ランドドラゴンは結局"ダイバーシティ"達に勝利はできなかった。

 それはいい。あの子もそのことを理解していたようだしな。明日以降も勝てない日々が続く事になるだろう。


 なお、ランドドラゴンが"ダイバーシティ"達と修業をしている間、ランドラン達にはひたすら川に入ってある程度沈んでもらった。その上で走っても前に進む事はなく、ひたすらに押し流される状態でその場を走り続けてもらったのだ。

 これで脚力と持久力を身に付けてもらうことにした。


 ランドランの修業が走ってばかりの修業になっているが、この子達の本分は走る事だ。戦闘行動は殆どこの子達に騎乗した"ダイバーシティ"達が行う。この子達はその補佐ができればいいのだ。



 午後の修業の後半。"ダイバーシティ"達が昨日と同様に私が結界内に招き入れた魔物と戦っている間、ランドドラゴンに密林で好きに戦ってくるように告げると、あの子は黙って川を上っていった。そしてキャンプ地に帰る頃には、魔術による治療が必要なほどボロボロになっていたのだ。

 当然、帰ってくる前に治療しておいた。昨日と同様、幻を付けていたからな。


 何故、それほどまでにボロボロになっていたのか?

 なんと、驚いたことにランドドラゴンはグラシャランの元を訪ね、修行を付けてもらいに行っていたのだ!


 単身で自分の元へ行き、修業を付けるように頼み込んだランドドラゴンに対し、グラシャランは大喜びだった。


 「わぁっはっはっは!思った以上に気概のある小僧ではないか!その意気や良し!存分に鍛えてやろうではないか!そういうわけだ、姫よ!無粋な真似はしないでいただこう!」


 当然、グラシャランには私がランドドラゴンに幻を付けていることがバレているので、自分達の修業に介入しないように願って来た。

 彼は、『不殺結界』を使用するなと言ってきたのである。


 ランドドラゴンもそのつもりでグラシャランの元へ訪れたようなのだ。負傷の心配がない状況では、生ぬるいと考えたのかもしれない。


 心苦しいが、それが望みと言うのであれば手出しをするわけにはいかないな。

 だが、本当に危険な状況になったのなら手を出させてもらう。その時点で修業は中止だ。キャンプ地に連れ戻すし、グラシャランにも[やり過ぎだ]と文句を言ってやるつもりだった。


 で、文句をグラシャランに言ったかというと、言っていない。ランドドラゴンは、無事にグラシャランとの単独修業を乗り切ったのである。


 それどころか、ランドドラゴンは確かな手ごたえを感じたのか、非常に満足気であり誇らしげであったのだ。


 意外にも、グラシャランは加減というものができる水棲人サハギンだったようだ。

 これならば、明日以降の修業も少々不安は残るがランドドラゴンを任せても大丈夫だろう。帰る際に治療をするので、幻は付けておくが。



 ランドドラゴンがキャンプ地に戻ってきた後は昨日と同じである。存分に食事を取り、風呂に入ってのんびりと夜を過ごす事になった。


 と、言いたかったのだが、そうもいかなかった。

 風呂に入る際に、ティシアがフーテンを連れてきたのである!


 てっきりフーテンもランドドラゴン達と同じ風呂場に入ると思っていたら、まさかティシアが自分で洗いたいからと女性用の風呂場に連れてきたのである!


 なんてこった…。今度こそフーテンと触れ合えると思ったのに、またしてもティシアがあの子の面倒を見ることになったのだ。

 体を洗われ、お湯に濡れて小さく萎んだようになったフーテンが、これまた可愛らしかった。


 〈体が重いですよ!暖かいのはいいですけど、これではワタクシ飛べません!早く羽根を乾かして下さい!〉

 「まぁまぁ、良いじゃない。もうちょっと浸かってなさい。ホラ、抱えててあげるから」


 羨ましい!フーテンを食べると言った時に忌避感を出していた時からそうじゃないかと思っていたが、ティシアも相当な動物好きだな!?そういえば、彼女はランドランのこともとても可愛がっていた!

 間違いない!彼女は修業の間中、フーテンをずっと可愛がるつもりだ!これでは私がフーテンと交流する機会が少なくなってしまう!


 ああ!フーテンもお湯に浸かる感覚が気持ちいいのか、とても幸せそうな表情をしている!それを見ているティシアも幸せそうだ!私もソレやりたい!


 「♪~」

 「おい、おいティシア…ほどほどにしとけっつっただろ…おい!」

 「♪~お風呂から出たら、しっかりと羽根を乾かしてあげるからね~。今まで以上にフワッフワのツヤッツヤの羽根になるからね~」


 そうだろうな。きっと羽根が渇いたフーテンは今までよりもとてもフワフワのモフモフになる筈だ。さぞ、触り心地が良いんだろうなぁ…。私も触りたいなぁ…。


 「だ…駄目だコイツ…アタシの声が届いちゃいねぇ…」

 「………」

 「ノ、ノア様!サニーのことで聞きたい事ありますか!?何でも応えますよ!?」


 ああ、良いな。うん。"魔導鎧機"、カッコいいもんな。うん。この際だから色々と聞かせてもらうとしよう。

 私が搭乗して操る以外にも"魔導鎧機"は家で何かの役に立ちそうなのだ。

 それが何かはまだ分からないが、一台ぐらい、家の広場に置いておきたいと思うのだ。時間が掛かっても良いから、作れるようにしておこう。


 そしてフーテンと触れ合えない悲しみはランドドラゴンとランドラン達に慰めてもらうとしよう。

 ああ、やはり私のことを恐れずに甘えてくれるこの子達は、私の癒しだ。存分に可愛がるとしよう。


 風呂から出て、十分に冷えたリジェネポーションを飲んだ後は、自由時間だ。羽根が渇いたフーテンが非常に上機嫌になっていた。


 〈見て下さいこのフワフワ具合!このツヤ!この毛並み!ワタクシ、モテモテになっちゃいまよ!〉

 「フフフ、そうね。すっごく可愛い!寝る時が楽しみだわ~!」


 ティシアは寝る時にフーテンを抱きかかえて寝るらしい。そして自由時間中はフーテンとひたすら戯れるらしい。


 …魔物使いは魔物と心を通わせることが重要なので、当然推奨される行動なのだが、それにしたって羨ましすぎる!

 家に帰ったら今まで以上に皆のことをモフモフしよう!そうしよう!


 そして今の私は、私に甘えてくれるランドドラゴンとランドラン達をたっぷりと甘やかしてやるのだ。

 ランドラン達も夜になったら沢山撫でると言った言葉を覚えていたから、今まで以上に私に甘えてきてくれる。

 フーテンに、動物に好かれたいと願っていたからか、今の私にはこの子達が撫でて欲しい場所が、撫でたら喜ぶ場所が手に取るように理解できる。力加減もだ。

 気のすむまで撫でまわして、虜にしてやろうではないか!


 それをとても喜んでくれたのは良かったのだが、やり過ぎた。

 後日、あの子達は私に懐きすぎて"ダイバーシティ"の言うことを聞き辛くなってしまったのである。


 修業が終わる頃には何とか皆元の関係に戻ったのだが、フーテンと仲良くできないからと八つ当たり気味に可愛がり過ぎたのが原因で起きたことだ。反省するとともに今後の行動に気を付けよう。


 甘えてきてくれるからと言って、既にパートナーがいる者を構い過ぎるのは、良くないのだ。最悪、パートナーとの関係に亀裂が生じてしまうかもしれないからな。



 そんなこんなで修業を開始してから12日目。ついに、ランドドラゴンが"ダイバーシティ"達に勝利した。

 勝利後に上げたあの子の雄叫びは、きっとグラシャランの耳にも届いた事だろう。


 グラシャランに反応速度と状況判断能力を鍛え上げられ、彼等の連携が通用しなくなったのだ。

 勿論、それだけが理由ではない。過酷な戦闘を繰り返す事で、ランドドラゴンの身体能力や魔力、生物強度は飛躍的に上昇していったのだ。今のあの子になら、オーカムヅミを食べさせても全く問題ないだろう。


 その日の夕食を終え、風呂を上がった後、約束の時はきた。


 いつものように甘えてくるランドラン達を落ち着かせ、ランドドラゴンに視線を向ける。いつもと違い、神妙な面持ちで頭を下げて伏せているのだ。


 これからオーカムヅミを食べ、ランドドラゴンから別のドラゴンへと進化し、私の配下になることを理解しているのだろう。


 家の皆には既にランドドラゴンの事を伝えている。

 あの子達から見たら、ランドドラゴンの強さは例え進化したとしても歯牙にもかけないものだろう。それでも、あの子達はランドドラゴンのことを認めてくれた。


 私の広場に住むことはできずとも、"楽園"の住民として歓迎する意思を示してくれたのだ。


 皆の気持ちがとても嬉しい。オーカムヅミの皮を剥けば、辺り一面にオーカムヅミ特有の甘く芳醇な香りが立ち込める。一緒にいたランドラン達もこの匂いに魅了されたようだ。

 匂いの元であるオーカムヅミの果肉に視線が釘付けになっている。


 だが、この果肉はランドドラゴンの物である。それに、この子達ではオーカムヅミの魔力に耐えられないだろうからな。食べさせてあげるわけにはいかないのである。


 なお、"ダイバーシティ"達にオーカムヅミのことを知られる訳にはいかないので、今は匂いを遮断する結界を周囲に展開している。


 さぁ、種子を取り出して果肉をランドドラゴンに渡すとしよう。


 「これまでよく頑張ったね。約束の果実だよ。遠慮なく食べるといい」

 「グルァウ!〈イタダキマス!〉」


 顔を上げ、一口でオーカムヅミの果肉を口の中に入れると、ランドドラゴンは目を見開くと同時に空を仰ぎ咆哮を上げた。


 その後、ランドドラゴンは黒を基調とした緑と紫に輝く繭のような物に覆われだしてしまった。進化が始まったのである。


 ランドドラゴンの放った咆哮と繭の輝きに、"ダイバーシティ"達も驚いてこの場に駆けつけて来た。オーカムヅミの匂いは既に『清浄ピュアリッシング』で消去済みだ。問題無い。


 「ええっ!?ちょ、ノア様!?なんなんですかコレェ!?」

 「馬鹿デケェ咆哮が聞こえたんスけど、アレってやっぱランドドラゴンの咆哮なんスか!?」

 「そうだね。そして、もうランドドラゴンではなくなるよ」


 繭を見て驚き状況を訊ねる"ダイバーシティ"達に、短く答える。今すぐに進化が完了するわけではないからな。

 進化が完了するのは、明日の朝になるだろう。実に楽しみである。


 「ま、まさか、進化しているというのか…!?」

 「え゛っ。それってつまり、今日以上に強くなるってこと…?」

 「これからは、私達が鍛えられる番、ということだな…」


 明日以降にどのようなドラゴンを相手にすることになるのか、"ダイバーシティ"達が戦慄して慄いている。

 ランドドラゴンがどのようなドラゴンになるのかは、私にも分からない。こればかりは、進化が完了するまで待つしかないのだ。


 「私の見立てでは、明日の朝には進化が完了して新しい姿を見せてくれるだろうから、今は大人しく待つとしよう」

 〈あわわわわわ…。この繭から姫様と似たような魔力を感じますよ!あの少年、とんでもないドラゴンに進化しちゃいますよ!〉

 「君も負けてられないね」

 〈何をおっしゃいますか!ワタクシは少年ほど若くないのですよ!?進化をするにはもっと時間が必要です!〉


 慄いているのは人間だけではない。

 フーテンも繭から私に近い魔力を感じ取ったのだ。彼は"ダイバーシティ"達よりも正確に進化した後の強さを感じ取っているのだろう。


 それと、嬉しいことにこれまでの12日間でフーテンともそれなりに打ち解けることができた。

 未だに恐れられてなかなか触らせてもらえないのだが、今まで食べて来た人間の料理が私が作った物だと知ると、この子は少しだけ私に心を開いてくれたのだ。

 それ以降、何かとフーテンとは会話をするようになったのである。今ではこうして声を掛けても緊張されるようなことは無くなった。


 …鳥類の魔物や魔獣に気に入られたければ、美味い食事を彼等に提供すればいいのだろうか?食事で態度がこうも変わるところを見ると、どうしてもレイブランとヤタールを想像してしまうな。

 それはそれで可愛らしくて構わないが。


 さて、就寝の時間までランドラン達を何時ものように可愛がったら、私も寝袋に入るとしよう。

 ランドドラゴンの新たな姿に期待で胸が弾むが、寝袋に入ってしまえば問題無い。


 私は、いつものようにまどろみと共に意識を手放した。

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