第343話 共に大空へ

 今日もレイブランとヤタールに起こされ、快適な朝を迎える。そしてテントにまで伝わる、この辺りでは感じられない魔力と強力なドラゴンの因子にを感じ取り、喜びのあまり自然と笑みがこぼれた。

 まだ『通話』が切れていなかったレイブランとヤタールにも、私の喜びは伝わったようだ。


 〈ノア様が嬉しそうよ!〉〈喜んでるのが分かるのよ!〉

 「うん。思った以上に力を得たみたいでね、嬉しいんだ」

 〈その子を"楽園"に連れてくるのが楽しみなのよ!〉〈早く見てみたいわ!他の皆もそう思ってるわ!〉


 私が連れてくる新たなドラゴンに、皆興味が尽きないらしい。

 とは言え、流石に広場に連れて行くことはできないだろうから、私の記憶映像を見せるだけになるだろうな。


 あの子を預ける予定の蜥蜴人リザードマンの集落に皆を連れて行ったら、蜥蜴人達だけでなく、"楽園"を探索している人間達まで大騒ぎになるだろうし、あの子が皆と会うのは、まだしばらく先の話になるだろう。


 テントから出て食事の支度を始めようとすれば、あの子の方から私の元に来て、流暢な言葉づかいで挨拶をしてきた。


 「姫様。おはようございます」

 「おはよう。声を出して喋れるようになったんだね」


 これは珍しい変化だ。なにせ"ドラゴンズホール"のハイ・ドラゴン達でさえ、声ではなく思念によって会話をしていたのだ。

 私の知る限り、声を用いて会話ができるドラゴンはヴィルガレッドしか知らない。


 そして、この子の容姿である。進化というだけあって、かなり大きな変化が生じたようだ。


 まず一目見て分かるのは体色だ。

 ランドドラゴンの時は暗い緑色をしていたが、今では以前の私の髪や尻尾の鱗と同じく、緑と紫の光沢を放つ黒い鱗に覆われているのだ。と言うか、魔力色まで橙から緑と紫に変化してしまっている。

 例え進化したとしても、魔力色が変わることなど滅多にない筈なのだが、どれだけ影響力が強いんだ、私の魔力は。


 意外な事に体は進化前よりも小さくなっていて、ランドランよりも2回り以上は大きかった体が、今では1回り大きい程度の大きさまでダウンサイジングしていた。


 勿論、変化は体色や魔力色、そして身体の大きさだけではない。この子には新たな部位がいくつか発生していた。


 新たな体の部位でまず目につくのは、一対の翼のような部位だ。

 後ろ足の付け根よりも少し前方から、腕のような関節を経て発生している。可動範囲は非常に広そうだ。


 だが、一般的なドラゴンの翼と違って、皮膜は無い。分かりやすい例えを出すのなら、分厚い盾、とでもいうべき形状をした部位だろうか?

 構造的にこの盾のような部位は、翼を広げるというよりも展開する、と捉えた方が良いかもしれない。


 次に目に付くのは背中だ。両前足の少し後ろ、そしてその少し内側に、大きな突起がそれぞれ発生していた。

 私が乗った際に背もたれとしてちょうどよく、それでいて背骨に当たる場所には突起は無い。つまり、尻尾をそのまま降ろせるのだ。とてもありがたい。


 突起の背面は空洞になっていた。そして理解する。

 この突起は、私の翼と同じだと。この子は、魔力を噴射して推進力を得る器官、噴射孔を手に入れたのだ。


 間違いなく私の魔力を与えていたことが影響しているのだろう。この子自身の身体能力が上昇していることも考えると、途轍もない速度で走ることができそうだ。人間の生活圏内ならば、最速の生物になるんじゃないだろうか?

 まぁ、この子は"楽園"に連れて行ってしまうのだが。


 最後に尻尾だ。この部位も私の魔力に影響を受けたらしい。

 尻尾の先端に、私の鰭剣きけんと同じく、直剣のように鋭いヒレのような部位が新たに発生していた。


 鋭いとは言ったが、流石にオーカムヅミの外果皮を切断できるほどではない。

 だが、触れてみた際の強度から考えて、この場所の河原の石を切断することぐらいは訳もなく行えそうだ。


 ランドドラゴンとはかなりかけ離れた姿となったが、この子は自分の体を上手く動かす事ができるのだろうか?


 訊ねようと思ったのだが、先程からこの子は伏せた状態のまま動こうとしない。具合が悪いわけではないようだが、どうしたというのだろうか?


 「姫様。進化を果たす以前の姫様に対する非礼をお詫びさせていただきます」

 「?どういうこと?別に、君は私に対して失礼な態度を取っていないよ?」


 私に対して非礼?この子は私に甘えて来てはいたが、失礼な態度はとっていなかったように思えたのだが、この子はそうは思っていないようだ。どういった点が、失礼な態度に思えたのだろう?


 というか、進化した途端に随分と堅苦しい喋り方になってしまったな。しかも、どこか無理をしているような気さえする。


 「例え姫様がそのように思っていなくとも!以前の俺の態度は、言葉遣いは、姫様に行っていいものではなかった!それが、進化を果たした時に分かったのです…!」


 この子は、進化をしたことで精神的に少し成長したと同時に、私との力の差を今まで以上に明確に理解したらしい。

 そもそもこの子が進化する前の精神は幼児とも言えるような精神だったのだ。言葉遣いぐらいでどうこう言うつもりは無い。


 だが、そんなことを伝えたところで納得できないんだろうなぁ…。この子が頭を下げているのは、自分の過去の言動が許せないからだ。

 この場合、私がこの子の言動をを許すし気にしないと言っても、多分この子は納得しない筈だ。何らかのけじめをつけて欲しいのだろう。


 「それを理解できた時点で十分なんだけどね。君は、それでは納得できない?」

 「はっ!戒めが必要と考えています!」


 戒め、かぁ…。ん?そういえば"ワイルドキャニオン"に移動する前にこの子に渡した装飾品。アレに埋め込んだ魔石が角から外れかかっているな。

 魔力色が変化した事で、体になじまなくなったのか?


 ちょうどいい。自分の魔力色と異なる色の魔力が直接体内に流れてしまっては、不調の原因になるかもしれないし、取り除いておこう。


 「グォゥ…!?姫様から頂いた力の石が…!」


 魔石を角から取り外すと、とても驚いた表情をして悲しんでいる。

 装飾品、というか魔石を自身の角に取り込んだ際、この子はとても嬉しそうにしていたからな。それが取り上げられたのが悲しいのかもしれない。


 取り除いた理由を説明してしまうと、この子を思っての行動だとバレてしまう。

 特に説明をせずに回収しておいた方が良いだろう。


 「戒めが必要だというのなら、コレは預かっておくよ。修業はまだ終わりじゃないんだ。この領域から出る時に、君が自分の振る舞いに納得ができたのなら、改めて君に新しい石を渡すとしよう」

 「ははーっ!承知いたしました!この地で修業を行いながら自分を振り返り、自分が納得できる振る舞いを身に付けようと思います!」


 良し。これでこの子から謝罪をされることはもうないだろう。改めて聞きたかったことを聞いてみるとしよう。


 「それで、君は進化をしてかなり姿が変わったようだけど、自分の体の動かし方は分かる?特に新しい部位の動かし方はどう?」

 「不思議な事に、元から備わっていたかのように動かすことができます!新たな自分の部位が、どのような機能を持っているのか、直感で分かるのです!」


 ほう。つまり、背中の突起。その背面の空洞についても理解しているようだ。

 加えて、翼のような部位についても動かし方を理解しているようだな。後で存分に使用してもらうとしよう。


 それにしてもこの子、一体どういった種族になったのだろう?

 少なくとも、本で見たことがない種族だ。『鑑定アプレイザ』で分かるだろうか?一言断ってから確認させてもらうとしよう。


 ………何も表示されないんだが?これは一体どういうことだろうか?

 ルグナツァリオにでも聞いてみるか。


 『表示されないのも無理はないよ。その子は、たった今初めてその魔術を受けたのだからね』

 〈『つまり、新種?』〉

 『そう。そしておめでとう。その子が貴女の初めての眷属だよ』


 眷属とな?配下とはまた別なのだろうか?


 『そうだね。配下は下に付いて仕える者を指すわけだけれど、眷属は自分の因子を宿らせた者のことを言う。その子には、貴女の因子が確かに感じ取れるよ』

 〈『この子に鰭剣や噴射孔のような部位ができたのも、私の因子が宿ったから、ということ?』〉

 『その通り。ついでに言うなら、魔力色が変化したのもそれが原因だよ』


 どれだけ影響を与えているんだ、私の因子は。

 しかし、そうなってはこの子のことをランドドラゴンの派生体として見ることはもうできないな。完全な新種のようだし、新しい種族名を考えないといけないのか?


 『そうしてもらえると助かるよ。その子は人間達にも見せるのだろう?間違いなく『鑑定』をして調べるよ?』

 〈『私が決めた種族名が、そのまま『鑑定』で表示されるようになるの?』〉

 『ああ、私がそのように調整するよ』


 ルグナツァリオは『鑑定』の共有に干渉できるようだ。それならばルグナツァリオが種族名を考えてくれればいいものを。

 だが、彼が言うにはこういうことは、一番身近な者や一番最初に発見した者が名付けるべきらしい。


 そんな事を言われても、種族名何て簡単に思いつかないぞ?


 『すぐでなくても良いよ。その子に相応しい種族名が思い浮かんだら決めてくれれば、それでいいとも』


 簡単に言ってくれる。たやすいことでもないだろうに。

 まぁ、新しい種族名は今は保留だ。少なくとも、今この子に何ができるのかを知らないまま決めて良いことではないだろうからな。

 朝食が終わったら、他の者達に準備運動をさせている間に、少しこの子に騎乗してこの辺りを走ってもらうとしよう。

 それでこの子に相応しい種族名が決まれば良いのだが…。


 とりあえず、朝食の時間になるまで隈なくこの子の体を確認しておこう。



 朝食の時間となり皆が起床すると、やはり最初に進化したランドドラゴンに目が行ったようだ。昨日までとはまるで違う姿に、"ダイバーシティ"達だけでなくランドラン達やフーテンまでもが非常に驚いている。


 さらに普通にニスマ王国の言葉で挨拶をされたのだ。

 ランドラン達はともかく、"ダイバーシティ"達は飛び上がってしまうほどに驚いていた。


 そんな驚きも落ち着いた後、改めてこの子の評価をし始める。


 「うっわぁ…前より小さくなってるのに、メチャクチャ強そう…」

 「実際メチャクチャ強いんだろうよ。しっかし、随分とイカしたカッコになったじゃねぇか!」

 「うん、物凄くカッコイイ…っ!何故かは分からないけれど、背中の突起や翼に凄くワクワクさせられる…っ!」


 アジーとココナナは今のこの子の姿をとても気に入ったようだ。

 特にココナナは、自身の"魔導鎧機マギフレーム"にも噴射による推進装置があるからか、この子の噴射孔にシンパシーを感じているように見える。


 「ところで『姫君』様。このドラゴン、既にランドドラゴンの枠組みではないようですが、どういった種族なのですか?初めて見るドラゴンなのですが…」

 「エンカフが知らないって…もしかして新種!?」

 〈間違いないですよ!ワタクシもドラゴンに詳しいわけではないですが、こんなドラゴン誰も知りませんって!〉

 「うん。そうみたい。さっき『鑑定』を使ってみたんだけど、何も表示されなかったんだ」


 『鑑定』を使用しても何もわからないという事例は今までなかったらしく、とても驚かれた。

 人類が初めて『鑑定』を使用した時には、既にルグナツァリオがある程度情報を入れていたらしい。

 私が言えた義理ではないかもしれないが、やはり彼は人間にかなり甘いと思う。


 進化したランドドラゴンの種族名を決めるために、この子がどれだけのことができるのかを知る必要がある。そのため、朝食が終わったら少し川を下って走って来ると伝えておいた。準備運動が終わる頃には戻ってくるとしよう。



 そうして朝食後。早速この子に騎乗して能力を確認してみようと思う。


 体が進化前よりも小さくなったためか、非常に跨り易い。しかも、私が思った通り背中の突起がちょうど背もたれになる位置に発生している。

 突起と突起の間に尻尾を置けるので、非常に楽だ。この子の乗り心地は、進化前の比ではなかった。


 私を乗せるためにこう進化した、と言わんばかりの形状である。この辺りは、この子が望んでこのようになったのかもしれないな。


 「それじゃあ、まずは軽く走ってみようか!」

 「承知しました!では、行きます!」


 進化したドラゴンの、能力検証開始である。


 軽く体を慣らした後、全力で走ってもらっているのだが、これは素晴らしい。私が魔力を流さずとも、噴射を行わずとも、この子の走る速度は以前私が魔力を流した時よりも速いのだ。

 しかも、この子はこの状態から更に突起の噴射孔から魔力を噴射させて加速が可能である。どれほどの速度が出るのか、とても心躍らされる。


 「そろそろ、背中の部位を使用してみようか。行けそう?」

 「はっ!俺の新たなる力、とくとご覧ください!」


 その言葉と共に噴射孔から魔力が勢いよく噴射される。そしてそれと同時に私の体は背もたれに押し付けられそうになった。

 実際には私は微動だにしていないわけだが、それだけこの子が急激に加速したということだ。この速度は、以前の倍どころの話ではない。この分なら数十秒で"ワイルドキャニオン"の入り口に到達してしまうだろう。


 そして恐るべきことに、この子はまだ加速が可能なのだ。翼の部位である。

 あの分厚い盾のような形状をした翼は、展開することで背中の突起と同様、空洞が露わになったのである。当然、これもまた噴射孔だ。その数、左右に2カ所ずつだ。

 つまり、この子は私と同じく合計で6つの噴射子を持つ事となる。


 これならば、この子は最早地上を走る必要すらなくせるだろう。


 「やってごらん?今の君なら、あの場所へ行けるはずだよ?」

 「はい!今こそ!俺はっ!」


 翼の部位が展開し、噴射孔が露わになる。そして魔力が蓄積され、勢いよく地面に向けて噴射された。


 それと同時に、この子は思いっきり跳躍する。


 「空を飛ぶっ!!」


 その言葉通り、この子は私を乗せたまま凄まじい推進力をもって、青々とした大空へと舞い上がった。噴射飛行を実現させたのである。


 「グルルォオオオッ!!飛んでるっ!姫様!俺!空を飛んでいますっ!」

 「ああ、間違いなく君は今、空を飛んでいるよ。どう?空を飛んだ気分は」

 「最高ですっ!世界が、物凄く広く感じますっ!」


 そうだろう、そうだろう。空を飛ぶのは、とても楽しいよな。私もそう思う。


 そして新たに分かった事がある。

 こうして自分の力を用いずに空を飛ぶのも、誰かと共に空を飛ぶこともまた、とても楽しいことが分かったのだ。実に新鮮な気分である。


 今日は都合の良いことに雲がほとんどない。上を見れば、見渡す限りの青色一色。そして噴射飛行による風圧が私に叩きつけられ、轟音となって私の耳に響き渡る。

 だが、それすらもまるで私達が空へ訪れたことを歓迎する声のように感じられてしまう。今、とても楽しい!


 ルグナツァリオの頭に乗って空を漂ったこともあるが、彼の体が大きすぎる上に雲が邪魔で、下の様子など何もわからなかったのだ。しかも非常に安定していたし。

 あれでは地上にいるのと何も変わらない。だから、アレは回数には入れない。私が誰かに乗って空を飛ぶのは、誰かと共に空を飛ぶのは、コレが初めてなのである。


 もっとこうしてこの子に空を飛ぶことの楽しさを堪能してもらいたいが、そろそろ"ダイバーシティ"達の準備運動も終る頃だろう。キャンプ地に戻るとしよう。


 この子の種族名も、今決めた。

 この子に相応しい種族名は、安直だがコレしかないだろう。


 スラスタードラゴンだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る