第344話 修業完了!

 スラスタードラゴン。名前の由来は、勿論噴射孔からだ。

 私の知る限り、噴射孔からの噴射による加速が可能なドラゴンは、現在私とこの子だけだ。我ながら良い種族名だと思っている。


 ただ、実を言うと噴射飛行を行っている際の速度は、突起の噴射を用いた地上の走行と比べて若干遅かったりする。

 それだけこの子の脚力が凄まじいと言うことだろう。全ての噴射孔から噴射を行った状態で地上を走ったら、どれほどの速度になってしまうのだろうな?


 それと、噴射の魔力消費量は、それほど多くは無いようだ。かれこれ8分近く噴射飛行を行っているが、この子に魔力切れの様子は見られない。

 噴射による魔力消費を魔力回復速度が上回っているのかもしれない。もしも噴射出力を高められるのなら、今よりも更に速くなれる。今後に期待だな。


 後は、この子も魔力の板を生み出せれば、空中での飛行速度も飛躍的に上昇するのだが…。


 「魔力の板を足元に作ることはできそう?それができれば、空中でも地上と変わらない速度で移動ができるよ?」

 「空中で、ですか?す、すみません…!師匠との特訓で、水の上になら足場を作れるようにはなったのですが…」


 とのことで、まだ空中に魔力の板による足場を生み出す事はできないらしい。

 今後の修業で使えるようになると良いな。夜の自由時間にでも、コツを教えたりしておこう。


 それにしても、師匠かぁ…。グラシャランめ、随分と慕われたじゃないか。

 まぁ、実際のところ、色々な意味でこの子の成長はグラシャランとの修業によるものが大きい。私がこの子に行っていることなど、今も他の皆にも行っているような重力負荷ぐらいだ。


 朝を迎えると皆揃って重力負荷に慣れているので、毎朝食後に重力負荷を増加していたりする。勿論、フーテンにもだ。

 "ワイルドキャニオン"を出て負荷を解除した時、どれだけの動きを見せてくれるのか、実に楽しみである。



 キャンプ地まで、このまま空から帰還して来れば、当然だが待機していた者達は全員驚いていた。

 空から何かが飛来してくるのは分かっていたが、それが私達だとはフーテン以外は気付けなかったようだ。


 「……今、空から来たよね…?」

 「なんかココナナみてぇなことやってたよな…。マジかぁ…今日からアレと戦うのかぁ…」

 「カ…カッコイイ……ッ!!」

 〈ピ、ピョォォ……。ワタクシよりも速いですよぉ……〉


 それと、やはり翼の可動範囲は非常に広かったようだ。翼の噴射孔を前方へ向けることができたのである。

 着地の際に翼の噴射孔を前方に突き出し、着地の衝撃をほぼゼロになるまで抑えたのだ。

 当然、周囲への影響は非常に大きい。地面に向けて噴射された魔力は河原の石だけでなく、その下にある土までも辺り一面に飛び散らせ、待機していた者達にまき散らしたのである。


 この程度で"ダイバーシティ"達のダメージになるわけではないが、迷惑なのは間違いないだろう。折角風呂に入って身綺麗にしたというのに、台無しである。『清浄ピュアリッシング』を掛けて綺麗にしておこう。


 進化できたことが嬉しいのは分かるが、流石にはしゃぎ過ぎだな。勢いを緩和させるなら、もう少し前からできたことなのだ。

 落ち込んでしまうかもしれないが、今後は気を付けるように注意しておこう。


 「もう!感心してる場合じゃないでしょ!全身土まみれになっちゃったじゃない!」

 「気にするところそこなのか…?あっ『清浄』ありがとうございます」


 さて、それはそれとして今日も今日とて修業である。この子の種族名を教えたら、ランニングがてらグラシャランのところまで行くとしよう。


 グラシャランは既にこの子が"ダイバーシティ"達に勝利していることは知っているだろうが、どのような進化を果たしたかまでは知らないのだ。精々驚かせてやるとしよう。


 とは言え、今のこの子はランドラン達とかなり走る速度に差ができてしまったからな…。あまりスピードを出さないように言っておこう。



 グラシャランの住処に到着すると、彼は既に上半身を水面から出して私達の到着を待っていた。

 今までもこういったことがなかったわけではないが、珍しいことである。余程進化したこの子の姿を直接見たかったのだろう。


 「わぁっはっはっは!小僧!随分と勇ましい姿に進化したではないか!」

 「はっ!これも師匠のおかげでございます!」

 「うむ!我も鍛えた甲斐があるというものよ!今後は今まで以上に楽しめそうであるな!」


 グラシャランは今のこの子の能力を正確に読み取り、非常に楽し気に笑っている。

 流石に"ダイバーシティ"達と一緒の時はそこまで激しい攻撃は行わないだろうが、単独修業の時は今まで以上に苛烈な修業となりそうだ。


 「グラシャランの旦那ぁ、アタシ達はソイツほど強くなってねぇですからね?お手柔らかに頼みますよ?」

 「わっはっは!分かっているとも!そこを間違える我ではない!だが、貴様等には進化した小僧がついておるのだ!多少厳しくなるのは承知しておくが良い!わっはっはっはっは!」

 「う、うっす…」

 「お前達、あまり俺に頼り過ぎるなよ?俺はなるべくお前達から離れる。その方が師匠もやり易いだろうからな」


 アジーが昨日よりも修業の内容が苛烈になることを恐れてグラシャランに訴えているが、やはりグラシャランもあの子に合わせて修業の難易度を変えるつもりは無いようだ。


 その言葉に安堵するのもつかの間。なんとあの子が"ダイバーシティ"達に自分は彼等と距離を取るから、自分に頼るなと忠告を出したのだ。

 確かに、それならばグラシャランからすれば攻撃の威力を微妙に調節するよりも二種類の威力の攻撃を行えばいいだけだから楽ができるだろうが、あれは単純に自分の修業の邪魔をされたくないからだろうな。


 「あ、うん。その方が良い、のか、な?」

 「そうとも限らんぞ?昨日まではアイツと共にグラシャランの攻撃を凌いでいたのだからな。それが無くなるとなれば、むしろ昨日よりも厳しくなるだろう」

 「結構当てにしてたのよねぇ…。ま、その分鍛えられて強くなれるって開き直るしかないわね!フーテン!気合入れるわよ!」

 〈気合を入れるも何も、ワタクシはいつも必死ですよ!?〉

 「なら、いつも以上に必死になりなさい!私達もそうなるでしょうけどね!」

 〈ピョォ…主よりも姫様の方が優しいですぅ…〉


 フーテンがこちらを見て助けてほしそうにしているが、諦めて欲しい。頼ってくれたのは嬉しいのだがな。

 『不殺結界』が効果を発揮している以上、死ぬ心配は無いのだ。


 そしてランドラン達のやることは変わらない…ことは無かったりする。

 何故ならば、あの子が"ダイバーシティ"達から距離を取ることによって、グラシャランが2種類の威力の攻撃を行うからだ。

 それはつまり、湖の淵を走っている私達にも、2種類の威力の攻撃の余波が来るということだ。


 「彼等ほどではないけど、昨日よりも修業の内容は厳しいものになる。君達も頑張るんだよ?」

 「「「「「クキュウ!」」」」」


 ランドラン達は"ダイバーシティ"達と違って尻込みする様子はない。

 この子達はスラスタードラゴンに対して尊敬のまなざしを送っていたし、純粋に敬意を持っているようだ。あの子の強さに、少しでも近づきたいらしい。

 ランドラン達の目には、やる気が満ちていた。


 準備も整ったことだし、早速今日の修業を始めていくとしよう。



 午前の修業が終わり、昼食の準備のために先にスラスタードラゴンと共にキャンプ地まで戻ろうとしたのだが、この子はグラシャランに挨拶をしておきたいらしい。


 「それでは師匠、俺と姫様は一旦この場を離れます。また後程、手ほどきの方をお願いいたします」

 「うむ!存分に励むがいい!くっくっくっ…!」


 今日もグラシャランに単独修業を申し込むと、彼は楽し気に頷き、そして何かを堪えるように小さく笑いだした。


 「師匠?」

 「わぁっはっはっはっは!小僧!進化したからと、態度まで急激に変える事は無いのだぞ!?貴様はまだまだ童なのだ!ハッキリと言うが、似合っておらんぞ!」

 「んなぁっ!?」


 スラスタードラゴンが大きく口を開けて驚いている。

 この子は、進化する前の私に対する言葉遣いが相応しくないと思っていた。

 だからか、進化してからは良く言えば大人びた丁寧な、悪く言えば堅苦しい喋り方をするようになっていた。


 「ああ…」

 「そういうことか…」

 「な、なんだお前達!そんな生暖かい目を俺に向けるんじゃない!」

 「ククク…!子供ってのは、みんなカッケェ大人に憧れるもんだからなぁ…。人間も変わんねぇぜ?人気の騎士の真似事をすることなんて、しょっちゅうよ」

 「んぐぅっ!?」


 "ダイバーシティ"達が今のスラスタードラゴンの言葉遣いについて、思い当たる節があったようだ。

 人間の子供がごっこ遊びをする様子に似ているとこの子に伝えていた。

 図星だったらしく、この子は言葉に詰まってしまっている。


 ああ、これ、私が原因だな。風呂上がり、自由時間の間になると、ランドラン達に構っている間はただ撫でまわすだけでなく小説を読み聞かせていたのだ。


 進化前のこの子は勿論、ランドラン達も意思疎通、会話ができるからな。暇潰しにもなるし何より好評だったので、毎日読み聞かせていたのだ。

 幸せそうな表情で本の内容を聞きながら撫でられている内に、いつの間にか眠りにつくランドラン達が、物凄く可愛らしかった。


 そして、この子は小説の内容を気に入ったのか、とても目を輝かせていた。

 私が読み聞かせていた小説の内容は、敵国に囚われた姫を助け出し、自分の愛馬に乗せて姫を守りながら自国まで連れ帰る騎士の物語だった。


 思い返してみれば、この子の言葉遣いはどことなくあの小説の騎士と似たような節があったな。


 「ドラゴンにも、そういうのってあるのねぇ…。何だか微笑ましいわ…」

 「わぁっはっはっは!そういうことだったか!そうと分かればなかなか可愛いらしいではないか!」

 「し、師匠ぉ~…」

 「小僧、無理に取り繕う必要など無いのだ。大方これまでの姫に対する態度が無礼に当たると思っていたのだろう。ならば!貴様が失礼だと思わない範囲でありのまま振る舞えばよいのだ!姫もそれを望んでいる!」

 「うぅ…はい…」


 まさかグラシャランから私の言いたいことを伝えてもらうとはな。私が言っても納得してくれなかったが、彼の言葉は素直に従うらしい。後で感謝しておこう。

 それはそれとして、彼には少し嫉妬してしまうがな。


 自分の言葉遣いが憧れた者の真似をしていることがバレてしまったのが恥ずかしいのか、スラスタードラゴンは私に移動の許可を求めて来た。


 「ひ、姫様!もう移動しましょう!あっという間に到着して見せます!」

 「なぁにぃ~、ひょっとしてぇ、貴方照れちゃってるの~?やーん!この子かぅんわいいぃ~!ノア様ぁ!この子撫でて良いですか!?」

 「やめろ!気安く撫でようとするな!俺を撫でて良いのは姫様だけだ!姫様!もう行きますよ!?いいですね!?」


 恥ずかしがっているスラスタードラゴン態度がティシアの琴線に触れたらしい。とても可愛らしいと思ったようだ。

 私が思っていた以上にティシアは動物好きだったらしい。撫でることを拒否されたというのに、その態度すら可愛らしいと思ったためか、悶絶しながらフーテンを強く抱きしめている。


 そんなフーテンはと言うと、無心の状態である。

 ティシアは今日までの間、何か感極まることがあるとその都度フーテンを強く抱きしめていたので、もはや恒例の展開となっていたのだ。

 肉体的には何ともないようだが、魔力を覆われて影となって抜け出す事ができないため、無心となってぬいぐるみに徹しているのである。


 スラスタードラゴンはこの場にもう残っていたくないようで、私が静かに頷くと、逃げるようにしてこの場から移動をしてしまった。その際、噴射による加速まで使用している。余程恥ずかしかったのだろう。



 キャンプ地に戻り、いつものように幻で昼食の支度をしている間、私はこれまたいつも通りこの子を構うことにした。川を前に、横並びになって座っている状態だ。

 グラシャランに自分の言葉遣いが似合わないと言われたこと、そしてありのままで良いと言われたことを気にしているようだ。


 「あの、姫様…。師匠が言っていたことなんですけど…」

 「グラシャランはとても思慮深いようだね。私が思っていたことを、正確に君に伝えてくれたよ」

 「そ、それじゃあっ!」

 「うん。進化をしても君が子供であることは変わらないんだ。無理をする必要はないんだよ?君が失礼に思わない範囲で、君らしい話し方をしてくれれば、私はそれで構わないよ。」

 「姫様…」


 そもそも、この子が"楽園"の住民達みたくなってしまったら、私に甘えてくれなくなってしまうじゃないか。

 現に、今もこの子はあまり私に甘えようとしてくれていない。私はもっとこの子を可愛がりたいのだ。今までのように甘えてきて欲しい。


 頭を撫でながらそのことを伝えようとしたら、頭に触れようとしたた時点で慌てだしてしまった。


 「ひ、姫様!お、俺は…!」

 「私なら、君を撫でて良いのだろう?私は今後一緒に旅をする君のことを、これまでのように沢山可愛がりたいんだ。進化前の時みたく、遠慮せずに沢山私に甘えて欲しいな」

 「姫様…それは、ズルいです…」


 そうは言われても、それが私の本心なのだ。これからもこの子とは触れ合いたいし、撫でまわしたいし、背中に乗って色々な場所を旅したい。その為にこの子をここに連れて来て進化させたのだ。


 「グルゥ…グォン…!」


 私に遠慮をするなと言われたことで、堪え切れなくなったのだろう。喉を小さく鳴らしながら、今までのように甘えてきてくれた。

 体が進化前よりも小さくなったおかげで、とても撫でやすい。これからも沢山可この子のことを愛がろう。




 その後も修業の日々は続き、"ワイルドキャニオン"に入ってから一ヶ月の時間が経過した。

 今、私達はグラシャランに別れの挨拶に来ているところだ。この場にいる者達の表情は、実に晴れやかである。


 グラシャランに感謝しているのはスラスタードラゴンだけではない。"ダイバーシティ"達やランドラン達も、彼に感謝の気持ちを示している。


 今の彼等の実力は、一月前とはまるで違う。

 過酷な修業を乗り越え、"ダイバーシティ"達は遂に"一等星トップスター"級の実力を身に付けていた。

 勿論、ランドラン達も大幅に身体能力が上昇している。

 流石に進化には至らなかったが、この子達は皆、以前私が魔力を渡した時よりも速く走れるようになっているのだ。


 「旦那!マジで世話になりました!アタシ等、このご恩は忘れません!」

 「アジーは大袈裟だよ。向こうからしたら遊んでたようなものだっただろうし」

 「わっはっはっはっは!確かにその通りだ!だがな、久しぶりに楽しめたのもまた事実!人間達よ!貴様等に我を楽しませた褒美をくれてやる!受け取るがいい!」


 そういって、グラシャランが"ダイバーシティ"達に自身から剥がれ落ちた鱗を大量に渡してきた。その枚数、ざっと100枚だ。

 鱗はグラシャランから離れてもその魔力が抜けることがなく、青々とした輝きを放っている。


 「お、おおお…おおおおおーーーーーっ!!?!うっほぉおおおおお!!!」

 「エンカフ、うるさい」


 無理もないだろう。エンカフは貴重な素材に目が無いのだ。魔境の主の素材など、例え"楽園"に行っても同等の素材は人間達では手に入れることなどできない。

 下手をすれば、鱗の一枚一枚が国宝級の価値があると言っていいだろう。


 それがざっと100枚である。

 グラシャランからすれば自然に剥がれ落ちたただのゴミに過ぎないかもしれないが、人間には過ぎたものじゃないだろうか?正直、奮発しすぎだとは思う。

 扱いには十分注意するように後でエンカフに釘を刺しておこう。


 そして、スラスタードラゴン。私の眷属。


 修業の末、この子は遂に空中にも自在に魔力の板を作れるようになったのだ。

 尤も、そうしなければ無事では済まないような状況を単独修業の際にやらされていただけなのだが。

 それでも、この子はその過酷な修業のおかげで自分の理想を実現できたのだ。グラシャランに対して深く頭を下げながら感謝の言葉を告げ、別れの挨拶をしている。


 「師匠!短い間でしたが、大変お世話になりました!」

 「うむ!強さを欲したら、いつでも我の元に来るが良い!納得がいくまで鍛えてやろうではないか!」

 「はい!」


 すっかり師弟の関係が定着してしまったな。

 それと言うのも、進化をした後も、この子は私と戦いたがらなかったのが原因だ。私もこの子に稽古を付けたかったんだがなぁ…。


 「本当に、色々と世話になったね。私からも礼を言わせてもらうよ。ありがとう」

 「なんの!礼を言うのは我の方よ!姫のおかげで我は随分と楽しめたのだからな!わっはっはっはっは!」


 グラシャランは楽しめたから礼を言うと言っているが、おそらくオーカムヅミの果実の件でも礼を言っている気がする。

 アレを渡してからというもの、翌日以降グラシャランの魔力量は今も上昇し続けているのだ。強くなっているのである。


 修業の間、終始機嫌が良かったのは多分それが原因ではないかと私は思っている。


 さて、グラシャランとの別れも済ませたら"ワイルドキャニオン"から出るわけなのだが、その前にやっておくことがある。


 『収納』から予め皆が寝静まってから手早く作っておいた装飾品を取り出す。

 "楽園浅部"の素材を使用して、私の緑と紫の魔力から作った魔石をはめた、首飾りである。これをスラスタードラゴンに付けるのだ。


 「これからよろしくね、リガロウ」

 「そ、それは…!まさか…!姫様!!」

 「うん。君の名前。さぁ、人間達に君の姿を見せに行こう!」

 「はいっ!!」


 名前を呼びながら首輪をリガロウに掛ければ、首飾りは瞬く間に彼の体に取り込まれてしまった。

 そして彼の胸の中心には、緑と紫の輝きを放つ大きな魔石が姿を現した。これ以上なく体になじんだようだ。


 "ダイバーシティ"達が驚いているが、最初からこうするつもりだったし、驚かれるのは分かっていたから気にしない。


 やるべき事は済んだ。


 それでは、"ワイルドキャニオン"を出てニスマ王国の観光を再開しよう!

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