第345話 修業後の姿を披露しよう

 グラシャランの住処から"ワイルドキャニオン"の入り口まで移動するのだが、流石に今のリガロウとランドラン達では、移動速度に差があり過ぎる。

 今のリガロウならばいっしょに走ってあげて欲しいと言えば素直に従ってくれるだろうが、それは後で良いだろう。彼等にも修業の成果を実感してもらいたいしな。


 『重力操作グラヴィレーション』によって全員に掛けていた重力負荷を解除する。


 「うっひょおーーーっ!!軽いっ!体が軽いぜぇええーーーっ!!」

 「いつの間にか、とんでもない負荷がかけられてたのね…」

 〈感激です!ワタクシ!今までよりもずっと速く飛べそうですよ!〉

 「「「キキュウ!クキュウ!」」」

 「フフフ、そうだな。早く走りたいよな」


 体が軽く感じられたことで、皆とても嬉しそうにしている。特にランドラン達だ。自分達がどれだけ早くなったのか、試してみたくて仕方がないといった様子だ。


 「私とリガロウは、空を飛びながら入り口に戻るとするよ。今の貴方達なら、ここから入り口に戻ることなど造作もないだろうからね。さ、リガロウ。行こうか」

 「はい!お前達、あまり姫様を待たせるなよ!」


 リガロウに私達は空を飛んで魔境を出ることを伝えると、嬉しそうに返事をしてくれた。が、その後があまり良くない。


 この子もドラゴンだからな。自分よりも力の劣る者を下に見る傾向がある。

 それ自体は別にいい。実のところ、私自身もそういった部分があるからな。きっとこれはドラゴンの性だ。それを否定するつもりは無い。


 だが、特に敵対しているわけでもない相手に、そういった態度をいちいち示す必要はないと思っている。余計な軋轢を生むだけだからだ。


 共に修業をした仲である"ダイバーシティ"達ならば特に、今のリガロウの態度を不快に思うことはないかもしれないが、中には先程のリガロウの態度でも不快感を抱く者もいるだろう。

 それが原因で必要のない争いが生じるのも面白くないし、なにより煩わしい。


 気持ちよく空を飛んでいるところ悪いが、リガロウには注意しておこう。


 「リガロウ。ああいうことは、いちいち言わなくていい」

 「っ!?で、ですが…!」

 「彼等は良い。この1ヶ月で私達のことを良く知っただろうからね。だけど、人間達に会うたびにああいった態度をとると、場合によっては不快感を抱かれて余計ないざこざが生まれかねない。今は、それを避けたい」

 「グォン…申し訳ありません…」


 ああ、やはり物凄く落ち込んでしまっている。こういった態度をとられるととても心苦しいから、注意をしたりはしたくないのだが、今後のためにも避けられないことなのだ。


 牧場からダニーヤへ向かう前に決めたのだ。心を鬼にしてこの子に厳しいことを言うと。それを反故にするつもりはない。


 こういうことは、早い内に注意しておいた方が良いのだ。甘やかして放置しておくと、ドンドン増長するような気がする。

 リガロウには"ドラゴンズホール"にいた、力だけはあるアホとやらにはなって欲しくないし、私が望まない理由もしっかりと説明しておこう。


 リガロウは私をとても慕ってくれているからか、優しく説明してあげれば、すぐに納得してくれた。

 今後は力が劣る相手に対しても、尊大な態度を取ろうとはしないだろう。


 お互いにとって面白くない時間は終わりだ。

 "ダイバーシティ"達が"ワイルドキャニオン"の入り口に到達するまで20分近く時間がある。その間は存分に噴射飛行を楽しむとしよう。

 


 "ダイバーシティ"達が入り口付近に到着する少し前に私達は入り口に着陸し、彼等と合流するのを待つ。

 空から彼等の帰りを確認していたのだが、私が想定していた通り、彼等はここまで来る間に重力負荷を解除した際の感覚のズレを矯正しながら移動しているようだった。


 移動を開始した直後は、彼等はランドランの出すあまりの速度に全員驚いていた。走ったランドラン達自身もだ。勢い余って岩壁にぶつかりそうにもなっていた。

 それ故に、彼等は戦闘をこなしながら、体の感覚を慣らしながら移動していたのだ。その甲斐あって、入り口付近に到着する頃にはすっかり感覚のズレは直ったようである。


 今の"ダイバーシティ"達ならばリナーシェと戦っても勝利を収められる筈だ。城へ案内してもらう時を楽しみにしていよう。


 「お疲れさま。その様子だと、リナーシェとの試合でも十分に実力を発揮出来そうだね?これなら貴方達がリナーシェに勝利するところが見れそうだ」

 「あ、あのー…。一応聞きたいのですけど、もしも勝てなかったら、私達どうなっちゃいますか…?あ、いや!勿論勝ちに行くつもりではあるんですけどね!?」


 勝てなかった場合、か…。質問して来たティシアもそのつもりは無いし、私は彼等が負けるとは思っていない。

 だが、報酬の件を話す時に、より過酷な修業を受けてもらうと言ってしまったからな…。その内容が気になるのだろう。


 「そうだねぇ…。その時は、今回の倍の重力負荷を掛けて一週間ぐらい貴方達をグラシャランに預けよう。存分に鍛えてもらうと良い。」

 「ええっ!?」

 「ちなみに、私は同行しないよ?今度は食事も風呂も無しだ」

 「みんな!聞いたわね!?何が何でもリナーシェ様に勝つわよ!!」

 「「「「おおおーーーーー!!!」」」」


 物凄い団結力だ。よほど私が提示した提示した修業を受けたくないのだろう。

 リナーシェが今の彼等を見たらどんな反応をするのだろうな?まぁ、その前に私との試合を望んできそうな気もするが。


 合流できたことだし、早速ニスマ王国を案内してもらおう。まず向かうべき街はアリドヴィルだ。


 「さて、まずはアリドヴィルに行こう。あの街の記者ギルドの者達に進化したこの子を見せると言っているし、あの街を見て回りたいからね。案内の方を頼むよ?」

 「お任せください!人気のファッションや食事メニュー、宿泊施設なんかもバッチリです!」


 自信満々に語るので、期待させてもらうとしよう。では、アリドヴィルへ出発だ。



 アリドヴィルに到着すると、既に記者ギルドの人間が町の入り口で待機していた。以前取材をした2人組だ。当然、キャメラも持っている。修業を終えたら店に来ると語っていたのを、彼等は覚えていたらしい。


 彼等には修業期間を伝えていた覚えは無い筈なのだが、良く私がこのタイミングで街に戻ってくると分かったな。

 "ワイルドキャニオン"入り口からこの場所まで、私達を観測する者はいなかったのだが…。優秀な観測魔術師でもいるのだろうか?


 まぁいい。その辺りは取材の際に確認すればいいだろう。そんなことよりも、彼等にリガロウを紹介してあげよう。


 「待たせたね。この子が修業を経て進化した元ランドドラゴン。改めスラスタードラゴンだよ。名前はリガロウ」

 「久しぶりだな。お前達のことは覚えてる。俺のことを人間達に教えるのがお前達の仕事だと聞いたぞ?」

 「「しゃ、喋ったあああああ!!?」」


 ドラゴンが声を用いて喋るのは非常に珍しいようだからな。"ダイバーシティ"達も、実際に声を用いて人語を語るドラゴンを見たのはリガロウが初めてらしい。私もドラゴンだがな。


 尤も、人間達の間でも、人語を語るドラゴンの存在が知られていないわけではない。人間に対して非常に友好的なドラゴンの中に、声を用いて人語を語るドラゴンがいるらしい。

 興味はあるがそのドラゴンは別の大陸にいるらしいので、会うのはしばらく先の話になるだろう。


 記者達が興味を持ったのはリガロウだけではなかった。勿論、リガロウに対して様々な質問をしていたのだが、修業をしていたのはこの子だけでは無いのだ。

 "ワイルドキャニオン"へ向かう前と装備が変わっている"ダイバーシティ"達にも興味があるし、前よりも逞しくなっているランドラン達にも興味を抱いていた。


 そして何と言っても、出発前にはいなかった者が新たにいる。フーテンだ。

 記者達もシャドウファルコンのことはその生息地も強さも含めて良く知っていたので、フーテンを従魔にしていることにとても驚いていた。


 「シャドウファルコンを従魔にしてしまうとは…。これは今後の皆さんの活躍に目が離せませんね!」

 「もしかして、シャドウファルコンも一緒に修業をしたのですか?」

 「当然よ。私達が辛い修業をしてるって時にこの子だけ楽をしてるだなんて不公平でしょ?」

 「キー…〈最近分かったのですが、主よりも姫様の方がずっと優しいです…〉」

 「だから言ったじゃない。とても優しい方だから怖がる必要はないって」

 「え、ええっと…」


 フーテンを紹介するにあたり、ティシアは肩に止まっていたフーテンをわざわざ両手で抱きかかえて紹介しだした。

 フーテンの表情が諦めの境地に至っている。ああなったら逃げられないと理解しているのだ。


 今更なのだが、従魔契約をしたティシアはともかく、他の人間達はフーテンの思念が聞こえていない。

 あの子と会話ができるのは、私とリガロウ、そしてティシアだけだ。

 ティシアとフーテンのやり取りに、記者達が困惑してしまっていた。


 フーテンについての取材が終わったら、次は"ダイバーシティ"達だ。彼等について記者達が最初に聞きたいことと言えば、やはり彼等が身に纏っている装備である。


 「"ダイバーシティ"の皆さんが装備している防具は、途轍もない力を秘めているように見えるのですが、そちらは"ワイルドキャニオン"の素材ですか?」

 「いいえ。ノア様から修業に必要だからってことで譲ってもらったの」

 「ティシア、それだと若干違う。その装備はあくまでこの子やカレーライスのことを教えてくれた礼だと言っただろう?」


 記者達の質問に対するティシアの返答を訂正するのだが、彼女は納得がいっていないようだ。彼女としては、やはり不服だったと言うことか。


 「紹介しただけじゃないですか。それじゃあ私達としては何もしてないのと変わらないんですよ」

 「なんせ素材がテュフォーンだからね!まぁ、この装備がなかったら正直ヤバかったけど」

 「「テ、テュフォーンですってぇえええ!!?」」


 どうでもいいが、記者達は実に息が合っているな。先程から驚愕の声がとても綺麗に重なっている。

 テュフォーンの素材を手に入れた経緯を説明したら、驚愕と共に戦慄されてしまった。


 無理もない。

 本来ならば人間の中でも上澄みの強さを持つ者達が、集団で挑んで討伐を試みる魔物なのだ。それを行き掛けの駄賃感覚で討伐されたとあっては、慄かずにはいられないというものだ。


 「あ、あの、"ダイバーシティ"の皆さんが身に付けている装備はそのテュフォーンの素材をふんだんに使用されているようですが、かなりボロボロですよね…?一体、どれほど過酷な修業だったのですか?」

 「そういえば、その装備が必要になると『姫君』様は仰ったのですよね?」


 当然、記者達は"ダイバーシティ"達の装備を見て疑問に思う。彼等の装備はグラシャランとの修業によってボロボロである。

 錬金術を用いて修復することも可能らしいのだが、そのためには専用の装置が必要となるらしい。そのため、修業中は修復ができなかったのだ。


 まぁ、例えボロボロでも記者達が一目見て分かるほどに強力な力を持ったままなではあるのだが。


 ティシアが修業の内容を記者達に伝えると、3度目の驚愕の悲鳴を上げることとなった。

 人間から見れば今回の修業、無茶にもほどがあるだろうからな。彼等がグラシャランの鱗を大量に所持していると知れば、瞬く間に国中に知れ渡ってしまうだろう。

 一応グラシャランの住処を出る前にエンカフに注意はしたが、念のため改めて扱いには気を付けるように注意しておこう。


 その後いくつか問答を繰り返し、"ダイバーシティ"達に聞きたい事も済んだ後は、ランドラン達についてだ。


 「"ワイルドキャニオン"ではランドラン達も一緒に修業をしたのですよね!?いやはや見事な体つきですねぇ!」

 「本当に立派な姿です!王族の方々も羨むかもしれませんねぇ!」


 今のランドラン達の姿は、造形自体は普通のランドランと変わらないが、体つきだったり鱗の質だったりと、一目見て一般的なランドランよりも優れた姿をしていると分かる容姿だ。


 ニスマ王国の主な騎獣はランドランだ。地位の高い者がこの子達をみたら、自分達も欲しいと思ってもおかしくない。


 尤も、だからと言ってそういった者達が"ダイバーシティ"達にこの子達を譲ってほしいと願い出ることはないだろう。

 彼等のランドランはリナーシェが彼等に与えたものなのだ。彼等からランドランを譲って欲しいと願い出る行為は、リナーシェの不興を買うこととなる。


 "ワイルドキャニオン"にいる間にティシアに聞かされたのだが、この国で最も強い権力を持っているのは、現在リナーシェらしい。

 彼女が第一王子の妃であるのも理由の一つだが、それ以前に単純に彼女よりも強い者がニスマ王国には一人もいないからだ。


 それまでニスマ王国最強を誇っていた宝騎士が、あっけなくリナーシェに敗北したニュースは、ニスマ王国全体を震撼させたらしい。

 そんなニスマ王国最強の人物が何故か禄でもない人物で有名な第一王子のフィリップを、これ以上なく愛してその手綱を握っているため、国民達からの信頼も非常に厚いのだと教えられた。


 そもそもリナーシェは人間の感覚で言えば相当な美女である。それだけでも人気が出るのだ。

 それに加えてこの上なく強く、性格もまとも。さらに王国の悩みの種だった第一王子の性根を、宣言通りに叩き直しているというのだから、国民達はこぞってリナーシェを称えるようになったのだとか。


 そんなリナーシェの不興を買うような行為を行えば、当然国民からも大きな反発を受けることになる。

 そんなことをしようとする人間は、よほどの大馬鹿者ぐらいである。


 ん?そういえば、余程の大馬鹿者。たしかこの国にもいたな。


 デヴィッケン=オシャントン。あの男ならば、国民の反発などものともせずランドランを寄こせと、"ダイバーシティ"達に命令するかもしれない。

 というか、リガロウまで寄こせと言いかねないな。


 私は自分の言葉を反故にするつもりは無い。あの男に次は無い。もしも私達に絡んでくるようなら、その時は覚悟してもらおう。


 と、思っていたのだが、驚愕の事実を記者達から教えられた。


 「ああ、あの人ですか?あの人、今は身分を剥奪されて投獄されてますよ?」


 なんだって?


 あのデヴィッケンが投獄?


 何が起きた?

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