第346話 観光を再開しよう
デヴィッケンが投獄されたことは"ダイバーシティ"達も知らなかったらしく、非常に驚いていた。
だとすると、私達が"ワイルドキャニオン"で修業をしている間に起きたことか。
詳細を訊ねる間でも無く、記者達は詳しく説明してくれた。
デヴィッケンの前に、怪盗が現れたのである。私達が"ワイルドキャニオン"に向かってから数日後に、怪盗の常套手段である予告状が送られてきたそうだ。
当然、デヴィッケンは怪盗を捕らえようとした。
今では取り消されているが、私や"ダイバーシティ"達にまで指名依頼を出していたらしい。
あれだけのことがあったというのに、"ダイバーシティ"達はともかく、よくも私に依頼を出せたものである。どれだけ面の皮が厚いんだ。
当たり前の話だが、例え私達が修業に向かう前に指名依頼の事を知ったとしても、依頼を受けるつもりは無かった。それは"ダイバーシティ"達も変わらない。
私達から反応がないことを随分と憤慨していたようだが、無いものはどうしようもない。仕方がないので、デヴィッケンは自分の私兵に怪盗を捕らえるように命じた。
あの男、やはりじっとしていることができずに自国に帰ったらすぐに裏稼業の者達と関係を持ったらしい。
だが、新しく雇った者達は私が始末した連中と比べて大分腕が落ちる連中だったらしい。
そもそも腕のいい連中はあの男が新しく雇うたびに自分でそれまで雇っていた者達を始末させていたのだ。
少なくともこの国には、腕の良い裏稼業の連中は残っていなかったのである。
怪盗を捕らえるどころか逆に一人残らず捕え、彼等の罪を露わにされてしまった。そこからあの男の捕縛に繋がったらしい。
大人しくまじめな商人として活動していればよかったものを。まぁ、それができていれば私に絡んでこようなどとはしないか。
知りたいことは聞けたし、デヴィッケンのことはもういいだろう。そろそろ取材を終えて、リガロウ達を預けてアリドヴィルを見て回ろう。
ああ、そうだ。あと一つだけ、彼等に聞きたいことがあったんだった。
「よく私達が今日帰って来るって分かったね?」
「ハハハ。実を言うとですね、『姫君』様が魔境でキャンプをすると聞いた時点で、姫君様が向かった店に我々も足を運んだのですよ」
「そこで『姫君』様が購入した物から大体の滞在期間と帰還日を予測して、こうして待機していたのです。実を言うと、2日前から待ってました」
何と言う執念だ。そうまでしていち早く取材を行いたかったというのか…。記者と言うのは随分と情熱的な職業なのだな。
記者達に感心していたら、その考えを否定されてしまった。
「『姫君』様。あまり我々記者全体を信用しない方が良いですよ?」
「自分達でそれを言うの?」
「はい。確かに、記者の中には『姫君』様が思うような情熱を持った記者もいるでしょうが、我々はあくまで食べるために人々に需要のある情報を集めているだけですから」
「場合によっては、知られたくない情報をやや強引に調べることもあります」
それは、調べられる側からしたら煩わしいだろうな。人によっては記者という職業を毛嫌いしている者もいるかもしれないのか。
「人によってはどころか、結構嫌われる職業ですよ」
「人間って、自分のことをあれこれ聞かれるのを嫌がる人が多いですからね」
そういうものなのか。しかし、それを分かっていながらもその仕事を続ける辺り、彼等はやはり一定以上の情熱を持っているんじゃないだろうか?
まぁ、彼等の言う通り、記者だけでなく人間に対して偏見を持つのは良くないのだろうな。いい意味でも、悪い意味でも。
聞きたいことも聞き終えたことだし、今度こそアリドヴィルを"ダイバーシティ"達に案内してもらおう。
やはり最初は宿泊施設だ。美味い食事に良質なベッドだ。
寝袋を紹介してくれた際に下手なベッドよりも寝心地が良いと説明されただけあって、その寝心地は悪くは無かったのだが、やはり良質なベッドと比べればかなり劣っていた。そして私は、下手なベッドとやらで寝たことは無かったのだ。
正直に白状すると、寝袋での寝心地が一番悪かったとすら言える。
だから、私は寝心地のいいベッドを求める。この町で一番寝心地のいいベッドを扱っている宿を紹介してもらおう。
「えーっと…そうなると貴族用の宿泊ホテルになっちゃうんですけど…」
「たった一泊で金貨が必要になるんスよねぇ…」
「宿に金貨を使う冒険者なんて、普通はいないからねぇ…」
まぁ、そうなるよな。一般的な感覚として、一泊宿泊するだけで金貨を消費してしまうのは、あまりにも贅沢となことなのだ。
しかし、彼らほどの冒険者ならば金貨の1枚や2枚、それほど大金でもない筈だ。そもそも、彼等は修業の際に討伐した魔物の素材を全て回収している。それをギルドに卸せば、確実に金貨100枚以上になる筈だ。
特に忌避することも無いと思うのだが…。
「いや、まぁ、お金自体は余裕で払えますけどね…」
「こういうとこ泊まるのって、いちいちそれらしいカッコしなきゃなんねぇんですよねぇ…」
「んで、そういう服って決まってメッチャ高いんです」
そんなものに金を使うぐらいなら、次の冒険の備えに金を費やす、と言うことか。
私は依頼をこなすための装備や道具は必要ないからな。そういったもを購入するための費用も、ずべて娯楽関係につぎ込めるのだ。
それに、宿泊に相応しい服装が必要ならば、当然マナーも必要になって来るのだろうな。
この国のマナーも私は一通り本で学習済みだが、"ダイバーシティ"達はそうもいかないのだろう。
しかし、私は質の良いベッドを求める。長時間この街に留まるわけでもないのだ。宿泊は別々でもいいかもしれないな。
貴族用の宿泊施設ならば、食事も良い物を用意してくれるだろうし、風呂も部屋に設置してある筈だ。
"ダイバーシティ"達には悪いが、私だけでも彼等の言う貴族用の宿泊施設に宿泊させてもらうとしよう。
「はーい…こちらになりまーす…」
〈主、露骨にテンション下がりましたね〉
「ティシア」
「や、だって期待しちゃうでしょ!?修業の時にあれだけのことしてもらっちゃったら、アジーじゃないけど期待しちゃうじゃない!」
「オメェなぁ…流石のアタシも宿代ぐらいは自分で払うぜ?」
「そっちじゃないわよ!それぐらい私だって自分で払うわよ!」
なにやら私に聞こえないように"ダイバーシティ"達が小声で言い争っているが、私の聴力ではまる聞こえだ。以前にも似たような事があったが、会話聞こえていることはわざわざ伝えたりはしていない。気に留める必要がないからである。
しかし、改めて考えると色々と遠慮していたティシアが期待するぐらいには、修業の最中に彼等に色々と与えていたのだな。
少し甘やかしすぎただろうか?まぁ、今更だな。与えてしまったのだから今になって返せ、などと言うつもりは微塵も無い。
結局、貴族用の宿泊施設には私1人で宿泊することとなった。彼等は彼等でそれなりに質のいい宿に泊まるそうだ。
聞いてみたら、彼等が宿泊する宿には風呂が設置されていないらしい。
と言うか、貴族用の宿泊施設でもないのに風呂が付いている宿泊施設など、この国には殆どないのだとか。
訪れた街々で宿泊した宿に、毎回風呂が設置されている宿があったファングダムの方が、特殊だったのだろう。
宿泊施設へのチェックインも問題無く済ませ、次は"ダイバーシティ"達の宿泊する宿へ向かおうと移動していた時だ。
街の中央で演奏をしている集団がいた。管楽器、打楽器、弦楽器と様々な楽器を使用して、心躍る曲を演奏している。
実を言うと、街に入る前、取材を受けていた時から気にはなっていたのだ。その距離からでも、曲が私の耳には入ってきていたからな。
驚くべき事に、彼等の演奏に乱れはない。
私が複数の楽器を演奏する時は『
彼等は、演奏をしている者達と向かい合うようにして立っている者が、細長い棒を振ることによって、演奏の指揮をしているのだ。
実に素晴らしい。人間達はああすることで、大勢で迫力のある演奏をしているのか…!
それに、あの曲は私も知っている曲だ。
人間の演奏を聞いた事があるわけではない。複製した楽譜から私が演奏した曲の中に、今演奏している曲があったのだ。
…自分で演奏するのも勿論楽しいが、誰かの演奏を聞くのもやはり良いものだな。思わず私も楽器を取り出して体でリズムを刻みながら演奏したくなってしまう。
そんな風に考えていたからか、足が止まっていたようだ。そして私に合わせて"ダイバーシティ"達も足を止めてくれていたようだ。
彼等としては早く宿の宿泊手続きをしたいためか、私に声を掛けたそうにしていたのだが、非常に私に声を掛け辛そうにしていた。
「済まない、足を止めてしまったね。行こうか」
「あ!いえいえ!こちらこそ申し訳ありません!ノア様が音楽を楽しむ方だと言うことは存じていますので、引き続きお楽しみください!」
「ボク、手続きして来るよ!」
「あっ!?スーヤ、テメェ!」
ダニーヤの時と同じく、一番足の速いスーヤが1人逃げるようにして宿まで走っていった。
まぁ、宿泊手続きは何も全員で行く必要が無いのだから、スーヤの判断は適格と言えるだろう。
だが、"ダイバーシティ"達はそうは思っていなかったらしい。
「また、逃げたな…」
「まぁ、私達はこのまま演奏を楽しめるんだ。今回は大目に見てやろう」
「ダニーヤのは?」
「当然、落とし前を付ける」
「だな」
ダニーヤでのこと、まだ根に持っていたらしい。
まぁ、あの時は全員店に到着するまで非常に気まずそうにしていたし、気が気じゃなかったようだからな。一人だけその状況から抜け出したスーヤに、思うところがあるのだろう。
その話は一旦置いておくとしよう。このまま曲を聴いていて良いと言ってくれているのだから、存分に演奏を楽しませてもらうとしよう。
うん。やはり心が弾む。じっとしていられなくなる。しかし彼等の演奏を邪魔するわけにもいかないので、少なくともこの演奏が終わるまではじっとしていなければ。
良し。この曲を演奏し終わったら、次の曲を演奏する前に、彼等に声を掛けさせてもらうとしよう。
私は誰かと演奏をしたことがないので、彼等と一緒に楽曲を奏でてみたいと思ったのだ。
演奏を聴くこと2分と37秒。非常に短い時間の筈が、とても永く感じられた。
彼等の演奏の腕が良かったからだろう。私も一緒に演奏がしたいと思わせられた。
いかんっ!彼等はすぐに次の曲の演奏を始めてしまう!演奏を始める前に声を掛けなければ!
「済まない、少しいいかな?」
「へっ?え、ええっ!?」
「あ、あの、私達の演奏、お気に召しませんでしたか…!?」
「スイマセンスイマセン!下手クソでスミマセン!」
…揃いも揃って、随分と低姿勢な者達だな…。自分達の演奏が私の不興を買ったと思ってしまっているらしい。
彼等がここまで低姿勢になるのは、過去にも似たような事があったからなのだろうか?彼等の演奏は決して拙いものでは無かった筈だが…。
その証拠に、彼等の演奏を聴いていた者達だって、演奏に対して不快感を露わにしている者は一人もいない。
まぁ、その理由は後で聞かせてもらうとして、今は彼等の怯えを取り除こう。このままでは演奏どころではないからな。
「貴方達の演奏が下手だと思う者はそうはいないんじゃないかな?少なくとも、ここで演奏を聴いていた者達は皆そんなことは思っていないよ?」
「そ、それでは、『姫君』様はどういったご用件で…」
「も、もしかして、この場所で演奏をするのはお邪魔でしたか!?」
「スイマセンスイマセン!場所取ってしまってスミマセン!」
…なぜ、彼らはこうも卑屈なのだろうか?余計に気になってしまうな。
だが、そんなことよりも今は演奏だ。この際、彼等の卑屈な態度は無視だ。多少強引でも、一緒に演奏をさせてもらう。
「用件を伝えよう。貴方達の演奏を聴いて私も演奏したくなったんだ。だから一緒に演奏させてほしい。次はどんな曲を演奏するのか、教えてくれる?」
「ええっ!?わ、私達が、『姫君』様と!?」
「そ、そんな、恐れ多いです!」
「あ、あの、次の曲は、"英雄、ウィステリア"です」
ほう、その曲は知っている。マコトのことを称えた曲だ。
確か、20年近く前に巨大な魔物が発生して、ティゼム王国に多大な被害を被る可能性があった事件だ。
マコトが当時の"一等星"冒険者達を率いて損害をほぼゼロにして解決したことで、彼はそれ以降救国の英雄と呼ばれるようになった筈だ。
これから彼等が演奏しようとしていた曲は、そんなマコトを称えた曲だ。事件から5年ほど経った際に発表されたらしい。
当時のマコトのことは良く知らないが、彼の性格だ。発表された時はさぞ恥ずかしがったに違いない。
『収納』から彼等が所持していない楽器、横笛を取り出す。
「その曲は私も知っているから問題無いね。それじゃあ、早速演奏を始めよう」
「は、ひゃい!」
「あわわわわ…すんごい装飾の横笛だぁ…」
「いつも通りやれば大丈夫、いつも通りやれば大事丈夫…!」
「そ、それでは『姫君』様、し、指揮をとらせていただきまス!」
指揮を取っていた者の合図に従い、全員が演奏を開始する。勿論、私も一緒にだ。
やはり、楽器の演奏は楽しい。
このまま彼等の催しが終わるまで、共に演奏させてもらうとしよう。
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