第347話 音楽の響き
気のすむまで演奏を続けていたら、気付けば既に昼食の時間となっていた。
演奏を行っていた集団も元々この時間帯まで演奏を行う予定だったようだ。
なお、今回は演奏をするにあたって景色を思い浮かべたりはしていない。ハッキリ言って他の演奏者達の邪魔になるとしか思えなかったからだ。
彼等を困惑させないためにも、演奏の際は純粋に演奏することの喜びと楽しさを曲に乗せるように演奏していた。
最後の曲が演奏し終わると、これまで静かに曲に耳を傾けていた大勢の人々が、彼等に向けて盛大な拍手を行っていた。
この拍手は、決して私だけに向けられたものではない。ここで演奏を行っていた者達の技術は、そして彼等の音楽に掛ける思いは、間違いなくこの拍手を受けるだけの価値があったのだ。
それだけ、彼等の演奏は素晴らしかった。
すっかり時間を忘れて演奏を続けてしまったからな。間近で曲を聞いていた私が保証する。
見てみれば、スーヤもこの場に戻ってきている。"ダイバーシティ"達を退屈させていなかっただろうか?
「皆様!ご清聴、大変ありがとうございました!今後とも、我等"ソニド・デラ・ミュジカ"を。よろしくお願いいたします!」
「「「ありがとうございました!」」」
演奏していた"ソニド・デラ・ミュジカ"という一団にとって、この拍手はとても意味のあるものだったのだと思う。中には感極まって涙を流している者までいるのだ。
なんにせよ、彼等には楽しませてもらった礼をしたいところだな。こういう時には何をすればいいだろうか?
フルルで初めて音楽を知った時には、曲を聞いて思い浮かべた光景を掻いて演奏してくれた店主に渡したが…。
うん。今回も絵を描こう。
私も含めた彼等の演奏している風景を描いて、彼等に渡そう。
しかし、彼等はすぐにこの場所から撤収する気らしい。このままでは絵が完成する前に彼等はこの場を去ってしまう。
それはいけない。後程絵を完成させてから彼等に渡してもいいが、私は今この場で渡したいのだ。
指揮者に声を掛けて、少しだけこの場に留まってもらおう。
「一緒に演奏させてくれてありがとう。是非貴方達にお礼がしたい」
「そ、そんな!滅相も御座いません!これほどの評価を得られたのは、『姫君』様のおかげでしょうから!」
ううむ。いくら何でも彼等は自己評価が低過ぎではないだろうか?それとも、私が知らないだけで、彼ら以上の一団が他には大勢いるとでも言うのだろうか?
だが、どのような理由があれど私が、そしてこの場にいる者達が先程の演奏で感動したのは間違い無いのだ。その感動まで否定させるわけにはいかない。
「とにかく、少し待っていて。貴方達に渡したいものがある」
「わ、渡したいもの?」
残念ながら多くの演奏者達はこの場を去ってしまったが、何とか代表者と思われる指揮者をこの場に留めることはできたようだ。
素早く絵を完成させて渡すとしよう。
「あ。あの…『姫君』様…?」
「礼がしたいと、渡したいものがあると言っただろう?済まないが、もう少しだけ待っていてほしい」
「は、はぁ…」
私が急に紙と色鉛筆を取り出したことで、困惑してしまったようだ。
私が絵を描けることや描いた絵を渡した事がある事実は新聞で広まっていると思ったのだが、皆が皆知っているわけではないようだ。
まぁ、それが普通か。それに、他国の話だしな。知らなくても無理はないか。
……良し、完成だ。うん、我ながら演奏した時の様子を上手く描けている。
後は絵に『不壊』を施して指揮者に渡せばいいだろう。
ああ、そうだ。念のため、彼等に不埒な行為を行う者が現れても言いように、座標記録の魔術も付与しておこう。
「待たせたね。これを」
「こ、これはっ!?」
受け取った紙に描かれた内容を見て、指揮者が驚愕している。ついでだから、彼等に自信を付けてもらうためにも、彼等の演奏に対する私の感想を伝えておこう。
「さっきも言ったけど、一緒に演奏をさせてくれたお礼だよ。それと、貴方達の演奏は、私が共に演奏をしていなかったとしても見事なものだった。そうでなければ、私も混ざりたいと思わなかったからね」
「あ、ありがとうございます…!……うっ…ぐすっ…っ!」
泣くほどのことなのか。彼等に一体何があったのだろうな?
"ダイバーシティ"達は何か知っているだろうか?知っているようなら、昼食がてら事情を聞かせてもらうとしよう。
いつのまにやら街の入り口で取材をしていた記者達までこの場に来ていたようだ。キャメラで撮影も行っていたようだな。
明日の新聞、リガロウ達のことと今回のこと、両方載せるつもりなのだろうか?明日になれば分かることだな。期待させてもらうとしよう。
では、"ダイバーシティ"と合流して昼食にしようか。良い店を紹介してもらおう。
紹介された店は、彼等が宿泊する予定の宿だった。
この宿は昼食も用意してくれるらしく、味も良いとのことで、彼等がこの街で宿泊する場合は必ずこの宿を利用するのだとか。
昼食時だからだろうな。宿に入ると、食欲をそそる様々な料理の香りが私の鼻孔を刺激した。
幸いなことに満席ではないため、待たされるようなことはないだろう。
料理を注文して食事が運ばれてくる間、早速"ダイバーシティ"達に"ソニド・デラ・ミュジカ"のことについて聞いてみるとしよう。
「歴史のある音楽旅団ですね。何代にもわたって旅をしながら、各地で演奏を披露しているんです。しかも、今日みたいな感じに演奏する時は、特にお金を取ったりしないんですよ」
「凄く腕のいい人達なんですけど、神出鬼没で街中で演奏が聴けたら凄くラッキーだって言われてますねぇ…」
多くの人々に感動を与えただけあって、やはり彼等は名のある音楽家達だったようだな。
だが、ティシアが言う通り何代も続いた楽団だとすると、疑問が出てくる。
「今日演奏していたのは殆どが若者だったけれど、他に楽団員はいないの?」
「うーんとですねぇ…。多分ですけど、それがあの人達がノア様に対して卑屈だった理由だと思いますよ?」
若者ばかりだったことが卑屈の理由?どういうことだ?それとも、他に楽団員がいないことが卑屈だった理由なのか?
「彼等の大半は、子供の世代なんですよ。本来なら、彼等の親の世代の人達があの場所に立っている筈だったんです」
「筈だった、というのは?」
「去年の話なんですけど、国を渡り歩いている最中に、強力な魔物に鉢合わせてしまって…」
それによって親の世代の大半が命を落としたと?だが、それほど人気のある楽団ならば、移動の際に護衛を付ける者ではないのか?
それとも、護衛を付けはしたがその護衛達ではどうにもならないような魔物にでも襲われてしまったのか?
「ええ、そうなんです。元々普段は安全な道だったと言うこともあったのですが、それでも念には念を入れて護衛には"
本来ならば全く問題無く移動できていたのか…。
そしてそんな旅団を襲った魔物は、"星付き"冒険者達ですらどうしようもないほどの力を持っていた、ということらしい。
おっ、注文した料理が運ばれてきたようだな。
最初に運ばれてきたのは、植物性の油とガーリックで食材を煮込むアヒーリョという料理だ。表面は香ばしく、中はしっとりとしたパンと共に食べる料理のようだな。
評判通りとても美味そうである。早速いただくとしよう。
うん、美味い!
パンを付けて食べる料理らしいが、パンだけでもとても美味いし、アヒーリョだけでもとても美味い!
ガーリックの風味と香辛料の辛味、そして塩加減が非常に絶妙だ。塩や香辛料の成分を含んだ油が具材に良く染み込んでいて、とてもジューシーである。
これは確かにパンと共に食べる料理だろうな。具材についている油をパンが吸い込んで、とてもいい味になっている!
いや、大変美味かった。材料は既に所持しているから、今度私も自分で作らせてもらおう。家の子達は、あまり好まない料理かもしれないが。
さて、話を戻すとしよう。
「先程演奏していた人達を逃がすだけでも精一杯だったそうです。実際、冒険者の中にも囮になったりして、命を落とした者もいました」
だとすると、冒険者達は最善を尽くした、と言うことになるのか。
なお、旅団を襲った魔物はすぐに討伐依頼が出され、"
あの楽団が若者ばかりだった理由は理解できたが、それがどうして揃いも揃って卑屈であったり自己評価が低くなってしまっているのだろう?
その理由はあくまでもティシアの予想ではあるが教えてくれた。
「歴史のある音楽家達ですからね。その練習はとても厳しいものだと聞いたことがありますし、子供の世代はなかなか親の世代に認めてもらえないそうなのです。そして、彼等にとって不運なことに、親の世代に認められないまま…」
魔物に襲われてしまった、ということか。
だが待って欲しい。生き残った親の世代もいないわけではないのだろう?そういった者達からは認められているんじゃないのか?
「勿論、そういった方々は若い世代の技量や音楽に対する思いを認めていると思いますよ?ですが、だからと言って、亡くなった方々から認められているかどうかまでは…」
彼等にとってはなかなか受け入れられない、と言ったところか。
となると、彼等が自信を持つためには、実績を重ねていくしかない、ということになるのか?
そもそも、先程の彼等の演奏は、何回目の公演だったのだろう?
「あの時の魔物の襲撃から演奏を行ったという話は聞いたことがなかったですし、もしかしたらアレが初めての公演だったのかもしれませんねぇ…」
「自分達の演奏が、先代達のように認められるか不安だった?」
「そんなところだと思います」
そうか。それで拍手を送られて泣き出してしまった者達もいたということか。
うん?待てよ?
その場合、私は彼等の演奏に加わってしまってよかったのか?
彼等はあの拍手が私が一緒に演奏したからだと思って、自分達の実力を認めないかもしれないのか?彼等の精神状態だと、その可能性もあり得てしまうのか?
指揮者にも言ったが、それはあり得ない。私が演奏に加わる前から、あの場にいた観客は彼等の演奏を楽しんでいたのだ。それは"ダイバーシティ"達も変わらない。
「きっと大丈夫ですよ。ノア様の描いた絵、ちらっと見せてもらいましたけど、とっても素敵な絵でしたもの。アレを見せられたら、彼等だってちゃんと自分達のことを正しく評価できると思いますよ」
「んえ?なんでティシアがノア様の描いた絵の内容を知ってるのさ?」
「フッフーン!私にはフーテンって言う可愛くてとっても優秀な従魔がいるのよ!視覚を共有してフーテンにどんな絵を描いたのか見てもらったの!」
使い時はともかく、自分が見えないものを別の角度から確認する今回ティシアが行ったフーテンの使い方は、正しい従魔の使い方だと思う。
勿論、上空からフーテンが私の絵を見ていたことは把握していたし、それをティシアが共有していた事も分かっていた。
だが、別に秘密にする必要など無いのだ。止めはしなかった。
どうせ今頃記者達があの指揮者の元に取材に行って、どのような絵を渡されたのか確認しているだろうからな。
早ければ明日にでも絵の内容は新聞によって公開されるだろう。フルルの時もそうだった。
さて、ひとまずは"ソニド・デラ・ミュジカ"のことはこのぐらいで良いだろう。渡した絵によって彼等が危険な状況に陥れば、すぐにでも救助が可能になっていることだしな。
龍脈と繋がった私ならば、彼等がどこにいようとも幻を出現させて助けることができるのである。
贔屓にし過ぎかもしれないが、彼等にはこれからも素晴らしい演奏を行ってもらいたいのだ。紛うこと無く私の我儘である。
そろそろ話題を変えて、今後の予定について"ダイバーシティ"達と話し合うとしよう。
彼等も私の今後の予定を確認したかったらしく、安堵した様子である。
「まずは、冒険者ギルドに行くとしよう。手ごろな依頼がないか探したいし、貴方達は修業で討伐した魔物を卸したいだろう?」
「わ!良いんですか!?ありがとうございます!あ、そういえば…ノア様。テュフォーンの素材って、まだ余ってるんですよね?」
「うん。でも、この街のギルドに卸すつもりはないよ」
「そうなんですか?」
そうなのだ。テュフォーンは人間からしたら、発見した時点で国が主体となって討伐するような強力な魔物だからな。当然、その素材も貴重品なのだ。
"ダイバーシティ"達に渡した素材は、武器に用いた素材はともかく、防具に使用した素材は大量に手に入り余裕がある素材だ。まだ大量に残っているのである。
他の貴重とされる部位も含めて、王都で卸そうと思っているのだ。
この町で卸したとしても、どうせ王都に持って行くことになりそうだからな。
いっそのこと、冒険者ギルドではなく国に買い取ってもらうという手もある。冒険者ギルドも、まずは国にテュフォーンの素材を売りに行くだろうからな。
そもそも、記者にテュフォーンを討伐したことを伝えているので、国の方からテュフォーンの素材を売って欲しいという依頼が発注されている可能性だってあるのだ。それほどまでに人間達からしたら強力で貴重な素材なのである。
冒険者ギルドで用事を済ませたらこの街の図書館に顔を出してみようと思う。本だけでなく新聞も目的の一つだ。
私達が1ヶ月間修業している間にこの国で何が起きたか確認しておきたいのだ。
情報収集が終わったら、この街の名物などを紹介してもらうとしよう。"ワイルドキャニオン"に最も近い街なのだ。あの場所に関係する商品があるのではないかと訊ねてみれば、勿論あるとのこと。一通り記念に購入しておこう。
アリドヴィルで目ぼしいものを見終わったら、別の街へ移動だ。
いよいよ私の本来の目的である洗料の製法を求めて、チヒロードへと向かう。
そのことを"ダイバーシティ"達へ伝えたら―――
「「「ええーーーっ!?チ、チヒロードォ!!?」」」
御覧の有様である。
一体何だというのだ?
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