第464話 イネス参上!

 最後の一閃を放ったところで体力が尽きたのだろう。全身から力が抜け、ジョージがその場で倒れそうになる。


 「見事だったよ。先にリジェネポーションを飲んでおくと良い」

 「押…忍…!」


 ジョージの体が地面に倒れるよりも早く彼の体を支え、リジェネポーションを飲ませる。体を動かす体力も気力もなくなっているため、私が体を支えてゆっくりと口に入れていく。

 意識はしっかりとしているようで、しっかりと口に流されたポーションを喉に流し込んでいるな。

 これなら、それほど時間を掛けずに食事にできるだろう。


 3回ほどポーションを喉に流したところで体が動くようになったようだ。

 飛び跳ねるように私の腕から離れ、顔を赤くしている。


 「も、もう一人で飲めますから…!」

 「無理はしなくて良いよ?」

 「だ、大丈夫です!」


 相当照れているな。その理由も大体察しがつく。

 単純に照れているのだ。分かっていたことだが、ジョージは異性に対する免疫が全くと言って良いほど無い。多分他の若い女性が同じことをやったとしても、変わらずに照れていただろう。


 ジョージを困らせるつもりは無いので、まだ中身が入っているポーション瓶を手渡し、自分で飲ませる。自分で飲めるのなら私が飲ませる理由がないからな。

 ジョージがポーションを飲んでいる間に夕食の準備をするとしよう。と言っても、やることは机と椅子を設置して『収納』から取り出すだけだが。


 ジョージの修業を付けている間、街の外に幻を出現させ、今日の夕食を調理していたのである。

 勿論、そんなことをしなくとも『収納』の中には大量の料理が保管してあるが、それはそれだ。


 料理も武術も同じである。

 怠っていれば腕が落ちる。余裕があるのだから、作れば良いのだ。


 机と椅子を設置したところでリガロウが帰ってきた。今回もまた盛大に可愛がってもらったようだ。


 「ただいま戻りました!」

 「お帰り。楽しかった?」

 「はい!沢山遊んでもらいました!」


 リガロウが私の元まで駆け寄ってきたので、優しく撫でてる。

 今回は幻を同行させていない。そのため、何があったのかまだ私は把握していないのだ。この子がどのように可愛がられていたのかは、食後にゆっくりと聞かせてもらうつもりだ。


 リガロウが修業場に帰ってくるのとほぼ同時に、イネスもこの場にやってきた。特に迎えに行く必要はなかったようだ。

 あの様子だと、ワイバーンもしくはドラゴンを利用して"ドラゴンズホール"に来たようだな。


 「いらっしゃい、迎えは必要なかったようだね」

 「実に甘美な香りに誘われ、卑しくも参上させていただきました!よろしければ、ご相伴に預からせていただいてもよろしいですか?」


 まだ料理を出していないというのに、甘美な香りとはよく言ったものだ。実際に甘いものは出すつもりだが。

 まぁ、イネスの性格だから夕食を食べに来ると思っていた。だから彼女の分の食事も用意してある。


 「構わないよ。ちょうど料理を出すところだったから、『清浄』でも掛けて待っていて」

 「承知いたしました。おお、殿下。ご機嫌如何かな?その様子だと、随分と鍛えられているようだね?」

 「はは…相変わらず調子がいいな、アンタは。ま、かなり手応えがあったよ」


 リジェネポーションを飲み終わり、楽な体制で体力を回復させているジョージが満足気に答えている。成長を実感できているようだ。


 料理を並べ終えたので、食事を始めるとしよう。


 「さぁ、席に着いて。冷めないうちに食べてしまおうか。食べ終わったらデザートもあるからね」

 「おお!素晴らしい!やはりこの時間帯に訪れて良かった!」

 「アンタ、ホントに遠慮がねぇな…」

 「今回も良い匂いです!美味そうです!」


 今回のメインはハンバーグだ。ただのハンバーグではない。シチューで煮込んだハンバーグの中には、熱せられて蕩けたチーズが入っているのだ。

 食感は柔らかく、噛めば肉汁が溢れ出て、しかもチーズによってまろやかさまで味わえる。コレを自分で調理し、初めて口にした時の衝撃は凄まじかったな。


 「ふぉおおおおお!チーズインハンバーグだぁあああ!!修業はしんどいけど、マジ幸せだぁあああ…!」

 「見た目の時点で既に完成されている料理ですね…!香りも素晴らしい!口にするのが楽しみです!」


 ジョージはこの料理を知っていたようだ。目を輝かせて喜んでいる。

 まぁ、この料理は千尋の資料から得られたレシピだ。だとするのなら、異世界の料理だったのだろう。ジョージが知っていても不思議ではない。


 さて、見ていないで食べるとしようか。リガロウも目を輝かせて[早く食べさせてほしい]という表情でこちらを見ているのだ。


 「さ、遠慮はいらないよ。お代わりもあるから、存分に食べると良い。ただし、食べ過ぎたらデザートが入らなくなるからね?」

 「「いただきまぁす!!!」」「いただきます」


 一応注意はしておいたが、大丈夫だろうか?皆勢いよく食べている。

 ジョージやリガロウは分かっていたことだが、まさかイネスまで勢いよく食べだすとは…。


 「美味!実に美味!素晴らしい!これぞ芸術!ああ、これほどの料理を口にできる私は、紛うことなく幸せ者だ!」

 「いやアンタ仮面付けたまま食べるのかよ!?」

 「この仮面には食料を透過させる、非常に優れた機能があるのだよ!」


 ジョージが料理の感想を述べようとする前に、イネスが仮面をつけたまま料理を食べ始めたことに驚いてしまい、感想を口にするのを忘れてしまっているようだ。

 まぁ、料理を食べたら感想を言わなければならないというルールがあるわけでもないから、構わない。

 それに、料理を口に運ぶ手は止まっていないのだ。ジョージからしても煮込みハンバーグは美味かったのだろうな。


 「姫様!お代わりください!」


 煮込みハンバーグもリガロウは大層気に入ってくれたようだ。とても幸せそうな表情をしている。

 『収納』から新たに料理を取り出し、頭を撫でながら渡してあげよう。


 「グキュルゥ…」


 1回目は勢いよく食べたが、2回目は味わってゆっくりと食べるようだ。一口一口の量が少ない。

 だが、ハンバーグを口に入れるたびに嬉しそうな鳴き声を上げている。その様子がとても可愛らしくて愛おしい。つい料理を食べるのを忘れて眺めていたくなるほどだ。


 おや?イネスが何やら悶絶しているな。仮面で他者から表情を分からなくさせているが、私にはどのような表情をしているのかよく分かる。

 非常に悔しそうにしているのだ。その理由は何だ?

 ん?イネスの状態を疑問に思っていたら、今度は酷く落胆してしまったな。


 ああ、そうか。今の彼女は怪盗だから、キャメラで何かを撮影するわけにはいかないのか。

 この場にジョージがいなければすぐにでも撮影を開始していたのかもしれないな。


 「何やってんだアンタ?なんか動きが気持ち悪ぃぞ?」

 「失敬な!君は先程の『姫君』様の慈愛に満ちた表情を見ていなかったのかね!?あれこそ世に残すべき名画とすらいえるような光景だったというのに!?あの表情が形として残せないこの無念さがなぜわからないのかね!?」

 「いや、んなこと言われてもなぁ…」

 「ああ!私が高名な画家ならば迷うことなくこの場にキャンバスを用意して先程の『姫君』様の御姿を描き残していたというのに!何故私には絵画の才能がないのだ!?」


 自分がどのような表情をしていたのかなど把握しようがないので、イネスがあそこまで嘆いていることにいまいち共感できない。 

 いや、仮に自分がどのような表情をしていたのか確認できたとしても、やはり共感はできないだろうな。

 なんなら、『真理の眼』で先程の自分を客観的に見ても良い。それでも私自身は特に感動したりはしないだろう。


 「2人とも器が空になっているけど、お代わりはいらないの?」

 「「お願いします!」」


 用意している料理は煮込みハンバーグだけではないので、そちらの料理を食べていたからお代わりを要求していなかっただけのようだ。

 料理は大量に作ってある。満足するまで提供してあげよう。



 全員満足するまで料理を堪能した後は、デザートの時間だ。

 今回のデザートはプリン・ア・ラ・モードと呼ばれる、カスタードプティングを中心にホイップクリームやクッキーやフルーツにアイスクリームを添えた、パルフェに近いスイーツだ。

 イネスはともかく、ジョージも甘いものが好きらしい。『収納』からデザートを取り出すと、本日何度目かの喜びの叫びをあげることとなった。


 「いいんすか!?これ、食べていいんすかぁ!?やったあああああ!!!」

 「素晴らしい…!ああ、幸福でどうにかなってしまいそうだ…!」

 「いただきます!」


 なお、リガロウはデザートを食べたことがあるので躊躇なく口に運んでいる。2人の反応などお構いなしだ。


 「ええ…。もうちょっとこう、感動とかないの…?」

 「俺は初めて食べるわけじゃないからな!でも、この料理は大好きだぞ!」

 「殿下、私達もいただくとしようじゃないか!これだけのスイーツ、見ているだけでは失礼だとは思わないかね!?」

 「…そうだな、食べますか!あっと、そうだノアさん。このデザートもお代わりとかできたり…」

 「冷たい料理だからね。腹を壊さないためにも、貴方達のお代わりは1回までだよ?」


 パルフェを食べたいだけ食べて腹を壊した冒険者達がいるからな。ジョージもイネスも、そんな醜態は互いに見せたくない筈だ。


 制限無く食べられるわけではないと知り、2人ともゆっくりと味わってデザートを食べ始めた。

 なお、リガロウは腹を壊すことがないため、好きなだけお代わりをしている。

 イネスもジョージも羨ましそうにリガロウに視線を送っているが、お代わりの回数を増やすつもりは無い。


 「デザートを食べ終えて食休みをしたら、修業を再開しようか。これから10時までは、貴方にジョージの面倒を見てもらうけど、構わないかな?」

 「勿論です!そのために私はこの場に訪れましたから!」

 「えっ?そうなの?てっきりノアさんの料理を食べに来ただけかと…」


 さっきそんなことを言いながら修業場に入ってきたからな。そこは否定はできないだろう。

 しかし、イネスがジョージを大切に思っているのは紛れもない事実だ。


 「殿下、流石に酷くないかね?私はこれでも君に友情を抱いているのだよ?」

 「それは俺も同じだけどさぁ…」

 「君は何かと危なっかしいことをしでかすからね。問題が解決するまでは頻繁に様子を伺わせてもらうよ」


 イネスはジョージのことをかなり心配していたようだからな。私のことは信用しているとはいえ、彼女も彼の助けになりたいと思っているのだ。


 リガロウが私の傍にすり寄って来た。甘えたくなったのだろうか?


 「どうしたの?」

 「俺、夜の時間は何をしてましょうか?」

 「よければ、午後にハイ・ドラゴン達とどんなことをして遊んでいたのか教えてくれる?」

 「はい!」


 ジョージをイネスに任せるから、自分にやることがなくなって何をすればいいのか迷っていたようだ。

 ヴァスターも交えて、どんなことがあったのか教えてもらうとしよう。


 イネスは実戦形式でジョージと戦闘を行うようだ。特に制限せずに魔術も使用するらしい。


 「どうやら『姫君』様から素晴らしい剣を授与されたようだが、遠慮する必要はない。掛かってきたまえ!」

 「応!胸を借してもらうぜ!」


 イネスはジョージが手にしている刀の性能を一目見て把握したようだな。まぁ、彼女ならば問題無いだろう。風呂に入る時間まで、ゆっくりとリガロウ達と話をするとしよう。



 夜の修業も終り、風呂に入る時間になったわけだが、今回もジョージが先に入るようだ。


 「良かったの?」

 「それぐらい構いませんよぉ!それに、後からお風呂に入ればそこには既にお布団で熟睡しているであろう殿下がいらっしゃいますから、お可愛らしい寝顔をたっぷりと堪能できますもの!ところでぇ…」


 ジョージが風呂に入ったので、口調を素の状態に戻したイネスが答える。

 私の近くで会話をしたことで、イネスは今の私の状態に気付いたようだ。


 「ノア様はいつの間にお風呂に入ったのですか?私が殿下の相手をしている最中はずっとリガロウ様とお話をしていたと記憶しているのですが…」

 「ふふふ、内緒」


 風呂は広い方が良いからな。ジェットルース城の幻と入れ替えて先に風呂を堪能させてもらったのだ。

 今までのイネスの質問には大抵答えていたので、秘密にされるとは思っていなかったようだ。とても残念そうな顔をしている。


 「何やら途轍もない秘密の香りがしますねぇ…。いつかは知れる日が来るのでしょうか?」

 「うん、いつかは教えよう」


 具体的には、私が正体を公表した後だな。

 イネスには悪いが、彼女には『幻実影ファンタマイマス』を教える気が無いし、配下に加えるつもりもない。必要性を感じないからな。


 「では、その時を楽しみにしておきましょう」

 「ところでイネス、貴女に協力して欲しいことがあるのだけど、良いかな?」

 「勿論です!何でも言ってください!」


 胸を張って私の要求に応えようとするが、何でもと言うのはあまり感心しないのだが…。


 「ノア様が無茶な要求をする方ではないと信じておりますので!人によってその辺りは変わりますよ!」


 いらない心配だったな。ならば、遠慮なく要求を言わせてもらおう。


 「この後のジョージの修業にも協力してやってほしいんだ」

 「えっと?お風呂から出た後も修業をするんですか?」

 「正確には眠った後だね」


 流石に説明なしでは理解が及ばないので『夢談ドリーミャット』のことを説明する。効果については既に検証済みなことも踏まえてだ。

 そうそう。午後の修業をしている最中にクリストファーの元に顔を出し、彼にも検証に協力してもらったし、夜にはレオンハルトとクリストファーの両者に協力してもらった。

 夢の共有も問題無くできたので、イネスとジョージを夢の中で会わせることも可能なことが証明されたのだ。


 「そういうことならばお安い御用です!お任せください!しかし、夢の中で時間を引き延ばしての修業ですか…。本当にノア様は凄いですねぇ…!多分多くの人が望む力ですよ?それって」


 技術や経験だけとは言え、時間を引き延ばせるのだから、魅力的に映らないわけがないだろうな。

 だからと言って、頼まれても誰にでもやるつもりは無いが。

 今回は余裕がないことに加え、私がジョージに対して恩を感じていること、そして彼から恩を抱いて欲しいと考えているからやっていることだ。


 「ふぃーっ!サッパリしたぁ!おお!もう布団が敷かれてる!」

 「リジェネポーションを飲んで布団に入ったら、グッスリと休むと良い。夢の中で技術的な修業を始めるよ」

 「押忍!それじゃ、お先に失礼します!」


 良く冷えたリジェネポーションを一気飲みして、素早くジョージは布団の中へと入っていく。


 「それじゃあ、今度は私がお風呂に入る番ですね!行ってきまーす!」


 イネスが風呂に入ったのを確認したら、リガロウを連れて街の外の人気のない場所に転移して体を洗ってあげよう。

 周囲の目が無いから『時間圧縮タイムプレッション』を使えるので、イネスよりも遅くなることはないのだ。


 リガロウを洗い終わり、修業場に戻って来てこの子を寝かせたタイミングでイネスも風呂から出てきた。


 「いやぁ、大変いいお湯でしたぁ!美味しい料理にあったかいお風呂!ノア様と一緒にいると良い思いができて仕方がないですねぇ!」


 風呂から上がったイネスにリジェネポーションを渡し、彼女が布団に入ったら、2人に『快眠』と『夢談』を使用する。


 そして昨日に引き続きヴァスターに幻を継続してもらったら、準備完了だ。

 私自身にも『夢談』を使用してリガロウと共にベッドに横たわる。


 さぁて、ここからが修業の本番だ!

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