第463話 ジョージの修業、午後の部

 やってしまったことは仕方がない。切り替えて行こう。


 「ひとまずソレ、修業中に使ってみようか」

 「…大丈夫なんです?この場所、かなり頑丈らしいですけど、壊れたりしないです?」


 ジョージは決闘で"皆切虹竜みなきりこうりゅう"を使用することに否やは無いようだ。そうでもしなければジェルドスを討てないと考えているからだろうか?

 ただ、修業の最中にもこの刀を使用することには抵抗があるようだ。

 この修業場は結構気に入ってくれたらしい。破壊してしまうことに忌避感を抱いてくれているのだ。


 「心配いらないよ。私の方で防護を掛けておくからね。この施設が破壊される心配はしなくて良い」

 「そう…なんですか?…それじゃあ、使わせてもらいます。ぶっつけ本番でこんなモン使いこなせる気がしませんし」


 私もそう思う。だからこそ、ジョージには今のうちに"皆切虹竜"を使用した感覚を覚えてもらいたいのだ。

 今のジョージでも、一刀に全てを込めればジェットルース城を両断するぐらいのことはできるだろうからな。

 そんなものを決闘になって初めて扱う場合、ジェルドスを討てたとしても周辺に多大な被害をもたらすことなど容易に想像ができる。

 私が防護してやればいいだけの話ではあるのだが、ジョージはそれで納得しないのだろう。


 「それじゃあ、胃が落ち着くまでまだ少し時間があるし、これからの修業内容を話そうか」

 「お、押忍!お願いします!」


 私がジョージに渡すのはリジェネポーションだ。

 リガロウとの外出でかなり肉体を消耗しているからな。このままでは午後の修業ができなくなってしまうのだ。


 「さて、午後からの修業だけど、ジョージには魔力を鍛えてもらう」

 「えっと、魔力操作とかの魔術の効率化ですか?」


 首を軽く左右に振って、その意見を否定する。


 「貴方にやってもらいたいのは、魔力量や密度の増加だよ」

 「多少増えたところで、あまり意味が無いような…」

 「少しでも上昇させたいからね。その方が今後のためになる」


 ジョージは前世の知識を利用して同等の身体能力や魔力量を持つ者達よりもかなり瞬間的な戦闘能力が高い。

 だが、それは逆を言えば継戦能力が低いことを意味する。


 魔力操作能力を高め、魔術を効率化させれば継戦能力を高めることは可能だが、それは夢の中で行えばいい。

 ならば、起床中は夢の中で鍛えられない部分を鍛えるべきだ。


 修業の方針に疑問を持ったのか、ジョージが質問をしてくる。


 「ええっと、ジェルドスに通用する必殺技を教えてくれるんですよね?それって…」

 「貴方が寝てからだね」

 「ええ…。睡眠学習でもするんですか?」


 ん?妙に不信感を募らせているな。夢でのやり取りは覚えている筈だから、現実の時間以上の時間修業ができると分かると思うのだが…。気が付いていないのか?そもそも、夢の中で修業ができると気付いていない?


 「ジョージ、一応確認するけど、夢の内容は覚えてる?」

 「そりゃあ、勿論…って!?まさか、夢の中でも修業するんですか!?」

 「むしろそっちが本番だよ。必殺技も技術的な指導も、夢の中で行う。時間もたっぷりあるよ。例の魔獣の活動を2週間近く見ていただろう?アレで現実では1時間も経っていないんだ」

 「マジっすかぁ…。マジで睡眠学習なのか…」


 修業の効果が現実で反映されるのか不安なのだろうか?だが、心配は無用だ。その辺りは既に検証済みだからな。

 ついでだから、不公平にならないようにクレスレイにも検証に協力してもらおうと思っているのだ。

 都合が合えば、レオンハルトも呼んで同じ夢を見てもらう検証をしてもらうのもアリかもしれない。


 「そうそう、夜は怪盗がこの場所に来るから、面倒を見てもらうと良い」

 「えっと、その間ノアさんは…?」

 「そうだね…リガロウと遊んでいようかな?」

 「………」


 何故そんな目で私を見るんだ。

 イネスがジョージの面倒を見るから私がやることがなくなるのだし、その間リガロウと戯れていたっていいじゃないか。

 それに、まったくの放置と言うわけでも無いのだ。


 「危険になったらちゃんと止めたりするから、安心すると良い。分かっていると思うけど、ソレを使ったとしても今の貴方じゃ怪盗に勝てないからね?」

 「うぐ…っ!やっぱりそうなんですね…」


 イネスが取り返しのつかないようなミスをするとは思えないし、私はゆっくりとリガロウや五大神達と夜の時間を過ごすのだ。


 「話を午後の修業に戻そうか。魔力量や密度の増加は、魔力を使用することで上昇させられる。量は純粋に消費すること。密度は凝縮だね」

 「それじゃあ、午後は限界まで魔術を使用したりするんですか?」

 「いや、ソレに可能な限り魔力を込めてもらう」


 そう言って"皆切虹竜"を指差す。

 ハイ・ドラゴンの素材をふんだんに使用した刀だ。人間1人分の魔力では到底満たせないほどの魔力許容量がある。それは人類最強の魔術師と呼ばれているエネミネアでも変わらない。


 「そうしたら、私が魔力塊を放り投げるから、それを斬りなさい。ただし、ただ魔力を込めれば切断できるような物にはしないよ?」

 「えっと…」

 「ある程度の魔力量と密度が無ければ、切断できないようにするからね。加えて、切断できなかったり床に落としたらペナルティを付けよう」


 簡単な修業にするつもりなど無いからな。魔力を増加させる修業とは言え、身体能力も可能な限り鍛えさせてもらう。

 肉体を鍛えられる時間は限られているのだ。無駄になどできない。


 「ペナルティって…具体的にどんなことされるんです…?」

 「ん、コレで叩くよ」

 「げっ…!」


 そう言って『収納』から取り出したのは、1本のハイドラだ。これで叩かれた時の痛みはジョージもその身をもって理解しているので、顔をしかめている。


 「痛い思いをしたくなかったら、頑張りなさい」

 「押忍…」


 少し脅かし過ぎてしまっただろうか?しかし、手を抜かれても困るからな。無理にでも体を動かしてもらうには、嫌なことを避けるという理由がいると思うのだ。


 「さて、ざっくりとだけど修業の内容はこんなところかな?今話した内容を決闘の前日まで行うよ。そこから決闘までは自室でゆっくりと体を休めると良い」

 「ってことは…今日も含めて修業できるのは3日間ってことですか…」


 ジョージがやや焦りの表情を見せている。3日間程度の修業では、満足に身体能力も魔力も上昇させられないと考えているからだろう。

 実際のところ、どちらも大して成長しないだろう。だが、何も成長しないよりは遥かにマシだ。


 「技術的な修業なら3日間どころじゃないけどね」

 「夢の中でどんだけ修業させる気なんですか…?」

 「1回の睡眠で1週間分を想定しているよ。それ以上は少し現実で影響が出そうだからね」


 いくら夢の中ならば『時間圧縮タイムプレッション』で肉体の変化が訪れないとはいえ、感覚に齟齬が出かねないからな。

 映像を視聴するだけの前回とは異なるのだ。それに、計3週間分も修業を行えば目的の強さを得られるとも考えている。できないようなら引き延ばすまでだ。


 決闘前の1日は、現実と夢の感覚で齟齬が発生した際の調整期間でもあるのだ。


 「他に何か聞きたいことはある?無いようなら、しっかりと体を休めると良い」


 リジェネポーションを飲ませて回復力を高めているとはいえ、回復に専念させなければ午後の修業を始めるまでに完全には回復しないだろうからな。

 会話を終わらせたら、ジョージに『快眠』を掛けて1時間ほど睡眠をとらせるつもりだ。

 なお、その際に夢の中で修業を付けるつもりは無い。精神的にも休んでもらうためだ。


 「んー…。その聞きたいことって言うのは、修業以外のことでもいいですか?」

 「ふむ…。そういった話は夢の中でしようか。午後の修業に備えて貴方には仮眠を取って欲しいからね」

 「分かりました。んじゃ、午後の修業が始まるまで寝かせてもらいますね?えっと、そこの布団で寝ればいいんですよね?」


 そう言ってジョージは修業場の隅に敷かれたままの布団を指差す。


 「そっちは怪盗用の布団だね。貴方のは、アッチ」

 「あ、アレ?う~ん、どっちでもいい気がしますけど…まぁ、いいか」


 良くはないな。イネスはジョージに自分の正体を教えるつもりがないようだし、彼女が使用していた布団に入り、匂いに違和感を覚えられては困るだろう。ちゃんと本人が使用していた布団を使用してもらわなければ。


 布団に入ったジョージに『快眠』を施す。ついでだから、怪盗用の布団は『収納』に仕舞っておくとしよう。


 ジョージが目覚めるまではベッドの上でリガロウを撫でながら読書でもして、時間を潰しておくとしよう。



 ジョージが目を覚ますのとほぼ同じタイミングでリガロウが目を覚ましたので、あの子には外で遊んでくるように伝えておいた。


 ジョージの相手をしていたリガロウは、やや退屈していたからな。そのうえジョージに怪我を負わせないように気を遣っていたようなのだ。

 ジョージにとって大切な刀を折ってしまったことに負い目を感じているようだし、午後からは好きに遊ばせてあげようと思ったのだ。


 リガロウはハイ・ドラゴン達から盛大に可愛がられていたし、再び外に顔を出せば遊び相手になってくれるだろう。


 「では、外へ遊びに行ってきます!」

 「夕食の時間までには帰ってくるんだよ?」

 「はい!」

 「…やり取りが完全に親子じゃん…」


 ふむ。少なくともジョージの前世の親子は今みたいなやり取りをしていたようだ。いや、私が知らないだけでこの世界でもそれは変わらないのかもしれないな。

 今度イスティエスタにでも顔を出したら、その辺りの話を子供達に聞かせてもらうとしよう。


 「それじゃあ、午後の修業を始めようか。やるべきことは分かっているね?」

 「押忍!まずはコイツにありったけの魔力を…!」


 ジョージのほぼ全魔力が"皆切虹竜"に注がれていく。するとどうだろうか。


 まだまだ足りない、もっと寄こせ。

 そう言わんばかりにジョージの体から急激に魔力が失われていった。

 あの刀に魔力は殆ど残っていなかったが、容量自体は非常に膨大なためか、まるで意思を持っているかのように彼から魔力を奪っていったのだ。


 「うぐ!…ぐ…!負ける…ものか…よぉ…!はあああああ!!!」


 急激な魔力の減少に膝が崩れかけるが、気合でそれを堪える。

 ジョージも負けずと、[そんなに欲しいのならくれてやる]とでも言わんばかりに魔力を勢いよく刀に注いでいく。意思の力で刀を従わせるようだ。


 "皆切虹竜"には意思が宿っているわけではない。だが、それは現段階での話だ。今後意思を宿す可能性が無いとは言い切れないのである。

 強い思いが籠った道具には、稀に意思を持つことがある。

 所謂、ヴァスターのようなインテリジェンスアイテム、この場合はインテリジェンスウェポンになるな。

 元々がジョージの強い思いが込められた刀だったのだ。それが大量のハイ・ドラゴンの素材と組み合わさったことで、何らかの変化が起きたようだ。


 結論を言おう。

 今後ジョージが"皆切虹竜"の名前を呼び続け、扱い続ければ、意思が生まれる可能性が非常に高い。

 それが良いことか悪いことなのかは、私にはまだ分からない。


 だが、ジョージの性格から生まれる意思ならば、きっと彼にとって良き相棒になるのではないかとも思っている。


 「うぐぐ…!良し!まとまったぁ!!」


 ジョージが刀に魔力を注ぎ終わったようだな。

 うん、ものの見事にほぼ全魔力を注いでいるため、見た目以上に消耗している。あと少し魔力を刀に奪われていたらそのまま倒れていたかもしれない。


 そうなったら一度刀から魔力を奪い、ジョージに魔力を戻してやり直させるところだったが、その必要は無さそうだ。


 だが、この状態ではまだ魔力塊を投げられないな。


 「凝縮がまるで足りていないよ。貴方ならもっと魔力を凝縮できる筈だ。魔力を視認できるのなら、その刀の表面を薄く覆う程度にまで凝縮させなさい」

 「ま、マジで…?」

 「マジで。それとも、その状態で始めてコレで叩かれたい?」

 「や、やります!うおおおおお!!!」


 魔力を凝縮させるのに掛け声は必要ないのだが…。精神的にそれが必要ならば、今はそうさせておこう。


 少々手間がかかっているようだが、問題無く凝縮できているようだな。

 問題は、ここからどれだけあの状態を維持できるかだ。


 「準備ができたようだね。それじゃあ、始めようか」

 「押忍!よろしくお願いします!ってちょっとぉ!?」


 私は面と向かったジョージにではなく、自分の背後へ右手に発生させた魔力塊を放り投げる。何もしなければ、魔力塊は地面に落ちて弾けてしまうだろう。そうなったら失敗扱いだ。


 「貴方に向けて放り投げるとは言っていないからね。それに、言ったはずだよ?午後の修業も沢山動いてもらうってね」

 「うおおおおお!!」


 魔力で身体能力を強化できないため、素の身体能力のみで体を動かして魔力塊の元まで駆け寄っていく。

 慌てていたようだが、間に合ったようだ。掬い上げるようにして魔力塊を切り上げれば、十分な量と密度の魔力によって、魔力塊が両断される。


 「っしゃあ!」

 「ひとまず最初から失敗と言うことにはならなかったようだね。それじゃあ、ドンドン行こうか」

 「押忍!」


 目論見通りの動きができ、臨んだ結果が得られたため、ジョージが喜びの叫びをあげる。

 午前中は『傀儡糸マリオネイトストリグ』によって強引に体を動かしていたわけだが、その時の動きを彼は覚えているらしい。

 走るフォームが、私が動かしていた時とほぼ同じだった。


 なるほど、そういう鍛え方もあるのか。今後の参考にしておこう。


 それはそれとして、修業を続けていくとしよう。

 ジョージが慣れてきたら、魔力塊を投げる頻度を上げていくとしようか。毎回同じ頻度では慣れが生じてしまうからな。慣れは気の緩みになる。そして気の緩みは失敗に繋がるのだ。



 時に間に合わず、時に魔力の凝縮が足りなくなって切断失敗に終わったりもしたが、ジョージは夕食の時間まで修業をやり切った。


 「ぜ、は、ぜ、は…っ!」

 「よく頑張ったね。これで最後にしておこうか。コレが終わったら夕食にしよう」

 「お…押忍…!」


 疲労は積み重なっているが、魔力凝縮は維持できている。それに、彼の目は死んでいない。

 強い意思を宿して私を、私が手にしている魔力塊をしっかりと見据えている。


 良い表情をするものだ。贔屓したくなってしまうじゃないか。


 「では、行くよ?」

 「…押忍!お願いします!」


 魔力塊を私の眼前に放り投げ、それを指で弾く。無論、それなりの力でだ。

 弾かれた魔力塊はジョージに向かって真っすぐに突っ込んでいく。高速で魔力塊を撃ち出したのはこれが初めてだが、どうだ?


 「…っ!とぉおおおりゃあああああ!!!」


 見事。

 自分の元まで魔力塊が到達するタイミングを正確に読み取り、ジョージは魔力塊を両断した。


 本当によく頑張ったものだ。夕食はデザートも付けて奮発するとしよう。

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